孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  「ヒジャブ」問題に端を発した抗議デモ 現体制を終わらせる事態になりうるのか?

2023-01-06 22:11:55 | イラン
(マフサ・アミニさんの死から40日目、アイチ墓地に数千人が向かう様子。2022年10月にツイッターに投稿された写真。【1月3日 ARAB NEWS】)

【長引く「ヒジャブ」に端を発した抗議デモ】
イランでは、22歳の女性が髪を隠す布「ヒジャブ」の「不適切」着用を理由に逮捕され、急死した事件を受けた抗議デモが3カ月以上続いています。

単に、死亡した女性の問題、あるいは、「ヒジャブ」の問題にとどまらず、デモ参加者は「自由」を求め、「独裁者(ハメネイ最高指導者)に死を」といったスローガンが叫ばれ、現体制そのものへの抗議にもなっています。

最高指導者ハメネイ師は、デモ隊の一部はアメリカに扇動された「暴徒」だと断じ、警察官や革命防衛隊の傘下にある民兵組織「バシジ」が銃器も使ってデモ鎮圧を図ってきました。

死傷者は増え続けており、ノルウェー拠点の人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」によると、2022年12月17日時点で、デモ参加者ら計469人が死亡。一方、治安部隊の犠牲も出ており、イラン地元紙は同10日、計60人以上の治安部隊員が死亡したと報じています。【日系メディアより】

情報統制が厳しいイラン国内のことですから、犠牲者はもっと多い可能性もあります。

抗議行動が収まらないなかで、デモの対応にあたる治安部隊の間で「疲れ」が出ている、「治安部隊にとってもデモの終わりが見えず、自分たちが危険な目に遭う恐れが増している。隊員の間で疲弊感が漂い始めている可能性はある」(在テヘランの外交関係者)といった情報も伝えられています。

体制側も“引き締め”を図っています。

****イラン、対米批判強め結束誇示 精鋭部隊司令官殺害から3年****
イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官が米軍に殺害されてから3年となった3日、ソレイマニ氏の出身地ケルマンにある墓には大勢の市民が訪れ、祈りをささげた。

イラン指導部は各地で追悼式を開いて、体制への抗議デモを支援する米国に対する批判を強め、保守強硬派を中心とした市民の結束を内外に誇示した。

市民は墓に白い花を手向けたほか、手を置いたり口づけをしたりして追悼した。ソレイマニ氏は過激派組織「イスラム国」(IS)に対峙した英雄として国民の人気が高い。

米軍は2020年1月3日にソレイマニ氏らをイラクで殺害した。【1月3日 共同】
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【「イスラム革命体制が今回の反政府デモで倒れると思うのは希望的観測に過ぎない」との見方】
昨年12月にはイランの検事総長が、国民に不評で今回問題の発端となった道徳警察の廃止に言及すような“体制側の譲歩”とも見えるような動きもありましたが、今後の焦点は、長引く抗議行動で現体制が危機に瀕するようなことがあるのか・・・という点になります。

これに関しては、論者によって差があります。“差”というより、どの側面を重視してものを言うか・・・ということでしょう。

下記は、“今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない”という趣旨の記事です。

****続くイラン抗議デモ だが革命体制崩壊は希望的観測****
米ヴァージニア工科大学のイスファハーニ教授が、Project Syndicateのウェブサイトに、最近のイランの反政府デモについて‘Iran’s Conservative Tightrope’と題する論説を寄稿し、今回の反政府デモがイスラム革命体制を脅かすとは思われないと断言する一方、イラン革命後、女性の教育水準が高くなっているにもかかわらず、保守強硬派は、服装規定を女性に強要しようとして今回のデモを招いたなどと指摘している。要旨は次の通り。

イランのデモはテヘランから田舎に拡大し、その要求も道徳警察に対する抗議から、「独裁者(ハメネイ最高指導者)に死を」に変わった。

しかし、今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない。抗議デモは、政府を倒す手段を有していないし、体制側も分裂する兆しはない。国外の敵(サウジアラビア、イスラエル、米国)は、国内の異なる勢力を団結させることを助けている。

