BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

一星へようこそ ―車間距離―

2010-03-18 22:28:58 | 一星


  お客さんが途切れたので、ハーブティーをいれて休憩した。お客さんに出す星のマークが入ったカップではなく、自分用に置いてある青緑のカップに、ハーブティーを注いでレモンを浮かべる。
元夫と暮らしていた頃は、レモンイエローのティーカップばかり使っていた。テーブルクロスも床マットも、レモンイエローだった。元夫が好きな色だったからだ
好きになった男の好みに合わせて身につけるものをころころ変える友達に、「もっと自分を持ちなさいよ」と説教したこともあったのに、何のことはない、わたしも同じことをしている。離婚した途端、レモンイエローの物には見向きもしなくなったのも可笑しい。
次に好きになる人が青が好きだったら、わたしは青い物に囲まれて暮らすのだろうか。
今はそんな想像に現実味が感じられない。男はもうこりごりだ。というより、どんな男を好きになったら幸せになれるのか、すっかりわからなくなってしまった

父親が暴君だったので、理想の男性は「やさしい人」だった。
都合が悪くなると、すぐ怒鳴ったり、手を上げる人はいや。人の気持ちがわからない人はいや。人の話を聞けない人もいや。
学生時代のボーイフレンドも、社会人になってすぐつきあった人も、みな、どこか父に似たところがあった。強引だったり、傲慢だったり、自分の都合しか頭になかったり。
何より、わたしと本気でコミュニケーションをとろうとしてくれなかった。「そんなことどうでもいいじゃないか」―父の口癖だった言葉を、恋人の口から聞くのは辛かった。
そんな中で、元夫だけは違っていた。相手が男でも女でも、細やかに気を配り、言葉を惜しまずに話してくれる。こんな男性がいたんだ。わたしは絶対この人を手放してはならないと思った。
わたしたちは、いわゆる「恋人同士のような夫婦」だったと思う
週末にはよく二人で小旅行に出かけた。夫は雑誌やインターネットでせっせと情報を仕入れて、旅を企画してくれた。彼は職場でも飲み会などの幹事を引き受けることが多く、その下見がてら、目をつけたお店に食事に行くこともあった。
夫は、どこへ行くにも必ずデジカメを持って行き、写真をたくさん撮った。撮った写真はすべてプリントアウトするので、アルバムがすぐいっぱいになった。
「同じようなん全部とっとかんと、一番写りのいいのだけ残せばええやん」と言うと、いつも、「ぼくもそう思ったんだけど、これこれの理由で捨てがたかったんだ」という説明が長々と返ってきた。
夫の話は本当に長い。そして、それは彼のアルバムと奇妙な共通性を持っていた。
まず、前置きが長い―目的地へ到着するまでの写真が相当数ある。
どのエピソードも同じような比重でしゃべるので、メリハリがない―メインの場所も、ついでに寄った場所も、単に通り過ぎただけの場所も、同じ分量の写真がある。
時折、こちらが焦れている気配を感じるのだろう、「ごめんね、長々と。でもね…」という言い訳がまた長い―どの写真の脇にも、細かい字でびっしりとコメントが書き添えられている。
わたしは元来、「いらち」である。いらちというのは、関西弁で「せっかち」というような意味だ。信号がなかなか青にならないと、苛立って足踏みするタイプだ だから、結婚して1年もすると、すっかり夫の長広舌にうんざりしてしまった
「前置きはもうええから、早よ本題に入って」「何でもっと、ポイントを押さえて要領良く話されへんの? 一番いいたいことは何」「いいわけしてるヒマがあったら、さっさと先進んで」―口うるさい国語教師のような言葉が飛び出すまで、さほど時間はかからなかった。
夫の目には、わたしは国語教師というよりアメリカ人に見えたようだ。
夫が勤める会社は、数年前、外資に吸収合併された。夫は外語大卒で英語が堪能なので、リストラされずにすんだのだが、新しくやって来たアメリカ人の上司とは肌が合わない様子だ。その上司が夫によく言うのが、「結論から先に言え」「一番重要なポイントはどれだ?」らしい。家で似たようなことを言うわたしに、夫は「きみはアメリカ人か」と言い返すようになった。まるでお笑い芸人のツッコミみたいで、何となくオモロかった。わたしは関西人なので、「オモロい」と感じられる部分があれば、たいていのことは許せてしまう。夫には鬱陶しいところもあるが、父のような横暴な男よりずっといい。その頃はまだそう思っていた。

