ちびキョコも登場
「ミアイルって、近くでよく見ると、やっぱり素敵やな」
「アアー、キョコたんは美形に弱いんだったー」
ミアイルがロミオのクローン?
ウルフはカムイの話を思い出した。何から何までロミオにそっくりなコピー。
「あんたとロミオは、父親の話から、自分達が当然受け取るべきものと考えたメッシーナと草薙の利権を奪い取ることにした。だが、その矢先、ロミオがキナー病にかかっちまった。フェーズⅡに移行すれば寝たきりだ。そこで、あんたらはメッシーナのバイオテクノロジー部門を乗っ取って、ロミオのクローンを作り出したんだ。あんたは喜んで子宮を提供したんだろうな。この世で最も大切な片割れが免疫反応の心配なく臓器移植を受けることができる、理想のドナーバンクを生み出すために」
それで、ディアナはミアイルの健康を異常なほど気遣うのか。将来、ロミオに移植される臓器を損なわないために。ウルフはあまりのことに吐き気を覚えた。
「何のことをおっしゃっているのかわからないわ。たしかに、ロミオは腎臓を患っていますが、キナー病だなんて…」
笑い飛ばそうとするディアナを、ダンテは遮った。
「そのあたりは、ドクター・ヴァーミリオンに確かめればはっきりするさ。ロミオの主治医のな」
ディアナの顔がこわばった。なぜ、この男はそんなことを知っているのかという表情だ。ロミオがリラと同じ病院で同じ医師にかかっているとは夢にも知らないのだろう。
ひゅうっと喉が鳴る音がして、美雨が傍らのデスクによろけかかった。両手で顔を覆い、しぼり出すような声で言った。
「だめ。もうだめ。これ以上、ごまかせない。何という恐ろしいことを…!」
もはや彼女の仮面(ペルソナ)は粉々に砕けていた。仮面の下から現れた彼女の顔は、冷たい雨に打たれた花のように儚げだった。
「だから、あなたはミアイルのロボトミー手術を平気で命じられたのね。あなたは、あの子を臓器の詰まった袋としか見ていないのね!」
「おだまりなさい、ドクター・美雨!」
と叫んで、彼女に駆け寄ろうとしたディアナに、ナイトが言った。
「ディアナさん。どうやら、あなたからも色々お話しを伺わなければならないようだ。麻酔医の先生や、そちらのドクターと一緒に署まで来て頂けますか」
「いいえ」 ディアナはどこまでも気丈なところを見せた。
「令状に記載された罪名は誘拐罪と逮捕監禁罪だったわね。それについてはこちらの刑事さんが、カムイは自由意思でここへ来たと認めて下さったわ。それ以外のことをあれこれ調べるんでしたら、ちゃんと対応する令状を持って来て下さいな」
出し抜けに、場違いに明るいエンジェルの声が飛び込んできた。
「あら、こちら、まだ取り込んでるの?」
「エンジェルさん、どこへ行ってたんですか」
ナイトが訊くと、彼女は江流が持っていたのと同じマイクロレコーダーを掲げた。
「上でロミオと話をしてたのよ。病院で違法な臓器移植をやっていたとこととか、どうやって幹部に根回ししてタケル夫妻を殺害したかとか、ディアナから今夜カムイをバラバラにして、ミアイルにはロボトミー手術を施すと聞いていることなんかをね」
「ロミオが自白したんですか?」
ナイトは意外そうな声を出した。何年一緒に仕事をしていても、エンジェルのこの能力には驚かされるようだな、とダンテは思った。彼女にかかるとどんなに頑なな凶悪犯や自信満々の知能犯もぽろりと落ちてしまう。
「嘘よ。ロミオがそんなことしゃべるはずがないわ」
「もう悪あがきはやめるんだな」
ディアナに言い渡したのは、意外にもベーオウルフだった。
「おまえさんみたいな女狐に尻尾を出させるためには、多少の演技も必要かと思ったが、手の込んだ芝居をするまでもなく証拠が次々出てきたようだ。おまえも観念して、警察で洗いざらい白状した方がいいぜ」
イリヤはベーオウルフの変わり身の早さに舌を巻いた。
さっきまで、ディアナとぐるだったくせに、形勢が逆転して庇いきれなくなったと見るや、それは芝居だったと言い出した。イリヤの目にはそう映ったが、違うと言い切れる根拠もない。
