まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

こころの中のぬくもり

2011年06月04日 | 311大震災

本日、大幅にアップ遅れ。

というのも、夕べ、飲みすぎたからなのですが。

それに、木曽平沢で、漆器祭りでもあり。

妻と同行二人。

というわけで、信州の木曾まで行ってきたのです。

いつもの、巣山定一さんの工房におじゃまして。

塗師(ぬし)、ですね。

今回は、妻と母親のお箸を買って来たのです。

彼のお店では、お姉さま、お母様も迎えてくださって。

ああ、あのお箸の修理をした方ですね。

わかりませんでした。

すこし、肥えられましたか?

私も人のことは言えませんが。

なんて会話しながら。

表題を、いかにも、きどったものにしたのは。

そんな会話、雰囲気のなかで、感じたものなのです。

本日、まだ、夕べのお酒が残っているようで。

うまく、まとまりませんので、ほんのさわりだけ、書いてみました。

木曽平沢から奈良井宿まで、足を伸ばし。

といっても、ほんの数分ですが。

そこは、いま放映中の、NHKの朝ドラのロケ地だそうで。

妻が行きたいだろう、と勝手に想像もし。

そこで、巣山さんの同級生にもお会いしたり。

ということなども、後日、書きます。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シーベルトをしてください

2011年06月02日 | 311大震災

夕べ、食事のおわるころ、妻が帰ってきて。

今、事務所で、コピー機のトナーをかえてきた。

そのトナーに、使用済み、と書いた、だか、書いてあった。

すると、頭の中では、勝手に。

使用済み核燃料。

と書き換えられていた。

なんて言い出し。

そこにいた次男坊も。

車で走っていて、シートベルトをしてください。

という文字をみると。

表題のごとく、シーベルトをしてください。

と勝手に、読み換えてしまっている。

というのです。

世の中、原子力用語が、とびかっているのです。

それでは、本日もお勉強です。

時間のない方にもかんたんにわかる内部ひばく、です。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

婚活

2011年06月01日 | 311大震災

ひょんなことから、夕べは飲み会になり。

三人で、なかなか、いい話ができたのですが。

そのあと、ちょっと、一人で呑みに。

以前ご紹介した「アミ小さな宇宙人」という本を教えていただいた女性。

ピアノ弾きなんですが。

彼女、結婚したい。

というわけです。

いや、ぼくとじゃなくて。

どうやら、高齢のお父様の介護をしていたのかな。

それで、婚期がずれてしまったのです。

さっそく、東京の友人にTEL。

写メをおくり、即席お見合いが成立。

いちおう、ウタイでは、別荘もちのバツ一男性だから、言葉的にはもてるんだね。

現物はどうかは、わかりませんが。

そんなんで、今度、彼の十里木の別荘へご案内。

ということになりました。

ま、見方によっては、ぼくも物好きだね。

でも、世の中見渡すと、独身女性も男性もおおぜいいて。

おせっかい魂が、うずうずと沸き起こってくるのです。

そのへんのボタンの掛け違いがおこると、ね。

わが家庭の混乱のもとにもなっちまうんですが。

用心、ようじん!です。

話はがらりと変わります。

昨日は、様変わりの妻が。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、矢ケ崎克馬さんという琉球大学の教授さん。

かれの岩上安見さんとのインタビュー記事を文字起こししたものを見せてくれてね。

放射線の関係です。

インタビュー記事は、こちらのustです。

アメリカの作ったICRP(国際放射線防護委員)はあえて、内部被曝を無視・軽視した。

妻の見せてくれた文字起こしから、さらに僕が要約したものが、こちらです。

ヨウ素は1000万分の一グラムが体内に8日間はいっただけで、1SVの放射線量になる。

今回の原発問題は、科学的にも政治的にも金融的にも、なかなか、深くて暗い闇があるのかもしれません。

なかには、日本再占領、みたいな言い方する方もいらっしゃるしね。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

