まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

朝ごはんは食べないんです。

2015年08月31日 | Weblog

今朝、事務所のシャッターを開けようとすると。

ご近所の御意見番さんと邂逅。

かの御仁は、稲荷神社のお掃除に向かうんだけど。

伊勢神宮からも表彰された、というほどの崇敬篤き方でして。

表題の僕の返答に、そうだろうな、朝の5時からじゃ、奥さん、大変だものね。

というわけだ。

しかし、朝ごはんを食べない、なんてのは、よいこの皆さんは。

真似しないでね。

前夜、だいたい、7時前後の夕食とすると、今日のお昼までは。

17時間、胃の中へ何もいれない、ってことになるね。

逆に、残りの7時間に、二食、ってのも、胃の立場からすると、忙しいね。

世の中には、不食、なんて方もいらっしゃるんで、なんとも、ですが。

最近、筋トレ、というのか、山登りの体力をつけるために、からだを。

動かすことが増えているんで、エネルギーの補給は。

たぶん、必要なんだろうね。

生活習慣を、ちょっと、改めることにします。

改め方も、からだと相談の上、ってことだけど、とはいえ。

昨日のブログのテーマでもあるけれど、あたまで見る、というか。

食べる、というね、そんなことなんで。

できれば、一つひとつの細胞くんたちに、ほんとのところは、どうなの?

くらいの質問を投げかけて。

彼らの自主性も尊重してだね、ほとんど、コーチングとかの世界で。

もっとも、さすがに、山へ行くときには、自分で握ったおにぎり。

でなけりゃ、コンビニの、を食べるけどね。

からだを動かしている時には、行動食とか言って、二時間おきくらいに、なんて。

教則本には書いてあるんで。

一日三食、テーブルマナーを守り、なんてのが。

実際の人類にとってのデフォ、だったのか、ってのは、疑わしくもあるね。

教則本に従うと、(24ー8)÷2=8、つまり、一日から睡眠時間をひいて。

それを、2時間で割る、と8回だね。

一日八食、ってわけだ。

ま、小理屈の世界だけど。

逆に、からだを動かさない、という弊害、ってのもありだな。

なんてことはともかく、昨日は、スクワットを100回、やったよ。

正確に書くと、どうやら、ハーフスクワット、ということらしい。

自分の体重だけで、ってのね。

ネットみると、バーベル、とか、ダンベル、とかね、負荷をかけて。

というのが、一般的みたいだけど、そりゃ、いいよ。

ッて感じでね。

ということなんだけど、それをやることで、どうやら、深部筋、とでもいうのか。

わからないけど、別のところの筋肉も刺激されるのかな。

座る姿勢が、楽になった、からね。

まだ二週間、ってとこなのにね。

さて、今日の午後から明日一日と、個人ミーティングで。

わが社の一大イベント、という位置づけなんだね、僕の中では。

どんな話がとびだしますやら、という次第で、わからないことへの。

未知なることへの、ワクワク感とでもいいましょうか。

とんでもないブレイクスルーが起こるかもしれず。

というわけです。

 

 

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閃輝暗点って、知ってます?

