
昨年末からタイ政府はエイズ治療薬、更に心臓病治療薬のいくつかにについて、米国・欧州の製薬会社の特許権を無視して「コピー薬」の製造・輸入を認める“強制特許実施権”(WTOで認められた権利で、「“非常事態”の場合、私的な知的財産権より公衆の健康が優先する」考えに基づくもの)を発動して、世界規模の製薬会社と争っています。
タイでは、HIV感染患者50万人のうちHIV治療薬カレトラを購入する余裕があるのは10%に満たないと言われています。
タイ政府の言い分は「特許権に守られた製薬会社の薬は高価で、所得が低い多くの国民は利用できない。薬を使えば助かる患者が経済的理由で死んでいく、このような現状を座視できない。」というもの。
もっともな言い分です。
“国境なき医師団”などもこれを支持しています。
また、ブラジルなど追随する動きもあります。
一方、製薬会社の立場は「新薬の開発には十数年の長い時間と莫大な投資が必要とされる。もし特許権が保護されないのであれば今後の新薬開発ができない。」というもの。
もし、タイ政府の政策が他国に拡大すれば、その影響は大きなものになるでしょう。
影響は単に製薬会社の利益にとどまらないところが問題です。
もしこのような特許侵害で新薬開発が進まない事態となれば、将来的に可能だったはずの薬が実現できない、つまり将来の命がその分犠牲になるとも言えます。
ですから製薬会社の言い分も、もっともです。
タイ政府と製薬会社は価格引下げ交渉を行ってきましたが、難航しているようです。
タイ政府の「コピー薬」容認政策に対して、製薬会社は「今後新薬の販売をタイでは行わない」という方針で対抗しているようです。
タイは決して最貧国ではなく中所得の国です。
ブラジルにしてもそうです。
だからこそ、世界規模の製薬会社と事を構える力があるのでしょう。
世界にはそのような力もなく、医療の恩恵を蒙ることなく死んでいく多くの人が暮らす地域も少なくありません。
このような絶望的な貧富の差が現存するという“ゆがみ”を前提にする訳ですので、両者の言い分はそれぞれにもっともで、私もどのように判断していいのかよく整理できません。
WHOのような国際機関が間にはいって、貧しい国ではその国の物価水準に見合った価格に抑える、そこで発生する製薬会社の損失については、先進国における価格を引き上げる、あるいは先進国における製薬会社に対する税制の優遇措置などでカバーする(つまり先進国住民の負担で後進国住民の医療をカバーするような何らかの方策)、そういった価格体系・損失補てん策が構築できればいいとは思いますが・・・。
仮にそういった調整が非現実的で、極端な話、「将来の新薬開発が不可能になっても、現在の困窮者を救う」か「現在誰を救済するかは市場原理にゆだね、結果的に将来的技術進歩の可能性を確保する」かのどちらかを選択しなければならないのであれば、私は前者を選びます。
日本などにおける医薬品に関する現在の技術水準はある程度の域に達しており、80歳前後の平均寿命に到達しています。
膨大な費用を投じて先端医療等で更にこの先を目指すよりは、その医療技術の恩恵を世界中のすべての人が享受できるようにすることの方がより重要ではないかと考えています。
写真は“フォト蔵”より。
ケニアのエイズ対策キャンペーン“レッドリボン”