後悔

2011年05月31日 | 311大震災

夕べ、先週につづき、「鶴瓶の家族に乾杯」を見た。

昨年の2月に訪れた宮城県の石巻。

この5月にふたたび訪れた。

石巻の渡波(わたは)。

ここは海の幸に恵まれ、とナレーションが入る。

被災された方々は、涙を流しながら、鶴瓶と握手する。

大変でしたなぁ。

命があってよかったなぁ。

と。

そんな光景を見ていて。

ひょっとしたら、神様は後悔してるんじゃないかな。

と思った。

ここまで津波で流すことはなかったのでは。

はやまったかな、と。

今回は、さだまさしの同行で。

お寺で、落語と歌をふたりで披露。

子どもたちのあどけない笑顔に、この国の未来だ。

とふたり口をそろえて言っていた。

渡波(わたは)という地名は、当て字からして、いかにも波にご縁があるようにみえる。

小さい波も大きい波も、大きすぎる波も渡ってくるというような。

気仙沼(けせんぬま)が、ケセ=下の方、の沼。

アイヌ語では、そんな意味があるそうだから。

渡波(わたは)も、アイヌ語では、もしかしたら、漢字の語感とはちがった意味かもしれないけれど。

ついでながら。

釜石(かまいし)も、クマ=カマは、魚をとって干す竿、という意味で。

イシ=ウシは、なになにするところ、ということで。

魚を獲り、竿に干すところ、というのが、釜石(かまいし)の由来なんだそうだ。

by 谷川健一、です。

もと作家の、いや、いまでも作家かな、知事さんが。

今回の津波被害は天罰といって、世間の顰蹙をかったね。

タイミングは悪かったけど、そういった意味はわかる。

被災された方々ではなく、われわれが、という意味で。

というような言い方があり。

つまり、われわれの生活に反省を求めるような語感もあったけどね。

しかし、そんなことも含めて。

神様は後悔しているんじゃないのかな。

と深く、感じたのでした。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

着物できた道

2011年05月29日 | 311大震災

昨日は、50年近く前のいつか来た道のネタだったんだけど。

本日は、65年前のいつか来た道です。

5月度のおじおば会。

袋井の先の見付の宿です。

見付天神が有名ですね。

ご祭神は、菅原道真と矢奈比売(やなひめ)。

延喜式内社ということで、もともとはやなひめ神社だったらしい。

創立年代不明のふるいふるいお宮さんです。

そんな古い神社のある見付の宿。

そこにある大見寺。

ここもまた、ずいぶん由緒あるお寺さんのようで。

母親たちが、65年前、そのお寺さんに泊まりに来たことがあるそうで。

絣の着物を着て、と言ってたな。

そこの住職さんたちと親戚のようなお付き合いだったらしい。

もともとは、彼女たちの、自慢の父親が、仲良かったことからの始まりだそうで。

ご住職とおとうさんが、僧衣と着物をとりかえて撮った写真があったよね。

なんて話もしていた。

そこは、浄土宗で、日照山大見寺、と書いてあった。

そこのお寺の子どもたちと仲良く遊んだらしく。

会いたいね、ということなんだけど。

今は、代替わりで。

お寺さんというのは、跡を継ぐ人がいないとそこへ住めないんだよね。

本山から別の人たちがやってくるわけだ。

なので、現在では、そのころ親しくしていた家族は、東京にいるらしい。

けれど、消息は把握していないようなんだ。

そんなわけで、なにしろ、65年をへだてての再訪で。

喜ぶやら懐かしむやら、なんというのか、車中では、ありがたいありがたい、と。

つれてきてくれてありがとうね!

のオンパレードなので。

そんな喜んでいただくと、こちらもうれしくなって、ぜんぜん疲れもしないしね。

などと応じる。

途中立ち寄りの、いつもの掛川道の駅では、母ツバメがえさを運んでいた。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いつか来た道

2011年05月28日 | 311大震災

夕べは会社の飲み会があり。

清水の蜂が谷にあるお店。

往きも還りも歩き。

20分くらいかかったかな。

帰りは、妻と仲良く、歩いたのです。

このお店の近くにともだちの家があり。

小学校だったか中学校だか。

よく泊まりに来たもんだ。

夕暮れ時、自宅からそのともだちと並んで歩いて。

その頃、まだ、家もまばらで。

まわりは、田んぼか畑だけで、街灯もなかった。

暗くてこわかった。

そんなことを思い出しながら歩いていると。

たくさん家がたったんだな、と。

なんだか、わがふるさとの歴史を感じ。

彼の、いまはなき母親が。

朝ごはんをごちそうになるとき。

あんたちは町だから、うちの味はあわないでしょ。

と言った言葉も思い出し。

歩いて20分しかかからない距離なんだけど。

当時は、そんな会話が成り立ったのです。

ことに、梅が島からお嫁さんに来たので。

それは、やがて50年も前になるお話です。

たまには、歩くのもいいものだ。

往きの歩きでは、ホトトギスのさえずりを聴いた。

きょかきょくきょかきょく、とまだ、そんなに上手ではなかったけれど。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

原発原発で夜も眠れず

2011年05月27日 | 311大震災

子どもの頃、学校で習ったような気がするんだけど。

江戸時代の末期、黒船が来たときのこと。

100年の眠りを破る蒸気船、なんとかかんとかで夜も眠れず。

っていうやつ。

ほとんど覚えていず、なんとなく、語呂のリズムだけが耳に残っているのですが。

あの時は、ずっと、鎖国をしていて、いきなり現れた巨大な黒船が、なんだ、これっ!