2015年08月30日 | Weblog
この四文字熟語?って。

つい、二三日前に知ったばかりなんだけど。

病名というのか、症状名というのか。

同友会の会合中に、突然。

視野の中に、ギザギザの光がやってきてね。

こりゃ、網膜剥離ってのが、来ちゃったかな。

とね。

明日は土曜日だし、目医者さん、やってるかな。

なんて、思いながら、だったんだけど。

10分くらいしたら、おさまって。

しかし、念のために、翌日、というのは。

昨日のことだけど、いつもの眼科へ行ったわけだ。

脳の血管が振動して、その際、電気信号が出て。

そういう映像として、認識される。

そうで。

というのか、人は頭で見る、ってのの。

証明でもあるんだけど。

度々、そうなるなら、MRIとかね、検査。

をしたほうがいいけど、心配ないですよ。

と先生の弁で。

インターネットやられるようなら、検索してみてください。

とおっしゃる。

この、やられるようなら、ってのがね。

なんとも、ね。

わが年代への、ネットがネイティヴじゃない、というね、メッセージにも聞こえ。

ってのは、どうでもいいんどけど、で、検索してみると。

閃輝暗点の症状を、絵に描いてる方もいて。

なかには、ゴッホのようなのもあるんだよね。

天から降りてくる、なんていうのも。

早い話が、脳内血管が振動して、電気信号が来ただけ、とかね。

眼球を通しての、普通の映像に、もう一つのレイヤーがね、重なる。

そのどちらも、僕がある、と言えば、あるわけだ。

なんてことがあった、昨日だったんだけど。

今日は、朝の3時出発で、八ヶ岳。

の筈が、ご覧の通りの雨で、延期。

昨日は、休養日でね、筋トレの。

なので、今日、筋トレやろうかな。

筋肉ってのは、休養が大事なんだってね。

その間に、筋トレで傷んだ筋肉が、修復、増強される、ということらしい。

しかし、こんなフレーズを、このブログに書くとは思わなかったな。

人生、本当に、なにが起こるか、わからないね。

人生には、上り坂と下り坂、それに、まさかの坂があるんです、なんての、あったけど。

まさに、まさか、です。

ここまでで、一回、アップしたんだけど、書き忘れ、です。

ナイキの、ランニングシューズ、快適。

ってのを、どうしても、書いておきたくて、追伸なんだけどね。

行基さんや空海さん方には、ほんと、申し訳ないけど、快適です。




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ナイキ エア ズーム ボメロ 10を買った

2015年08月29日 | Weblog

買い物は、タイミングも大事だね。

ずっとね、ウォーキングもできて、もしかしたら、ランニングも。

できるもの、って具合に、探していて。

といっても、ほとんど、心のなかで、という状態なんで、お聞きしたのは。

ほんの数軒だけど。

昨日、ぶらりと立ち寄ったお店のスタッフさんなのか、店主さんなのか。

説明がお上手でね、自説を滔々と述べる、という越境もせず。

かと言って、こちらの質問には、的確にこたえてくださって。

ほとんど、即決で、もちろん、履き心地は試したけど、表題のごとくでね。

しかし、色の型落ちなんで、半額セールで。

ナイキのエアー、なんて言えば、もう何年前なのか、エアー、エアーって。

それこそ、わが、油屋の大将まで、くちずさむ、というのか、口の端に登らせていて。

なんとかっていう焼酎みたいに、プレミアがついて、運動靴にそんな大金払うのかい?!

