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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

兇天使(10)

2007-06-01 17:12:01 | Angel ☆ knight
     ビームサーベル二刀流


 「アテナ、何を言うんだ」
ハデスはアテナに駆け寄って、その肩を揺さぶった。
「ママの優しさが見せかけだけだって? おまえは、ママがどんなに苦労しておれ達を育ててくれたか、忘れちまったのか? パパが死んだ上に、アリオンまで引き取って、うちがどんなに苦しかったか。それでも、おれ達が二人とも大学まで行けたのは、ママが昼も夜も働いて学資をつくってくれたからじゃないか。それなのに、おまえはママにさからってばかりいた。シティ大学を出ているんだから公務員になれば学閥に入ってそこそこ出世もできるとママがアドバイスしたのに、あんな会社に入ったから、いいことなしで戻ってくることになって。ママはそれでもおまえを優しく迎え入れてくれたじゃないか」
「そうよ。そして、テロの片棒を担がせたんだわ」
「アテナ!」 ハデスとガイアが同時に叫んだ。
「アテナさん。今のは自白になりますよ」 エースが言った。
「逮捕状が出るくらいだから、どうせ証拠はあがってるんでしょう? だったら、じたばたしても無駄だわ。お兄ちゃんも悪あがきはやめた方がいいわよ」
「アテナ!」
「たしかに、ママは苦労してわたしたちを育ててくれた。おまえたちは勉強が好きだからって進学させてくれたことにも感謝してるわ。でも、ママにはママの計算があったのよ。わたしたちが一流大学を出てエリートになれば、自分もいい思いができる。だから、その道を押しつけたのよ。お兄ちゃんだって、最初から高級官僚になることが夢だったわけじゃないでしょう? 他にやりたいことがあったのに、ママに洗脳されちゃったんじゃない」
「あんなのは、誰でも若い頃に一度は見るくだらない夢だよ。そんなものを追いかけていたら、ぼくは負け犬になっていた。ぼくはちゃんと納得してママのアドバイスに従ったんだ。それを後悔したことは一度もないね」
「アリオンをエスペラント市長にして、『世界の首都』を牛耳る計画も、そうだって言うの?」
「人聞きの悪い言い方をするなよ」 ハデスは苦笑した。
「ぼくらは、歴史的に築かれてきた格差を撤廃して、真の実力主義社会をつくろうとしているんだ。エスペラント・ドリームが実現すれば、その影響は世界中に波及する。親の代からの特権階級はいなくなって、努力次第で誰もが成功者になれるんだ。おまえだって、それに共感してたじゃないか」
「ママの真意は違うわ。お兄ちゃんやアリオンがエリートになったと喜んでいたら、その中にも格差があるってわかったから、力ずくでその壁をなくそうと思っただけよ。そうすれば、親孝行なお兄ちゃんにもっともっといい思いをさせて貰えるから」

二人のやりとりを聴いているうちに、エースは確信した。ユージェニーの言っていた敵側の「母親」、それはガイアだ。

「どうして、そうひねくれた考え方をするんだ」
ハデスは、駄々っ子をあやすような口調で言った。
「ママは、おれやアリオンが組織の中で悔しい思いをしているのを見て、そんなことがなくなるような世の中にしようと考えたんだよ」
ハデスが担当している警察行政は、法務省のヒエラルキーの中では下位の業務とされていた。省内では、公訴権を持つ検察庁の担当者が警察担当よりも上位であり、さらに判決を下す裁判所担当が最上位という位置づけになっている。
しかし、裁判所担当には、裁判官に押しのきくバックグラウンドを持つ門閥の子弟があてられることが多く、ハデスのような成り上がりは出世が頭打ちになる。彼は、エリートとは生まれながらにエリートなのであり、自分は単にエリートと同じ職業に就いただけなのだと痛感した。
「アリオンだって、教授にはなれても学部長にはなれなかった。ママは、その話を聞いて泣いてくれたよ。三人で、どうすれば誰もが思う存分自己実現できる世の中を作れるか考えたんだ。『おまえたちが二度とそんな思いをしなくていいように』―ママは何度もそう言った。自分が甘い汁を吸いたいからなんて、とんでもない。ママはいつもおれ達のために献身的に自己犠牲してくれた。ママの愛はおまえが考えているよりずっと大きな、無償の愛なんだ」
「やれやれ。男の人って、どうしてそうなの?」
ラファエルがため息混じりに言った。

