孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア・レバノンのコレラ感染拡大  レバノンではシリア難民への憎悪拡大の懸念も

2022-11-13 22:44:00 | 中東情勢
(容器に水をためるシリア難民。2017年3月、レバノン・ベッカー高原の町、バーエリアスにある仮設集落で撮影【11月13日 ロイター】)

【インフラが破壊されたシリアでコレラ感染拡大 中東一帯の水不足の状況で隣国との水をめぐる対立も】
“以前は国際問題の中心課題のひとつであったシリア情勢については、反体制派が北部イドリブに拠点をもつものの、現地での内戦が小康状態にあることやウクライナでの新たな問題の発生などで、あまり大きな扱いをされることがなくなりました。ただ、衝突がなくなっている訳でもありません。・・・・”というのは、8月20日ブログ“シリア 政権支援の露・イランと反体制派支援のトルコが協調する奇妙な関係 悪化する難民の生活環境”の書き出しですが、今日も同じ書き出しで。

****死が死を呼ぶ報復の連鎖、シリア北西部****
在英NGOのシリア人権監視団によると今月6日の朝、政権側のロケット弾攻撃があり、子ども3人を含む10人が死亡、77人が負傷した。

国内避難民キャンプなど複数の地点で30発以上のロケット弾が爆発。ロケット弾攻撃はしばらく続き、反体制派は報復として砲撃を行った。政権側は午後遅くにもイドリブ県南部のカフルラタへの攻撃を行い、1人が死亡、3人が負傷した。死傷者はオリーブを収穫している最中だった。

前日の5日には、イスラム過激派組織「タハリール・アルシャーム機構」系組織による砲撃でシリア軍に5人の死者が出ていた。

政府が民主化運動を弾圧したことを受けて2011年に始まったシリア内戦では、これまでに数百万人が国内外に避難し、50万人近くが死亡。

ロシアとイランから支援を受けたバッシャール・アサド政権は、反体制派が一時支配下に置いた地域の大半を奪い返した。

シリア北西部は時折戦闘があるものの、ロシアと反体制派を支援するトルコが2020年に合意した停戦がおおむね維持されている。 【11月13日 AFP】AFPBB News
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長年の戦闘で浄水・水道施設は大きなダメージを受けていますので、衛生環境が極度に悪化していること、その結果、感染症が拡大しやすくなっていることは容易に想像できます。
実際、シリアではコレラが流行しています。

****シリアでコレラ流行、39人死亡 1万人超が感染か****
シリア保健省はこのほど、国内でコレラが大流行しており、これまでに39人が死亡したと明らかにした。世界保健機関(WHO)は感染が「危険な速さで拡大している」と警告している。

WHOは(10月)5日の会見で、「シリアでは過去6週間で、コレラに感染したと疑われる人が1万人以上報告されている」と述べた。
シリア保健省は(10月)4日、9月下旬以降、全14県のうち11県で計594人の感染が報告されていると明らかにした。死者の大半は北部アレッポで報告された。死者数が感染者数に含まれているかは現時点で分からない。

国連によると、シリアでは10年以上続く内戦で浄水・水道施設の3分の2近くが損壊している。
今回の感染源は、下水による汚染が問題になっているユーフラテス川だとみられている。

ユーフラテス川では干ばつや高温に加え、トルコが上流にダムを建設したことから水位が低下し、汚染が進んでいた。
国連によると、シリアでは約1800万人が汚染されているにもかかわらず、飲料水をユーフラテス川に依存している。【10月6日 AFP】
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感染は更に拡大、2万4000人超に。死者も81人へ。

****シリアのコレラ禍深刻化、政府とトルコに責任 HRW****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは7日、シリアでコレラ禍が深刻化していることについて、同国政府とトルコが北東部のクルド人勢力支配地域への支援物資の配給や水流を妨げていることが背景にあると非難した。