過去20年間以上、イランの改革派(ハタミ元大統領やロウハニ前大統領)は、限られた成果だがイスラム共和国をより寛容なものとするべく努力してきた。

苛立った保守強硬派は、真のイスラム革命とは何かを国民に分からせ、地域の覇権国家としてのイランの立場を確実にすることを期待し、非常に保守的なライシ師を大統領に当選させた。しかし、ライシ大統領は権限も経験も欠いている。

ヒジャブ着用の強制をめぐり、若い女性たちと体制側との緊張は徐々に高まっていたが、保守強硬派は注意を払っていなかった。多くの保守強硬派は、かえって、今こそ緩んだ1983年のヒジャブの着用規定のタガを締める時だと考え、公共の場での女性に対する監視を強めた。

しかし、1983年と比べイランの社会は変化している。かつてイラン女性は、高等教育を受けず、外で働かずに6〜8人の子供をもうけていたが、現在では、子供の数は平均2人で、20代の女性の38%が高等教育を受けている(同世代の男性は33%)。彼女たちは、道徳警察に逮捕され、再教育施設に入れられることは我慢できない。

10年間にわたる経済政策の失敗は、イランの若者達の怒りを蓄積させている。イランの大学の卒業生は、最初の職につくまで平均2年半も待たされている。ほとんどの20代後半のイラン人は、金銭的に自分達の家庭を作れず両親と同居している。

体制側は、反政府デモを沈静化させるには、大幅な経済成長の実現よりも嫌われ者の道徳警察を廃止する方が遥かに簡単であると考えるだろう。(中略)

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多くの欧米のメディアは、問題児のイランのイスラム革命体制が倒れて欲しいという希望的観測に基づいて、ヒジャブ着用問題から始まった反政府デモの記事を書いているが、上記の考察は、状況を冷静に指摘している。

例えば、「今回の反政府デモがイランのイスラム革命体制を脅かすとは思われない。抗議デモは、政府を倒す手段を有していないし、体制側も分裂する兆しはない」と論じているが、これには同意できる。

また、サウジやイスラエルなどの反政府デモを支持している外国勢力がイラン国内で不評であり、かえって国内の団結を高めているという指摘や、イランの女性は1980年代には教育水準が低くかったが現在では男性よりも高等教育を受けているのでヒジャブの着用を強制されることは耐えがたく感じているという指摘は、非常に参考になる。

12月4日、イランの検事総長が道徳警察の廃止に言及し、また、ヒジャブ着用規定についても見直しが進められているという報道が流れている。しかし、この体制側の譲歩について、今回の反政府デモでいよいよイスラム革命体制がぐらつき、譲歩を強いられたと考えるのは早計であろう。

デモの限界を見透かすイラン当局
むしろ、12月初めにクルド人地域で革命防衛隊がかなり強硬な反体制デモ弾圧を行い、9日には反体制デモ関係者1名が処刑されたことに見られるように、体制側は反体制デモの限界を見極めた上で、事態の収拾に動き始めたと見られる。

今回の道徳警察の廃止も、反体制デモからデモのきっかけとなった女性達を引き離す効果を狙っての戦術と思われる。

反体制デモ側は、12月5日から全土で3日間のゼネストを呼びかけ、バザール(市場)の商店が閉まっている写真が一部の西側メディアで取り上げられているが、それ以上のニュースになっていない。西側メデイアの期待と裏腹に、全国的なゼネストは失敗したのであろう。

40年以上かけて構築されたイスラム革命体制が今回の反政府デモで倒れると思うのは希望的観測に過ぎない。もちろん、国民をあからさまに抑圧する現在の保守強硬派一色に染まった独裁体制が、永遠に続くとも思えないが、今はその時ではない。

なお、保守強硬派のアフマディネジャド元大統領が、保守強硬派の支持者を裏切って、より広汎な個人の自由と道徳警察の廃止を訴えているらしいが、元大統領の真意は不明である。そもそも今回の反体制デモのきっかけとなった道徳警察は、同元大統領の時代に設置されたものである。【1月6日 WEDGE】
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【他の要因も加わって不測の事態もありうるとの見方も】
一方で、体制にはかつてない圧力がかかっており、「例えば、最高指導者の死や核施設に対する軍事攻撃が今後1年間で起こるかもしれず、そうなればイランの革命に重大な影響を与えるだろう」「弾圧の際の残忍さ・凶暴さに、深刻な経済的不安定が加われば、抗議運動にさらなるエネルギーが注がれる可能性がある」と、イラン体制の崩壊が引き起こされることもあり得るとする見方も。