さすがのディアナも、こうも次々に足元が崩れれば踏みこたえようがなかった。呆然としたまま、ベーオウルフの部下達にパトカーへ連れて行かれた。
(あの女も力がほしかったのかもしれない)
ディアナの後ろ姿を見送りながら、イリヤは思った。
男と違って、女は美貌を武器にできていいとずっと思っていた。だが、あの女も自分の分身であるロミオ以外の奴には絶望するような目にばかりあってきたのかもしれない。ロミオと二人きりの世界に閉じこもり、その世界を守るために、メッシーナの財力と、草薙の暴力を必要としたのか。
「大丈夫か? 行くぞ」
カムイを抱いたウルフに声をかけられ、イリヤはその後について歩き出した。
ウルフと並んで歩きながら、イリヤはヤードの入所試験を受けようかと考えたことを話してみた。ウルフは予想通り、
「いいんじゃねえか?」と笑った。「そういうのも動機としてはありだと思うぜ」
ただ、とウルフは言った。
「ハイエナのようにたかってくる人間てのは、別に弱い奴ばかりを狙うわけじゃねえ。力にたかってくることもあるってのは覚えといた方がいいぜ」
「どういうことですか?」
「まあ、おまえが実際警察に入りゃすぐわかるだろうが、駐車違反を見逃してくれとか、子供が万引きしたから穏便にすませてくれとか、色々頼んでくる奴がいるんだよ。救助セクションにいた頃でさえそうだったんだから、刑事局や交通局に配属された奴はもっと鬱陶しい思いしてんだろうな」
イリヤはうんざりした。どうして、人間てのはこうなんだ。ハイエナのように、とウルフは言ったが、ハイエナが聞いたらきっと怒るぞ。
「ま、あんまり自分の持って生まれた特性をネガティブに捉えないことだな」
ウルフは言った。
「美形ってのも、けっこう武器になるもんだぜ」
カムイとミアイルは警察病院に連れて行かれ、短期入院してメディカル・チェックを受けることになった。ウルフが二人に付き添い、ダンテはいつのまにか姿をくらませた。
「どうせ二人とも、うちが引き取ることになるんだろうな」
病院から帰る道すがら、江流が言った。カムイは孤児になってしまったし、ディアナとロミオも今度のことでミアイルの親権を剥奪されるだろう。
「賞金がパーになっちまった上に、腹空かせたガキが42人に増えるのか。あー、不吉な数字だぜ」
江流はぼやきつつナイトの顔を窺った。
「なあ、そういうことだから、さっきのレコーダー、200万で買い取って貰えるとありがてえんだけどな」
「残念ですが」 ナイトはそつなく微笑んだ。彼は現場から戻る車の中で、江流が録取した麻酔医の供述をヘッドホンで聴いていた。
「あのような強度の脅迫下での供述を証拠にすることはできません。あのドクターには、後日裁判所に出頭して、まったく任意といえる状況で供述し直して貰わなければなりませんね。もちろん、一度お約束した以上、お金は払いますが、こちらの正直な気持ちとしては、増額どころか減額をお願いしたいぐらいですよ」
これには、江流もすぐに引き下がって最初の100万で満足するしかなかった。
江流をやりこめるなんて、この人、なかなかのものだ、とイリヤは思った。やはりシティ警察に入ると、こういうワザを身につけられるのだろうか。
「あの二人の面倒を見るつもりなら気をつけた方がいいぜ」
ベーオウルフが、目論見が外れたはらいせもあるのか、江流に言った。
「あいつらはどちらもマフィアの血筋だ。今はガキだから多少は可愛げがあるが、蝮の子は蝮だからな。成長すればどんな禍を呼ぶかわかったもんじゃないぜ」
この言い草にはなぜか強烈に腹が立って、イリヤは思わず言った。
「あんた、狼少女の話知らないのか? 人間だって狼に育てられれば狼になる。大事なのは、どんな奴に育てられるかだ。あんたみたいなのに拾われてたら、アマラもカマラも狼にも人間にもなれなかっただろうな。あんたみたいな蝮野郎が蝮を育てるんだ。て、こんな言い方、蝮が聞いたら怒るだろうけどよ」
