孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ  麻薬組織ボスが一部住民からは英雄視される社会で「麻薬王」の息子の拘束作戦決行

2023-01-07 22:07:52 | ラテンアメリカ
(「麻薬王」の息子、オビディオ・グスマン氏=メキシコ北西部クリアカンで2019年10月17日【1月7日 毎日】)

【地元政治家・警察・軍とも癒着一体化】
“メキシコで麻薬組織が関係した死者が非常に多く、メキシコ麻薬戦争とも言われる状況にあることは、これまでも再三取り上げてきました。殺人事件死者数は日本の100倍以上に達しています。・・・”というのは、2022年8月22日ブログ“メキシコ 2014年学生集団失踪事件は「国家犯罪」か 当時の捜査指揮者を隠蔽工作で逮捕”の書き出しでした。

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アメリカは巨大な麻薬の消費地だ。かつてはこのマス市場に向けて、コロンビアから大量の麻薬が運ばれていた。

しかし1980年代のレーガン政権時代の麻薬戦争によってコロンビアからのルートが壊滅すると、麻薬の道はメキシコ経由に変わった。そしてメキシコの麻薬組織が台頭し、まるで軍隊のように武装し、メキシコ政府と真っ向から対立するようになり、2000年代後半からの血で血を争う麻薬戦争となる。

かつては静かだった街が戦場に変わり、すべては呑み込まれていく。【2015年3月15日 映画.com 「佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代」】
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単に麻薬組織が暗躍しているだけでなく、麻薬組織と警察・軍・政治家とも一体となっているのは、他の中南米諸国の事情とも共通しています。(あるいは、世界共通か)

メキシコ麻薬戦争のなかでも特筆すべき事件が前回ブログでも取り上げた014年学生集団失踪事件ですが、この事件には地元市長・警察だけでなく軍も加担していました。

****学生43人失踪で軍幹部逮捕 メキシコ、一部殺害指示か****
2014年にメキシコ南部ゲレロ州で学生43人が警察に連れ去られ行方不明となった失踪事件で、政府高官は15日、同州の部隊を率いていた軍幹部ホセ・ロドリゲス・ペレス容疑者ら3人を逮捕したことを明らかにした。地元メディアなどによると、同容疑者は43人のうち少なくとも6人の殺害を指示した疑いが持たれている。

事件はペニャニエト前政権下の14年9月に発生。左派系の教員養成学校の男子学生が分乗したバスが警察の襲撃を受け、43人が連れ去られた。さらにサッカーチームの乗ったバスも誤って銃撃されるなど、他に計6人が死亡した。【2022年9月16日 共同】
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政治家・警察・軍も味方なら、麻薬組織はやりたい放題です。

【貧困層にとって麻薬組織のリーダーというのは、ある種のヒーロー】
そんなメキシコにあっては、まっとうな将来が期待できない貧困層にとって麻薬組織のリーダーというのは、ある種のヒーローでもあります。
実在の麻薬組織のボスたちを題材にして、彼らを英雄としてあつかった語りの音楽「ナルコ・コリード」という音楽ジャンルもあるぐらい。

麻薬組織側もときに住民に施しを行うなど、住民と麻薬組織の間にも“持ちつ持たれつ”的な関係があるのかも。(マフィアの「ゴッドファーザー」的な世界か)

****メキシコ大統領「麻薬カルテルのプレゼント配布に用心を」****
メキシコのアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領は27日、麻薬カルテルによる物品配布に注意するよう国民に警告した。

ハリスコ州グアダラハラで麻薬カルテルの構成員とみられる人物らが、クリスマスの装飾を施したトラックからプレゼントを配布する様子を撮影した画像がソーシャルメディアに投稿されたのを受け、当局は捜査に乗り出した。

ロペスオブラドール氏は報道陣に「たとえ食べ物をもらったとしても、だまされてはいけない。それは善意によるものではない。国民を盾として使おうとしているのだ」と述べた。麻薬カルテルの狙いは、コカイン取引の摘発時などに「地域社会に密売人を守らせる」ことにあるという。

現地メディアによると、プレゼントを配布したのは有力かつ凶悪な麻薬カルテル「ハリスコ新世代」の構成員とみられている。

ハリスコ新世代は新型コロナウイルスの流行のピーク時、西部の複数の場所で食料を配布していたと報じられている。北西部シナロア州では、麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者の写真入りのギフトボックスも確認されている。 【12月28日 AFP】
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【「麻薬王」故郷に市が密売博物館建設を計画し物議を呼ぶ】
麻薬組織のボスの中でも「麻薬王」と称されるのが上記記事にもある「エル・チャポ」(本名 ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラ)

