
(写真は【8月17日 WSJ】 今回爆発は、すでにゴーストタウン化していた天津の開発特区にとどめを刺し、天津市の財政破綻を表面化させることになるかも)
【政府も企業も人の命を何とも思っていない・・・】
少なくとも121人が死亡、54人が行方不明となった天津市で起きた大規模爆発が12日にあったばかりの中国で、それも天津市も近い山東省で、再び工場の大規模爆発が起きています。
****中国:化学工場、また爆発 5キロ先でも揺れ 山東省****
中国山東省淄博(しはく)市桓台県の化学工場で22日午後8時50分(日本時間同9時50分)ごろ、大規模な爆発があり、火災が発生した。
共産党機関紙・人民日報の中国版ツイッター「微博」などによると、同市警察当局の情報として、9人が負傷して病院に搬送されたが、死者はおらず、火災の勢いもすでに弱まったとしている。爆発原因は伝えていない。
中国メディアによると、化学工場には有機化合物のアジポニトリルがあった。アジポニトリルはナイロンの生成などに使われるが、工場が何を生産していたかも判明していない。
工場から最も近い住宅は1キロ以内にあり窓ガラスが割れたほか、5キロ離れた場所でも揺れが感じられたという。空中に浮遊物が漂っているとの情報もあり、化学物質が飛散した可能性もある。消防車20台と消防隊員150人が現場に急行している。(中略)
中国共産党の習近平総書記(国家主席)は20日、党最高指導部の意思決定機関である政治局常務委員会会議を開き、「安全に関わる重大事故が相次ぎ、問題が際立っている」と強い危機感を示したばかりだった。【8月23日 毎日】
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犠牲者については、従業員1人が死亡、9人が負傷との報道もあります。
“天津の爆発を受け、中国政府が全国化学工場などに対し安全管理を徹底するよう求める通達を出しており、山東省の幹部もこの工場の安全管理状況を視察していた。
インターネットには「すべてがポーズにすぎない。政府も企業も人の命を何とも思っていないから、このようなことが連続して起きる」といった書き込みがみられた。”【8月23日 産経】とも。
【ゴーストタウンと化していた「東洋のマンハッタン」】
天津の爆発事故は、法令違反を許した安全管理の問題や未だ詳細がわからない有害物質の問題、更には、事故に関するネット規制といった中国政府の隠蔽体質など多くの問題がありますが、景気後退が懸念されている中国経済の抱える大きな課題とを明らかにした事故でもあり、今後への影響も懸念される事故でもあるようです。
そのあたりの事情については、下記の橘 玲(たちばな あきら)氏の記事が簡潔明瞭に指摘しています。
話の発端は、あれだけの事故にしては犠牲者が随分少ないのでは?という疑問です。
実際はもっと多くの犠牲者が出ており、例によって中国政府が隠蔽している・・・という向きも少なからずあります。
“爆発は半径3キロに及び、その範囲に15ヵ所以上の居民区があった。正式に登録されていない出稼ぎ者のバラックなども灰になっている。死者・不明者・負傷者合わせて1000人未満というのはあり得ないと多くの人が思っている。”【8月23日 福島香織氏 現代ビジネス】
隠蔽云々はわかりませんが、橘氏が指摘しているのは、そういう話とは別側面で、そもそも事故が起きた地区は“ゴーストタウン”だったから犠牲者があんなに少なかったという点で、そのことが中国経済の苦境を示しているというものです。
****中国・天津の爆発事故。少ない死傷者、鬼城化した街…。報道では伝わらない実態とは?[橘玲の日々刻々]****
8月12日、天津市沿海部の浜海新区で大規模な爆発事故が起きた。
浜海新区は渤海湾に面した天津港を中心とした総面積2270平方キロの広大な開発区で、敷地面積は東京23区より大きい。今回の事故が起きたのは天津港に近い中心部で、東京でいえば東京湾から銀座・丸の内にかけての一帯になる。(中略)
だが、ここでこんな疑問を持つひともいるのではないだろうか。
天津は中国の直轄市のひとつで、域内人口は1500万人を超える。その新開発区の中心で大事故が起きたわりには、あまりに死傷者の数が少ないのではないか。
私は『橘玲の中国私論』の取材で昨年5月、この浜海新区を訪れている。そこで、報道では伝わらない実態を紹介してみたい。