そう言い捨てると、イリヤは一人ずんずん先に歩き出した。
ウルフがカムイを保護しながら、警察に報告せずダンテと二人で匿い続けたことは少なからず問題視された。ウルフ自身は懲戒免職も覚悟していた。結果オーライではあったものの、自分がカムイを危険に陥れた責任は痛感している。
「たしかに、その点は会議でも問題になりました」
スターリング本部長は言った。
「ただ、ベーオウルフ捜査官が私的にバウンティハンターを雇ったことも、それに関連してかなり議論になりました。彼は、そのう…組織に対し柔軟に対応しすぎるところがありますから」
エリートだけあって言葉の選び方が上手いな、とウルフは妙なところに感心した。あの柔軟性を、この人にも見せてやりたかったぜ。
「結論としては、あなたを10日間の謹慎及び減給処分とします。特別休暇で旅行した後、しばらく家でゆっくりしていて下さい」
ウルフがスターリングの顔を見直すと、彼は柔らかく微笑んでいた。イリヤが警察に入ってこの人を見たらどう言うだろう、とウルフは思った。
ロミオの供述から
…こうして何もかも終わってみると、全てが長い「ごっこ遊び」だったような気がします。世界があまりに敵だらけだったから、ぼくとディアナは二人きりで子供部屋に籠もり、夜になってもまた朝が来ても、気づかず遊び続けているうちにいつのまにか年月が過ぎて、体は大人になっていたような。
他人を敵か味方かに分類するのではなく、お互いに尊重しあえば素晴らしい人間関係が築けるとおっしゃるんですか? でも、他人がぼく達に向ける好意なんて、せいぜい外見を見てキャーキャー騒ぐか、この体に欲望を抱くだけでしたよ。悪意にいたっては、口にするのもおぞましい。ぼくを尊重してくれたのは、ディアナただ一人でした。
せめてミアイルだけでも愛せなかったかというんですか。それは無理ですよ。ぼく達はあの子を人間だと思っていませんでしたから。あの子はぼくの細胞から作られたクローンです。それなのに、自分でものを考えたりしゃべったりするのが、不思議でなりませんでした。草薙のカムイと仲良くなったり、タケルおじさんを殺したことを非難したり。ぼくと全く同じ遺伝子を持ちながら、なぜぼくと同じように感じ、同じように考えないのか。
あのエンジェルという人に、子供は皆親の細胞から生まれてくるけれど、親とは別の独立した人格なのだと言われて、ようやく、そういうものなのかと腑に落ちました。そういえば、ぼくも自分の親が大嫌いでしたからね。彼らもぼく達を愛したり尊重したりなんかしてくれませんでしたよ。ぼくは子供の頃から体が弱かったので、父に「できそこない」と疎まれましたし、母は母で、自分より美しいディアナに嫉妬していました。二人が離婚した原因をご存じですか? 父がディアナをレイプしたんです。それでも、母はそんな父のもとに僕たちを置き去りにしたんですよ。ぼく達がこの世で最初に出会った敵は両親でした。
何だか、すごく憐れむような目でぼくを見るんですね。でも、あなただって、自分で思っているほど尊重しあえる人間関係を結べているんでしょうか? あなたを尊重しているように見える人は、単にあなたが背景にしている権力におもねっているだけじゃないんですか?…
ぼくとミアイルは江流に連れられて『安楽園』にやってきた。「おまえらを助けてやったのはおれなんだから、ありがたく思えよ」と江流は言ったけど、ぼく達は眠っていたのでよくわからない。イリヤはそんなことを真に受けてはいけないと言った。江流の言うことはあてにならないから、何かわからないことがあればシスター・シシィに聞けと。
シスター・シシィもウルフみたいにお花の匂いがする。でも、それは香水で、幸せ売りではないそうだ。
「誰が幸せ売りかじゃなくて、人と人がやさしく微笑み合うところに幸せ売りはいるのよ」と、シシィは言う。
シシィの言うことは、その時はよくわからなくても後になってわかることがあるので忘れずに覚えておくといい、とイリヤは言った。