みたいなインパクトだったんだろうね。

ま、それになぞらえるんじゃないけど。

311の大震災で、原子力というものが、あるいはそれにまつわるもろもろのことが、黒船のごとくに立ち現れて。

わが妻なんかも、何度も言うように、様変わりで。

この間、参議院で開かれた、行政監視委員会のビデオを、参議院のホームページへ行って、見てるんだね。

その日の参考人jは、小出教授、原子炉設計の後藤さん、地震学の石橋教授、ソフトバンクの孫社長。

孫社長以外は、テレビに出すと、電事連がスポンサーをおりるぞ、と言うくらいの方々で。

その方々が、国会へ登場、というわけで。

ネットすずめの間では、大きなニュースでもあったのですが。

委員会がおわったあと、自民党の議員が、だれだ、あんなやつらを呼んだのは。

と叫んだとかいう話が、ツイッター上ではつぶやかれたりね。

話は、おもしろおかしく、いくらでも書けそうな気配です。

僕は、科学者になったことがないので、わからないのですが。

どうもね、人類に幸いをもたらす科学、というウタイがね。

それって、わざわいももたらすんじゃない、っていうね。

考えてみれば、至極当たり前の事実に、気がついてしまったみたいで。

科学もまた、時代の権力構造に組み込まれていて。

かっこよく言えば、翻弄されている、と。

困ったものです。

ことに、放射線なんてのは、目に見えないので。

それに、だれも、ほんとの意味では、体感してないので。

ある意味、肯定派も否定派も、言いたい放題でね。

なんていうと、失礼なんですが。

よくわからなのです。

これ、笑っちゃ、いけないけど、仙台からの帰り道。

ちょっと、福島、寄って行こう。

このICで降りて、なんていったんだよね。

すると、同行の運転者くん、聞こえないふりで、スルー。

後ろの妻も、えっ、行くの、みたいな風情でね。

なにせ、311以降、情報過多症候群におちいっているので。

ま、それでも、なんとか、三春町へ降りて、有名な滝桜を見てきたのですが。

といっても、すでに、葉桜だったけどね。

余談はさておいて。

人生の見方、社会の見方も、科学的事実というやつも似ていてね。

簡単に言ってしまえば、好みの問題で。

たとえば、自分が好ましいと思っている人が言っていることを、真だとみなす、みたいなね。

放射線安全派は、原子力村東大教授、なんていう人にもたれかかり。

危険派は、原子力村から追放された人たちに、もたれかかり。

じゃ、おまえはどうすんだ、って、すごまれたら、僕ですか。

僕は、自分の体感を信じます。

なんていっても、話になりませんか。

本日は、ちょっと、ずるいまま、終わります。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水盃

2011年05月26日 | 311大震災

本日、岐阜まで行ってくるのです。

安全パトロールということで。

新幹線なのですが。

昔なら、といっても、どのくらいまでさかのぼるのか。

水盃をかわす距離なのかな。

高速道路もヘリコプターもないころ。

自分の足だけが頼りだったころ。

船はあったか。

馬もありか。

いずれにしても、そんな時代があったんですね。

今生の別れ、というわけです。

しかし、いつの時代であっても、この覚悟は大事だろうと思う。

まして、311の大震災をまのあたりにしたあとだからね。

いつ、どこで、日本列島がないふる(地震ですね)におそわれるかもしれない。

 明日という字は明るい日と書くのね

なんていう歌が流行ったこともありましたけど。

明日は必ず来る、というね。

そんな安心感のなかで暮らしているんだけど。

実際のところは、そうとばかりも言えなくて。

職人の女房が火打ち石でチャチャッとやって亭主を送り出す。

なんていうのは、テレビか映画の中でしか知らないけど。

それも無事を祈ると同時に、覚悟のひとつなんだろうな。

だから、そのとき、目の前のひとつひとつをおろそかにしない。

ということにつながっていき。

昨日、asahiグラフの大震災特集をぱらぱらながめているだけで、涙出てきた。

悲しいのとも違う。

なんていうんだろう、けなげさ、とでもいうのか。

生きることに全力で立ち向かっている。

人としての美しさ、なんていうと、かっこつけすぎかもしれませんが。

ま、そんなわけで、本日は新幹線にて岐阜へ行ってきます。

岐阜の御仁と一杯やってこよう。