なんて思ったものでしたが。

今では、すっかり、世界のメジャーになったナイキの、エアーを手に入れたわけです。

唐突ですが、「高野聖」を読みだしたのです。

だれだっけ、泉鏡花か、青空文庫でね。

山がらみの本、これ、いいよ、と誰かが推奨していてね。

泉鏡花って人にも、興味があったのでちょうどよかったんだけど。

そこには、わらじで旅する姿があるんだよね。

山道で、樹木をかき分けしている時に、上から落ちてくるヤマヒルに。

あちこち、吸い付かれながら、ってわけだ。

ある高僧が主人公なんだけど、空海にしても行基さんにしても。

各地各所を経巡ったわけだけど、わらじ、だったのか、1200年も1400年も前にね。

何を履いていたんだろう。

このナイキのエアーをあげたら、彼ら、どこまで歩いて行ったことか。

履かせてあげたかったね。

まるで、わがおじおばたちが、僕の運転する車中で、おとうさんに見せてあげたら。

おかあさんに食べさせてあげたら、という会話が始終、ということを思い出し。

昭和一桁の世代にとって、父母は、反抗するための存在ではなく。

というね。

昨日もご紹介した、ボブ・ディランの。

The Times They Are a-Changin'、でね。

おとうさん、おかあさん、あなたたちの道は古くなってしまって、子どもたちに手を貸すこともできない。

んですから、あなたがたが、新しい一歩を踏み出してくださいね。

くらいの歌を歌っていたんだね、東京オリンピックのちょっと後かな。

ボブ・ディランのような人たちが、上記の、反抗するための存在でいいんだよ。

なんてお墨付きを与えたのかもね。

彼は、世間の与えるお墨付き、つまり、さまざまな価値観やらしきたりやら、ってのを。

ひたひたと押し寄せる水、と表現し、だから、うかうかしていると、骨の髄までずぶ濡れになっちゃうよ。

なんて歌っていたんだけど、その彼が、その水でもあるんだよね。

パンドラの箱をあけちゃった、とか、ね。

わが母親たちの世代であれば、山よりも高く海よりも深い、父母の愛情。

なんてことが、デフォであったのを、おいおい、そこの蓋、開けちゃうかよ、ってなもんで。

だって、人間って、自由なんだもん、ってわけだ。

しかし、実際は、自由という思想にしばられているだけ、ってことなのかもしれず。

うかうかしていると、骨までずぶ濡れになっちゃうよ、とボブ・ディラン風にも言えるね。

そんなことはともかく、これで、歩きますよ。

ナイキ エア ズーム ボメロ 10、でね。

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合羽橋道具街は行ったことがあったんだった

2015年08月28日 | Weblog

昨日ね、浅草の雷門のあたりに、職人も行く。

という道具街があって、あそこ、行ったら、なんでもそろいますよ。

ってわけだ。

という話を、何人かの方からお聞きしていてね。

じゃ、おれ、そこへ行って、1万円するという大根おろし器。

と、包丁の砥石を、買ってきます。

なんて、放言してもいたんだけどね。

一人の方は、テレビで見た、と言ったか。

雷門の両脇の通り、くらいの言だったので、とりあえず、浅草でおり。

人力車のおにいちゃんに、かくかくしかじか、とお聞したわけだ。

あそこのスーパードライの看板の、まだまだ、先で、遠いですよ。

これ、乗りませんか、と人力車を指し、で。