イリヤは、ウルフは幸せ売りじゃなくて、ひ弱な子供を守れる狼だというけれど、ぼくはやっぱり幸せ売りだと思う。お父さんとお母さんが死んで真っ白に凍り付いた世界が、ウルフに会った途端、またもとの美しい場所に戻ったのをぼくは忘れない。
ウルフはこの間、ぼくとミアイルの様子を見に、『安楽園』に来てくれた。ここの子供達はみんなウルフに会いたがっていたので、ウルフは他の子達とばかり話して、ぼくらはちっともウルフと一緒にいられなかった。でも、幸せ売りを一人占めしようとするとどんなことになるか、ぼくはミアイルが読んでくれたご本でちゃんと知っている。だから、みんなが嬉しそうにウルフとしゃべっているのを見ていい気分になることにした。ウルフは帰り際、
「これから色んな事があると思うけど、負けんじゃねえぞ」
と、ぼくたちの頭を撫でてくれた。
ぼくは幸せ売りじゃなくて人間だけど、大きくなったら人に幸せをあげられるような人になりたいと思う。
(オシマイ)
「ミアイルって、近くでよく見ると、やっぱり素敵やな」
「アアー、キョコたんは美形に弱いんだったー」
ミアイルがロミオのクローン?
ウルフはカムイの話を思い出した。何から何までロミオにそっくりなコピー。
「あんたとロミオは、父親の話から、自分達が当然受け取るべきものと考えたメッシーナと草薙の利権を奪い取ることにした。だが、その矢先、ロミオがキナー病にかかっちまった。フェーズⅡに移行すれば寝たきりだ。そこで、あんたらはメッシーナのバイオテクノロジー部門を乗っ取って、ロミオのクローンを作り出したんだ。あんたは喜んで子宮を提供したんだろうな。この世で最も大切な片割れが免疫反応の心配なく臓器移植を受けることができる、理想のドナーバンクを生み出すために」
それで、ディアナはミアイルの健康を異常なほど気遣うのか。将来、ロミオに移植される臓器を損なわないために。ウルフはあまりのことに吐き気を覚えた。
「何のことをおっしゃっているのかわからないわ。たしかに、ロミオは腎臓を患っていますが、キナー病だなんて…」
笑い飛ばそうとするディアナを、ダンテは遮った。
「そのあたりは、ドクター・ヴァーミリオンに確かめればはっきりするさ。ロミオの主治医のな」
ディアナの顔がこわばった。なぜ、この男はそんなことを知っているのかという表情だ。ロミオがリラと同じ病院で同じ医師にかかっているとは夢にも知らないのだろう。
ひゅうっと喉が鳴る音がして、美雨が傍らのデスクによろけかかった。両手で顔を覆い、しぼり出すような声で言った。
「だめ。もうだめ。これ以上、ごまかせない。何という恐ろしいことを…!」
もはや彼女の仮面(ペルソナ)は粉々に砕けていた。仮面の下から現れた彼女の顔は、冷たい雨に打たれた花のように儚げだった。
「だから、あなたはミアイルのロボトミー手術を平気で命じられたのね。あなたは、あの子を臓器の詰まった袋としか見ていないのね!」
「おだまりなさい、ドクター・美雨!」
と叫んで、彼女に駆け寄ろうとしたディアナに、ナイトが言った。
「ディアナさん。どうやら、あなたからも色々お話しを伺わなければならないようだ。麻酔医の先生や、そちらのドクターと一緒に署まで来て頂けますか」
「いいえ」 ディアナはどこまでも気丈なところを見せた。
「令状に記載された罪名は誘拐罪と逮捕監禁罪だったわね。それについてはこちらの刑事さんが、カムイは自由意思でここへ来たと認めて下さったわ。それ以外のことをあれこれ調べるんでしたら、ちゃんと対応する令状を持って来て下さいな」
出し抜けに、場違いに明るいエンジェルの声が飛び込んできた。
「あら、こちら、まだ取り込んでるの?」
「エンジェルさん、どこへ行ってたんですか」
ナイトが訊くと、彼女は江流が持っていたのと同じマイクロレコーダーを掲げた。
