孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中東の新たな現実  サウジ・ムハンマド皇太子の“この時期”のイスラエル容認発言

2018-04-03 22:35:48 | 中東情勢

(ホワイトハウスの大統領執務室で会談するサウジのムハンマド皇太子とトランプ大統領(3月20日)【3月21日 WSJ】手にしているボードは、サウジアラビアの武器購入メニューのようです)

反イランでアメリカにアピール
3月14日ブログ“サウジアラビア・ムハンマド皇太子は「改革者か、それとも悪党なのか」 独裁者を歓迎する風潮”でも取り上げたサウジアラビアの実力者ムハンマド皇太子に関しては、女性の権利を認める方向の改革、経済の脱石油の試みなど一連の改革を国内で進めると同時に、政敵などを一斉拘束し、対外的には、イエメンへの介入やカタールとの断交を行うなど、性急とも思えるような強硬路線も顕著です。

そのムハンマド皇太子の対外的な問題への対応でベースとなっているのが、イランへの警戒心・対抗心です。
イランが核武装するなら、サウジアラビアも・・・とも公言しています。

「ムハンマドがイランの影響力拡大を懸念するのはもっともだ。イラクからシリア、イエメン、レバノンに至るまで、イランはすでに中東各地でサウジアラビアを上回る勢力圏を手にした」(米シンクタンク・ブルッキングス研究所の中東専門家、クリス・メセロール氏)【4月2日 Newsweek】

ムハンマド皇太子は、同じようにイランへの警戒心を隠さないアメリカ・トランプ大統領を巻き込んで、イラン包囲網構築に躍起となっています。

アメリカとしては、ムハンマド皇太子の強硬路線に乗っかるのか、それともその性急さにブレーキをかけるのか・・・トランプ大統領は“乗っかる”方向でしょうが。

****サウジ皇太子の訪米、反イランで結束求める意向****
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が(3月)19日から米国を訪問している。

同皇太子は宿敵イランに対抗するため、サウジの中東政策を強硬化しており、ドナルド・トランプ米政権と米議会は、ムハンマド皇太子の強い反イラン姿勢を支持して中東地域の対立をあおるリスクを冒すのか、それとも同皇太子の外交政策を穏健化するよう図るのかを検討する必要性が生じている。
 
米国は長年にわたり、中東で自国の政策目標を実現するためにサウジに頼ってきた。米国がサウジに軍事的な保護を提供する見返りに、サウジは原油の安定供給を保証し、同時に不安定な中東地域で安定のよりどころとなってきた。
 
父親のサルマン国王が3年前に就任した後、強大な権限を握ったムハンマド皇太子は現状を一変させた。国内では、経済を転換させ、石油依存を打破しようしている。対外的には、伝統だった受け身の外交政策を破棄し、拡大するイランの影響力を後退させようとしている。

しかしそれが裏目に出て、サウジは隣国イエメンの内戦に引きずり込まれている。

ムハンマド皇太子の対イラン強硬姿勢は、トランプ政権の姿勢と共通している。トランプ氏はサウジと連携して、イランの核開発を制限する欧米6カ国と同国との核合意を破棄することも辞さないと警告している。(中略)

レックス・ティラーソン米国務長官が解任され、後任にマイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が就任することになったことで、トランプ政権内の対イラン強硬派は意を強くするとみられている。
 
「サウジから見れば、ティラーソン氏からポンペオ氏への交代はアップグレードだ」と、ニューヨークに拠点を置く政治リスク評価会社アレフ・アドバイザリーの創業者ハニ・サブラ氏は話す。「ムハンマド皇太子の対イラン政策は、ホワイトハウスから非常に好意的に受け止められるだろう」
 
その一方で、同皇太子の高圧的な外交政策はしばしば逆効果をもたらす。その好例がカタールだ。

サウジと中東の同盟国は昨年6月に、カタールと断交するとともに、同国に禁輸を科し、湾岸地域では数十年ぶりとなる最悪の政治危機を引き起こしている。(中略)

ムハンマド皇太子の訪米で米国にとって優先度の高い課題は、5月に大統領山荘のキャンプデービッドで開かれる見込みの米・湾岸協力会議(GCC)首脳会合を前に、カタールと和解するよう同皇太子を説得することだ。(中略)