「落ち着いて考えてごらんなさい。母親なんて、みんな、そこいらの普通の女がなるのよ。それが子供を産んだ途端、聖母になって無償の愛を注ぐなんて幻想、どうして信じていられるのかしら。悪いけど、そんな風に勝手に美化された『母性』をすべての女性に押しつけられるのはとても迷惑なの。あなたが仕事で頑張って結果を出せば、それに見合う地位に昇進して報われたいのと同じで、女だってやっぱり報われたいのよ。見返りを期待しない無償の愛なんて、サービスを受けるだけ受けて対価は支払いたくないっていう都合のいい考えが生み出した神話だわ」
「あなたの言うとおりよ」 アテナが言った。
「男はいついかなる場面でも、女性に美化された『母性』を求めてくる。やさしくあれ、おおらかであれ。過ちも甘えも暖かく包み込んでくれ。仕事の場ですらそう。男性の上司になら口汚く罵倒されても素直についていくのに、女性がちょっと厳しく注意すると、高慢だとか人を見下してるとか、非難囂々。こっちだってくたくたなのに、あたりまえのように癒してくれと甘えてくる。いいかげんにして!」
アテナは両手で顔を覆った。
「よせ! ママはおまえたちみたいな自己中心的な女とは違うんだ。ママは…」
「お兄ちゃん」
アテナは涙で濡れた顔を上げた。
「ママはいつもわたしに言ってた。賢い女は母親になって男を甘やかして、意のままに操縦するんだって。それがママのやり口なのよ。献身的に尽くして、感謝させて、自分がいなければ何もできないと思い込ませ、決して子供を手放さない。ずっとわたしの側にいて、わたしを一番大切に思って。それが母親の要求する見返りなのよ。惜しみなく与えて、惜しみなく縛る。それが母性の本性だわ」
アテナは、愕然とした表情のハデスからボビーに目を移した。
「ボビー、ごめんなさいね。わたしは自分を傷つけた社会に復讐するためにあなたを利用したの。あなたがおばさんの家で辛い思いをしていることにつけこんで、悪いことを手伝わせたわ。でも、わたしはあなたが好きよ。だから、今度こそ、あなたのためになることを言うわ。あのお兄ちゃんのところへ行きなさい」
ボビーは涙をいっぱい溜めた目でアテナを見上げた。
「おばちゃま。ぼくもおばちゃまのことが大好きだよ。だから…おばちゃまの言う通りにする」
神奈が問いかけるようにエースを見ると、エースは頷いた。
「大丈夫ですよ、神奈。手を放して」
ボビーは神奈の腕から滑り出ると、セイヤの方へ駆けていった。

 アテナに続いてヘラクレスが自白し、アリオンは否認を続けているものの、ハデスもガイアも逮捕された。ブライトは市長選に再出馬を表明した。
ボビーは児童福祉施設『安楽園』で養育されることになった。ラファエルが引きとろうと申し出たのだが、彼の心にはやはりしこりが残っているようなので、第三者に預けた方がいいということになったのだ。
エースはコマンダー代行の任を解かれ、改めてラファエルがコマンダー代行に任命された。
「ありがとう、ラファエル。本当なら、あなたは一番ぼくを疎ましく思っていい立場だった。でも、あなたは終始、ぼくを支持してくれた。ぼくが何とかあの場所にいられたのは、あなたのおかげです」
対テロセクションを去る日に、エースは言った。
「あなたは、とても不思議な強さを持っていたわ」 ラファエルは言った。
「格闘でダリウスを倒すことができるのに、決して力ずくで彼らを押さえ込もうとしなかった。それでいて、自分が正しいと信じたことは決して譲らなかったしね。実を言うと、最近の対テロセクションは、あまりにもやり方が強引だと批判を受けていたの。テロリストのアジトを殲滅したはいいけど、周辺の民家を軒並み破壊したり、効果に比例した損害が出るという有様だったわ。わたしも、正直言って、もうコマンダー・ユージィンについていくのは限界かなと感じていたの。でも、あなたが来て、何かが変わったわ。力でぐいぐい押していく以外のやり方もあるってことに、みんなが気づいたみたい。最初の挨拶で言っていたように、あなたはやはり、ブレイクスルーをもたらす存在だったのね」

 「おやまあ、お久しぶり。随分会わなかったような気がするね」
ユージェニーは、エースと初めて会った場所に小さな占い用のテーブルをしつらえていた。このあたりを仕切るグループと上手く話がついたようだ。
「何だかお手柄だったようじゃないか。新聞に載ってたよ」
「ありがとうございます。でも、ぼくの手柄じゃありません。相手が本格的なテロ組織じゃなかったことも幸運でした」
エースは面映ゆそうに目を伏せた。
「ガイアはホロリとするほど親切な反面、恩着せがましいところがあったから、なかなかつきあい方が難しかったよ。だけど、まさかこんなだいそれたことをしでかすとはねえ」
「ガイアをご存じなんですか?」
二人が幼なじみだと聞かされて、エースはまた仰天した。ユージェニーはクックッと笑った。
「とてもじゃないけど、あたしみたいなしわくちゃ婆さんと同い年とは思えないだろ? そりゃそうだよ。あの子は親孝行な子供達に貢がせて若返り術をしまくってたんだもの。それも、世間の男にちやほやされたいってんならまだ健全だけど、自分の子供に『うちのママはいつまでも若くてきれいだ』と思って貰いたいってんだから、あきれるわよね」
「母親って、そんなに子供に執着するものなんですか? ぼくは、母とは早くに死に別れたので、よくわからないんですが」
惜しみなく与えて、惜しみなく縛る。アテナの言葉が印象深かった。
「他人を通じて自己実現しようなんて考えると、そうなるのさ。あんたたち男は『内助の功』なんて言葉が好きだけど、たとえパートナーでもよけいな借りは作らない方がいいよ。助け合いは大事だけど、それが一方的になるとしがらみになるからね」
「肝に銘じます」 エースは頷いて、言った。
「あなたにはお礼を言わなければと思っていました。占いが当たっていたようなので」
「おや、そうかい。少しでもお役に立ったんなら嬉しいね」
「ただ、『守護天使』っていうのが誰のことだったのか、今でもわからないんです。他は大体見当がつくんですが」
「残念だけど、あたしのカードはすんでしまったことは見れないんだよ。過去の出来事が現在と未来に強い影響を与えている時だけは例外的に見れるけど、解決済みのことはだめなのさ」
「そうですか」 エースは微笑んだ。
「それなら、いいです。この人かな、あの人かな、と思っているのも楽しいですから」
ラファエルが味方サイドの『母親』と『天使』を兼ねていたのかもしれないし、あるいは、セイヤや康だったのかもしれない。
「実を言うと、あたしの基本カードも『天使』なんだけどね」
ユージェニーの呟きは夕風に飛ばされて、エースの耳には届かなかった。

(おしまい)