「上でロミオと話をしてたのよ。病院で違法な臓器移植をやっていたとこととか、どうやって幹部に根回ししてタケル夫妻を殺害したかとか、ディアナから今夜カムイをバラバラにして、ミアイルにはロボトミー手術を施すと聞いていることなんかをね」
「ロミオが自白したんですか?」
ナイトは意外そうな声を出した。何年一緒に仕事をしていても、エンジェルのこの能力には驚かされるようだな、とダンテは思った。彼女にかかるとどんなに頑なな凶悪犯や自信満々の知能犯もぽろりと落ちてしまう。
「嘘よ。ロミオがそんなことしゃべるはずがないわ」
「もう悪あがきはやめるんだな」
ディアナに言い渡したのは、意外にもベーオウルフだった。
「おまえさんみたいな女狐に尻尾を出させるためには、多少の演技も必要かと思ったが、手の込んだ芝居をするまでもなく証拠が次々出てきたようだ。おまえも観念して、警察で洗いざらい白状した方がいいぜ」
イリヤはベーオウルフの変わり身の早さに舌を巻いた。
さっきまで、ディアナとぐるだったくせに、形勢が逆転して庇いきれなくなったと見るや、それは芝居だったと言い出した。イリヤの目にはそう映ったが、違うと言い切れる根拠もない。
さすがのディアナも、こうも次々に足元が崩れれば踏みこたえようがなかった。呆然としたまま、ベーオウルフの部下達にパトカーへ連れて行かれた。
(あの女も力がほしかったのかもしれない)
ディアナの後ろ姿を見送りながら、イリヤは思った。
男と違って、女は美貌を武器にできていいとずっと思っていた。だが、あの女も自分の分身であるロミオ以外の奴には絶望するような目にばかりあってきたのかもしれない。ロミオと二人きりの世界に閉じこもり、その世界を守るために、メッシーナの財力と、草薙の暴力を必要としたのか。
「大丈夫か? 行くぞ」
カムイを抱いたウルフに声をかけられ、イリヤはその後について歩き出した。
ウルフと並んで歩きながら、イリヤはヤードの入所試験を受けようかと考えたことを話してみた。ウルフは予想通り、
「いいんじゃねえか?」と笑った。「そういうのも動機としてはありだと思うぜ」
ただ、とウルフは言った。
「ハイエナのようにたかってくる人間てのは、別に弱い奴ばかりを狙うわけじゃねえ。力にたかってくることもあるってのは覚えといた方がいいぜ」
「どういうことですか?」
「まあ、おまえが実際警察に入りゃすぐわかるだろうが、駐車違反を見逃してくれとか、子供が万引きしたから穏便にすませてくれとか、色々頼んでくる奴がいるんだよ。救助セクションにいた頃でさえそうだったんだから、刑事局や交通局に配属された奴はもっと鬱陶しい思いしてんだろうな」
イリヤはうんざりした。どうして、人間てのはこうなんだ。ハイエナのように、とウルフは言ったが、ハイエナが聞いたらきっと怒るぞ。
「ま、あんまり自分の持って生まれた特性をネガティブに捉えないことだな」
ウルフは言った。
「美形ってのも、けっこう武器になるもんだぜ」
カムイとミアイルは警察病院に連れて行かれ、短期入院してメディカル・チェックを受けることになった。ウルフが二人に付き添い、ダンテはいつのまにか姿をくらませた。
「どうせ二人とも、うちが引き取ることになるんだろうな」
病院から帰る道すがら、江流が言った。カムイは孤児になってしまったし、ディアナとロミオも今度のことでミアイルの親権を剥奪されるだろう。
「賞金がパーになっちまった上に、腹空かせたガキが42人に増えるのか。あー、不吉な数字だぜ」
江流はぼやきつつナイトの顔を窺った。
「なあ、そういうことだから、さっきのレコーダー、200万で買い取って貰えるとありがてえんだけどな」
「残念ですが」 ナイトはそつなく微笑んだ。彼は現場から戻る車の中で、江流が録取した麻酔医の供述をヘッドホンで聴いていた。
「あのような強度の脅迫下での供述を証拠にすることはできません。あのドクターには、後日裁判所に出頭して、まったく任意といえる状況で供述し直して貰わなければなりませんね。もちろん、一度お約束した以上、お金は払いますが、こちらの正直な気持ちとしては、増額どころか減額をお願いしたいぐらいですよ」