シリアではここ10年あまりはコレラの流行は報告されていなかったが、世界保健機関によると、9月以降、2万4000人以上がコレラに感染、81人が死亡した。

HRWは、トルコ政府はユーフラテス川の十分な水量を保証せず、また同国の占領下にあるアルーク給水所からの水道供給も保証していないと指摘した。

クルド人勢力が支配する北東部の保健当局は9月、報道陣に対し、ユーフラテス川の水位は低下しており、コレラ菌が検出されたと話していた。

同勢力は、トルコが上流で水量を調節しており、水を武器として利用していると非難している。トルコ政府はそうした主張を否定している。

HRWの中東・北アフリカ地域副ディレクターのアダム・クーグル氏は「トルコはシリアの水危機深刻化を直ちに止めることができるし、そうすべきだ」と語った。

またHRWは、シリアのバッシャール・アサド政権も、北東部のクルド人居住区向けの支援物資・サービスを他の用途に転用していると批判した。 【11月8日 AFP】
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温暖化の影響でイラク・シリア・イラン・レバノンなど中東一帯で水不足が深刻化していること、チグリス・ユーフラテス川の水位が低下していること、上流国のトルコ・イランと下流国のイラクで水資源をめぐる対立が生じていることは、11月10日ブログ“イラク 気候変動で水不足が深刻化 国民は困窮し、健康被害も 多くを期待できない新政権”で取り上げたばかりです。

シリアの水不足状況、トルコなど隣国との水をめぐる対立も、イラクと同じのようです。

トルコはシリア北部のクルド人勢力をトルコ国内のクルド人反政府勢力と連携する勢力とみなして、軍事介入で排除しようとしていますので、“トルコが上流で水量を調節しており、水を武器として利用している”というのも極めて“ありうる”話でしょう。

【レバノンでもコレラ レバノン政府は隣国シリアでの感染拡大が原因と】
隣国レバノンでも衛生的な水へのアクセスが困難となっており、コレラ感染が拡大しています。
この地域は難民など人的移動が多い地域ですから、それに伴って感染も国外に拡大する可能性があります。レバノン政府は隣国シリアでの感染拡大が原因と考えています。

****経済危機のレバノンでコレラ流行、背景に深刻な水問題****
レバノン北部の難民キャンプでは、水道が止まるのは日常茶飯事だ。だが、マハ・エルハメッドさん(34)と家族は、水道が出なくなってもボトル入りの水を買うことがもはやできない。

「水道水がない時は、近くの池に頼っている」
コレラに感染し重症化した4歳の息子の病床に寄り添いながら、彼女は語った。経済危機で苦しむレバノンに、コレラがさらなる悲劇をもたらしつつある。

人口600万人のレバノンでは、10月以降わずか1カ月のうちにコレラの感染が国中に拡大し、同国保健省が発表した最新のデータによれば2000人近くが罹患、17人が死亡した。

レバノンでは1993年以来、コレラの流行は終息状態にあった。しかし、エリート層の派閥抗争で政府の機能がまひする中、深刻な経済危機は4年目に突入し、公共サービスが打撃を受けている。

コレラは、人間の排泄物などで汚染された食べ物や水を摂取することで感染する、下痢を伴う病気だ。治療を受けなければ数時間で死に至る恐れもあり、子どもへの危険性は特に高い。(中略)

<汚染された水>
国連児童基金(ユニセフ)によると、水道管からの供給が不十分なことや、水道水の代わりとなる水の価格上昇などから、金銭的余裕のない難民やレバノンの家庭は汚染された水の使用を余儀なくされている。

また、広範囲の停電によってポンプ場や浄水場が停止したため配水システムが作動せず、清潔な水道水の配給が滞っているという。

「慢性的に清潔な水や電気を家庭やキャンプに届けることができず困っている。これにより、下水処理にもさらに多くの問題が生じている」とアメリカン大学ベイルート医療センター感染症研究所のガッサン・ドゥバイボ所長は説明する。

レバノンで暮らす多くの人々と同様、エルハメッドさんは水道水の安全性に懐疑的だ。もし水道から水が出ていたとしても、飲用や料理にはボトル入りの水を買う方が望ましいと思っている。

だが、ボトル入りの水は、急激なインフレで昨年と比べ3−5倍にまで価格が高騰。現在、人口の80%が貧困状態にあるレバノンでは、多くの人にとって手の届かないものになってしまった。

エルハメッドさんによれば、建設作業員である夫の給料ではボトル入りの水を買うことができなくなり、「不衛生な」水道水を飲むしかないという。

シャワーや洗濯などに必要な水は、ろ過した水を民間業者から購入してタンクにため、エル・ハメッドさんの一家と近隣住民で共有して使っているが、この価格も上昇。残る選択肢は池の水だけだ。

また、コレラの流行は人手不足と資金難に苦しむ医療施設にとっても重荷となっている。(中略)