いや、歩いて行くからいいよ、と歩き始めたんだけど。

かなり、歩いたな。

結果、稲荷町という地下鉄の駅で、東京へ向かったんで、そこで、おりてもよかったのかな。

ということがあって、道具街を歩いたのでした。

あら、ここ、いつか、来たな、と。

隅田川から、船、屋形船か、それに乗って、お台場まで経巡って。

カラオケ、歌ったんだった。

その時に、かくかくしかじか、ってんで、バスを止めて、歩いたお店が。

なんとかキッチンなんとか、ってお店で、覚えていてね。

そうか、ここのことか、と言った次第で。

なんでも、自分の目で確認してみないと、わかりません。

自分の記憶だって、あてにならないんだから。

で、そのお店の隣くらいかな、包丁が並んでいたんで、砥石のことを聞いて。

だったら、1000番くらいがいいですよ、と店主さんが、言ってくれたので。

最初、小さいやつでいいや、なんて言って、レジに打ち込んで、袋に入れて、どうぞ。

だったんだけど、やっぱ、こっちの、大きいのにします、ごめんね。

と。

しかし、レジに安い方を打ち込んで、すぐに、高い方の金額を入れたのかな。

いきなり、モニター画面が暗転し、ソフトが壊れちゃったようで。

その方、もうね、それを復旧させるのに、夢中で。

こちとら、砥石のうんちくからなにから、談笑して、道具街を味わいたかったんだけどね。

それもままならず。

重い砥石をおみやにかばんに詰めて、帰途についたんだよね。

浅草で、天ぷらでも、と思ったんだけど、歩き過ぎたので、時間がなくなり。

結果、新幹線の中で、深川めし、だったかな、駅弁を食べたのが、2時過ぎかな。

それもまたよし、だったけどね。

人様の評判、話、ってのは、あたりまえだけど、実見するものとは、違っていて。

しかも、その出どこが、テレビ番組、なんてのは、よくありがちな話で。

聞くと見るとじゃ大違い、ってわけだ。

もっとも、その漏れ聞いた話を、勝手に自分の中で、盛りに盛って、わがストーリーを作ったのも。

自分なんだけどね。

もうね、今日から俺、料理の人になる、くらいの勢いだったんだけど。

どうもね、商売人の目になっちゃって、街を眺めるのもさ。

浅草橋の西口から東口まで歩いたんだけど、ガード下にならぶお店、その古い看板やら。

シャッターのおりた様やらを眺めながら、栄枯盛衰、時代は変わる by ボブ・ディラン。

The Times They Are a-Changin'。

訳詞を見ると、押し寄せる水に飲み込まれる前に泳ぎ出せ!って、ボブ・ディランは。

歌っていたんだね。

そんな目で、道具街も眺めちゃう、というかなしい性(さが)ってことで。

江戸の、どちらかと言えば、うまさより早さ、by 左甚五郎、と落語の中で語らせている。

そんな職人連中が、それこそ、仕事を一日するのは野暮な田舎もんだ、とお昼からは。

湯にはいってお酒を飲む、というね、彼らが、道具を買いに来たのか。

なんてことを連想したりして、重い荷物を担ぎながら、歩いたのでした。

 

 

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昨日は一万歩、歩いた

2015年08月27日 | Weblog
今朝は、川崎市高津区の。

溝ノ口のパールホテルからのアップです。

同友会の全国交流会ということで、東京にやってきていて。

会場は市ヶ谷なんだけどね。

なぜ、花の都のど真ん中に泊まらなかったの!?

