まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

フクイチとの既視感なんだな

2014年09月30日 | Weblog

今回の御嶽山の噴火に関する意見やらなにやら。

つまり、事後のことごとがね。

昨日も書いたけど、やっぱり、既視感なんだね。

どこかで見たような、というわけだ。

レベル1とか2とかね。

われわれの建設業界でも、リスクアセスメントといって。

作業の危険度を、おしはかる、ということを、数値化して。

というのが、何年か前から導入され、これは危険度5です、4です。

なので、そのリスクを下げるために、こんな対策をします。

すると、3になり、2になり、という感じなんですが。

なにか、事故災害が起こると、そのとおりにやってないじゃないか。

という反省会になるんだけど。

それと似た光景が、テレビの画面やらに流れているわけだ。

想定外だ、いや、予知はできたはずだ、という紅白歌合戦みたいな様相で。

まさに、デジャブ、既視感ですね。

国はわれわれを守ってくれないから自己責任だ、というのか。

いや、彼らだって一生懸命にやっているんだ、というのか。

事業仕分けで、つまり、民主党が悪いので、マンパワーが足りず、とかね。

人の数だけ、意見は出てくるわけだけど。

いずれにしても、古来、何回も何十回も、噴火により都市が壊滅し。

ということもあったんだろうから、現在の人間からしたら驚きだけど。

俯瞰して、神の視点にたてば、また噴火したか、くらいの話ではあり。

台風もハリケーンもなにも、そういうことだね。

ところで、わがアサガオも、ここのところ、ちらほら咲きで。

夏も終わったんだね、という風情ですが。

ナスの花が、ひとつ、咲いているんだね、あれは、きれいな色だ。

去年のナスの実を、そのまま、土に埋めておいたらね。

そのうちのいくつかが、目をだしたわけだ。

そうそう、先週の、それこそ、おじおば会のあたりから、腰がまた痛みだし。

日曜日には、タムタムさんへ行き、法月さんにやっていただいた。

骨盤が、また、なんか、変な角度だったらしく。

長いお付き合いにもなるのかも、ですが。

腰痛は、怒りの感情からです、という御仁もいらっしゃるけれど。

ま、僕のこころの奥の方には、解消されない感情の残滓があるのかもしれないね。

なんて、殊勝なことを考えるなんて、自分らしくないので、やめますが。

さて、9月最後の日です。

一年の四分の三が終るわけだ。

 