*****ホアキン・グスマン*****
ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラは、メキシコの麻薬密売・密輸組織シナロア・カルテルの最高幹部。エル・チャポ(スペイン語: 「ちび」の意)の通称で知られる。2023年現在はアメリカ合衆国コロラド州にあるADXフローレンス刑務所にて終身刑で服役中。

『フォーブス』は、グスマンを「史上最大の麻薬王」、アメリカ合衆国連邦政府は「地球上で最も残酷で危険で恐ろしい男」、アメリカ麻薬取締局(DEA)は「パブロ・エスコバルに匹敵する影響力を持つ麻薬界のゴッドファーザー」と称している。2015年には、シカゴ犯罪委員会より「公衆の敵ナンバーワン」に指名された。【ウィキペディア】
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前述のように、「史上最大の麻薬王」ということは、一部地元住民にとっては「史上最大の英雄」でもあります。
麻薬組織と権力が癒着するのが“当たり前”の社会にあっては、地方政府も麻薬犯罪に対する抵抗感も少ないのでしょう。もちろん自分自身が組織と癒着していれば、抵抗感などは皆無。

****「麻薬王」故郷に市が密売博物館?=観光客当て込み物議―メキシコ****
メキシコ最大の麻薬組織の一つである「シナロア・カルテル」最高幹部の故郷が、観光客を呼び込もうと「麻薬密売博物館」の開設を計画して物議を醸している。

この最高幹部は「麻薬王」の異名を取るホアキン・グスマン(通称エルチャポ)受刑者。米国で終身刑を言い渡されて収監されている。

問題の自治体は、北西部シナロア州バディラグアト市。2日付の地元紙などによると、ロペスエレネス市長は建設中の展望台の一角に「麻薬密売博物館をつくる可能性がある」と指摘。「われわれの歴史であり、否定できない」として、エルチャポ受刑者や、麻薬密売に関連する品を展示する考えを示した。

これに対し、シナロア州のロチャモヤ知事は3日、ツイッターで「麻薬密売博物館のアイデアは共有できない。断固拒絶する」と激しく反発。想像を超える反響に驚いたロペスエレネス市長は地元ラジオなどで「私はあくまで可能性を話しただけだ。まだ最終決定ではない」と弁明に追われている。【2022年11月5日 時事】
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全くの想像ですが、こうした博物館建設が組織からの強い働きかけであれば、それを拒否することは現地では「死」を意味しかねません。

【2022年に世界で最も多くのジャーナリストが死亡した国はメキシコ】
当然の如く、麻薬組織の実態を暴こうとするようなジャーナリストは処刑の標的となります。

****記者殺害、今年はメキシコが最多=国境なき記者団****
国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」(RSF)は14日、2022年に世界で最も多くのジャーナリストが死亡した国はメキシコだったとのリポートを発表した。

それによると、今年1月から12月1日の期間に報告されたメキシコでの記者殺害は11件で、世界全体の20%に達した。

RSFは「一般社会や国際組織の働きかけ、地元当局の保護メカニズムが不十分」と指摘した。

このほか言論の自由を擁護する複数の団体がさらに多くのメディア関係者殺害を報告している。

RSFは、世界全体で殺害された記者は57人で前年から18.8%増加したと報告。ウクライナでの戦争が主な要因だが、殺害のほぼ半分はなお米州で発生していると指摘した。

特に、ハイチやニカラグア、ブラジルなどの暴力多発国では、組織犯罪やギャング、汚職の調査取材が最も危険だという。

またリポートは、ブラジルでアマゾンの森林破壊や違法伐採の取材中に3人の記者が殺害された事件にも言及。世界ではメディア従事員49人が行方不明になり、65人が拉致されたと報告した。【12月15日 ロイター】
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麻薬組織ボスが英雄視されるような社会にあっては、一般の犯罪に関してもハードルが低くなります。暴力で問題を解決するのが普通のような風潮も生まれてきます。