これには、江流もすぐに引き下がって最初の100万で満足するしかなかった。
江流をやりこめるなんて、この人、なかなかのものだ、とイリヤは思った。やはりシティ警察に入ると、こういうワザを身につけられるのだろうか。
「あの二人の面倒を見るつもりなら気をつけた方がいいぜ」
ベーオウルフが、目論見が外れたはらいせもあるのか、江流に言った。
「あいつらはどちらもマフィアの血筋だ。今はガキだから多少は可愛げがあるが、蝮の子は蝮だからな。成長すればどんな禍を呼ぶかわかったもんじゃないぜ」
この言い草にはなぜか強烈に腹が立って、イリヤは思わず言った。
「あんた、狼少女の話知らないのか? 人間だって狼に育てられれば狼になる。大事なのは、どんな奴に育てられるかだ。あんたみたいなのに拾われてたら、アマラもカマラも狼にも人間にもなれなかっただろうな。あんたみたいな蝮野郎が蝮を育てるんだ。て、こんな言い方、蝮が聞いたら怒るだろうけどよ」
そう言い捨てると、イリヤは一人ずんずん先に歩き出した。
ウルフがカムイを保護しながら、警察に報告せずダンテと二人で匿い続けたことは少なからず問題視された。ウルフ自身は懲戒免職も覚悟していた。結果オーライではあったものの、自分がカムイを危険に陥れた責任は痛感している。
「たしかに、その点は会議でも問題になりました」
スターリング本部長は言った。
「ただ、ベーオウルフ捜査官が私的にバウンティハンターを雇ったことも、それに関連してかなり議論になりました。彼は、そのう…組織に対し柔軟に対応しすぎるところがありますから」
エリートだけあって言葉の選び方が上手いな、とウルフは妙なところに感心した。あの柔軟性を、この人にも見せてやりたかったぜ。
「結論としては、あなたを10日間の謹慎及び減給処分とします。特別休暇で旅行した後、しばらく家でゆっくりしていて下さい」
ウルフがスターリングの顔を見直すと、彼は柔らかく微笑んでいた。イリヤが警察に入ってこの人を見たらどう言うだろう、とウルフは思った。
ロミオの供述から
…こうして何もかも終わってみると、全てが長い「ごっこ遊び」だったような気がします。世界があまりに敵だらけだったから、ぼくとディアナは二人きりで子供部屋に籠もり、夜になってもまた朝が来ても、気づかず遊び続けているうちにいつのまにか年月が過ぎて、体は大人になっていたような。
他人を敵か味方かに分類するのではなく、お互いに尊重しあえば素晴らしい人間関係が築けるとおっしゃるんですか? でも、他人がぼく達に向ける好意なんて、せいぜい外見を見てキャーキャー騒ぐか、この体に欲望を抱くだけでしたよ。悪意にいたっては、口にするのもおぞましい。ぼくを尊重してくれたのは、ディアナただ一人でした。
せめてミアイルだけでも愛せなかったかというんですか。それは無理ですよ。ぼく達はあの子を人間だと思っていませんでしたから。あの子はぼくの細胞から作られたクローンです。それなのに、自分でものを考えたりしゃべったりするのが、不思議でなりませんでした。草薙のカムイと仲良くなったり、タケルおじさんを殺したことを非難したり。ぼくと全く同じ遺伝子を持ちながら、なぜぼくと同じように感じ、同じように考えないのか。
あのエンジェルという人に、子供は皆親の細胞から生まれてくるけれど、親とは別の独立した人格なのだと言われて、ようやく、そういうものなのかと腑に落ちました。そういえば、ぼくも自分の親が大嫌いでしたからね。彼らもぼく達を愛したり尊重したりなんかしてくれませんでしたよ。ぼくは子供の頃から体が弱かったので、父に「できそこない」と疎まれましたし、母は母で、自分より美しいディアナに嫉妬していました。二人が離婚した原因をご存じですか? 父がディアナをレイプしたんです。それでも、母はそんな父のもとに僕たちを置き去りにしたんですよ。ぼく達がこの世で最初に出会った敵は両親でした。