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結論は、火山噴火の予知はできません

2014年09月29日 | Weblog

ということなのかな。

御嶽山の噴火のあった頃、ちょうど、碓井峠の見晴台にいたのか。

たぶん、ちょっと、前だったんだな。

妙義山やらなにやら、天気晴朗で、見晴らしがよかったからね。

しかし、かの山は、7合目までロープウエイで行けるようで。

ちょっとしたハイキング気分でいけそうだよね。

そこに、水蒸気噴火だったか、そりゃ、恐ろしかっただろうな。

夕べのNHKでの、気象庁なのか、なんとか予知学会なのか、よくわからなかったけど。

火山課長さんという方が、慣れないプレゼンテーションをされていて。

食事しながらだったので、流し読みならぬ流し見、でね。

全国的にも、御嶽山のような山がたくさんある、ということは、わかった。

なので、気をつけましょうね、ということだけど。

そんなこと言ったら、世界遺産の富士山だって、そうなんだから、どこにも行けませんね。

福島あたりでも、ここのところ、地震が頻発している、なんてツイートにもあったりね。

洪水の映像もよく目にするようになっているし、で。

なんとなく、マザーアース、つまり、地球ですが、なにか普段とは違う動きが。

という気にはなるね。

今回、ほうほうのていで無事帰還された方々によれば、もうだめだ、家族にありがとう。

先に行くけど、ごめんね、とかメールやら、祈りやらをした。

ということをお聴きすると、日々の生活のなかでも。

そんな気分は大事なのかも、と思えもし。

なんの変哲もない日常に、これは、あり、がたい、ことなんだ、というね。

気象庁や学者さんの発表やら、今後の予測などを眺めていたら、福島原発の爆発の頃の映像とだぶり。

結局、自分たちの身は自分たちで守らなきゃね、という結論に至りそうで。

しかし、なかなか、深い話しにもなりそうでね。

なんのために生きているのか、生きていくのか、というか。

覚悟というのか、そんなことを、感じもし。

例えば、このままの人口構成で、歳月を重ねて行くと、もちろん、逆ピラミッドなわけで。

お年寄りが多くて若者が少ない、ということになるよね。

なので、若者観や年寄り観も変わらざるを得ず。

ある時代には、姨捨山も、やむをえずの存在理由があったんだろうけれど。

この時代になると、老若男女の関係を、新しく作り替える、というか。

考え方が変わっていくんだろう、とね、思えるんだよね。

もう歳だから、とか、まだ若いから、とかの言葉すら、今までの発想なので。

この噴火や天変地異が、ひとつのきっかけになり、という絵柄ですね。

たぶん、そうなるのでしょう。

というわけで、パラダイムシフトがすでに起こってます、というこの時に。

今日という日は、どんな一日になるのでしょうか。

ワクワクドキドキでいきましょうか。

 