爆発現場は浜海新区。「天津」からは40キロ離れている
天津市の中心部から浜海新区は40キロほど離れており、東京と横浜の位置関係だから、これを「天津」爆発というのは若干の語弊がある。実際、天津のひとたち浜海新区を「天津」とは思っていない。
天津市と浜海新区は高架鉄道・津浜軽軌で結ばれている。今回、事故が起きたのはこの鉄道の終点にあたる東海路駅のすぐ近くで、その南側一帯がビジネス特区だ。
天津新都心の開発は1986年、中央軍事委員会主席・小平がこの地を訪れ、「開発区大有希望(開発区には大いなる希望がある)」の書をしたためたことから始まった。このことからわかるように、天津経済技術開発区は小平が領導し、国家と共産党の威信をかけた一大事業だ。
2002年、同市出身の温家宝が首相(国務院総理)に就任すると天津の開発は加速する。そして2006年、天津市は600億元(約1兆円)を投じ、「東洋のマンハッタン」を生み出すべくビジネス特区の建設に着手した。
この「東洋のマンハッタン」は、今回の事故の2キロ圏内に収まっている。(中略)
この一帯は建築途上の高層ビルが放棄されゴーストタウン(鬼城)と化している。国家の威信をかけたビジネス特区のプロジェクトは、わずか2棟が完成しただけで、2年間の建設ラッシュのあとにすべて止まってしまったのだ。(中略)
爆発の規模にもかかわらず死傷者の数が少なかったのは、もともとここには誰も住んでいなかったからだ。
被害がトヨタなどの工場や商業施設、高層アパートなどに集中しているのも当然で、ビジネス特区のビルも甚大な損傷を被ったのだろうが、最初からなんの価値もないのだから、爆発で吹き飛ぼうが、化学物質で汚染されようがどうでもいいのだ。
逆にいえば、倉庫業者は周辺の会社や住民の苦情を気にする必要がなく、ずさんな管理で危険な化学物質を貯蔵しても問題ないと考えたのだろう。
浜海新区は、全体がほぼ“鬼城”化している
天津の浜海新区は驚くべきことに、その全体がほぼ“鬼城”化している。そのなかの数少ない例外が、事故現場となった東海路駅のひとつ手前の会展中心駅だ。
ここには国際会展中心(コンベンションセンター)があり、私が訪れたときはアニメのイベントが行なわれていて、平日にもかかわらず若者たちですごい熱気だった。
会展中心駅の周辺にはイオンのショッピングセンターのほか、サッカー場や体育館、シネコン(複合映画館)などがつくられ、伊勢丹のある泰達(テダ)駅周辺と並んで、ビジネス新区のなかではもっとも開発が進んでいる。
爆発現場から南西2キロほどのこの地区の高層アパートが被災し、住民たちが避難を余儀なくされた。報道でこの地区だけが取り上げられるのは、ここにしかひとが住んでいないからだ。
爆発を起こした倉庫には、水分と反応すると青酸ガスになるシアン化ナトリウム700トンをはじめ、計3000トンもの危険化学物質が貯蔵されていたとされる。
今回の事故の最大の衝撃は、飛散した有毒物質の影響でこの一帯が居住できなくなる恐れがあることだ。天津市は会展中心を基点に開発を軌道に乗せようと苦慮してきた。その努力が無になれば、浜海新区全体が完全な鬼城と化して、市政府には巨額の債務がのしかかるだろう。
報道によると、天津市の直接負債は同市の年間財政収入(2013年)の1.28倍に上る2246億元(約4兆3572億円)に上り、融資平台などを使って調達した資金を加えるとその総額は5兆元(約97兆円)を超えるという。
国務院の会議で、汪洋副首相が「天津市は実質上破産している」と発言したとも報じられた。
上海市場の株価暴落や人民元の切り下げなどで中国経済の減速が明らかになったが、この国の経済の“時限爆弾”は地方政府が抱える膨大な債務だ。
中華人民共和国審計署(日本の会計検査院に相当)の発表では、2013年6月末時点の政府債務残高の合計は国内総生産(GDP)の50%程度に相当する約30兆2700億元に達し、そのうち地方政府の債務残高が17兆9000億元(GDP比約30%)で全体の約6割を占めた。
10年末の10兆8000億元(同27%)に比べて約7兆元も増えており、その資金の多くは「地方政府融資平台」を通じて借りられている。こうした債務は償還時期が迫っており、15年末までに債務残高の約半分、16年末には約65%が期限を迎える。(内藤二郎「中国経済の行方 地方債務問題 解決程遠く」(2015年8月19日「日経新聞」朝刊「経済教室」)。