****男性が生きたまま焼かれる 私刑相次ぐメキシコ****
メキシコ南部チアパス州の先住民族コミュニティーで29日、自動車窃盗の疑いを掛けられた男性が生きたまま火を付けられ殺害されたとみられる事件が発生した。同国では私刑が相次いでいる。

チアパス州の検察当局によると、事件が起きたのは先住民族ツォツィル人が暮らすサンティアゴエルピナール。遺体で発見された男性は全身にひどいやけどを負っており、殺人事件として捜査しているという。

同州では先週、5人の若者が自動車窃盗の疑いを掛けられ、バスケットゴールのリングに裸で数時間つるされたとされる事件が起きたばかり。

非営利団体コモン・コーズによると、メキシコでは私刑が毎年数百件起きており、2021年には42人が死亡した。
専門家はこうした事態について、犯罪がはびこっているにもかかわらず犯人が処罰されないとの認識が広がっていることが一因だと指摘している。 【12月31日 AFP】
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【兵士数千人が参加する、「麻薬王」息子の拘束作戦 組織側の報復で騒然とした状況も】
そのメキシコにあって、「麻薬王」エル・チャポの息子が5日、当局によって逮捕されましたが、麻薬組織側の激しい報復で現地では騒然とした状況にもなっているようです。

****「麻薬王」の息子逮捕 米大統領の訪問直前―メキシコ****
メキシコ治安当局は5日、「麻薬王」ホアキン・グスマン(通称エルチャポ)受刑者の息子オビディオ・グスマン容疑者(32)を拘束した。バイデン米大統領のメキシコ訪問直前の逮捕となった。

サンドバル国防相によると、オビディオ容疑者は北西部シナロア州クリアカンで拘束され、軍用機でメキシコ市に移送された。

拘束後、クリアカンでは銃撃や放火が発生。シナロア州知事は、学校は休校、スポーツ行事も中止したが、1人が死亡、少なくとも28人が負傷したと明らかにした。
オビディオ容疑者は収監中の父に代わって麻薬密輸を統率し、数々の殺人を命じた容疑で米当局からも追われている。米国は、拘束につながる情報に最大500万ドル(6億7000万円)の懸賞金を提示していた。【1月6日 時事】
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拘束作戦では、麻薬組織側はマシンガンで応戦、治安当局が武装ヘリコプターを投入するなど激しい銃撃戦となったようです。

****「麻薬王」の息子拘束作戦、29人死亡 メキシコ****
メキシコのルイス・クレセンシオ・サンドバル国防相は6日、麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者の息子、オビディオ・グスマン容疑者を5日に拘束する際に発生した銃撃戦の死者は計29人に上ると明らかにした。

北西部シナロア州クリアカンで行われた拘束作戦には兵士数千人が参加。「エル・ラトン(ネズミの意)」ことオビディオ容疑者を奪還しようとする麻薬カルテル側と銃撃戦となり、現場はさながら戦場の様相を呈した。

国防相によると、オビディオ容疑者を拘束した後に歩兵大隊が攻撃を受け、指揮官らが殺害された。政府側は10人が死亡、35人が負傷。カルテル側は19人が死亡、21人が拘束された。

さらに、カルテルの構成員がクリアカン国際空港を襲撃し、離陸しようとしていた民間機1機とメキシコ空軍機2機が銃撃を受けた。

空軍機は「かなりの衝撃」を受けたため、緊急着陸を余儀なくされた。負傷者は出ておらず、同空港は6日に運航を再開した。

オビディオ容疑者はクリアカンで拘束された後、首都メキシコ市を経由して中部のアルティプラーノ刑務所に移送された。同刑務所は厳戒態勢が敷かれているが、米国で服役しているホアキン受刑者はかつて脱獄したことがある。 【1月7日 AFP】AFPBB News
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個人的には、兵士数千人が参加するような拘束作戦が組織側に情報が漏れることなく行われた事の方が驚きです。
麻薬組織と権力の癒着というのは、言われているほどはひどくない・・・・のでしょうか?

なお、“治安当局は2019年にグスマン被告を拘束したものの、当時も麻薬組織による反発が広がり、報復のおそれがあることから大統領の指示で釈放されていました。”【1月6日 TBS NEWS DIG】

今回の麻薬組織側の報復も、上記のような線を狙ってのものでしょうが、政府当局も同じ失敗を繰り返すのは致命傷となりますので、そこは“覚悟”したうえでの作戦実行だった・・・のでしょう。(想像ですが)
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