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間一髪、御嶽山の噴火をのがれ

2014年09月28日 | Weblog

って、表題に書くと、大層な話になっちゃうよね。

これは、営利としてのメディア、とか、伝える質と量のメディア、とかね。

そんな方向にも行きかねないけれど。

早い話が、軽井沢からの、おじおば会の帰還は無事だった、ということです。

たしかに、中山道を、追分宿から、御代田、塩名田、望月宿近く、とたどり。

つまり、西方面へ、ということは、御嶽山方面に向かってもいたんでね。

間一髪の、髪の毛の太さが、50kmくらいではあるけれど。

ホットパーク浅科、という道の駅をめざしていたわけだ。

そこには、そう、土地の農産物がたくさん並んでいたので、おばたちは、色めき立ち。

という次第で。

しかも、そこへいたる道の両脇は、一面、黄金色の稲穂で。

あれは、わが日本列島人からすると、郷愁を誘う光景でね。

母親は、こうして作ってくれているからお米を食べられて、有難い。

うちのほうじゃ、もう、まったく見かけなくなっちゃったから、と。

合掌しそうな勢いでね。

今回も、今は亡き森村桂さんとご主人の三宅さんがやっていた「アリスの丘」へ。

実は、はがきが届いていて、もう、お店は閉めます、ということだった。

けれど、おばたちは、どうしてるかね、ということで、あえて、ドアをノックしたのです。

ご主人の三宅さんが、のっそりと出てこられ。

いいですよ、お茶でも出しますよ、と。

お話を伺うと、どうやら、森村桂さんが、天国に一番近い島、ニューカレドニアかな。

そこへ行っていたのは、東京オリンピックの頃、そう、昭和39年だったそうで。

驚きだね。

1ドル365円の頃だし、持ち出しの日本円も、限られていただろうし。

なにより、あの頃、海外旅行ってのは、ほんの一握りの方々だったからね。

一番下のおばも、その何年かあと、といっても、今から、15年くらい前か。

ニューカレドニアへ行ったそうだけど、そりゃもう、水もきれいで、土地の人も純朴で。

とその頃を思い出しながら、感嘆していた。

桂ちゃんは、って、年下のご主人、三宅さんは、いまでも、彼女をそう呼んでいたけどね。

天国の島から帰った後、美智子皇后さんとの交友を深めたのかな。

おしのびで、娘さんなんかとも、お店にいらっしゃったようで。

店を閉めた後、横浜からご夫婦と22歳になる娘さんが、みえて。

その娘さん、どこかに障害があるそうで、どこでも、落ち着かないんだけど。

ここへ来ると、落ち着くんです、とかね、ある、もと青年が、一人でやってきて。

何十年か前、精神的に放浪していた時、桂さんの本を読んで、助けられたんです。

以来、彼女の本は、何度も読み返し、手放せません、とかね。

そんなエピソードを、ポツリポツリと話されている三宅さんが。

でも、なんだか、疲れちゃってね、なんておっしゃっていたので。

なんとか、われわれの突然の訪問をきっかけに、復活してくださるといいね。

なんて、帰りの車中、おばたちと話しながら、だったのですが。

二日間という短い旅だったけれど、日常を離れるとね。

なかなか、味わいの深いことごとに、出会うわけで。

幸運なことに、御嶽山の噴火には出会わずに済んだけど。

そのときどきに、フォーカスする、というのか、まさに、いまここ、ともいえるけれど。

まわりで起こっていることは、おもしろいことだらけでね。