サウジが3年にわたって介入しているイエメン内戦は、ムハンマド皇太子と米政府首脳・議会指導者との会談のもう1つの議題になるはずだ。イエメン内戦は何千人もの市民の命を奪い、同国を飢饉(ききん)寸前にまで追い込んでいる。(中略)
 
トランプ氏とムハンマド皇太子はまた、米国がサウジに原子力発電所を輸出する契約についても話し合うとみられる。一部米当局者は、どんな契約になるにせよ、民間プロジェクトを利用した核兵器開発を確実に阻止する内容を望んでいる。
 
サウジは、石油への依存軽減を図っており、平和的な目的で原子力を利用したいと述べている。だが一方で、最終的に核兵器を保有する可能性を排除したくないと考えている。
 
ムハンマド皇太子は18日に放送されたCBSのテレビ番組「60ミニッツ」とのインタビューで、「サウジアラビアは核爆弾を一切持ちたくないと考えているが、イランが核爆弾を開発するなら、われわれもすぐに追随する」と話した。【3月20日 WSJ】
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トランプ大統領とムハンマド皇太子は、馬が合うようです。

****トランプ氏がサウジの武器購入を歓迎 訪米中の皇太子と会談****
トランプ米大統領は20日、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子とホワイトハウスで会談し、イランの脅威に対抗するためサウジが最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」など米国からの兵器購入を拡大していることを歓迎した。トランプ氏は、イランを非難し、核合意を破棄する可能性も示唆した。(後略)【3月21日 産経】
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ただ、トランプ大統領はともかく、米議会にはサウジアラビアへの警戒心もあります。

米議会は2016年にオバマ大統領の拒否権を覆し、「テロ支援者制裁法(JASTA)」を成立させています。この法律は2001年9月11日の米同時多発テロの被害者がアメリカの裁判所でサウジアラビアを訴えることを認めるものです。同テロ事件の実行犯19人のうち15人がサウジアラビア出身、2人がUAE出身でした。

【“共通の敵”イランで、イスラエルとも接近
イラン包囲網を構築したいムハンマド皇太子が接近するもうひとつの相手は、やはりイランを敵視し、その核開発に最大限の懸念を示すイスラエル。

****<サウジアラビア>イスラエル発着の航空便、領空通過を許可****
サウジアラビア当局が敵対してきたイスラエルを発着する航空便のサウジ領空通過を認める方針を決めた。ロイター通信などが9日までに伝えた。

サウジはイスラエルを国家承認せず両国間には国交もないが、最近は双方が敵視するイランをけん制するため、水面下で関係を深めているとの見方もある。
 
報道によると、サウジ領空を飛行するのはインド国営エア・インディア社の航空便。3月22日から週3回、イスラエルのテルアビブとインドのニューデリーを結ぶ便が対象になる。サウジ領空を通過できない場合に比べ、2時間以上の飛行時間短縮になる見通し。
 
イスラエルのネタニヤフ首相は5日、「サウジが領空通過を許可した」と認めた。
 
イスラム教スンニ派の盟主サウジは、シーア派国家イランと中東各地で対立を深めている。内戦が続くシリアやイエメンでは、それぞれ別の勢力を支援し「代理戦争」を展開。

2016年1月には、サウジがシーア派指導者の処刑を発表し、イランの若者らがテヘランのサウジ大使館を襲撃したため、サウジはイランと断交した。
 
こうした中、イランを敵視するイスラエルはサウジに接近。イスラエルのシュタイニッツ水・エネルギー相は昨年11月、イラン対策で協調を図るためサウジと協議を続けていると発言した。米中央情報局(CIA)のポンペオ長官も昨年12月、イスラエルとサウジが「テロ対策で協議している」と明かした。【3月10日 毎日】
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【「パレスチナ人もイスラエル人も、自分の国を所有する権利があると思う」 ガザに関するイスラエル批判はなし
上記のようなアラブの盟主サウジアラビアと(これまでアラブ世界と敵対してきた)イスラエルが、共通の敵イランを前提に接近している・・・話は、ときおり耳にしていましたが、“この時期”にイスラエルを容認する姿勢を打ち出した下記発言には驚きも。

****サウジ皇太子「イスラエルに国土持つ権利ある」米誌インタビュー****
サウジアラビアの事実上の指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、2日付の米誌アトランティックのインタビューでイスラエルには国土を持つ「権利」があると発言し、それまでの同国の方針を転換し、イスラエルを容認する姿勢を打ち出したことが明らかになった。
 