わたしたちの最初の危機を救ってくれたのは、一誠の誕生だった。子はかすがいとはよく言ったものである。
夫は子煩悩ないい父親だった。一誠のめんどうもよく見てくれたし、家事も分担してくれた。それまでも、家事はちょくちょくやってくれていたが、明確な分担ができたのはこの頃からだった。皮肉なことに、それまで気づかなかった夫の性癖が、それでまた炙り出されることになった。まめに動いてくれるのはいいのだが、いちいち恩に着せるのだ。
「昨日は終電まで残業だったから、今日はなかなか起きられなくて、家を出た時点でかなりぎりぎりだったんだ。しかも、今日はゴミ出しの日だろ。ゴミ置き場まで回り道してたら、とてもいつもの電車には乗れないからね。いったんは遅刻を覚悟したけど、ゴミ置き場で時計を見たら、あと3分あったんだ。微妙な時間だったけど、高校時代の恩師の口癖が甦った。ネバー・ギブアップだ。だめもとで駅まで走ったよ。もう、階段なんか、三段とばしに駆け上がってさ。ホームに着いたら、ちょうど電車のドアが閉まるところだった。それを見て、『もうダメだ』ってあきらめかけたけど、体がとっさに動いて、カバンをドアの間にはさんでた。そうすると、電車はもう一度ドアが開くだろ? それで、何と乗れちゃったんだよ。周りの人の視線がちょっと痛かったけど云々」
こんなことを言われたら、誰だって、「遅刻しそうやのに無理してゴミ出してくれんでもええで。一言ゆうてくれたら、わたしが出しといたのに」と言いたくならないだろうか。もちろん、わたしもそう言った。
「ぼくもそうしようと思ったけど、高原さんだっけ? ゴミ捨て場の主みたいなおばはん。あの人と顔を合わせたくないから、ぼくがゴミを出しに行くことになったわけだろ。ぼくの出勤時間なら、あのおばはんも亭主を送り出してるとこだからね。だから、やっぱりぼくが行った方がいいと思ったんだ。朝からそんなストレスのたまる人と会話したら、それだけで一日が台無しになる気がするからね…」
アメリカ人じゃなくたって、最後まで聞いてはいられない。わたしは夫の話をさえぎった。
「わたしのせいやて言いたいん?」
「そんなこと言ってやしないじゃないか」
既におわかりだろうが、夫は東京出身である。理不尽な言い分だとわかってはいるが、喧嘩に標準語を使われると癇に障る。何が、「言ってやしないじゃないか」だ。気取るな
「言うてるわ! あんたの話を要約するとこうや。遅刻しそうやのに、わざわざ遠回りしてゴミ捨てに行ったから、いつもの電車に乗ろう思たらめっちゃ走らなあかんかった。あたしが高原のおばはんと顔合わせんですむように、おれが大変な思いしたったんや。そんな恩着せがましいこと言われるぐらいやったら、高原のおばはんに小言いわれる方がよっぽどマシや!」
「何で、そんな風にねじまげて受け取るんだ」
「ほんまのことやんか
いらちのわたしは地団駄を踏んだ。
「こないだかって、そうやん。あたしが風呂場のタイルにカビはえてるから、カビキラーしとかな言うたら、頼みもせんのに半日かけて風呂掃除して、もちろん、それはありがたかったで。お風呂ぴかぴかになって気持ち良かったで。でも、その後で、家に持って帰ってきた仕事、今日中に仕上げなあかんのに、風呂掃除してたから予定が狂った、この分やったら徹夜せなあかん、明日はゴミの日やから早めに起きなあかんし、来週は飲み会続きできついのにとか言いだして。あんたはいっつもそうやねん。その時はほいほい引き受けといて、後になって恨みつらみを言う。あんたのはホンマの親切ちゃう。人に負い目感じさせたいだけや。気配りを売り物にしてるだけや。だから、いっつも、あてつけがましいねん! 押しつけがましいねん 恨みがましいねん You see
自分でも驚いたことに、わたしはそう言って指先を夫の顔につきつけていた アメリカ人みたいに。
夫はひきつった表情でわたしの指先を見つめていた。彼がわたしを本気で憎み始めたのは、多分、この瞬間からだったろうと思う。
わたしはというと、夫の屈折したいやらしさよりも父のわかりやすい横暴さの方がマシかもしれないと、初めて思って、泣けてきた。迷子の子供のように途方に暮れた