そう、面白くすれば、だけど。

解釈や感じ方や見方だけなんだね、結局。

というわけで、ご紹介したい逸話は、限りないけれど、中部横断道が。

晴れて完成し、日本海で食事をしましょうね、という、ちょっと遠い日をめがけて。

一泊おじおば会は、to be continued なのです。

 

 

 

 

 

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神社おたくがらみだとブログが長い

2014年09月26日 | Weblog

ですね。

と、夕べ、「馳走」さんで、御若い方の姫がおっしゃる。

ので、また、その気になって、こうしてブログを書いているのです。

昨日は、大雨洪水警報が出た割には、おとなしく、解除された。

なんて思っていたけど、タクシーの運転手さんが。

静鉄電車のガード下は冠水して、通行止めだった、と。

その昔、石原裕次郎が映画を撮ったあたりかな。

そう、清水港の次郎長さんの焼き直しの映画、そのロケ地だったわけだ。

さて、今日は、一泊おじおば会に出かけます。

お知らせ、と題して、A4に書いたものを、昨日、おじおばに配ってきて。

遠足前のわくわく感を、演出したのですが。

果たして、覚えているかしら、という心配が、わが母親と隣のおじなんだけどね。

母親は、昨日、かかりつけのお医者さんへ妻と同行し。

結果、どこも異常ありません、いい子だったね、はなまるをあげます。

って感じだったんだけど。

実は、血圧が高い、と言われていて、降圧剤は飲んでいるんだね。

この間、なんとか学会からの、数値のハードルがさがったよね。

130までだった血圧が、150までOKよ、ってやつ。

あれだったら、クスリ飲まなくても、問題なし、なんじゃないかな。

なので、彼女のものわすれ、ってのは、血圧をクスリで下げたことから。

ともいえなくもなくてね。

なんていったって、血液を全身にまわすために、血管の圧力というのを、高めるんだろうから。

血圧って、なけりゃ、困るしね。

だけど、血管がもろくなっているから、切れちゃうかもしれないからさ、という論理なんだろうけど。

それ、どちらのリスクをとったらいいんだろうね、という具合で。

血管が切れるリスクと血のめぐりを悪くして内蔵やら脳みそやらの動きを不活発にするリスク、ですね。

どちらをとりましょうか、ってことなんだろうけどね。

しろうと考えだけど。

血の巡りが悪くなると、物忘れも激しくなります、ってのも、たしかに、アリだと思うしね。

そもそも、たぶん、150くらいの血圧だったら、無問題の範疇なんじゃなかったの、ってわけです。

しかし、反面、血圧は少々高いけどこのクスリを飲んでおけば、大丈夫だし、他は、まったくいうところなし。

というメッセージが、わが母親に与える安心感ってのも、大事ではあるんだろうしね。

どちらがいいかはわかりませんが、今回はお泊りおじおば会だよ。

と伝えたときの、子どものような笑顔は、なににもかえられません、からね。

わたしは家でも好き放題だし、かえって、ああいうところへいくと、よく眠れなくて。

妹たちにも気兼ねして、みたいなエクスキューズを、僕と次男坊を前にして、話ていたけど。

あれも、おもしろくてね、実際は、一番早く寝て、一番遅くに起きる、という結果なんで。

自画像と他人に語る自己像ってのは、なかなか、一致しない、っていう。

おもしろネタでもありますが。

それはともかく、信州へむけてゴー、というアサです。

 