サウジとイスラエルは国交を結んでいないものの、皇太子の同発言は、2国間の関係改善がここ数年で急速に進んでいることを示唆している。
 
両国は共に、イランを最大の外患、米国を重要な同盟国と見なし、イスラム過激派武装勢力を脅威と捉えている。

しかし、今なおパレスチナ人の土地所有権を支持する立場を表明しているサウジにとって、イスラエルとの友好関係を完全に回復するには長年にわたるイスラエル・パレスチナ紛争がネックとなってきた。
 
だが、アトランティック誌のジェフリー・ゴールドバーグ編集長とのインタビューで、皇太子はイスラエルも平等に扱う姿勢をうかがわせている。

「ユダヤ人には先祖伝来の土地を少なくとも部分的に所有する権利があると思うか」との問いに対し、皇太子は「どんな土地においても人は自分の平和な国に住む権利を有する」「パレスチナ人もイスラエル人も、自分の国を所有する権利があると思う」と回答した。【4月3日 AFP】
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“イスラム教発祥の地であるサウジは、イスラエルを国家承認しておらず、関係の正常化はイスラエルが1967年の中東戦争で占領したアラブの土地から撤退することが条件との立場を長年取ってきた。

しかし、皇太子は「われわれはエルサレムの聖なるモスクの運命やパレスチナ人の権利について宗教上の懸念を持っている。それだけだ。他のいかなる人に対しても反論はない」と語った。”【4月3日 CNN】とも。

なお、2日夕刻行われたサウジアラビア国王とトランプ大統領の電話会談において、国王は、サウジアラビアとしてはパレスチナ人の権利が尊重されなければならないという原則を堅持し、エルサレムを首都とするパレスチナ国家の実現が必要との立場に変わりはないと語ったと報じられています。【4月3日 「中東の窓」より】

皇太子発言は、これまでの持論に沿ったものではありますが、死者十数名、負傷者1400名超とも言われるパレスチナ・ガザ地区でのイスラエル軍による発砲事件の直後という時期を考えると、また、そのイスラエルの事件の責任への言及がないことも含めて、“驚き”を感じた次第です。


(ガザ地区イスラエル境界線付近でデモ中にイスラエル治安部隊との衝突が発生し、若い女性が撃たれないように手をつないでこの女性を守りながら走って逃げるパレスチナ人のデモ参加者ら(2018年3月31日撮影)【4月1日 AFP】 ずいぶん余裕のある男性陣です。)

(実態はともかくとしても)かつては“アラブの大義”とも言われていたパレスチナ人の問題が“それだけだ”とすませられる・・・・流れは大きく変わったようです。

トランプ大統領のエルサレム首都容認も、こうした“中東における新たな流れ”を踏まえたものでしょうし、その流れを加速させようとするものです。

一方で、死者十数名、負傷者1400名超を出したパレスチナ人の抗議行動、それを支援するハマスなどは、こうした流れに抗するものでしょう。

どちらの力が上回り、勢いを増すのか・・・。

****ガザ衝突、パレスチナ人遺体を埋葬 イスラエルへの「報復」呼び掛け****
パレスチナ自治区ガザ地区の対イスラエル境界線付近で3月30日に発生し、パレスチナ人16人が死亡したパレスチナ人とイスラエル兵の衝突から一夜明けた31日、ガザ住民たちが衝突で死亡した人の遺体を埋葬し「報復」を呼び掛けた。この衝突は同地区で1日に起きた衝突としては2014年のガザ紛争以来最悪の規模の衝突となった。
 
しかし複数のテントが設営された対イスラエル境界線付近に戻り、6週間続ける計画になっている抗議デモを再開したのは衝突前に行進した数万人のうちわずか数百人にすぎなかった。(後略)【4月1日 AFP】
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さすがに、イスラエル側の実弾狙撃を厭わない強硬姿勢に、パレスチナ人側もやや押され気味・・・でしょうか。
もっとも、5月14日、15日の米大使館のエルサレム移転、ナクバに向けて、このままではおさまらないでしょう。

泥沼のイエメン フーシ派のミサイル攻撃も
“同皇太子の高圧的な外交政策はしばしば逆効果をもたらす”ということに関しては、イエメンは相変わらずの泥沼状態で、人道危機が進行しています。