ってことだけど、間際の予約だったんで。

空いてなくてね。

それに、この地には、娘がいるから、夕飯でも。

とね。

しかし、そりゃあ、先方にだって、予定はあるわけで。

幼い頃の、親の手に引かれ。

なんて具合に、時計の針は、回っていないよね。

残念ながら、それは、実現せず。

ひとり、寂しく、溝ノ口の夜を過ごした。

んだけど、人が歩いているね。

ま、清水はともかく、静岡の両替町も。

こんなものか。

朝、メールを、チェックしたら、吉田繁治さんからの。

メルマガが届いていて、中国のゲタを履かせたGDPが、ばれちゃいました。

って内容なんだけど。

そのおかげで、日本も、同時株安で、と。

しかし、例の、PKOで、なんとか8000円台に戻し。

というわけだ。

いきなり、アップルだけど、電子機器の企画販売の会社で。

と、彼は、書き。

委託製造が、中国で、粗利は1。

とすると、アップルが、5、というんだね。

やっぱり、儲かるよね、根っこ、抑えている、ってことは。

わが社も、そういう会社になろう。

さて、そのためには、迂遠のようだけど。

今日も勉強して、帰るとするか。

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9月の雨は悲しくて

2015年08月26日 | Weblog

って、歌、たしか。

太田裕美じゃなかったかな。

と言いながら、まだ、9月じゃないので、悲しくもないけれど。

今朝の雨の中、わがタイムは、緑が復活し。

なんだね。

この植物たちの摩訶不思議さ、とでもいうのか。

茶色く、しなびた、というのか、枯れた、というのか。

そんな状況が、一変するわけで、今朝のフレッシュハーブは。

タイム、ローズマリー、バジル、セージだ。

東京では、食物はとれません、魚も野菜も肉も、って、だれかが書いていたな。

みんな地方から、届く。

厳密に言えば、なんとか村では、なんてことで、皆無ではないんだろうけど。

とても、1000万をこえる人々のお腹を満たすことはできず。

富が、陸続と彼の地、東京へ届けられるんだよね。

これ、考えてみれば、すごいことで。

どこのだれに食べてもらうか、ってのが、世界の問題なわけで。

さしずめ、世界の東京は、アメリカってことになるのか。

もちろん、食べる、ってのは、食料だけじゃなく、スマホしかり、ホテルしかり、車しかり。

生きている人間が、爆食する、って次第で。

からだの中へ、あるいは、あたまの中へ取り込む、なんていうのか、消費物ってことだけど。

ふと、昨日、そんなことが浮かび。

なんてこと、考えながら、って、ロダンのようにではないけれど、結果。

夜は、山でワイン会。

今度は、リーズナブルでおいしい日本酒を、ということにあいなり。

さて、本日は、爆食の、東京さ、行くだ。

東京へは、もう何度も行きましたね、君の住む、懐かし都。

なんて歌もあったな。

わがバツイチ別荘男の書棚には、その昔、東京のすべて、なんていう。

アンチョコみたいな雑誌、あったし。

今はなき、わが妹のだんなさんは、道路マップで、僕に道を教えてくれたっけ。

長渕は、東京の馬鹿野郎が、と言っていたし。

なにせ、人の集まるところ、ってのは、エネルギーも高いわけだ。

古来、都市化、ってのが、人間の習性、というのか、人の集まるところに集まる。

ってのね、それで、集まりすぎると、人当たりがして。

って、湯あたりみたいに、おめでとうございます、お赤飯を炊きましょう。

なんてことには、ならないか。

しかし、腕に自身のある御仁方は、腕まくりをして。

てっぺんとったろ、みたいなセリフ、残しながら、ってのも、ありだし。

この、てっぺん、っての、長渕剛の、今回の最終曲、「富士の国」って歌詞のなかに。

頂、って書いて、てっぺん、と読ませていたんだけど。

10月に結婚する、三重の住人がいて、祝辞、お願いします、と。

もと、わが社の社員さんなんだけどね。

彼と、その頃、スナックなんかで飲んで、ボトルを入れると、その名札にね。

天下、とったる、なんて、若かりし彼が、書いたりして。

ってことを、思い出したわけだ。

なので、その、てっぺん、と、ゴスペラーズの「ひとり」をかけて。

なんか、面白いこと、話そうかな、なんて画策しているところで。

そうそう、昨日ね、新芽の会、ってのが、人数、少なかったんだけど、あってね。

自分の中にある、あの頃と変わらない、こどもの自分、というのか。

そんなの、未だにあるんです、という話に、いや、俺の歳でもあるよ、と応じ。

そこなんだよね、瞑想的な言葉にしちゃうと、それが、本来の、ずっと、未来永劫つづく。

自分、というのか、空、というのか、大いなる意識、というのか。

なんてことを、ご披露申し上げ、って時間があったんだよね。

ま、社会に出てくると、さまざまな、規律、プレッシャー、規範、道徳、マナー、なんてことのなかで。

なにか、その、こどものこころ、ってのが、隠さなきゃいけないもののように。

悪いものであるかのように。

あるいは、立派なオトナ、とか、聖人君子、とか、他の模範にならなきゃ、だとかね。

なので、仮に、インナーチャイルド、なんて呼んじゃえば。

そのチャイルドに、蓋をしちゃったり、シールド、というのか、覆いをかぶせちゃったりね。

その、チャイルドが、もしも、幼いころの傷を負ったままだと、歳をとってから、ある時。

爆発、なんてことも、数限りなくあるんだろうからね、なんて展開になり。

瞬く間に、1時間が過ぎたんだけど。

さてさて、もう少ししたら、ほんとに、東京さ、行くだ。

 