ドアベルがカランとなって、あの人が入ってきた。
うちのお客さんは商店街で働いている人がほとんどが、その人は買い物客のようだった。トートバッグからネギとごぼうがのぞいている。
「こんにちは」と挨拶して、いつもの席に座り、ブレンドコーヒーとシナモントーストを注文する。わたしがカウンターに戻った時には、もう文庫本を広げていた。
こんな時間に買い物にくるのだから、お勤めしている人ではないだろう。でも、専業主婦にも見えない。家で仕事をしているんだろうか。
注文の品と一緒に、ネーブルを二きれ、サービスにつけた。「ありがとうございます」と、会釈する。
もう顔なじみになっているのに、この人はよけいな話を一切しない。あとはお勘定の時に「ごちそうさまでした」と言うだけだ。感じはいいのに、ベタベタと馴れ合わない、清々しいたたずまいの人である。ちょうど、今日着ているミントグリーンのニットのように
だから、わたしもこちらからあれこれ話しかけないことにしている。
実は、わたしは既にお客さんとの関係で失敗を一つしでかしていた。毎日のように来てくれるスーパーのお総菜売り場のおばちゃんに、自分の身の上をベラベラしゃべってしまったのだ。特に、一誠のことを話したのは失敗だった。おばちゃんは朗らかでいい人なのだが、詮索好きなところがあって、受験の時は大変だった。「一誠くん、どこ受けるの?」「そこって、偏差値高いん?」「○○高校よりも上? 下?」なんてことを、根掘り葉掘り訊かれて往生した。好意を感じるとすぐに自分をさらけだしてしまうのが、わたしの悪い癖だ。他人との距離の取り方が下手なのだ。元夫とはそういうところが似た者同士だった。
車と同じで、人間同士にも車間距離が必要だということを、わたしは破綻した結婚から学んだ。好きだから、家族だからといって、むやみに近づきすぎると、追突事故を起こす。やさしささえも、バックミラーいっぱいに迫る後続のトラックのような、重苦しいものに変質してしまう。
夫は、どんなに親しくても越えてはならない垣根を乗り越えて、ずかずか相手の庭に入り込むのがやさしさだと思っていた。わたしは、親しくなったらほいほい家に上げて引き止めることが愛だと思っていた。密着しすぎて衝突し、互いに痛い思いをした。
多分、どんな相手となら幸せになれるのかと問う前に、自分があのミントグリーンの人のように、けじめという名の境界線をきちんと引けるようになるのが先決なのだろう。それは、少し寂しいことかもしれないが、寂しさに耐えられる人を大人というのではないだろうか。
まずは、この先、何色の人に出会おうとも、自分はこのカップのような青緑が好きだということを忘れないでいよう。

(まだつづくかも)


