孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドのシーク教徒 1984年のシーク教徒虐殺暴動 欧米でのシーク教徒過激派をめぐる問題

2023-11-23 22:56:27 | 南アジア(インド)

(インド当局はカリスタン運動指導者シン(中央)の逮捕を目指している【4月4日 Newsweek】)

【モディ首相がなくすとアピールする「3つのC」】
将来的には中国を凌ぐとも言われているインド経済ですが、当然ながら現段階では問題山積。

****トヨタが新工場建設のインドに横たわる「3C問題」の根深さ 中小企業進出は要注意と専門家が指摘****
11月23日のニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」に、戦略科学者の中川コージ氏がゲスト出演。トヨタ自動車がインドで新たな工場を建設するニュースに関連し、年内にインドへ移住する予定という中川氏は、インド経済と社会に横たわる問題点について言及。「3C問題」について注意を促した。(中略)

中川)インド経済のマクロ的な指標としては、当然ながら人口ボーナス。14億人いて、平均年齢が20代とすごく若い。これはもうマクロ的にどう考えてもファンダメンタル、基礎力はある。ここから伸びるか伸びないかで言うと、伸びなかった方が奇跡。

それはともかくとして、日本や欧米の企業進出はあるが、IT系や一次産業は良いものの、結局カースト制があるからITが伸びている。

職業ギルドのような形のカースト制度があるなかで、ITは新しくできたから、みんながそこに誰でもいける。しかも儲かる。儲かる上にカーストに縛られないということで伸びた。そうじゃないという論もあり、まだ僕も行っていないので確信はしていないが、いずれにしてもカースト制はある。

そこでモディ首相は、独立して100年となる2047年までに「3つのC」をなくすと言っている。caste(カースト)、corruption=汚職・腐敗、communalism=イスラム教やヒンズー教の宗教対立。

この3Cをなくすと言っているが、ただ、そもそもその時(2047年)までモディは(首相を)やってないだろうみたいなことで批判されていて、つまり、この3つが相当根深い問題ということです。

解決はいつかしないといけないが、歴代棚上げしてきたという感じ。経済は伸びるが、まだまだ3Cみたいなものがある。日本企業も、大資本であればひとつの都市を買うという感じで汚職も何もないが、中小企業が500万円や1000万円をもって現地でやるということになると、汚職の餌食になる。【11月23日 ニッポン放送 NEWS ONLINE】
********************

ヒンズー至上主義を進めるモディ首相が“communalism(同一の宗教・言語などをもつ地域社会の利害を優先させ、その優位性を強調する考え方)=イスラム教やヒンドゥー教の宗教対立”をなくすと言っているのは不謹慎ながら笑えます。

caste(カースト)にしてもどうでしょうか? (ヒンドゥー的な)インド伝統重視のモディ首相のもとで進むのでしょうか?

corruption=汚職・腐敗が蔓延していること、その解消がなかなか困難なことは、インドだけでなく世界共通。
ちなみに、世銀のThe Worldwide Governance Indicators(WGI)によれば、2022年の各国の政治腐敗抑制度評価において、インドは213か国中119位にランクされています。思ったよりいい結果かも。インドの下にはインドネシア、タイ、ミャンマーが。日本は21位。

【「インド人=ターバン」のもとになったインドのシーク教徒 全人口の1.7%】
でもって、宗教対立。 インドの宗教対立と言えば多数派ヒンドゥー教と少数派イスラム教の対立・迫害がすぐに想起され、これまでもその種の問題は何回も取り上げてきました。

ただ、インドにはもう一つの宗教グループがあります。シーク教です。
日本外務省HPによれば、インドの宗教割合は、ヒンドゥー教徒79.8%、イスラム教徒14.2%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.7%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.4%と記されています。

1.7%と割合的には小さいですが、母数が14億ですから“キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教に次いで世界で5番目に信者の多い宗教で、約2400万人の信者がいる”【ウィキペディア】ということにもなります。

私のような古い世代の人間は、インド人というと頭にターバンを巻いた姿をイメージしやすいですが、ターバンを日常的に使用しているのは髪やひげを切らないシーク教徒です。

植民地支配していたイギリスが世界中でシーク教徒兵士を使用したこと、シーク教徒は比較的裕福で世界で活躍している人が多いこと、日本で活躍したインド人がたまたまシーク教徒だったことなどから、そういうインド人=ターバンという誤ったイメージが生まれ、身近なイラストなどで強化されてきたようです。

もっとも、最近の若いシーク教徒ではターバンを使わない人も多いようですし、ヒンドゥー教徒やイスラム教徒も昔はターバンを巻いていたとか、現在でもヒンドゥー教の結婚式では新郎、新郎新婦の親族男性は赤またはピンクのターバンを巻くとかいいったこともあるようです。