今回の事故をきっかけに天津市政府の破綻状態が表面化することになれば、中国経済に与える影響は甚大なものになるだろう。【8月21日 DIAMOND online】
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上記記事にある「地方政府融資平台」は、中国の地方政府傘下にある、資金調達とデベロッパーの機能を兼ね備えた投資会社のことです。
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中国の中央政府は財政規律を維持するため、地方政府に対して債券の発行を原則的に禁止し、銀行融資に事実上の総量規制を敷いている。よって地方政府は基本的には、税収や中央政府からの交付金、銀行からの限られた融資で予算を策定する。
しかし、地方自治体は経済成長の維持のため、GDPを無理にでもかさ上げしようとして、インフラや不動産の開発を積極的に行った。
その財源確保のために、法の抜け穴として融資平台と呼ばれる地方政府傘下の投資会社を設立し、銀行や信託会社から地方政府に資金を調達する影の銀行としての役割を果たしている。【ウィキペディア】
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地方政府の財政危機、膨らむシャドーバンキングという中国経済の抱える大問題を象徴するのが「地方政府融資平台」の存在です。
【天津のようなゴーストタウンは、すでに中国各地に存在する】
国家プロジェクトでもある天津経済技術開発区が“鬼城”(ゴーストタウン)化しているという話は、昨年4、5月頃も話題になっていました。
このため北京・上海と並ぶ直轄市でもある天津市が財政破綻状態にあるとも言われていました。
****「事実上破綻状態」にある中国・天津市****
ここ10~20年で目覚ましい発展を遂げてきた中国経済だが、一方で最近数年は「バブル崩壊」の噂も少しずつ広がっている。そんな中、中国第5の都市である天津市が「事実上破綻状態」にあるという衝撃的なニュースが流れている。
開発計画が不況のため頓挫
まず天津市という都市の場所と役割を再確認しよう。天津は中国の首都・北京のすぐ南東にあり、海に面している港湾都市である。そして天津は都市としての経済規模で言えば、上海、北京、広州、深センに次いで中国全土でも第5位の規模を持つ
ところが中国の汪洋副首相は2月の国務院の会議で「天津は事実上破綻している」と述べていた。一体どうしてこうなってしまったのか?
こうなった経緯は、少し前の2006年頃にさかのぼる。2006年に中国は天津において「東洋のマンハッタン」建設を目指した、大規模プロジェクトを開始した。
このプロジェクトには中国は約600億元(日本円で1兆円弱)も投資されることとなった。日本円で1兆円弱だが、中国のお金の価値を考えると、日本で言えば数兆円にも匹敵するであろう巨額の数字だ。
600億元ものお金を投資し、39のプロジェクトによって49棟の超高層ビルを建設する予定であった。
しかし「東洋のマンハッタン」プロジェクトは、2008年のリーマンショック後の世界的不況、そして地価の伸び悩みの末に、頓挫することになる。
天津には建設途中で放棄された多くのビルなどが残っており、さながらゴーストタウンのようになっているという。しかしこのようなゴーストタウンは、すでに中国各地に存在する。(中略)
天津はプロジェクトの失敗によってすでに多額の債務を抱えており、直接的な債務だけでも2246億元(約3兆6600億円)に上るというデータがすでに出ている。さらに前述の汪洋副首相の話では、その他の債務も含めると天津市の債務総額は約5兆元(約81兆6000億円)にもなるとのことだ。
しかしさらに問題なのが、このような開発プロジェクトの失敗が天津市に留まるものではないことだ。中国はここ数年無鉄砲な大規模開発プロジェクトを全国的に行っており、その多くが「東洋のマンハッタン」プロジェクトのように、リーマンショック後の世界不況や地価の下落で利益を出せずに頓挫してしまっている。
このようなプロジェクトの多くは地方が行っているので、その債務は地方財政にのしかかってくる。