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ジャンボ白鳥へ行く

2015年08月25日 | Weblog

このところ、山へ登るだとか。

少々、筋トレ、あるいは、ウォーキングを、なんてところに。

関心の向きが向いているんで。

じゃ、ファッションからでしょ、ということで、表題の仕儀にあいなり。

だったんだけど。

うすうすは感じてもいたけれど、新しい動き、傾向、とでもいうのか。

多種多様な、シャツからパンツから、隔世の感があり。

異国へ来たばかりの、という風情で、へ巡り歩いたわけだ。

最後は、スキューバダイビングだったか。

もう何年前になるのか、からだを動かす、というのか、アウトドア。

ってやつね。

そういえば、達磨山や本栖湖で、テントを張って。

キャンプなんかもやったんだった。

田貫湖でもやったな。

それを受け継いだんでもないだろうけど、長男坊は。

毎年、川へキャンプ、という習慣になっているようだ。

大げさに言えば、浦島太郎が、玉手箱、あけちゃったみたいなもので。

色鮮やかな、機能性なんとか、とかのシャツを眺めていると。

そこに入っていく、というのか、感覚をなじませていく、ってのが。

時間がかかるんだね。

しかし、ここだね、テストに出るところ、って。

いずれ、人間ってのは、自分の関心のままに、道を進んでいき。

それが、ナローウエイとでもいうのか、細い一本道。

みたいなものに、なっちゃってね。

一心不乱に、とかの言葉とともに、あるいは、全身全霊をあげる。

とかね。

たったひとりのため、生きていくんだ、じゃないけど。

これね、たまたま、長渕がふもとっぱらで10万人コンサート、っていう。

前日だったか、BSのシネマミュージックみたいな番組で。

ゴスペラーズが、われわれの代表曲です。

なんていいながら、歌っていて。

あのコーラス、というのか、ハーモニー、というのかね。

素敵でさ。

フレーズが、ずっと、耳についてきていて。

今朝も、ハーブを、さて、どれにしましょうか、なんてやっている時。

たった一人の、なんて、耳元に流れてきたからね。

そう、ひとり、じゃなく、たったひとつのため生きていくんだ、って具合だな。

それはそれで、素敵なんで、困っちゃうんだけど。

時には、常世の国から、帰国して、禁忌、タブーの。

玉手箱開け、ってやつをね、やったときの快感、ってのもあるんだよね。

その瞬間なんだよね、大事なのは。

幼いころなら、素直に驚き、なになに、それ、なに?

ってなもんだけど、大人の処世術を身につけたあとだと、わからない。

俺にはわからない、的な風情を醸し出し、ってのが、デフォになっちゃってね。

残念な仕儀とあいなり、って具合だ。

そうそう、みなさまにご報告もうしあげなきゃ、ってことがあったんだった。

SNS的にいうと、筋肉が割れた、んだよね。

山登りのトレーニング、と称して、スクワット、やっているんだけど。

ほら、いくつになっても、筋肉はつきます、とだれだかが言っていたことを。

唯一の信仰の糧にしてだね、やりだしたらね。

たった、一週間くらいで、大腿四頭筋が割れてきた。

なんて書くと、いかにも、盛っている風だけど。

実のところ、高校時代、サッカーで蹴られ、その箇所、割れた、というか、くぼんだ。

というところがあって、そこが、久々に復活したんだよね。

何年も、折に触れ、わが太ももを眺めるときに、そういえば、ここ、蹴られたっけな。

という具合に確認できる、筋肉のくぼみ、ってのが。

ルネッサンス、ってわけだ。

それが、ここ何年か、やせ細ったのか、衰えたのか、目や手での確認はできなくなっていたんだ。

これ、大きな確認事項で、そうか、やっぱり、やれば筋肉ってのは、なんとかなるんだな。

というのね。

というか、おお、筋肉くん、待っていたのか、おれがこうなるのを、ってくらいかな。

なので、楽しいのです。

もちろん、20歳を基準にして、毎年1%、筋力は落ちます、ということらしいから。

さしずめ、僕だと、40%は落ちていて、半値八掛け二割引じゃないけど、6掛けなんだけどね。

そこはそれ、その分、処世の智だよね、補填するのは。

さて、今日は、山へワイン飲みに、ということで。

夜ですけど、しかも、山登りのあとの、じゃなく、単に、ワインパーティー。

といえるのか、メンツをご紹介したら、そりゃ、ちがうだろう、ってなもんですが。

いずれにしても、旧交を温める、というウタイです。

 