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ユウガオとの会話

2014年09月25日 | Weblog

 

今朝は、Facebookっぽく、こんな感じです。

わがユウガオが、昨日の曇り空のなか、夕方になる前に、開いたんだね。

なんともいえなく、いい風情だ。

夕べからの雨で、今朝の彼女は、しおれている。

というか、たぶん、それなりに防御の体制に入っているんだろうけどね。

今、大雨洪水警報が、広報しずおかで、流れてきた。

巴川も増水し、さらに大雨が降り、満潮に重なれば、堤防をこえるかも、と思うくらい。

今朝の巴川は、重々しく水が流れているのです。

夕べは、おる会合をすっぽかし、長男坊の友人と食事をした。

さんまの刺身が、しめさばもだけど、おいしかった、いつもの昭和7年生まれのおばあちゃんのお店。

お昼も、実は、さんまの焼き魚定食、ってやつを、いただき。

さんまづくしの一日だったな。

お昼に、toshさんから伺った映画の話、「柘榴坂の仇討ち」ってのが、とてもおもしろそうで。

観る前に、ここで長文が書けそうなくらいなんだけどね。

やめときます。

なぜだかしらないけれど、ここのところ、いろいろと立て込んでいて。

忙しいのは、あんまりよくないので、スケジューリングの仕方、というか、請け負い方を変えようか、と。

そんなことを考えてもいるんだけど。

経営者なんていう職種は、暇なくらいでちょうどいい、なんて河島英五の唄をもじって言いたいくらいでね。

あんまり、前のめりになると、ろくなことがないし。

といいながらも、今晩も、一杯やることになっているんだけどね。

明日からは、おじおばを引き連れての、お泊り保育だし。

そうそう、昨日のさんま定食で、たぶん、おなかくだしたんじゃないかな。

脂がのっていたからか、内蔵がちょっと生だったのか、いずれにしても。

たまには、腸の中をきれいにするのは、悪くないかもね。

そんなわけで、警報発令中の朝のブログは、このへんで。

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「がちゃまん」ってのは、がちゃんと踏むと1万円

2014年09月24日 | Weblog

というのは、小室浅間神社の宮司さんで。

そうなんです。

この間の「神社おたく」巡幸に、火をつけられちゃってね。

昨日、神社へ行きたくなって。

心の中のかそけき声が、「新屋山神社」と告げるので。

富士吉田まで走っていったわけだ。

まさに、「神ダーリ」っぽいけどね。

このお宮さんの奥宮が、富士山の3合目くらいというのか、そのあたりにあって。

一時、なくなった船井幸雄さんが、喧伝して。

IT系に限らないかも、だけど、金運神社といって、もてはやされてもいて。

里宮のご当地も、神主さんが、お二人いらっしゃって。

拝殿には、お賽銭箱の前に、なんていうのか、配膳の時に使うようなものが置いてあってね。

そこには、千円札が何枚かならべてあった。

一万円札でないところが、ミソ、ともいえるけど。

そこで、神主さんが、さっさとお祓いをしてくださり、という絵柄で。

若いカップルが多かった。

ここが気に入っているのが、岩長姫(いわながひめ)がお祀りされているところなんだけどね。

話が、長くなるけど、コノハナサクヤヒメさんのお姉さんです。

天皇家の祖である、といわれている、邇邇芸命(ににぎのみこと)の嫁さんが。

コノハナさんで、お父さんのオオヤマツミさんが、お姉ちゃんも一緒にもらってくれ。

と言ったら、ブスだから、いやだ、と言った、というんだね。

ギリシア神話もそうだけど、なかなか、神様方は、人間よりも人間らしいからね。

お父さん、怒って、それじゃ、岩長姫は、丈夫で長寿の象徴でもあるから、そんなこというなら。

この先、あんたらは、長寿はままなりませんよ、くらいの話が、紀記には出ているわけだ。

ま、そんないわくつきのお姫さんなんで、浅間神社には祀られてなくて。

ということです。

その後、近くの「北口本宮富士浅間神社」へ。

御朱印をいただくと、諏訪大社の分とふたつ、書いてくださり。

このあたり、信玄が勢力をもっていたんだな、なんてことを、勝手に想像し。

たしか、信玄さん、って、諏訪の姫を嫁さんにもらった、というか、強奪した、というか、だよね。

この拝殿に富士山側、つまり、裏側に、何社か祠があって。

その中の一つに、恵比寿社があり、そこへ、わが社の仕事をやっていただいている御仁が。

われわれは、そこへ行くんですよ、と言っていたのを思い出し。

そこでも、お詣りし。

僕的には、その東側にある、名前も書いてない祠が、なかなか、気分がよかったけどね。

どうやら、そこは、近くを歩いていた若い女子たちの話では、神武天皇をお祀りしているようで。

へー、何回も来ているけど、知らなかった、と今更ながら、神社ガールの威力を知らされたのでした。

で、やっと、表題に戻ることができるんだけど。

小室浅間神社ですね。

ここでも、御朱印をいただきながら、しばし、宮司さんと立ち話。

がちゃまん、というのは、織り機をがちゃん、と一回やると、一万円。

という何十年か前、そんな時代がありました、というわけです。

どうやら、富士吉田の下浅間、という地名のこのあたりは、機織り(はたおり)で。

ひと時代を築いたことがあるようで。

それを、郡内織りといってね、なんて話も。

僕は、静岡から来ましたが、はとり、という地名も残っているんですよ、なんてこともね。

大明見、というところが、富士吉田にはあって、例の、って、知らないと思いますが。

富士山の麓に超古代、王朝があった、というね。

宮下文書に書いてある、って、僕は、三輪さんという郷土史家の本で知ったんだけど。

大明見には、いまでも、皇祖皇大宮という小さな祠があるんだよね。

その大明見に浅間神社があるそうで、小室の宮司さんのお父様がいらっしゃる。

忙しいので、常駐してませんけど、なんて。

なにせ、富士山のまわりには300の浅間神社がある、というからね。

その後、境内の喫煙スペースで、いつものジモッティとのトークが、始まっちゃって。

このお宮さんはいいですね、僕好きなんですよ、からなんだけどね。

からだを壊して55歳で、退職し、今はリハビリ中という御仁なんだけど。

それを書くと、もう一回戦になっちゃうんで、このへんで。

 

 