後述する1984年のシーク教徒虐殺を扱ったインドのドラマでも、シーク教徒を探す暴徒が列車乗客の手荷物からターバンを発見し、持ち主男性をシーク教徒と断定してリンチしようとしますが、その乗客が「これは結婚式用だ」と説明し、暴徒もすぐに納得する・・・という場面もありました。

【シーク教徒活動家殺害をめぐる緊張 カナダに続いてアメリカでも】
シーク教徒のなかにはインドからの分離独立を求める人々もおり、海外で活動するそうしたシーク教徒活動家殺害にインド対外情報機関が関与しているのでは・・・といった案件を最近目にします。

****米国内でシーク教徒の男性暗殺計画 「インド政府関与」の報道****
英紙フィナンシャル・タイムズは22日、シーク教徒の独立運動に関わっていた男性を米国内で暗殺する計画に、インド政府が関与したとする懸念を米当局がインド側に伝えたと報じた。計画は未遂に終わったとしている。

9月にはカナダ政府も、カナダ国内でシーク教指導者の男性が殺害された事件にインド政府の工作員が関与した疑いがあると表明し、インド政府が否定したばかりだった。

フィナンシャル・タイムズは、事情を知る複数の関係者の話として報じた。暗殺計画で標的だったとされるのは、米国とカナダ国籍を持つ男性で、インド北部パンジャブ州でシーク教徒の国家「カリスタン(清浄の地)」の建設を目指す運動に関わっていた。

ロイター通信によると、米国家安全保障会議(NSC)のワトソン報道官は22日、この疑惑を伝えられたインド側が「驚きと懸念を表明した」と説明。インド政府がこの問題を調査中だとした上で「(関与した者が)責任を問われるべきだという期待を伝えた」と述べた。

インド外務省は22日、米国との最近の協議の中で、米側から組織犯罪などの情報が共有されたとした上で「この情報は両国にとっての懸念材料で、必要なフォローアップをすることを決定した」とする声明を発表した。米側が示した情報の具体的な内容には言及しなかった。

米印は近年、インド太平洋における中国の台頭を念頭に、日米豪印の協力枠組み「クアッド」などを通じて連携を強化している。疑惑を巡る両国の対応次第では、今後の関係に影響を及ぼす可能性もある。

シーク教徒の独立運動を巡っては、カナダで6月に射殺されたカナダ国籍のシーク教指導者の男性について、インド政府の工作員が関与したとする情報を入手したとカナダ当局が発表。インド外務省は「ばかげている」と否定し、両国は外交官を追放し合うなど外交問題に発展した。【11月23日 毎日】
********************

この案件が注目されたのは、上記記事にあるように、カナダでカナダ国籍のシーク教指導者の男性が射殺された事件をめぐって、インドとカナダの外交問題が続いているからです。

****カナダとインドとの亀裂さらに深まる カナダ外交官41人をインドから引揚げと発表 シーク教徒殺害めぐる対立で 一方で「報復措置とらない」とも****
インドとの関係が悪化するカナダが、インドに駐在する外交官41人とその家族を出国させました。

カナダ国内で6月に起きたシーク教の指導者殺害事件をめぐり、カナダのトルドー首相が「インド政府の関係者が関与した可能性がある」と指摘して以降、インドとカナダの間では急激に対立が深まっています。

こうしたなか、カナダのジョリー外務大臣は「『駐在する外交官が国外退去しなければ、外交官の特権を剥奪する』と正式に通告があったことから安全上の懸念がある」として、インドに駐在するカナダの外交官のうち41人とその家族を出国させたと発表しました。

インドに残るカナダ外交官は21人に減り、領事館の対面業務を一時的に中止せざるを得ないとしています。
一方、今回の件で、インドに対する報復措置は取らないということです。【10月20日 TBS NEWS DIG】
**********************

【シーク教徒の分離主義運動 「カリスタン運動」】
インドのシーク教徒の分離主義運動は「カリスタン運動」と呼ばれています。

****シーク教徒指導者殺害で激しく対立するインドとカナダがこだわるカリスタン運動とは****
<カナダ在住のシーク教独立運動指導者が殺害された事件で、インド政府の関与を疑うカナダ政府に対し、インドが猛反発。怒りの背景には、積年の恨みがあった>

カナダ在住のシーク教指導者ハーディープ・シン・ニジェールが殺害された事件について、インド政府が関与した可能性があるとカナダのジャスティン・トルドー首相が発言したことで、インドとカナダの関係は外交的危機の瀬戸際に立たされている。

背景にはこの事件や発言だけでなく、インドのシーク教徒の分離主義運動をカナダ政府が支援しているのではないか、という長年の疑心暗鬼が大きな流れとしてある。

この衝突を世界が注視するなか、インドは断固として暗殺との関わりを否定。カナダの特定の政治家や当局者が、独立国家カリスタンの創設を目指すシーク教徒の分離主義グループを間接的に支援している可能性を指摘して、それが両国関係を緊張させていると主張した。

カリスタン運動はインドのパンジャブ地方にシーク教徒の独立国家創設をめざす運動で、インド政府としては到底容認できない反政府分子だ。ニジェールはその過激派とつながっていたとしてインドで有罪判決を受けた「テロリスト」なのに、カナダ政府はその身柄を拘束しようともしなかった、というのだ。

トルドー首相は2023年7月、記者団に対し、カナダは「表現の自由」を支持しているに過ぎないと述べた。「この国は多様性が非常に豊かな国であり、われわれには表現の自由がある」

トルドーはこの危機について公然とインドを非難し、議会下院で、ニジェールの死についてインド政府のいかなる関与も「容認できない」と述べた。カナダのメラニー・ジョリー外相も、インドが関与しているという主張が事実であれば、それは「わが国の主権に対する重大な侵害」になると述べた。

カナダ野党も「造反」
(中略)

インド政府もシーク教徒の分離主義運動を取り締まらないカナダの姿勢を批判した。
「この問題に対するカナダ政府の不作為は、長年の懸念だった。カナダの政治家がこのような勢力に公然と同調を表明していることは、非常に重要な問題だ」

「カナダでは以前から、殺人、人身売買、組織犯罪など、さまざまな違法行為が容認されている。われわれは、インド政府とこのような動きを結びつけるいかなる試みも拒否する。われわれは、カナダ政府に対し、自国内で活動するすべての反インド勢力に対し、迅速かつ効果的な法的措置をとるよう求める」【9月26日 Newsweek】
*******************

前述のようにインド全土ではシーク教徒は1.7%ですが、パンジャブ州では58%を占める多数派で38.5%のヒンドゥー教徒を上回っています。(2011年の数字 【ウィキペディア】)

【1984年のシーク教徒虐殺暴動 カナダの事件でのインド政府の強硬姿勢の背景】
インド国内におけるシーク教徒をめぐる状況は、1984年に当時のインディラ・ガンジー首相がシーク教徒ボディーガードに暗殺された事件、それに激高するヒンドゥー教徒が数千人のシーク教徒を虐殺したことで極度に悪化しました。

****カナダとの対立 シーク教徒殺害にまつわるインドの事情****
(中略)このシーク教徒は、インドのパンジャブ地方に多く住み、昔は独立国家を形成していた。英国がここを攻撃した際、シーク教徒の王国がすでに西洋式の軍隊を保有しており、強力な軍事力で迎え撃ったため、英国はシーク教徒を高く評価したのである。

英国の雇い兵であったセポイが反乱を起こした際、英国はセポイに代わる新しい兵士の供給源を探し、シーク教徒に目を付けた。こうして英国は、世界を支配する際に、シーク教徒の兵隊を連れて行った。

世界中でインド人がターバンを巻いているイメージが広がったのは、英国人が連れて回った兵士がシーク教徒だったことが一因である。例えば、日本も出兵した義和団事件に参加した各国の兵士たちの写真を見ると、シーク教徒の兵士が写っている。こうして日本でも、インド人というと、ターバンを巻いているイメージが定着していったのである。

しかし、1984年、このシーク教徒の一部がインドからの独立を目指した。インド国内の商売が進展するにしたがって、ヒンドゥー教徒の商人らがパンジャブ州に移り住むようになり、次第にシーク教徒の一部が「ヒンドゥー教徒に乗っ取られる」という危機感を覚えたことが背景にある。  

武装蜂起したシーク教徒の過激派は、シーク教徒の聖地ゴールデンテンプル(日本の金閣寺のような建物)に立てこもった。これに対し、当時のインディラ・ガンジー首相は軍に鎮圧を指示、軍は鎮圧作戦「ブルースター作戦」を開始、戦車で聖地に突入し、聖地を破壊してしまった。  

インディラ・ガンジー首相は、ヒンドゥー教徒とシーク教徒の和解のため、ボディガード5人の内2人をシーク教徒にしたが、ある日、この2人がインディラ・ガンジー首相に発砲、殺害してしまったのである。  

全土で、怒ったヒンドゥー教徒がシーク教徒を襲い、約6000人が殺害されたが、1人を除き逮捕者は出ていない(逮捕された1人は 当時与党だった国民会議派のリーダー、サジャン・クマール氏で2018年に逮捕、終身刑 )。だから、到底文化的とは言えない野蛮な方法で、報復による集団的懲罰を加えたものの、テロ対策としては大失敗であった。