世界保健機関(WHO)のレバノン担当者、アブディナジャ・アブバカル氏は、清潔な水や衛生管理キットの供給に努めているものの、感染状況がこれから最悪の状況を迎える可能性を懸念していると話した。

<シリアでも感染爆発>
レバノン政府の当局者は今回のコレラ感染について、隣国シリアでの感染拡大が原因と考えている。(中略)

ベイルートを拠点とする表現の自由を保護する非営利組織で、トムソン・ロイター財団の資金パートナーでもあるサミール・カッシル財団(SKF)によれば、レバノンにおけるコレラ感染の拡大は、11年にわたる戦争でレバノンに避難している約150万人のシリア難民への敵対心を増大させる恐れもあるという。

「レバノンで初めてコレラ感染が確認された10月、シリア人に対するヘイトスピーチの増加がみられた」とSKFのウィダード・ジャーブル研究員は分析する。

WHOは先月、紛争や自然災害が世界中で前例のない感染拡大を引き起こしていると指摘し、ワクチンの迅速な支給を呼びかけた。

レバノンは今月初旬、第1回目のワクチン配給を受け取った。会見でアビヤド保健相はワクチンについて、感染拡大を抑制する上で「必要不可欠な役割」を担うだろうと述べた。

同省の報道官はこれまでに、ワクチンは前線の医療従事者や、保健当局が野外病院を設置している北部地域など感染リスクの高い地域に住む家庭に配布するとしている。また、過密状態にあり不潔な刑務所で感染が広がる可能性も懸念されている。

WHOのアブバカル氏は「感染拡大はまだこれからだろう」との見解を示した。【11月13日 ロイター】
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【レバノンの経済破綻・政治の機能停止】
停電などによる水道インフラの麻痺、市販の水の価格上昇、そもそも貧困により水の購入が難しい状況、膨大なシリア難民の流入・・・・問題は多々ありますが、そうした問題の背後には、レバノンの財政破綻・政治の機能停止があります。

****レバノンでも食料高騰と腐敗が同時発生****
19年に債務不履行で国家破綻したレバノンは小麦のほとんどを輸入に頼り、その半分はウクライナ産。

20年夏に起きたベイルート港大爆発で穀物の貯蔵庫が壊滅、小麦の備蓄は1カ月しかないと伝えられている。このためパンの価格が2倍にも急騰、通貨レバノンポンドの価値が半減するなどウクライナ戦争の影響は計り知れない。 

世界銀行によると、人口約700万人の3分の1が貧困ライン以下の生活を強いられている上、パレスチナ難民50万人、シリア難民85万人を抱えていることもあって国家経営は文字通り「火の車」だ。国内総生産(GDP)比の国の借金はギリシャ、日本に次ぐ。  

庶民の生活は困窮の一途。
停電が断続的に続き、発電機なしではまっとうな生活さえできないが、ガソリンなどの燃料が不足し、ガソリンスタンドは連日長蛇の列だ。個人の預金引き出しが制限されていることも生活の大きな不安材料だ。レバノンに見切りをつけた医師の脱出が相次いでいる。  

だが、「腐敗のデパートのような国」(前出の中東アナリスト)と言われるように、レバノンを牛耳っている各宗派の支配層は国家の再建どころか、利権の確保に血道を挙げているのが実態だ。その一角に逃亡中の元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告もぶら下がっている。

長年同国の経済を動かし、国家破綻を招いた責任を問われるべき中央銀行総裁は解任されるどころか、各派の談合で任期の延長が決まった。腐敗を調査する民間団体が5月に発表したところによると、個人が自由に預金を引き出せない中、同総裁の息子が650万ドル以上を国外に送金していたことが発覚したことも国民の怒りに火をつけた。

イランとサウジの代理戦争も過激化の懸念
こうした中で先月、国民議会選挙(定数128)が行われ、同国最大の軍事組織であるイスラム教シーア派の「ヒズボラ」政治連合が議席を減らし、過半数を割った。対照的に「ヒズボラ」と敵対するキリスト教マロン派の「レバノン軍団党」が15から20に議席を伸ばした。  

「ヒズボラ」はベイルート港爆発事件の原因になった爆発物を倉庫に保管していたことからその責任が追及されてきたが、刑事捜査を途中で打ち切らせた疑惑が浮上し、人気を落とした。

