(暴徒に襲われて破壊されたイスラム教徒が営む商店=19年5月、スリランカ西部ミヌワンゴダ、奈良部健撮影【1月29日 朝日】)
【2019年のイスラム過激派テロ事件後、イスラム教徒への攻撃が続く】
ニュースが溢れている新型コロナ関係、あるいはアメリカや中国関係「以外」の話題・・・ということで、最近は取り上げる機会も少ないスリランカ。(例外的に国際問題で名前があがるのは、中国の一帯一路政策による「債務の罠」の代表例として)
“最近は少ない”というのは、“以前は、タミル人勢力「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」との内戦があり、国際的にも大きな関心が払われていましたが・・・”という意味合いです。
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スリランカの最新国勢調査によると、国内では上座部(テーラワーダ)仏教の信徒が国民の70.2%を占め、ヒンドゥー教徒は12.6%、イスラム教徒は9.7%。キリスト教徒は約150万人で、そのほとんどはカトリック教徒だ。
独立を求める少数派のヒンドゥー教徒タミル人の「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」と、多数派の仏教徒シンハラ人との間で内戦が26年間続いた。2009年にLTTEが敗れ内戦が終結するまでに、7万~8万人の死者が出たとされる。【2019年4月22日 BBC】
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多数派の仏教徒シンハラ人系の政府が、少数派タミル人LTTEを力でねじ伏せる形で内戦が終結(その過程での政府軍によるタミル人住民への人権侵害については、欧米からは強い批判もあります)した後、再び世界の注目を集めたのが、2019年4月に起きた、イスラム過激派によるカトリック教会襲撃事件でした。
****テロの背後に謎の過激派、スリランカで207人死亡、邦人も****
スリランカ最大都市コロンボの教会や高級ホテルなど8カ所で21日、連続自爆テロが発生、これまでに邦人1人ら207人が死亡(その後の報道では359人とも)、450人以上が負傷した。邦人の負傷者は4人。
犯行声明は出されていないが、13人が拘束された。10日前に警察からテロ警戒情報が流されていた。謎のイスラム過激派組織がテロの背後にいるとの見方が出ている。
復活祭と外国人が標的
テロが相次いだのは午前8時45分から9時45分ごろまでの間の1時間で、3つの教会と3つのホテルが攻撃を受けた。その後、午後2時台にも2件の爆発が起きた。(中略)教会ではこの日、イースター(復活祭)の行事が行われ、信者が多数詰めかけていた。警察はキリスト教徒と外国人を狙った組織テロと見ている。(中略)
「タミル・イーラム解放のトラ」
スリランカでは70年代以降、ヒンズー教徒中心のタミル人の分離独立運動が活発化。その後、イスラム教徒とも結び付き「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)という組織に発展。同組織が北部と東部の分離独立運動の武装闘争を開始し、多数派の仏教徒中心のシンハラ人との間で内戦になった。
その後、停戦と戦闘再開を繰り返したが、2009年5月、LTTEが敗北宣言を出し、指導者も殺害されて組織が消滅、内戦が終結した。この間、LTTEは駅や空港、繁華街、ホテル、銀行などで自爆テロを繰り返した。96年の中央銀行へのテロでは、約100人が死亡する大惨事となった。
しかし、内戦終結後は治安が回復して平穏が戻り、日本や欧米からの観光客が年間200万人も訪れるまでになっていた。特に同国周辺の海はダイビングスポットと知られ、多くの人を魅了してきた。在留邦人は1000人弱。
平和が回復した一方で、宗教的な対立が深刻化。少数派キリスト教徒に対する差別や嫌がらせ、暴力などが増え、米メディアによると、今年だけでそうした事案が26件も報告されている。また仏教徒の過激派がイスラムのモスクなどを襲撃する事件も起きている。(後略)【2019年4月22日 WEDGE】
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事件については、過激派組織「イスラム国(IS)」がその後犯行声明を発表、スリランカ政府高官は、同年3月にニュージーランドのモスクで発生した銃乱射事件の「報復」との認識を示しています。
以前から宗教間の緊張関係もあったスリランカですが、4月にキリスト教徒を狙ったイスラム過激派による連速大規模テロがあった後、今度はイスラム教徒を狙ったテロが相次いで起きました。