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あれから40年

2014年09月23日 | Weblog

といえば、綾小路公麻呂の決め台詞なんだけどね。

昨日。

40年前に出会った御仁が、八王子からいらっしゃった。

あれは、まだ、僕が、成人式を迎えて、何年かたったころだ。

今では、サヨクなんてカタカナで書いて、あんまり、流行らないけど。

新左翼、と言っていたころ、彼は、なんていったか。

やっぱり、そんなポジションで。

何歳年上だったか、3歳かな。

それこそ、中原中也だとか伊東静雄だとか、わからないながらも、ランボーだとかね。

そんな詩集を手元に置いていた頃。

吉本隆明なんかも、あっただろうな。

なんというか、なつかしさ、とでも呼べるのか。

昨日は、三時間、四時間があっという間にすぎてしまい。

夜の会合があるので、ということで、彼と別れたわけだ。

4年間、お母様を介護され、あちら側へ送り出した、と言ってたな。

その頃は、心療内科へ行こうか、というくらいになった、とも。

話は、多岐にわたったんだけど、誠実な人柄がね、にじみ出ていて。

そこは、40年前と変わらず、という風情でね。

そんな彼は、相変わらず、左翼だった。

そう、今となっては、世にも珍しい、「左翼」です。

なんて書いたことを知ったら、お茶目な顔で、怒ったフリ、するかもな。

そんな御仁だったのですが。

今週末は、おじおば会のお泊り保育で。

彼女、彼たちは、今から待ち遠しい、もういくつ寝るとお正月、ってわけで。

お彼岸すぎに、そんな企画をするのも、一興というものだね。

なんていうのか、ワクワクする、心の奥のほうの動きをこちらも味わう。

ということが、どうも、人生の意味だね、生きる意味、とでもいいましょうか。

あとは、何もいらない、というか、幻想に惑わされたことごと、か。

幻惑、だ、という仮説も成り立つかも。

僕がワクワクすることで、目の前の人がワクワクし、それをみて、さらにワクワクし。

という連鎖、相乗作用とでもいうのか。

ワクワクに似ているものが、ビクビクで。

どうかすると、これが倣いとなって、結構、充ち足りちゃうという心の動きってのもありで。

なかなか、人間ってのは、複雑な仕組みを体内に持っているようでね。

ところで、この間、神社おたくと神社めぐりをして、ご祭神がなんとかかんとか。

と、わけわからない名前をここに書き連ね、失礼したのですが。

明治維新のときに、6割くらいの神社で、ご祭神を、ケイレツ化した。

なんていう御仁があり、安丸良夫さんという方なんだけど。

おいおい、そうかよ、ってなもんでね。

これからは、少し、注意深く見ないとな、という気分ではあるのです。

天照大神さんを頂点にした、ま、国家神道というのか、一神教的な、というのか。

そんな仕組みを作ろうとしたようでね。

そうなんですか、ってわけだけど。

しかし、その実、境内の、あの空気感というのか、そんなものと交わって来る。

ってのが、基本なんで、どうでもいいといえば、どうでもいいんだけども。

ちょっと、関心が向きなおしているんです。

邪教淫祠(じゃきょういんし)というような言い方で、おおくの民間宗教、信仰が。

隅の方においやられ、それこそ、零落した神々をたくさん作っちゃったわけだ。

維新という国家事業をするには、それも、ある種の必然だったのかもしれないね。

なんて書くと、落ちぶれさせられた神々は、お怒りになるかも、だけど。

あの頃、零落した神々のさま、暮らしぶりは、かなりひどかったんじゃないかな。

つい最近まで、声を潜めて話す、という隠れキリシタンみたいな風情は、あったからね。

だいたい、今でも、スピリチュアルなんてのは、この科学の時代にありえないでしょ。

みたいな言説は、普通にまかり通っているからね。

もっとあなたも現実を見なきゃダメよ的な、ね。

ま、そうなるのも、わからなくもなくてね、零落し、社会から離反せざるをえない人々の。

心持ちってのは、どうだろう、言葉にすれば、どうせオレの人生は‥‥的なものには、なるんで。

物事の見方が、どうしても、斜であったり、裏であったり、そんな方向からの見方にもなるんでね。

哀しいことだけど、卑賤というポジションに落とされた人々が、どうしても陥りがちな。

落とし穴ですね。

おれは貧乏だったから、おれの家系は島流しだから、日本は劣等民族だから、みたいなね。

そんなところから、物事をスタートしなきゃ、ってわけだから、エネルギーは余分に使うわけだ。

そりゃ、大変なことで。

なので、宗教にかぎらず、社会的に零落ポジションに落ちた人々を、あの手の人は、まったく、みたいな。

そんなひそひそ声がね、今でも、実際にはあって。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」では、スメルジャコフ、という私生児が、そんな役割で。

登場しているな、と勝手に解釈しているんですが。

唐突な挿話だけどね。

それはともかく、おれの血統はよくてあいつのは悪い、ってのは。

昨日の彼じゃないけど、左翼用語で言えば、権力の分断統治が云々、みたいな解釈にもなり。

という次第で。

あれ、今日は、2000文字を超えちゃったよ。

あれから40年、という思いがつのると、キーボード上の指が勝手に動いちゃいます。

ということで、偏向エントリーを終了します。

 