****2023年展望:イラン体制の未来が危機に瀕している理由****
ワシントンD.C.:「マールギュ・バール・ディクタトール(独裁者に死を)」― イラン・イスラム共和国のほぼ全土を覆い尽くしたデモの大波のスローガンとなっている言葉だ。

報道機関は依然として国家の国内治安当局の厳しい統制下に置かれているものの、学校でのデモ、エネルギー施設でのストライキ、テヘランからアフヴァーズまでの主要道路沿いの集会などをスマートフォンで撮影した解像度の低い動画が、イランの最高指導者アリー・ハメネイ師による支配をかつてないほどに揺さぶっている。

イラン体制が大きな挑戦に直面するのは2009年の「グリーン革命」以来だ。当時、ソーシャルメディアがリアルタイムのアクセスと、不満を抱え改革を求めるイランの若者たちのために大いに必要とされていた声を提供できるようになった時代に巻き起こったこの運動は、世界の想像力を捉えた。

2009年のデモに対するマフムード・アフマディネジャド大統領(当時)の体制の対応は残忍かつ迅速なものだった。
「イスラム革命」の限界点と思われた状況に世界は魅了されたものの、改革を求める声に応えたのは異常なまでの残忍さと大量殺人だった。それを実行したのは、政府の私服準軍事支部「バスィージ」と、革命防衛隊(IRGC)の特別部隊「パサドラン」だ。

イラン国内のデモ参加者たちはこれまでと同じく決意を固めている。「モジャヘディネ・ハルグ」の抵抗部隊のメンバーでイランの都市ラシュトから来たアテフェさん(32)は、「(イラン)国民の利益に反する体制のせいで貧困、破壊、着服が蔓延していること」が「反乱とデモのスピードと進展を加速させている」原動力だと語った。「この3ヶ月でイランは完全に変わりました」

ハメネイ師の治安部隊は今回ばかりは、持続的な全国的反乱となりつつあるデモを鎮圧するために以前と同じ戦略は使えないかもしれないと、観測筋や専門家は見る。

米国を拠点とする「民主主義防衛財団」のイランアナリストであるサイード・ガセミネジャド氏はアラブニュースに対し、ハメネイ師の体制が終焉を迎えるのは時間の問題だという考えを示した。

イラン体制による弾圧の犠牲者の写真を載せたプラカード。今月、パリのフランス国民議会の近く。(AFP)同氏は次のように語った。

「体制とイラン国民大多数の間には血の海が広がっている。改革計画の失敗を30年間経験し続けているから、政治改革だろうが経済改革だろうが社会改革だろうが、国民はもはや改革という神話を信じていない。体制が置かれているのは、デモに譲歩すればほぼ間違いなく自らの終焉を早めることになるという状況だ」

これまでイランでは、身体的・性的暴力や、変革を求める人々の処刑・大量逮捕は、経済・社会環境の改善を間もなく行うという約束と同時に行われてきた。しかし、この戦術も自然消滅したようで、妥協の可能性は低くなっている。

ガセミネジャド氏は次のように語った。「残忍な暴力の行使が体制の唯一の選択肢となっている。今のところそれは功を奏していない。たとえ一時的に効き目があったとしても、過去5年間に見られたように、あらゆるデモの後にはさらに大きいデモが起こるのだ」

それでは、2023年には1979年に始まった体制が崩壊するのだろうか。

そのような帰結もあり得ないとは言えなくなっている。IRGCが国民のデモを鎮圧しようとして暴力の行使を独占しているかもしれないが、他の要因も作用し始めており、イラン体制の崩壊が引き起こされることもあり得る。

ガセミネジャド氏は、「2023年には様々な要因によってイスラム共和国の運命が決まる」と予想する。
「例えば、最高指導者の死や核施設に対する軍事攻撃が今後1年間で起こるかもしれず、そうなればイランの革命に重大な影響を与えるだろう」

体制に対して突然ショックが与えられることもあり得る。ハメネイ師はもはやIRGCの精鋭部隊「コッズ部隊」元司令官のガーセム・ソレイマニ氏に頼ることはできない。2020年にバグダッドで米国のドローン攻撃により殺害されたからだ。(中略)