何だか、すごく憐れむような目でぼくを見るんですね。でも、あなただって、自分で思っているほど尊重しあえる人間関係を結べているんでしょうか? あなたを尊重しているように見える人は、単にあなたが背景にしている権力におもねっているだけじゃないんですか?…
ぼくとミアイルは江流に連れられて『安楽園』にやってきた。「おまえらを助けてやったのはおれなんだから、ありがたく思えよ」と江流は言ったけど、ぼく達は眠っていたのでよくわからない。イリヤはそんなことを真に受けてはいけないと言った。江流の言うことはあてにならないから、何かわからないことがあればシスター・シシィに聞けと。
シスター・シシィもウルフみたいにお花の匂いがする。でも、それは香水で、幸せ売りではないそうだ。
「誰が幸せ売りかじゃなくて、人と人がやさしく微笑み合うところに幸せ売りはいるのよ」と、シシィは言う。
シシィの言うことは、その時はよくわからなくても後になってわかることがあるので忘れずに覚えておくといい、とイリヤは言った。
イリヤは、ウルフは幸せ売りじゃなくて、ひ弱な子供を守れる狼だというけれど、ぼくはやっぱり幸せ売りだと思う。お父さんとお母さんが死んで真っ白に凍り付いた世界が、ウルフに会った途端、またもとの美しい場所に戻ったのをぼくは忘れない。
ウルフはこの間、ぼくとミアイルの様子を見に、『安楽園』に来てくれた。ここの子供達はみんなウルフに会いたがっていたので、ウルフは他の子達とばかり話して、ぼくらはちっともウルフと一緒にいられなかった。でも、幸せ売りを一人占めしようとするとどんなことになるか、ぼくはミアイルが読んでくれたご本でちゃんと知っている。だから、みんなが嬉しそうにウルフとしゃべっているのを見ていい気分になることにした。ウルフは帰り際、
「これから色んな事があると思うけど、負けんじゃねえぞ」
と、ぼくたちの頭を撫でてくれた。
ぼくは幸せ売りじゃなくて人間だけど、大きくなったら人に幸せをあげられるような人になりたいと思う。
(オシマイ)
これは注目の作品です!
このシリーズは
読者の選ぶ今年度作品NO1!
さあ Goo書店に急げ!
kimera25さん、宣伝文句がお上手ですねえ(笑)
お仕事は広告関係だったりして。
クローンというのはサプライズでしたね!!
そして最後のウルフのかっこ良さと優しさが
素敵です☆
今回もお疲れ様でした~!!!
(4)で「コピー」という言葉を出した時に、クローンがバレしてしまうかも?と心配だったのですが、サプライズと言って頂けて良かったです。
大きくなったら人に幸せをあげられる人になりたい。いいですね!
私もなりたいな~笑
終わってみると、悲しい事件でしたね。
ディアナもロミオも、最初の敵が両親だったなんて・・・
とても辛い人生だったのでしょうね。
カムイとミアイルが、どうか同じような人生を歩みませんように・・・。
幸せをあげられる人に育ちますように!
お疲れ様でした!
作家デビューはいつですか??
これからゆっくり読もうと思います
加奈さんもワンポイントですが出場されたのですね
思ったよりも早かったです、フォームとか変わったのだろうか?気になる事イッパイです
大量な画像と格闘する日々が当分続くのです
周囲の人が思わずにっこり微笑んでしまうような、幸せのオーラを発信できる人になりたいですね。
私はRさんのブログで、いつも楽しさを貰っていますよ!
めめさん
ディアナとロミオのしたことを正当化することはできないけれど、二人とも理由もなくえげつなかったわけではないということも書きたかったんです。
植物がどこで芽を出すかと同じように、人間は案外環境に規定されてしまうもの。子供にはぜひ愛が感じられる環境で育ってほしいですね。
もじょさん
おかえりなさーい。
沖縄を堪能されましたか?
大量の画像。すっご~く楽しみです(笑)
読者さん
いつも楽しみにして下さってありがとうございます。
とっても励みになります。