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8 コメント

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やっば~~~い (lucino)
2010-03-18 23:09:51
前置きが長くて結構喋っちゃうこと、これ弾丸ツアーの記事
1日に300枚以上写真を撮ること・・・これも弾丸ツアーではおなじみ・・・・
自分のことを言うのもなんだけど・・・自分自身結構子煩悩だったような気もするし・・・・

そして、現在バツイチ・・・・


バファリンの半分は優しさで出来ていますが・・・
このダンナの半分はlucinoで出来ている~~~

や・・・ヤヴァイ・・・・
ちなみにピンク好きだった元妻で、ダンナの私にもよくピンクの服を買ってくれた(まぁ、男でも着れるピンクですけど)のですが・・・・
今はピンクなんて全く考えたこともない・・・・

今日は・・・・結構刺さるなぁ(笑)
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lucinoさん (アンジー)
2010-03-18 23:41:11
結婚もしたことないわたしに離婚が語れるのか?、と自己ツッコミを入れながら書いたこの話。
妻にも夫にも特定のモデルはいませんが、自分自身の短所や、人間関係で痛い思いをした経験をもとに、自戒を込めて書いたところがあります。
でも、フィクションなので実在の個人や団体には一切関係ありません(笑)
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なかなか良かった~(^-^)v (チョロきったん)
2010-03-19 00:07:42
アンジ-さん。日付変わるんで、ぉっはょぅ~3.!なかなか良かった~(^-^)v後、朝から調子良くなくて!?体調面が…で?シナモンティを飲んで往き此れが、ムチャ~正解!!シンドクなくてねっ。ティが…大好きなチョロ吉難ですがねぇ~(-_-;)クタクタ&ヘトヘトで。(笑)まぁ~明日から、又調子コキマスからねっ!(爆)(笑)。このSTORYの続編期待します是ッ♪(^-^)v宜しくです~m(__)m…!明日は、天気良くなるけど気温の変化が、有るらしい~気を付けて。では。なが2.と。体調&風邪引かんょぅ~に(^_-)//(-.-)Zzz・・・・ほなねっ。(^-^)/
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おはようございます♪♪ (siawasekun)
2010-03-19 04:35:19
ハーブティー、・・・・・・。
美味しそうですね。

素敵なショットから、様子、雰囲気、伝わってきました。

休憩に、良さそうですね。

いつも、コメント&応援ポチに、深謝です。
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要領よく。。 (ふくやぎ)
2010-03-19 20:52:07
わたしも苦手ですね。。
言いたいことが伝わらないと、よけいに早口になるみたいです。
落ち着いて話せば、とは分かっているつもりですが。。。
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こんばんは (ふしぎ男)
2010-03-19 21:41:22
とても面白かったです。
コレはこの前のお話の続きなんですね。
喫茶店「一星」の内幕がよく分かりました。
世の中、理想的な出会いをすることは相当難しいと思います。
だからこそ独身の方は素敵な未来を夢見てわくわくしていきたいですね。

そしてお互いに欠点を直すことより長所を伸ばしあえる感じがいいかも、とか思ったことがあります。
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まいど! (アンジー)
2010-03-19 21:45:00
 チョロきったんさん
お疲れ様です。
そんな時に長い話を読んで下さって、ありがとうございます。
あったかいのか寒いのかよくわからないお天気なので、お体気をつけて下さいね。

 siawasekunさん
コーヒーや紅茶もいいですが、ハーブティーも体に沁みますね。
わたしはよくミントティーやカモミールティーを飲みます。

 ふくやぎさん
わたしも苦手ですね。
留守録に上手くメッセージを吹き込めません。
こんな上司がいたらツッコミまくられるだろうなあと思いながら書きました(笑)
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ふしぎ男さん (アンジー)
2010-03-19 21:49:20
長所と短所はワンセットなので、一人の人にあれもこれも要求してはいけないし、自分だって要求されたら困るんですけどね(;^_^A
ふしぎ男さんのおっしゃるような関係を築けたら素晴らしいですね。さすがふしぎ三姉妹のお父様!
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