としていたのですが、さまざまあって、今日は日帰りです。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

時には百聞もいいもんだ

2011年05月25日 | 311大震災

宮城同友会事務局にて (3) 05/14/2011 06:44pm PST

国会では、水を止めたかとめないか。

という議論で盛り上がっているみたいで。

マスコミも同じ土俵でさわいでいるわけですが。

それこそ、空気の読めなさも、お互いあそこまで行けば、たいしたもんだ。

3時間のうちの35分が谷垣さんの水止め発言だそうだから、残りの多くの時間では復興についての話もたくさんでていたんだろうけど。

それはともかく。

本日は、表題のごとく、百聞です。

iphoneからustへのアップがなかなかうまくいかなくて。

ですが。

ぼくのiphoneのなかに眠らせておくのはもったいないので。

なんとか、アップしてみました。

 

http://www.youtube.com/watch?v=6_WvDK4ObjM  その2

http://www.ustream.tv/recorded/14787117  その3

http://www.youtube.com/watch?v=fdw-IbKwDqs  その4

http://www.youtube.com/watch?v=i9PCX4pFX94  その5

http://www.ustream.tv/recorded/14789744  その6

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

退職祝い

2011年05月23日 | 311大震災

土曜日、葵タワーにて。

43年間、勤め上げた、という方のお祝いがあった。

駿府の町を眼下に見下ろせる25階の個室ラウンジ。

大浜のあたりでは、花火もあがっているのが見えた。

東京の昭島で、3m×10mの土地で15種類の栽培をされているらしい。

毎日が日曜日なのです。

その後、二次会、三次会、四次会と。

岡崎から竹ちゃんも来ていたので。

わが妻の予言どおり、午前様と相成ったししだいで。

最後のお店では、生のバンドがジャズをやっていて。

そこで、ひさしぶりにピアノ弾きの女の子と話した。

きれいになったね、なにかあったでしょ。

みたいな会話から。

「アミ小さな宇宙人」という本を紹介された。

少年少女向けの本で、漢字にはルビもふってあるし。

挿絵はちび丸子ちゃんのさくらももこ。

なんとかという星から、UFOにのってやってきた少年アミとスペインのペドロという少年が出会い。

地球の文明は、まだ未開の文明なんだ。

とそのアミ少年は、さまざまな星を案内しながら、宇宙の法則というものをペドロ少年に教える。

というような話で。

彼女、というのは、ピアノ弾きのことですが、スピ系の話をする人が少ないらしく。

まして、男性では一人もいなくて。

なんていってたな。

輪廻転生や死後の世界やら、当方もひさびさに、そんな話をしたんだけど。

すっかり、意気投合してしまった次第で。

今回の大震災をうけて、2012年のアセンションなんていう話も出てきて。

妻の友人のきみくんのことを思い出したりした。

きみくんが言うには。

今回の福島原発の顛末は、メルトダウンした核燃料が地中深くもぐりこみ、地球の反対側まで達し、地球大爆発、というようなことを想定しているようで。

例の「チャイナシンドローム」という映画ですね。

それが、2012年のアセンションとも関連し。

というね。

その「アミ小さな宇宙人」という本の中でも、今回の文明は数千年前から始まっている。

と書いてあった。

やはり、核爆発で文明もろとも多くの人々が死に絶え。

かろうじて生き延びた人々が、ゼロから文明を築き上げてきた、というシナリオですね。

以前、ご紹介したナバホの言葉からもそんなこともうかがえもするんですね。

これです。

「私達ナバホはその創世神話の中で、ウランは大地の中に留めておくべきものだ、といつも教わってきた。それは黄色の物質で昔からの言い伝えで知っていた。ウランは地中に留めておくべきだった。もし解き放たれたなら、それは邪悪な蛇になり災害や死や破壊をもたらすだろう」ナバホ部族アンナ・ロンドン

 

 そんなわけで、いろんな人々がまわりで起こっていることをいろんな風に解釈し、受け止め、生きていく糧としているのです。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする