孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク・シリアの「イスラム国」  国境線や宗教で既存の枠組みを覆す試み

2014-07-25 23:36:14 | 中東情勢

(自らをカリフと主張する「イスラム国」指導者アブ・バクル・アル・バグダディとされる映像 腕のスイス製高級時計も話題になりました。 【7月6日 AFP】)

預言者ヨナの墓を破壊 カーバ神殿破壊も計画
イラク・シリアで支配地域を広げるイスラム過激派組織「イスラム国」が、イラク・モスルのキリスト教徒に「改宗か納税か、さもなくば死か」という選択を迫っており、キリスト教徒の避難が起きているという話を昨日のブログ「シリア・イラク 国際的関心が薄れるなかで続く危機的状況」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140724)で紹介しました。

その「イスラム国」が、旧約聖書に「ヨナ書」として収められている預言者ヨナの墓を破壊したとのことです。

****預言者ヨナの墓、ISISが破壊 キリスト教などの聖地*****
イラク北部モスルを制圧しているイスラム教スンニ派武装組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が、キリスト教やイスラム教の聖地とされる預言者ヨナの墓を破壊した。治安関係者がCNNに明らかにした。

動画共有サイトのユーチューブには、寺院の建物が爆発し、炎と煙を噴き上げる映像が投稿された。

ヨナはイスラム教とユダヤ教、キリスト教に登場する預言者で、魚に飲み込まれた話で知られる。破壊されたのは、この預言者の埋葬地と伝えられる場所で、墓はイスラム教スンニ派のモスク内にあった。

治安関係者によると、ISISは墓の周りに爆弾を仕掛け、遠隔操作で爆発させたという。

ISISはイラク国内の複数の都市を制圧し、イラクとシリアにまたがるイスラム国家の建設を目指している。

反イスラム的とみなした寺院などは破壊すると警告し、この数週間でモスルにある複数のスンニ派の聖地を破壊していた。

キリスト教系の住民に対しては、イスラム教に転向しなければ殺害すると予告して、キリスト教徒がモスルから脱出している。【7月25日 CNN】
********************

記事の表題を見て、昨日の人頭税同様、キリスト教に関連するものを否定する行動か・・・と最初に思ったのですが、預言者ヨナはイスラム教の聖典コーランにも収録されている存在で、その墓はイスラムにとっても聖地です。

キリスト教云々と言うよりは、“反イスラム的とみなした寺院などは破壊すると警告し、この数週間でモスルにある複数のスンニ派の聖地を破壊していた。”というような、彼らのイスラムに関する考え方による行動のようです。

モスクや墓どころか、“イスラム教の聖地メッカまで遠征して、毎年巡礼数百万人が参拝に訪れるカーバ神殿を破壊する計画もある”【7月22日 CHRISTIAN TODAY】(http://www.christiantoday.co.jp/articles/13712/20140722/isis-jonah.htm)とか。

スンニ派「イスラム国」は、イラク国内ではシーア派主導のマリキ政権に不満を持つスンニ派住民の支持も一部得て、シーア派政府を攻撃していますが、スンニ派モスクは破壊するは、カーバ神殿破壊を計画するは・・・・ということになると、スンニ派の盟主でありカーバ神殿の守護者であるサウジアラビアの逆鱗に触れそうです。

「イスラム国」の指導者アブ・バクル・アル・バグダディは、自らを宗教と政治を一体化させた最高権威者「カリフ」であるとしています。
この唐突なカリフ宣言には、スンニ派法学者も反発を強めています。

第1次大戦後に英仏が国境線を引いたサイクス・ピコ協定(1916年)に基づいて決まったシリア・イラクの国境線を無視した「イスラム国」の建国だけでなく、宗教的にも既存の体制を根底から覆そうとする、文字通りの“過激派”です。

【「テロの戒律」をことごとく無視
他のイスラム武装組織の関係でも、「アルカイダ」を率いるウサマ・ビンラディンの後継者アイマン・アル・ザワヒリの「シリアから手を引け」という指示を無視して絶縁状態にあります。

