ベゾスだっけ、ワーク・ライフ・ハーモニー、って言い方が気に入ってる。
だけど、そちらじゃなく、もともとの大アマゾン、南米大陸のね。
昨日の午後、NHKのアーカイブスというのか、2018年放送のスペシャルをやっていて。
「テルマエ・ロマネ」のヤマザキマリさんのツイートに触発されて観た。
イゾラドという文明との未接触の民が映像に映されていて。
こちら側の公式の呼び名が、マシュコピーロ(野蛮な残酷な生き物)というんだったか。
どんな経緯があって、そこへたどり着いたのか、1万年前から住んでいる、というんだね。
文明化された都市から、何日もかけてたどり着いたその地で、取材班は、彼らと遭遇するわけだ。
彼らの居住区、と言っても、狩猟生活だろうから、とてつもなく広い土地だろうけど。
そこへ「文明の民」が侵食を続け、研究では、60部族の民たちが、死に絶え、1部族だけ。
つまり、イゾラド、と呼ばれる民のみ、残っている、だったかな。
大アマゾンが狭くなって、彼らの暮らし方が難しくなってしまった。
川を挟んでの遭遇、って場面が撮影されていたんだけど、赤ちゃんを抱いた総領が。
これは俺の子どもだ、手を出すな、ときつい表情で迫っていたのが印象に残る。
部族の伝承で、銃を持った野蛮な民が襲ってくる、なんてのが、残されているんだろうな。
なんて想像していた。
未知との遭遇、見知らぬ、言葉の通じぬ人々との遭遇、しかも互いの利得が相反するような。
そんなこと、この地球上では、数え切れないくらい、そこかしこで起こっていたんだろうな、と。
言うに言えぬ、哀惜でもなし、悲嘆でもなし、なんだろう、遠い思いが湧き起こり。
南米大陸へ、レコンキスタだっけ、スペインとかポルトガルとかから、侵略者がしこたま入り。
そのことで、免疫を持たない彼ら、先住の民は、伝染病、天然痘なのか、により、95%が死に絶え。
なんて話もあるよね。
現在、目の前で起こっている、COVID-19による、行動変容。
そんな遭遇も、数え切れないくらいにあったんだろうし。
なんと言うのか、いわく言いがたい。
と言うような体感をした、大アマゾン、と言う映像だったのでした。
そんな朝、いただいているのが、グアテマラから届いた、ラス・ロマスと名付けられた珈琲。
それこそ、なんだかなー、ってなもんだよね。
この珈琲を栽培するために、どれだけの土地を、イゾラドなる人たちから奪ったのか。
なんて、ちょっと、センチメンタルな珈琲でもあるね、今朝は。
と言いつつ、何事もなかったかのような朝、ってことだから、一体全体、人間って、と。
そうだ、このところのテーマの一つは、ヒューマニティー、ってやつだからね。
悪魔と天使、とか、善と悪、とか、何とかかんとか。
そんなこんなで、こどもの日を始めるとするか。