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お彼岸といえばお墓参りで

2014年09月22日 | Weblog

昨日は、うちの菩提寺と妻の在所と、お詣りしたのでした。

妻の方は、新門辰五郎のお墓があるとかないとか。

という、慶喜さんゆかりのお寺で、浄土真宗の大谷派です。

お彼岸ということで、きやり、と書いた法被の方々が、何名かいらっしゃって。

法話がある、ということだった。

いつもの風物詩ではあるけれど、老いも若きも、ご先祖さまにお詣りしていてね。

都合、三カ所回ったんだけど、なかなか、いい風情です。

お花のあるお墓、ないお墓、あってもしおれているお墓、とかね。

わが父親の在所のお墓参りもするんだけど、その隣のお墓が。

いつだったか、遠方から来た、というような会話になり。

なかなか、毎年はこれませんね、ということだったので、昨日も。

妻が、お水をかけ、お線香まであげてね。

その方の代参をしたんだね。

そのお寺は、僕の名字がたくさんあるお寺なので、子供たちが小さな頃、驚いて歓声をあげた。

ことがある。

帰りがけ、どこでご飯を食べようか、というわけで。

結果、マークイズで、ビュッフェということになり。

お腹いっぱいになったのでした。

ビュッフェとお寿司とトンカツと三軒、候補があり。

妻が、どうする?決めて!というから、どうぞご自由に、と彼女に選択権をあげて。

迷った末、ビュッフェとあいなり、という次第で。

帰宅後、U-21のアジア大会、のサッカーを見ていたんだけど、知らない間に、お昼寝タイムになっていた。

というようなお彼岸の一日を過ごしたのでした。

 

 

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トイレに起きたら流れ星が

2014年09月21日 | Weblog

といのは、今朝の妻なんだけど。

どうやら、そうらしい。

そりゃ、願い事をすればよかったね、ということなんだけど。

昨日は、こんな具合にブログを書いていたら。

わが神社おたくつながりの友、といいましょうか。

コンピュタ屋のおじさんから、電話が入り。

彼から、御朱印帳をいただいたんだけどね。

行きませんか?というわけだ。

なので、頭の中でみつくろって。

まず、掛川の事代八幡宮(ことのままはちまんぐう)へ出かけたのでした。

ご祭神は、己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)で。

この方は、どんな方かはしらないけれど、摂社に、大国主さんが祀られていて。

出雲系とでも分類しときましょうか。

艶福家の大国主さんの、この土地の妻だった方なんじゃないかな。

この地、ま、遠江ですが、大国主命の文化圏といいましょうか。

小国神社もそうだけど、大国主さんをお祀りしているお宮さんが多いんだね。

ここは、パワースポットだそうで、宮前のだんごやさんのおばさんが。

おっしゃっていたんだけど、たしかに、エネルギーをね、感じたのです。

胸、つまり、ハートの部分にね、びんびんくるんだな。

オープンハートというけれど、それのサポートをしてくれるような、そんな感じです。

270段の石段をのぼったところに、奥宮があるそうで。

しかし、昨日は遥拝所ですませちゃいました。

楠の大木、ま、ご神木ですが、これもなかなかで、あれを見ただけで、空気感が変わるからね。

その後、藤枝の古い神社、飽波神社(あくなみじんじゃ)へ。

こちらも、式内社といって、平安時代に中央へ登録されているので、古いですね。

ご祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)なので、大国主さんと一緒に、国づくりをされた方だから。

出雲系ですね。

駿河の地には、出雲族が多勢いる、という話もあるけれど、この二社だけからも、なるほど、と。

ここの相殿には、瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)、蛭子命(ひるこのみこと)、天忍穂耳命(おしほみみのみこと)。

なんだね。

これをひとつひとつ、あたっていくと、なかなかおもしろいのでしょうが。

318年創建というからね、とてつもない昔、というわけです。

蛭子さんてのは、イザナギとイザナミが、ちょっと、セックスの作法をまちがえちゃって。

それで、ある意味、障害をもって生まれたので、という書き方をしているね。

古事記だったか、日本書紀だったか、両方かな。

なんかの船にのせて川に流しました、というね。

しかし、各地に蛭子命(ひるこのみこと)をお祀りしている神社はあって。

バブルの頃は、とても高額なホテル、一泊15万だったか、沼津の淡島ホテルね、あそこにある。

淡島神社も、蛭子さんだったんじゃないかな。

もうね、文字にも定着できないことごとの起こっていた。

さばえなす、とか言って、草木もわさわさとしていた時代ですね。

それを、古事記なんてのは、やっとの思いで、日本文字に定着させたわけで。

そのご苦労の、底の底のほうを、感得するとね。

おもしろすぎるわけだね。

あそびをせんとやうまれけむ、ということで。

というわけで、昨日は、ひさびさの「神社おたく」だったのです。

 