世界的なテロ対策事例へ
しかし、インドはその後、テロ対策を改良した。(中略)このような対策の結果、1992年には、このテロ活動をほぼ完全に鎮圧することに成功したのである。2001年、米国で9.11同時多発テロが起きると、このシーク教徒過激派鎮圧の例がテロ完全撲滅の数少ない成功例として、世界のモデルとなったのである。  

ところが、ここで終わりではなかった。シーク教徒過激派は、英語を話す各国、カナダなどに逃げて、そこで独立運動の再建を目指して潜伏していた。これをインドの情報機関は監視し続けていた。

そして今回、その過激派指導者がカナダで殺害され、国際問題になったのである。  インドの情報機関が関与したかどうかは、まだ調査中であるから、断定的に言うべきではない。だが、可能性はある。(中略)

選挙に向けたメッセージ
問題は、インド政府の対応が、かなり強いものであることだ。まだ調査中の段階であるにもかかわらず、カナダ人のビザ発給の停止に踏み切っている。少し対応が先走りしすぎていないか。

実は、その背景には、選挙があるものとも思われる。  インドは今、2024年の総選挙に向け、激しい争いになっている。14年以降続いてきたモディ首相に対する人気は相当高いものの、新型コロナウイルス感染拡大以後、そしてロシアのウクライナ侵略以降、世界的な物価高になっている。 (中略) 

その選挙における非難合戦が激化していることが、外交に強い影響を与えている。そもそもインド国内の問題が外交に影響を与えるのは、インド人が世界中に住んでいるためである。  

インド国籍ではないものの、米国の副大統領や英国の首相、カナダの内閣の大臣たちもインド系であることをみれば、インド系が世界的に深く広がっていることは一目瞭然である。海外にいるインド人の意見は、国内の親戚・知人の判断に影響を与える。  

そのような環境の中で、インド政府は、インド国内にいるインド人に対して、カナダに強い対応に踏み切ったというメッセージを送りたくなるのである。「かつてインドを植民地にした西側諸国と、その西側諸国にしっぽを振ってテロを計画しているようなインド人たちが、インドの内政に干渉しようとしている。それを許すな」というメッセージである。

そういったメッセージは、結局、インド国内のインド人たちの選挙での行動に影響を与え、与党有利に働くという思惑があるのだろう。(後略)【9月26日 長尾 賢氏 WEDGE】
*******************

インド政府が神経質なる背景には、海外でのシーク教徒過激派復活の動きがあるからです。

****シーク教過激派に復活の足音...米英でインドの外交施設が破壊される事件****
<国内外で存在感を強める新世代の分離主義と拡大する暴力、複雑な対インド事情を抱える欧米は対応に及び腰だ>

イギリスとアメリカで、インドの外交施設がシーク教徒に破壊される事件が起きた。
3月19日、ロンドンにある在英インド高等弁務官事務所とサンフランシスコのインド総領事館前で行われた抗議活動の際、窓ガラスが割られ、施設スタッフ数人が負傷した。

インドメディアによれば、両施設前に集まったのは、過激なシーク分離主義運動を率いるアムリトパル・シンの支持者とみられる。シンには、インド国家安全保障法に基づく逮捕状が出ている。地元パンジャブ州から逃亡したとされるシンを追って、インド警察は逮捕作戦を展開する一方、同州でシンの支持者を拘束している。(後略)【4月4日 Newsweek】
*********************

個人的なところでは、最近たまたま観たインドドラマ「鉄道人」が、1984年のシーク教徒虐殺暴動を伏線としていたことで、これらのシーク教徒関連の記事に関心が持たれました。

上記ドラマの主題は、同時期に発生したインド・ボパールで起きた米企業ユニオン・カーバイド社の子会社のガス漏れ事故。ガスはスラム街を覆い、死者は少なくとも3,787人(州政府発表)とも、(事故が原因の病気で亡くなった者を含めると)16,000人以上(推定)とも言われる世界最悪の産業事故です。 その件はまた別機会に。

シーク教徒虐殺にしろ、ボパール化学工場ガス漏れ事故にしろ、数千人単位で死者が・・・ドラマの冒頭、「この世で藁よりも軽いものがあるとすれば、それは貧者の命だ」といった主旨のナレーションが。

そうしたことは「昔」の話で、「今のインドは違う」ということであればいいのですが。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ポーランド  ウクライナと... | トップ | スウェーデンNATO加盟で続く... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

南アジア(インド)」カテゴリの最新記事