****スリランカのテロ1カ月 後絶たぬイスラム教徒襲撃****
スリランカの最大都市コロンボなどで(2019年)4月21日に発生した連続テロから1カ月余りが経過した。国内では少数派のイスラム教徒への警戒感と敵意が拡大し、キリスト教徒らによる襲撃事件が相次ぐ。
ザフラン・ハシム容疑者が率いた犯行グループの全容もいまだ不明で、再度のテロ発生への懸念もぬぐえない。
スリランカ国内ではテロ事件後、イスラム教徒が経営する店舗やモスク(礼拝施設)への襲撃事件が頻発。一部は暴徒化しており、北西部プッタラムでは13日、イスラム教徒の男性(45)が刃物を持った集団に襲われて死亡した。
政府は夜間外出禁止令発出やSNSの遮断で事態の拡大を防ぎたい方針だ。(後略)【2019年5月23日 産経】
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ハシム容疑者らによるテロへの報復というよりは、もともとイスラム教徒への不満・憎悪が社会にあった状況で、テロ事件によって(多数派仏教徒を中心とする、イスラム教徒への憎悪を抱く人々の間で)イスラム教徒への攻撃が正当化されたというように見えます。
【仏教徒過激派の影響力が増大】
政治的には、2019年11月、シンハラ人・仏教徒第一主義でLTTEとの内戦を強硬策で終結させたラジャパクサ前大統領の実弟ゴタバヤ・ラジャパクサ氏が大統領に当選しています。ラジャパクサ前大統領は首相に就任。
2020年8月の議会選挙でも圧勝した与党内では、隣国インド・モディ政権のヒンドゥー至上主義に対抗するかのように、過激な主張を行う仏教徒の影響力が拡大しています。
下記の「牛の食肉処理禁止」も、仏教徒過激派が要望していた事案でした。
****スリランカ、牛の食肉処理禁止へ****
スリランカ政府は9月29日、牛の食肉処理を禁止する計画を発表した。今回の決定は、与党内の仏教徒の影響力が高まっていることが背景にあるとみられている。
牛の食肉処理の禁止は、年老いて田畑を耕せなくなった牛の世話をする制度の整備後、すぐに実施されるという。
隣国インドでは、ヒンズー至上主義を掲げる政権が牛の食肉処理を制限したため、年老いた牛が道路をうろつき、交通渋滞を引き起こすことが増えている。
スリランカでは近年、仏教徒とヒンズー教徒が宗教的な理由から牛肉を食べることを避けるようになっており、牛肉の消費量が減少している。
産業自体も縮小しており、10年前には3万8700トンだった牛肉の生産量は、昨年にはわずか2万9870トンとなった。
食肉処理部門の労働者は、人口2100万人の10%を占めるイスラム教徒が大半だ。スリランカでは仏教徒が約70%、ヒンズー教徒が12.5%となっている。
昨年、スリランカの牛肉の輸入量は116トンにとどまっているが、当局は引き続き輸入は許可するとしている。
ヒンズー教徒は牛を神聖なものとしている他、仏教徒は不殺生の教えから牛肉を食べない人もいる。【2020年10月1日 AFP】
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【新型コロナ禍 イスラム教徒への火葬強制】
こうした宗教的な緊張があるなかでの新型コロナ禍・・・その影響はイスラム教徒への火葬強制という問題にもなっています。
****スリランカ、火葬強制の闇 イスラム教徒ら反発****
インド洋の島国スリランカで、政府が新型コロナウイルスによる死者の土葬を禁じて火葬を強制し、イスラム教徒らが猛反発している。スリランカ政府は「火葬は感染拡大を防ぐため」と言うのだが――。
■「コロナ感染」息子を勝手に
「息子の顔を見ることもできず、勝手に火葬されてしまった。私と妻の合意すらなかった。胸が引き裂かれるようだ」
スリランカの最大都市コロンボに住む運転手のモハメド・ファヒムさん(38)は昨年12月、生後わずか20日で息子を亡くした。検査で新型コロナウイルスの陽性結果が出た、と病院は伝えてきたが、自身も妻のファティマさん(33)も陰性で、生まれてからずっと一緒に過ごしていたのに息子だけが陽性だとは、信じられなかった。
息子が火葬されてしまうことを恐れたファヒムさんは、別の病院を探し回って改めて検査しようと必死だった。しかし、病院は息子の再検査のための血液提供を拒んだ。しばらくして、病院の担当者から「共同墓地に来てほしい」と突然電話があり、同意のないまま火葬されたことを知った。
ファヒムさんは朝日新聞の取材に「最愛の息子との最後の別れを奪われたばかりか、信仰に反することをされた。二度とこんなことは起きてほしくない」と憤った。火葬やひつぎの費用4万5千スリランカルピー(約2万5千円)も請求されたという。
ファヒムさんの信仰するイスラム教は火葬を禁じている。死者は土にかえって骨になった後、終末の時に元の身体でよみがえると信じられているからだ。