最近では、フーシ派のミサイル攻撃も。サウジアラビアなどの連合国は、フーシ派がイラン製のミサイルを使用していると非難していいます。

****サウジ軍、イエメン反政府組織フーシ派のミサイル迎撃に成功****
サウジアラビア軍は3月31日、同国南部ナジュランで隣国イエメンのイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」が発射したミサイル1発の迎撃に成功した。落下片で1人が負傷した。フーシ派との戦闘を行っているサウジ主導の連合軍が明らかにした。(中略)

フーシ派の勢力下にあるイエメン国営サバ通信によると、ミサイルはイエメン側から国境を越えてナジュランのサウジアラビア国家警備隊に向けて発射された。

サウジ主導の連合軍はイエメン内戦に対し、同国政府側として軍事介入を行っている。同連合軍は3月29日にも、南部ジーザーンでフーシ派が発射したミサイル1発を迎撃したと発表していた。
 
サウジアラビア軍は先週末、フーシ派が発射したミサイル7発を首都リヤドなどで迎撃。これはフーシ派によるミサイル迎撃として過去最大規模だった。【4月1日 AFP】
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「フーシ派」の幹部は3月26日、サウジアラビアがイエメンへの空爆を中止しなければ、サウジアラビアにさらに多くのミサイルを撃ち込むと威嚇していました。

【“災い転じて福となった”面もある“しぶとい”カタール
興味深いのは、サウジアラビアが断交したカタール。かなり“しぶとい”ようです。

****カタールのしぶとい抵抗、制裁による予想外の効果とは****
カタールが半島国家から事実上の島国になってから9カ月が経過した。
 
小国でありながら豊かなこの首長国は今では新たな現実になじみ、新しい貿易ルートや連携関係を構築している。この動きは今後の中東のパワーバランスに影響を与える可能性がある。
 
(中略)カタールは、こうした圧力に何とか耐え抜いており、同国政府は湾岸の近隣諸国に決して屈しないとの決意を表明している。(中略)

制裁による予想外の効果
サウジ主導のカタール制裁は、カタールに痛みをもたらしたが、同時に幾つかの改革を加速するという予想外の効果ももたらした。

6月以降、カタールは海外80カ国についてビザ(査証)義務を廃止し、外国人のための永住権の確立に動いたり、自由経済区域を設置しようとしたりしている。新たな議会のための選挙実施の計画すらある。
 
内外の企業485社を擁するカタール・フィナンシャル・センター(QFC)のユスフ・モハメド・アル・ジャイダ最高経営責任者(CEO)は、「こうした改革はすべて、制裁がなかったならば、もっと時間がかかっていただろう」と述べ、「制裁は、ビジネスに関する限り、災い転じて福となった形だ」と語った。
 
航空路が遮断されたため、多国籍企業はもはや、ペルシャ湾岸の地域ハブであるドバイからカタールのドーハまで日帰りで自社幹部を派遣できなくなった。

そのため、訪問できない都市にではなく、訪問できる場所にある出先機関での商談を好むカタール人の顧客が多くなり、結果、多くの多国籍企業がドーハに支店を設置するようになった。前出のジャイダCEOによれば、QFCの免許の下で営業している企業数は70%増加したという。
 
だがもちろん、禁輸措置ですべてが好転したわけではない。カタールが主要貿易相手国や食料供給国による禁輸措置からなんとか生き残っているのは、同国がカタール航空を保有しているからだ。同航空は、来年までに世界第2位の規模の貨物輸送航空会社になることを目指している。(中略)

同当局者によれば、2022年のサッカー・ワールドカップ大会の主催準備を含め、あらゆる主要な開発プロジェクトが予定通り進んでおり、加速しているものもあるという。
 
国際通貨基金(IMF)は、カタールに関する3月の審査報告で、今年の経済成長率を2.6%と予想し、「カタールと一部諸国との外交上の亀裂による経済・財政面への直接的な影響は小さくなっている」と述べた。
 
同報告は「経済活動は打撃を受けたが、これはおおむね一過性のものだ」と付け加えた。【3月16日 WSJ】
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カタールを支援しているのがイランとスンニ派トルコ。

“中東の新たな流れ”を生み出そうとしているサウジアラビア・ムハンマド皇太子自身も、これまでの“サウジアラビアはアラブ世界の盟主”という考えを覆すような、“新たな中東の現実”に直面しています。
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