(カシュガルにある中国最大のモスク、エイティガール寺院の前を歩く兵士ら 【8月1日 WSJ】)
【ようやく最後に大統領は言った・・・・】
上院議員時代からイラク戦争を批判し、大統領就任後の数少ない実績としてイラク撤退を実現したアメリカ・オバマ大統領が、厭戦気分が強く内向き傾向のアメリカ世論の現状にあって、イスラム過激派「イスラム国」の脅威に対し限定的空爆という形でイラクへの介入を決意した瞬間というのは興味深いものがあります。
****米空爆 オバマ氏、急転直下の決断 イラク軍・クルド人支援重視****
オバマ米政権のイラクでの限定的な空爆は、急転直下決断されたものだった。その軌跡の一端を関係者の話などを基に追った。
6日、オバマ大統領は、ワシントンで開かれた米・アフリカ首脳会議に忙殺されていた。その頃、約9600キロ離れたイラク北部シンジャールでは、約4万人のクルド人が、イスラム過激派「イスラム国」に山頂へと追いつめられていた。
ホワイトハウスでは、安全保障担当の高官らが情報を分析していた。クルド自治区の中心都市アルビル近郊で、クルド人部隊がイスラム国の攻勢の前に、後退を余儀なくされているとの情報ももたらされた。
こうした情報は大統領にも伝えられた。首脳会議の会場を後にし、ホワイトハウスへ戻るリムジンの中で大統領は、同乗していたデンプシー統合参謀本部議長につぶやいた。
「クルド人の人道危機を、何とかしなければならないのは分かっている」
翌7日朝、ホワイトハウス西棟の地下にあるシチュエーションルーム(状況分析室)。大統領、ライス大統領補佐官らが顔をそろえ、外遊中のケリー国務長官などの顔もスクリーンに映し出されていた。
情勢は悪化するばかりで、クルド人の女性はイスラム国の戦闘員にとらえられ、奴隷になっている…。室内には切迫した空気が漂い、「潜在的な大量虐殺か」と口にする者もいた。
約2時間にわたる協議の間、出席者の一人は大統領が限定的な空爆を決断するだろうと思ったが、確信はできずにいた。ようやく最後に大統領は言った。
「限定的な空爆と、クルド人への支援物資投下を承認する」(後略)【8月10日 産経】
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確かに、アメリカが軍事介入に踏み切った背景には、人道的見地や自国民保護だけでなく、経済利権を守りたい思惑も存在するでしょう。
“自治区の魅力の一つが未開発の油田だ。現在の原油生産量は日量20万バレル程度で、イラク全体の1割にも満たない。だが原油埋蔵量はリビアと同等の450億バレル以上(国別の世界9位に相当)とも推定される。既に米国の石油メジャーなどが開発に乗り出しており、軍事介入には石油利権を守る意味合いもあるとみられる。”【8月9日 毎日】
ただ、やはりジェノサイドを放置しては、アメリカの根源的価値観が揺らぐ・・・という思いが決断には強く影響したのではないでしょうか。
シリアの化学兵器では介入を回避しましたが、すでに起きた事件への懲罰と、これから目の前で起ころうとする事件への予防的介入では、やはり緊急度が異なります。
重大な決断を下して、さぞや緊張の中で指揮にあたっているのか・・・と思ったら、そうでもないようです。
****イラク緊迫でも夏休み=高級保養地で就任後最長16日―米大統領****
オバマ米大統領は9日から、東部マサチューセッツ州の高級保養地マーサズ・ビンヤード島で2009年の就任以来最長となる16日間の休暇を過ごす。
イラクでの空爆作戦の開始直後に長い休暇に入ることになるが、ホワイトハウスは意思決定に問題は生じないと強調している。【8月9日 時事】
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絶えず世界のどこかで戦争をやっているような国の大統領ですから、このくらいでないと務まらないのでしょう。
アメリカにとっては、戦争というのはある意味“日常的なこと”なのかも。
【日欧は支持 中国“反対せず” ロシアは否定的】
アメリカのイラク再介入に欧州同盟国や日本も支持を表明しています。
****米軍のイラク空爆、欧州は支持…中国も反対せず****
米軍が8日、イラク北部で空爆を開始したことについて、欧州各国は空爆を支持し、後方支援や人道支援に積極的に関与する方針を示している。
中国も空爆に反対しない姿勢だ。