 

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村山古道とふもとっぱら

2015年08月24日 | Weblog

実は、昨日は。

この間、好日山荘でお会いしたガイドさんの企画で。

村山古道から宝永山まで、かな、山登りツアーがあって。

行ってみたかったんだけど、既報のごとくで。

朝は、のんびりと、村山古道ならぬ修善寺古道を散歩し、というわけで。

この古道、以前、富士山のまわりに300以上の浅間神社がある。

という情報を得て、その摩訶不思議さにつられて、何箇所か、経巡ったことがあって。

浅間神社をね。

そのうちのひとつ、村山浅間神社、というんだけど、境内に、水垢離をとった池のあとも残っていて。

さらに、ここの扁額というのか、本殿の上にかけられている。

文字はなんだっけ、富士根なんとかだったか、それが。

古代文字なんだ、という方がいらっしゃって。

なるほど、なんて具合に、訪ねたことがあったわけだ。

水垢離、というのは、ここで、身を清め、さらに六根清浄といいながら。

不二のお山をめざす、という次第で。

その頃は、自分自身が、そこを登っていく、なんてのは。

指のさきほども、考えていなかったけど、面白いもので。

山を登る、ということが始まると、こんなところにも、過去の経験が生きてくる。

んだよね。

なので、昨日は、ふもとっぱらで富士山に向かい朝陽を眺めた方々も。

あるいは、このように、村山古道から、という方もいらっしゃったわけだ。

山へ登るのに、いろんな道から登るでしょ、それでも目的地は同じですから。

というようなことを、何日か前にご紹介した、超能力者に教えられたことがあって。

なるほど、と思うわけだ。

このところ、昔聞いたことが、今に重なる、ってことが。

ああ、あれはこういうことだったんだ、ッて感じのね。

多いんだよね。

それこそ、だれかじゃないけど、確信に変わる瞬間、ってことだね。

ところで、お盆も過ぎ、さすがに、秋の気配は忍び寄っているんで。

今朝も、開け放った窓からの風、というか、空気がね、いい気持ちだ。

夕べは、ボルトが100mで金メダルをとった、という前。

「ポンペイ」という映画、やっててね。

ローマに侵略され、一族を皆殺しにされた男の復讐劇、ってのを見た。

騎馬民族たるケルト、というウタイだったんだけど、幼かった彼が。

どういういきさつだったのか、拳闘士になって、登場。

結果、ベスビオス火山が大噴火のなか、仇は討つ、けれど。

本人も溶岩流に飲まれ、という設定だったんだけどね。

ケルトってのは、騎馬民族だったのかな、という疑問もないわけじゃないし。

なんだけど、世界がローマ化していくときの、古来、何百、何千とあった悲劇の。

ひとつでもあるな。

しかし、そういった歴史は、風化し、ローマ化による、コンビニエントな暮らし。

豊かと書かれる暮らしになびく。

ってのが、今にもいたる、ある種の真実、というのか、冷厳な、ね。

そうだ、今朝は、おむすびを握ってくるのを忘れた。

お腹、すいてきたな。

なんてことで、本日のブログ、終了です。

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修善寺が麓っぱらになる

2015年08月23日 | Weblog


今頃、麓っぱらでは。

朝陽が昇ったと大騒ぎの中。

祭りのあとのさみしさ、ってやつに。

突入しつつあるのか。

こちらは、修善寺温泉にて、プチ・宴のあとの。

桂川の瀬音を聴きながらのアップ。

夕べは、同行の御仁が。

長渕のファンで、CDは、大神宮さまの。

お札のごとくに、出るたび購入。

という、長渕ファンで。

長渕のコアな歌を、歌いまくり。

なんとかshipsっていう、長いのは。

多分、富士山の麓で最後に歌われるはず。