そして、それらを全て把握できている人間などほとんどいない。すでに知られていることだが、中国の統計は正確さにかなり欠けるものであるからだ。(後略)【2014年5月5日 鳥羽賢氏 iFOREX】
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今回の天津爆発事故はこうしたゴーストタウンでおきたから犠牲者も少なかった、また、ゴーストタウンだから杜撰な安全管理にもつながったと言えます。
【共産党政権の中心施策の中核で起きた事故】
そして今回事故は、なんとかこのゴーストタウンを再建しようという試みを頓挫させるものだったとも言えます。
その結果、天津市の財政破綻が表面化することになると、経済はもちろん、習近平政権を政治的に揺るがすことにもなります。(実際は、どんな手段を使ってでも直轄市・天津の財政破綻が表面化しないようにするのでしょうが、その無理・しわ寄せが周辺に及ぶことになるのかも)
というか、濱海新区開発がゴーストタウン化している問題はすでに共産党内で問題になっていたところで、今回事故を契機に、恒例“権力闘争”と結びついた動きがあるのでは・・・とも指摘されています。
****疑惑④事件と権力闘争の関連****
習近平は、この事件を権力闘争に利用しようとしているのではないか、という疑いがある。
事故現場となった浜海新区開発は政治局常務委・張高麗が天津市党委書記時代に推進したプロジェクト。だが、2014年早々、この浜海新区がゴーストタウン化し、事実上頓挫していることが党内部で問題になっていた。
内部会議で、天津市は5兆元の債務不履行に陥り実質財政破綻しており、その責任が張高麗にあるのだと、副首相・汪洋から批判されたという話も漏れ伝わっている。張高麗は習政権の副首相で、経済政策の柱の一つである「北京・天津・河北省一体化政策(京津冀一体化)」の責任者だ。
実のところ習近平は、政敵である江沢民派(上海閥)に属し、石油閥でもある張高麗を信頼しておらず、天津の経済政策失敗のツケを払わせる心づもりだった、という見方もある。
2015年7月24日、河北省党委書記で周永康の元秘書・周本順が「重大な規律違反」で失脚したことで、京津冀一体化政策はますます停滞している。
浜海新区開発の頓挫、京津冀一体化政策の遅延、そして今回の天津大爆発の政治責任の矛先を、上海閥で石油閥の張高麗に向けることで、天津の財政破綻問題を「爆発事件の影響」としてカモフラージュするのではないか。【8月23日 福島香織氏 現代ビジネス】
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一方、そうした“権力闘争”に矮小化された話ではなく、習近平政権あるいは共産党支配の根幹にかかわる問題であるとの指摘も。
“2014年3月16日、中国政府は「国家新型城鎮化計画(2014年~2020年)」なるものを発表した。
これは都市にいる3億に近い農民工(農村から都市への出稼ぎ労働者)の人権に配慮し暴動発生率を減少させるため、都市にいる農民工の都市市民化や農民工を出身地に戻し、内陸の都市化を進め、都市で戸籍のない農民工に新たな戸籍(住民票)を与えて郷鎮程度の小都市に定住させ、そのための就職先を創出させる、といった構想に基づくものだ。”【8月17日 遠藤誉氏 YAHOOニュース】
首都・北京と直轄市・天津を含む「京津冀一体化計画」は、この「国家新型城鎮化計画」の中核をなすもので、そして天津において「京津冀一体化」の中心をなしているのが、今回爆発事故を起こした濱海新区です。
天津の爆発事故は共産党政権が国家の命運をかけて取り組んでいる施策の中核において起きた事故であり、事故の背景に許認可における長年の腐敗・汚職があったことを含め、習近平政権を揺るがしかねない・・・と、遠藤氏は指摘しています。
最近の人民元切り下げについては“習指導部は経済成長を低めに抑えながら、痛みの伴う経済構造改革を先行させる「新常態(ニューノーマル)」路線にかじを切ってきた。しかし、改革が本格化する前に実体経済が落ち込む症状が進行。このまま景気低迷を放置すれば雇用情勢に影響し、中国共産党政権が最も恐れる社会不安に結びつく、と強い懸念を抱き始めたとみられる。”【8月12日 産経】と指摘されていますが、そうした経済情勢にあって、天津爆発事故は共産党指導部の舵取りを更に難しくする問題と言えます。