英国のファロン国防相は8日、英BBCに、偵察や給油など米軍の支援に回ることを表明した。英空軍機を使って食料投下も実施するという。ただ、空爆参加については、キャメロン首相の報道官が公式に否定した。
ドイツ政府は8日、最高290万ユーロ(約4億円)の人道支援を表明した。シュタインマイヤー外相は声明で、「我々はさらに何が出来るか検討しなければならない」と上積みを検討する方針を示した。
フランスのオランド大統領も同日、声明で、「米国や同盟国と共同でどのような支援が出来るか検討したい」とした上で、「役割を担う用意は出来ている」と強調した。【8月10日 読売】
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ウクライナでアメリカと緊張関係にあるロシアは、シリアでの立場の違いもあって否定的です。
“ロシアでは否定的な声が上がった。露下院のプシコフ外交委員長は、ツイッターで「米国が今度は、シリアで反アサド勢力として自分たちが支援していた『イスラム国』を空爆している。理性を失った回転木馬だ」と批判した。”【8月9日 毎日】
イランやトルコ、アラブ諸国は明確な反応を示していません。
“各国は6月以降、イスラム国の急速な勢力拡大に強い危機感を示してきたが、その半面、米国の軍事介入を嫌う国内世論への配慮やイスラム国との戦いの矢面に立つことへのためらいがあるとみられる。”【8月10日 産経】
【イラク・アフガニスタンの最大の受益者は中国】
興味深いのは“中国も空爆に反対しない姿勢”ということです。
理由はふたつ。
ひとつは中国がイラクに大きな石油権益を有しており、イラクの混乱は困る・・・ということでしょう。
****イラクに最大石油権益=滞在1万人、避難準備も-中国****
イスラム教スンニ派の過激派が攻勢を強めるイラクで、最大の石油権益を持つのが中国だ。
イラクに滞在する中国人は1万人超。さらに混乱が拡大する事態になれば、大量の国外避難が予想され、中国の石油戦略にも影響が出かねない。中国政府や企業は、イラク軍と過激派の攻防の行方に神経をとがらせている。
経済成長に伴いエネルギーの確保に注力する中国は、ここ数年、イラクの石油開発への投資を急速に拡大させている。2013年のイラクからの輸入は前年比約50%増の2350万トンと、ロシアからの輸入量に肩を並べた。
国営企業が中南部の油田開発を進め、中国はイラクの石油の最大輸入国。「イラク戦争の最大の受益者は中国だった」との声まである。(後略)【6月21日 時事】
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「イラク戦争の最大の受益者は中国だった」・・・・同様の構図はアフガニスタンでも見られます。
アイナク銅山などアフガニスタンに進出している中国は、今年末の米軍撤退によるアフガニスタン混乱を懸念しています。
【「超法規的措置も辞さない」封じ込め】
もうひとつは、イスラム過激派の台頭、新疆ウイグル自治区のウイグル族問題への影響を阻止したい思いが強いことでしょう。
中国は新疆ウイグル自治区の混乱という非常に厄介な問題を抱えています。
アメリカや欧州もイスラム過激派のテロを警戒していますが、中国は国内にウイグル族問題を抱えているだけに、欧米より事態は深刻とも言えます。
その新疆ウイグル自治区・カシュガルで7月末に起きた事件は、死者が1000人規模に及ぶものだった・・・との報道もあります。
死者が1000人規模となると天安門事件にも匹敵する動乱にもなりますが、中国が厳しく情報管理していますので実態はよくわかりません。亡命ウイグル組織の情報もプロパガンダ的な要素もあるでしょうから、鵜呑みにもできません。
****亡命ウイグル組織、新疆暴動「死者2000人超」 中国発表を上回る可能性****
7月末に中国新疆ウイグル自治区西部で発生した暴動について、米政府系放送「ラジオ自由アジア(RFA)」は5日(米東部時間)、ウイグル族の死者だけで「少なくとも2千人」とする亡命組織「世界ウイグル会議(WUC)」のラビア・カーディル議長の発言を伝えた。RFAは中国語放送でも、現地在住漢族の話として、死者が千人に達したと報じた。
報道が事実なら、事件は当局の発表をはるかに上回る深刻な状況だったことになる。
イスラム教のラマダン(断食月)明けの直前に起きた暴動について、中国の治安当局は「テロ事件」として非難を強める一方、死者数は一般市民37人を含む96人と発表していた。