ってわけで、その曲とともに、お開きとなった。

んだけどね。

わが長男坊は、6時前に、現場に向かい。

そうだ、彼も、今日から東京の人になる、っての、歌ってたな。

もう一人の、わが社の御仁も、夕べのうちに。

静岡へ帰り、今朝からの現場に備え。

という中、当方は、のんびりと朝の散歩。

なんだね。

下駄をカランコロンと鳴らしながら。

そうだ、昨日は、オレンジツアーのマイカープラン。

ってやつで、8月度のおじおば会。

メロン食べ放題、ってわけで、人目をはばからず。

おばたちは、元を取る、以上にたいらげ。

さすが、まだ日本が貧しかった、昭和の。

一桁生まれだ。

さて、これから、朝食。

ボチボチと、ホテルへ戻るとするか。
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バジルとセージが元気だ

2015年08月22日 | Weblog

気候変動の中、表題のごとくで。

日照りの夏はトボトボ歩き、と宮沢賢治みたいに。

くたー、っと、ほとんど、枯れかけ。

かと思えば、ちょっと、涼しげになると、シャキーっと、というわけで。

そこに、倫理道徳なんてなく、まさに、涼し気な、人生態度、というのか。

植生態度、という感じでね。

昨日の朝と比べて、葉っぱが、天に向かっている様をながめると。

こちらも、そのエネルギーをいただけるような気になっちゃうんだよね。

今日は、おじおば会で、蒲郡まで行くことになる。

メロン食べ放題、というオレンジツアーのマイカープラン、というもので。

下のおばが、どこぞで見かけ、当方へ連絡があってね。

予約をしてみたんだけど。

小さな文字の但し書きで、メロン食べ放題は、食事のあとにしてください、くらいのことが。

あって。

ま、どちらでもいでしょ、食べたいだけ食べていいよ、メロンを!というウタイが。

昭和一桁のおじおばを喜ばす、ってわけだ。

その昔、彼らの世代が、温泉宿に旅をして、帰りには、丹前やら灰皿やらお盆やらを持って帰る。

という習性の持ち主だから。

それだけで、楽しい、ということだね。

蒲郡のあとは、修善寺まで、これは、僕、単独だけどね。

沼津の仕事先の方々と、プチ・宴をして。

という算段で。

なので、明日のトレーニングというのか、山登りはできないな。

そうそう、今日は、麓っぱらで、長渕剛の10万人コンサートもあるね。

ジモティーからすると、最近の長渕的には、ヤンキーっぽいファンが大挙するんじゃないか。

と、多少の杞憂もあるようだけど。

どうでしょう。

修善寺でご一緒する方の、彼は、龍馬のファンでもあるんだけど、持ち歌のひとつが。

長渕の、なんだっけ、きばいやんせ、だったか。

薩摩弁で歌う、ってやつで、同行のわが社の御仁が、彼の地の出身なんで。

それにちなんで、この会のときには、かならず、歌ってくれるんだけどね。

ところで、この秋は、短いようですね、と言うんだね。

昨日、駅前銀座でのお昼時。

大将が、カウンターの中から、この時期、イナダが取れるんですけど、今年は。

しらすもそうで、ちょっと、変なんです、というわけだ。

冒頭の、気候変動、ってことだね。

このところ、天気予報なんかを、他人様にお聞きするのが、気に入っていて。

そりゃ、なんとかアプリなんてのが、しこたまあるんで。

スマホの画面を見ればいい、っていやあいい、んだけど。

なんだろう、聞くのが面白いんだよね。

時候のあいさつがわりかね。

お暑うございます、ってのが、心にもないことを言うのも、ッて感じで。

だいたい、汗、かきまくり状態、ってのが、好きなんで、暑い暑い、っていうのは。

どうもね、フィットしないんだよね。

さて、今日のおみや、そう、蒲郡のね、なにになりますやら。

 

 

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