イラン体制はこれまで国内で、虐殺と政治的機敏性の合わせ技でこうした困難を乗り越えることができていたが、あらゆる階層の様々な思想的背景を持つ国民が直面している悲惨な経済状況が、支配層エリートに大きな存続の危機を突きつけるかもしれない。

ワシントンD.C.を拠点とする「戦争研究所」が最近発表したレポートは次のように述べている。「イラン経済は潜在的に重大な混乱の時期に入りつつあるようだ。最近になってデモの調整役やソーシャルメディアユーザーはイラン国民に対し、至急銀行預金を引き出し金(きん)を購入するよう呼びかけている」

「アメリカン・エンタープライズ研究所」で重大脅威プロジェクトの責任者を務めるフレッド・ケイガン氏は、イラン通貨の急激な下落によって前例のないインフレが進んでおり、銀行システムに深刻な負荷がかかっていると指摘する。

マクロ経済的トレンドとデモが相まって、経済の主要部門の大部分を掌握してきたハメネイ師とIRGC(革命防衛隊)は従来のビジネスの扱い方の再考を余儀なくされている。

ケイガン氏はアラブニュースに対し次のように語った。「この状況がどこに向かっているか、あるいはどれほど酷くなるかを判断するのは時期尚早だと考えている。しかし、体制が既に国民に対して行っている犯罪や、弾圧の際の残忍さ・凶暴さに、深刻な経済的不安定が加われば、抗議運動にさらなるエネルギーが注がれる可能性がある」

テヘランおよびイラン全土で続いているデモは、最高指導者アリー・ハメネイ師とその体制にかつてないほどの圧力をかけている。(UGC/AFP)同氏は、現在のデモは以前のものよりも良く組織されており、より持久力があると考える。

体制は銀行部門の支払い能力を維持することの重要性には特に意識的だ。銀行部門は、IRGCや、ハメネイ師が頼っている主要な支配層エリート家系を潤してきた慈善財団「ボニャド」と深く繋がっているからだ。

ケイガン氏は次のように語った。「イラン体制は自国の外貨準備を使用して銀行を救済せざるを得なくなる可能性に直面するかもしれない(…)デモ参加者たちは既に、協調的なストライキやボイコットを利用して限定的な経済的混乱を引き起こす実験をしている」

また、デモに対する体制の対応は最終的に、より的を絞ったアプローチの一環として銀行口座や引き出しの凍結にまで拡大するかもしれない。しかし、そのような取り組みによって「体制にとって非常に問題となるような形で連鎖が始まる可能性がある」とケイガン氏は言う。

体制を維持している経済的エンジンは、イランのより広範な地政学的野心と密接に絡み合っている。ロシアのウクライナでの戦争機構を支援するためのシャヘドドローンの販売・輸出により、大いに必要としている資金を稼いでいるのだ。エネルギー輸出は、国内の前例のない混乱の中で体制が存続するのに十分な外貨準備をもたらし続けていると、ガセミネジャド氏は言う。

同氏は次のように語った。「イランは現在も日量110万バレル以上の石油を輸出しており、非石油輸出もまだ堅調だ。人権侵害者に的を絞って象徴的な制裁を科すのは結構なことだが、体制の弾圧機構の資金源となる収入を断つことを主要な優先事項の一つとすべきだ」

ハメネイ師とその後継者は難局を乗り切ることができる可能性もある。過去を振り返ると、国際社会、特に西欧は、イランの国内外での行動を非難した後にこぞって同国とビジネスをしていた。

しかし、経済が急激に悪化し、失うものはほとんどないと言うイラン国民がますます増える中、2009年には暴力的に鎮圧された変革のチャンスが2023年には訪れるかもしれない。【1月3日 ARAB NEWS】
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抗議行動だけでは体制は倒れないという点では、前出【WEDGE】記事とそんな差はないのかもしれませんが、イランと敵対するアラブ系メディアだけに“希望的観測”というか“期待”も幾分こめられているのかも。

国民が体制による残忍な暴力の行使をはねかえし、変革を実現するためには、社会・経済への別のインパクトも加わる必要があるでしょう。
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