しかし、スリランカ政府はコロナ感染による死者について、火葬しか認めていない。「土葬すると遺体からウイルスが地下水に混じり、感染拡大を引き起こす可能性がある。火でウイルスを消滅させなければならない」という説明だ。
だが、それは表向きの理由にすぎず、「イスラム教徒への嫌がらせ」(地元記者)ではないかとの見方が広がる。報道によると、コロナの感染拡大を理由に火葬を強制している国は、スリランカ以外にはほとんどないとされる。
世界保健機関(WHO)は昨年9月、「土葬によって感染が広がるという根拠はない。死者やその家族、宗教上の尊厳は守られなければならない」と指摘。イスラム諸国でつくる「イスラム協力機構(OIC)」も「(火葬強制は)人権の侵害に当たる」として、スリランカ政府に撤回を求めるなど、批判が広がる。
イスラム教徒が多数を占める隣国モルディブ政府は、スリランカのイスラム教徒の土葬をモルディブ国内で受け入れる案まで表明した。
■「仏教の国」政権が憎悪利用
人口約2200万人のスリランカ。仏教徒が約7割を占め、イスラム教徒は約1割の少数派だ。憲法は仏教に「第一の地位」を与える一方、信教の自由を保障する。
だが、元国防次官で仏教を重んじるゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の政権下でイスラム教徒の受難が続いている。
昨年9月、ゴタバヤ氏の兄で首相のマヒンダ・ラジャパクサ元大統領は、牛の食肉処理の禁止策を打ち出した。牛の殺生を嫌う過激派仏教組織が要望してきたものだ。輸入した牛肉の販売は続ける。牛肉処理や牛肉の販売は、主にイスラム教徒がなりわいとする。
マヒンダ氏が大統領を務めていた2013年にも、過激派仏教組織はイスラム教のハラル食品について「イスラム教徒は仏教国のスリランカの人々に宗教色を強制しようとしている」などと主張し、ハラル認証制度の廃止を主張。政権は受け入れた。
アジア経済研究所の荒井悦代研究員は「仏教は不殺生を説くが、実際には魚や肉を食べている。不都合を解消するために、食肉処理の工程をイスラム教徒に委ねてきた。政権は、選挙で協力してくれた仏教徒に報いることを考えているのだろう」と指摘する。
スリランカでは、19年4月に起きたイスラム過激派による連続爆破テロ事件以降、イスラム教徒が多く住む地区で民家や商店が放火されたり、石を投げられたりする事件が相次いだ。
イスラム教への憎悪感情の根底にあるのが、「スリランカは仏教徒の国で、非仏教徒は仏教徒の好意によってスリランカに暮らせる」という意識だ。
同年の大統領選で、テロを念頭に「イスラム過激派の脅威と戦うのが急務」と治安強化を訴えて勝利したゴタバヤ氏。就任式の場所に仏教寺院を選び、「私はシンハラ人仏教徒の支持だけで当選できることは知っていた」と公言した。
多数派の支持を背景に、昨年10月には憲法を改正して大統領権限を強化。議会の早期解散も可能になった。
スリランカ政治に詳しいインド防衛研究所のアショク・ベフリア氏は「多数派のシンハラ人仏教徒の優位性を示すのが、政権の目的だ」とした上でこう言う。「米国のトランプ大統領が白人至上主義と指摘されたのと同様、スリランカも多数派の仏教至上主義に陥った。少数派の排除が止まらないだろう」【1月29日 朝日】
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アメリカではトランプ前大統領が退場したものの、世界ではまだ融和・協調より〇〇至上主義が幅を利かす国が少なくありません。
ややうしろめたさもつきまとっていた〇〇至上主義はトランプ政治によって正当化されることにも。
なお、イスラム教徒の火葬・土葬の問題は日本でも起きています。
****日本もひとごとではないイスラム教徒の土葬問題****
(中略)
<日本でも現在進行形の対立が>
日本でも1994年5月、山梨県石和町で身元不明の自殺者を火葬したところ後にそれがイラン人イスラム教徒だったと判明し、イラン大使館が抗議する事件が発生した。
現在も大分県日出町で別府ムスリム協会が土葬用墓地建設のため土地を購入したものの、住民がその下方にあるため池への排水流入など衛生面での懸念を主な理由として建設に反対。意見の対立が続いている。
人はいつか必ず死ぬ。死ねば埋葬しなくてはならない。在日イスラム教徒は既に20万人を超えたとされる。日本では死者の99%以上が火葬されるが、イスラム教徒は火葬を拒否する。一方、土葬に抵抗感を覚える日本人も少なくない。
スリランカではテロ、疫病、火葬といったさまざまな問題が仏教徒とイスラム教徒の間の敵意を増幅させ、社会の分断が進んでいる。イスラム教徒の人口が急増している日本に、これを人ごとだと軽んずる余裕はもうない。 【2020年12月24日 飯山 陽氏 Newsweek】
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