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還暦をすぎて童話を書きたい

2014年09月20日 | Weblog

というね。

同級生がいて。

昨日、ふと、そんなことを思い出したので、メールした。

突然、どうしたの、って返信があった。

とまどったんだろうかな。

いずれにしても、60歳を超えて、童話ってのも、おもしろいかもね。

だって、本人が書きたいんだからさ。

そういうもんだ。

全国を旅するのだったり、お酒を飲むのだったり、盆栽いじるのだったり。

なんだって、これ、やりたいな、ってんだから、それでいいわけだ。

って、こんなこと、わざわざ、書かなくてもいいんだけどね。

ところで、夕べ、サンバカ大将プラスワンで、静岡にて。

大量飲酒ほどではないけどね。

馳走さんの羅臼のいくらを、ひさびさにいただき。

日本酒をやめて、焼酎の水割りにしたら、今朝は、そんなに残ってない。

午前さまではあったんだけど。

清水に電車で戻り、いつもの表具屋の大将も呼び出され。

というわけです。

なんてやっているうちに、スコットランドでは、独立反対、ってことになったんだね。

こちら側の人士は、ほっと胸をなでおろし、という次第で。

それにしても、イギリスの既得権益層を相手に、45%の得票ってのは、驚きだね。

そういう権益ってのは、日本のわかりやすい例で言えば、たとえば、原子力村ね。

なかなか、支配の網の目は匠に張り巡らされているんだろうからね。

上は貴族から下はやくざまで、という具合か。

そんなこと言いながら、暑さ寒さも彼岸まで、という季節になりましたね。

わがユウガオも、この時期なんだな、花を咲かせるのは。

毎日ね、目についたアサガオの種を、ぽりぽりととってもいて。

今年も、彼らは、たくさんの子孫を残したんだね。

これ、僕の手がなかったら、地に落ちて、さらに発芽し、という具合なんだろうけど。

寒くなると、発芽せずに来年まで持ち越し、って感じなのかな。

頭で考える季節と、自然の自然ってののギャップを感じるのですが。

さて、お彼岸といえば、お墓参りで、というね。

そういう風習が、どのくらい続いているのか、いいものだね。

お墓に、若い夫婦が、お子様をつれて、ってのは、なんか、心和むんだよね。

もちろん、お年寄りもいいけれど。

小さな頃から、お寺って、好きだったんで。

これも、なんだろうか、なんて、考えだすと、地下鉄おじさんみたいに。

これがあの入口からどうして入ったんだろう、みたいな漫才になっちゃって、夜も眠れないので。

というわけですが。

11月の社内旅行は、渋温泉で決まりだな。

あそこを基点に、日本海を見てくるのも一興だけど、はたして、どうなりますやら。

もともとの、この旅行の発想が、ある若者がいまして。

現場で、かくかくしかじかで旅行行きたいんだけど、どこがいい?

と聴いたんだね。

すると、彼、とても貧しい家庭に育ったそうで、学校で行った遠足くらいしか。

場所がわからず、あれってなもんで。

そうか、旅行すらしないで、月日をすごす、という人生もあるんだな、とね。

それから、ま、一泊だから、そう遠くまで行けないけど、社内旅行、というものが。

始まったのでした。

が、くだんの彼、結局、職人もやめちゃって、クスリね、アスカもやっていた。

シャブってやつ、そんな世界に入っちゃったんだけどね。

何年前だか、埠頭に浮かんでいた、というね。

ちょっと、哀しい思い出もある、社内旅行なんだけど、会社、つぶれそうになったときは。

当然、できなかったりもした。

今年は、中型しか取れなかったんで、せいぜい20人くらいかな。

ま、そんなわけで、旅行シーズンのはじまりなのです。

 

コメント
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