RFAウイグル語放送とのインタビューで、ラビア氏は同自治区カシュガル地区ヤルカンド県のイリシク郷付近で、「少なくとも2千人以上のウイグル人が中国の治安部隊に殺害された証拠を得ている」と語った。発生から3日間程度をかけて中国当局が遺体を片付けた、とも述べた。
また、現地情勢に詳しい漢族女性はRFAに対し、「巻き添えになった人を含めて(死者は)千人に上る」と述べた。
女性は暴動の実行犯グループとして、治安当局と同様に自治区の分離・独立を叫ぶ「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」を名指し。
「この組織は爆弾のほか銃器も持っている。(爆弾を)あちこちで投げつけるほか、大刀で人を襲った」と述べ、一部は外国勢力が関与したと語った。暴動は28日から3日間続いたという。
事件発生後、外国メディアのヤルカンド県への立ち入りは厳しく制限されている。【8月7日 産経】
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ウイグル族の死者だけで「少なくとも2千人」というのもどうでしょうか。そこまでの騒乱なら、もう少し情報が漏れてくるようにも思えますが。
いずれにしても、ウイグル族問題が中国にとって厄介な状況にあり、中国当局が強圧的な姿勢を強め、徹底した封じ込めを行っていることは間違いないところです。
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習主席が「超法規的措置も辞さない」と宣言した通りに、ウイグル族弾圧が進んでいる。
令状なしの逮捕は当たり前として、テロ実行犯と知り合いだった、というだけで逮捕・拘禁され、さらには数日で裁判にかけられ有罪判決を受ける。
裁判といってもウルムチなどの街中の屋外競技場などに百人以上のウイグル族が引き出され、審理もないまま判決が読み渡されるだけの団体裁判。
被告に反論の機会も与えず、検察側は証拠の提示のないまま、懲役十年、二十年、さらに死刑判決までもが何のためらいもなく出される。文字通りの超法規的な対応だ。【選択8月号 「アジアでも火を噴く「イスラム聖戦」】
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中国が新疆のウイグル族問題にここまで神経質になるのは、新疆が石油・天然ガス資源で極めて重要な地域であること、そして、国外のイスラム過激派との連動を当局が危惧していることが指摘されています。
【次の「9・11」は北京がターゲットになったとしても、何ら不思議ではない】
頻発するウイグル族関連の事件について、中国当局は一貫して新疆ウイグル自治区の独立を主張する組織「東トルキスタン・イスラム運動」によるテロ活動としています。
ただ、多くの事件は過激派のテロ活動というより、圧政に対する民衆の抵抗運動・反政府運動のようにも見えます。
しかし、当局が容赦ない姿勢で封じ込めを図るなかで拡大するウイグル族の憎悪は、イスラム過激派が浸透する温床となることは間違いでしょう。
現在は抵抗運動でも、将来的には過激派によるテロ活動へと転換することは容易に想像できます。
*****イスラムによる新たな中国包囲網*****
アジアにおけるイスラムの最大の敵はウイグル族を徹底弾圧する中国だ。
胡錦濤政権は新疆ウイグルに対し、飴を与える政策なども取ってきたが、習政権は新疆ウイグルへの投資案件のほとんどを漢民族企業に与え、新疆ウイグルを完全な漢族支配の地域に転換しようとしている。
中国はエネルギー資源、物流の必要性に加え、上海協力機構(SCO)が示すように中央アジアへの影響力を拡大する野望があり、世界第二位の経済大国になった今が好機とみている。
だが、ソ連は二回の石油危機で原油価格が上昇したタイミングでアフガンに侵攻して失敗、国が滅んだ。
米国も強大な軍事力でイラクのサダム・フセイン政権を倒したものの、軍事費の膨張で国力を低下させた。
イスラムとの戦いは大国にとって決していい結果を招いていない。
アジア各地で、イスラム人口は急増している。ウイグル族弾圧で中国がイスラムを敵に回す事態は、新たな中国包囲網の構築を招くことになる。次の「9・11」は北京がターゲットになったとしても、何ら不思議ではない。【同上】
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中国としては、イラクでもアフガニスタンでもアメリカに頑張ってもらい、イスラム過激派を徹底的に潰してほしい・・・というところでしょう。