だが、選挙は「ヒズボラ」を支援するイランと、「レバノン軍団党」を援助するサウジアラビアによる代理戦争の様相も濃かった。小国レバノンをめぐるイランとサウジの覇権争いということだ。  

選挙の結果を受け、議席はキリスト教、イスラム教にそれぞれ64ずつ配分されるが、ミカティ現政権に代わる新政権の発足には利権の奪い合いなど各勢力による駆け引きが行われ、政治的な混乱は半年以上も続くことになるだろう。

希望は改革志向の独立系の新人が13人も当選したことだが、腐敗の元凶である宗派の利権構造を崩すのは難しい。 
 
しかし、ウクライナ戦争による食料危機が深刻化すれば、国民の不満が一気に噴出し、宗派の対立も激化するのは必至だ。

昨年10月にはベイルートで、「ヒズボラ」支持者らが激しい銃撃を受け6人が死亡する事件が発生。「ヒズボラ」は「レバノン軍団党」の犯行と非難、両派の緊張は沈静化していない。【6月18日 WEDGE「食料危機でも腐敗は横行 政情不安のエジプトとレバノン」】
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9月には、凍結された自分の預金の引き出しを求める人々が、各地の銀行を相次いで襲撃して自分の口座のカネを「強盗」する事件が話題になりました。

【弱者の不満がより弱い立場の者に向けられるという差別の構図 レバノンで増加するシリア難民へのヘイト・暴力】
そうした経済混乱、市民生活の苦境のなかで、人々の不満は“より弱い立場の者”に向けられがちです。
レバノンの場合はシリア難民。

****シリア人に対する暴力増加、国連機関が発表****
国連当局によると、レバノンの各地で難民に対する外出禁止令を発令、パン屋にはレバノン市民を優先するよう要請している。

ベイルート:金曜日、国連難民機関がAP通信に伝えたところによると、レバノンは食料品価格の高騰や食料不足で悩まされる中、この数週間のうちに、シリア難民に対する差別や暴力が急増している。

「レバノン各地のパン屋で、レバノン市民とシリア人との間に緊張が走る場面が見られる。」と国連難民高等弁務官事務所のスポークスマン、ポーラ・バラチナ氏がAP通信に語った。「中には銃撃やシリア難民を棒を使って攻撃するケースもあった。」

国連世界食糧計画によると、レバノンは食糧安全保障危機に直面しており、国民の約半数が食料が足りていない状況であるという。また、食料品の価格高騰や、この3年間での通貨暴落に苦しんでいる。

バラチナ氏によると、レバノンの各地で難民への外出禁止令が発令され、パン屋にはレバノン市民を優先するよう要請が出ているという。(中略)

ソーシャルメディアで公開されたある動画では、レバノンの首都近郊に位置するBourj Hammoudのパン屋付近で、男らが集団でシリア人の少年を棒で殴ったり、顔を蹴るなどしている姿が映し出され、背後では銃声が鳴り響いている。(中略)

レバノン近郊には、内戦から逃れて来たシリア難民、約100万人が暮らしており、その大多数が極度の貧困状態にある。

2019年以来、レバノン全域に住む全ての人々の間で、貧困が深刻化している。 同国に暮らすレバノン人、シリア人、パレスチナ人が、毎週のように地中海を渡り、ヨーロッパに避難するために危険な航海をしている。

レバノン当局者の間では、シリア難民をシリア国内の紛争から安全と思われる地域へ強制帰国させる声が高まり、すでに崩壊しつつあるレバノンのインフラをシリア難民が圧迫していると非難している。

シリアの多くの地域では武力紛争が治まってはいるが、人権団体やUNHCRによると、人々が戻るにはいまだ安全ではないという。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、恣意的な拘束や拷問、多くの難民に対する人権侵害のケースを記録しているという。

レバノン政府はこのような懸念を無視し、シリア政府とダマスカスで、毎月最大15,000人の難民をシリアに帰国させる計画を調整している。【7月30日 ARAB NEWS】
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以前から上記のようにシリア難民への反感が高まり、暴力も横行するような状況にありましたので、コレラ感染についてシリア難民がレバノンに持ち込んだということになると、暴力が更にエスカレートすることも懸念されます。

弱者がより弱い者を差別し、暴力をふるう・・・痛ましい現実です。人々の他者へ向けられる憎悪はコレラより拡散しやすく、より危険かも。
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