“バグダディへの支持を表明しているのは、エジプトやリビアのいくつかの武装組織と、「パキスタン・タリバン運動(TTP)」や「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の一部”“「ISISが建国パーティーを催したのに、誰も参加しなかったようだ」”【7月17日 Newsweek】というように、世界のイスラム武装組織のなかでも突出した存在となっています。

既存のイスラムテロ組織の代表である「アルカイダ」と新興「イスラム国」の対比を論じた“ISISが破る「テロの戒律」”【7月8日号 Newsweek日本版】によれば、ウサマ・ビンラディンは多くの書簡などで、以下のようなルールを強調していたそうです。

*******************
①領土獲得にこだわるな
・・・・治安当局に対する長期的な戦闘は、民衆に大きな負担を与える。時間がたち、身の回りに犠牲者が出てくると、人々は戦いをやめたいと思い始める。そうなると大衆迎合的な世俗的政府が支持を得やすくなる・・・

②民間人を犠牲にするな
・・・ビンラディンは「一般市民の不要な犠牲者」を出さないこと、とする指針を策定するよう部下に命じていた。
モスクなど公共施設を爆破したことが、「多くの国がムジヤヒディン(イスラム聖戦士)に背を向ける」結果を招いたと、ビンラディンは嘆いた。・・・・

➂残虐な言動は慎め
・・・・イエメンのアルカイダ組織に宛てた書簡で、「ムジヤヒディンヘの支持を傷つける言動は慎め」と命じている。
また、「敵がわれわれをケダモノだとか殺人者と非難するのを避けるため、声明は慎重に作成」しなければならないとしている。・・・・

④厳格な統治は程々に
・・・・一般にスンニ派は、シーア派よりもイスラムの戒律を厳格に実行する傾向がある。
だがビンラディンはアルカイダの傘下組織に対して、シャリーア(イスラム法)を厳格に適用し過ぎて大衆の反感を買うことがあってはならないと諭している。・・・・

⑤協力者と戦うな
・・・・「アンバル州の子供たちが正当な理由もなく犠牲になるまでは、多くのイラク人がアメリカに対する聖戦に参加していた。しかしこの事件のために、アンバル州の部族は聖戦に反対するようになった」・・・・

⑥民衆の空腹を満たせ
・・・・「国や町を支配する前に、(住民の)基本的ニーズを満たすことを考えなければならない。たとえ占領勢力が住民の大半に支持されていても、基本的ニーズを満たせなければ、その支持は低下するだろう。食糧や医薬品がないために子供が死んでいくことは誰にとっても耐え難い」・・・・

⑦敵を警戒させるな
・・・・サウジアラビアが警戒感を募らせたら、「莫大な資金力でイエメンの部族を利用し、われわれを殺させようとするだろう。さらに向こうは大衆の支持という武器を得る」。そうなればイエメンのアルカイダ勢力は「十分な準備が整わないうちに敵の砲火を浴びることになる」・・・・ 【7月8日号 Newsweek日本版より】
****************

これらの「テロの戒律」を見ると、テロリストのイメージとは裏腹に、「アルカイダ」、少なくともウサマ・ビンラディンが、常識的とも言えるような穏健で慎重な姿勢をとっていたことが窺われます。
(ただ、実際の各地のアルカイダ関連組織は、多くの「戒律」を無視しているようにも見えます)

そして新興「イスラム国」は、国家を建国し、民間人を殺しまくり、残虐行為を誇り、シャリア支配を進め、ヌスラ戦線やクルド人勢力とも争いを構え、生活改善より信仰改善を重視し、周りに敵をつくりまくっている・・・というように、ビンラディンの「戒律」をことごとく破っています。

おそらく短期的には、「イスラム国」はその過激さから、現状に不満を抱く者の支持を集めることができるでしょう。
例えば、パレスチナ・ガザ地区での戦闘で犠牲者が増え、あるいは停戦ということになれば、膨大な犠牲への復讐、政治的妥協への不満から「イスラム国」のような過激派が台頭することも予想されます。

しかし、より長い目で見ると、暴力による恐怖支配、独りよがりの信仰のおしつけ、民衆の生活無視は人々の離反を招き、多くの敵との抗争は体力を消耗することになるでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする