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平和の戦士

2007-08-13 20:46:20 | Weblog
   
      「その赤さん、001か?」
      「そうかもー」

 仕事で一年半ほど和歌山にいたことがあります。
その時住んでいたマンションがケーブルテレビと契約していたので、月々4800円で、全てのBSが見放題というおいしい状態でした。
その年の年末、「サイボーグ009」というアニメの劇場版がBSで一挙放送されました。009は、昭和30年代に作られた旧版と、それから10年ほどして作られた新版があって、この時は旧版の劇場版二作と新版の劇場版一作が一挙放映されました。
新版の方はさすがに絵がきれいで、原作に近い雰囲気ですが、私は旧作の方が歯切れがよくて面白かったです。
そして、何より、旧作の劇場版第一作にこめられた、当時の作り手の「平和への思い」に驚かされました 
ちょうど、戦後間もない時期に作られた作品だけに、戦争の惨禍を乗り越えて、ようやく平和を手にした人々の思いが強く伝わってくるのです。
冒頭のナレーションは、「戦争の傷跡が残る中、人々はやっと訪れた平和を謳歌していた」(うろおぼえなので、文章は不正確です 以下同じ)と始まり、主人公の島村ジョーがレーサーとして出場したレースのシーンが始まります。ジョーはこのレース中に悪の組織ブラックゴーストに拉致され、サイボーグに改造されてしまったのですが、8人の仲間とギルモア博士とともにブラックゴーストの基地を脱出し、世界の平和を守るためにブラックゴーストと戦うことになります。
サイボーグ戦士の紅一点、003は、戦争で全てを失ったため、戦いそのものに強い拒否反応を示します。たとえ平和を守るための戦いであっても、戦うこと自体がいや、という003を009が説得して…という場面があります。
まあ、サイボーグ戦士がブラックゴーストと戦ってくれないと話が進まないので、003も思い直して戦いに参加するのですが、これは「正義のための戦争がありうるのか?」という問いを投げかけていたのかもしれません。
また、理由の如何を問わず、戦うこと自体に抵抗があるというのは、どちらかというと、男性よりは女性の感性でしょうね。003にこれを言わせた演出はなかなか秀逸だなあと感じました。
そして、一番印象的だったのは、ブラックゴーストの正体である3つの脳が009に言う言葉。

「人間の心に争いや憎しみがある限り、ブラックゴーストは何度でも甦る」

どうも、ブラックゴーストは、ブラック・マーチャント(「死の商人」)をイメージしているようです。
ブラックゴーストはどこかで突然変異的に発生した悪ではなく、人の心が生み出したものだというのですね。
そして、何度歴史に教訓を与えられても、少し時間が経つとまた戦争をしたくなってしまう人類。ブラックゴーストの首領の言葉が、決して負け惜しみに聞こえなくなってしまいます 
今もブラックゴーストが甦りかけているのかもしれません。

政治家の掲げる大義名分の是非を考えるとわからなくなってしまいますが、
「自分や、愛する人、わが子が戦場におくられてもいいか?」
「懸命に築き上げてきた財産を飛んできた爆弾に破壊されていいか?」
「食べる物も乏しく、不自由な生活を強いられてもいいか?」
「炎の中を逃げまどうような経験をしたいか?」
というような、素朴なところから考えてみてはどうでしょうか。

009のスタッフが作品にこめた思い。
それは、焼け跡から立ち上がった日本人の原点だと思います。
たとえ敗戦という形でも、やっと戦争が終わった。平和が戻ってきた。この平和を手放したくない。
戦争を体験していない世代が多くなった今、その時の気持ちに立ち返ってというのは難しいかもしれません。
でも、人の話を聞いたり、本を読んだり、色々な形で、人類が多大な代償を支払って学んだことが、一番身にしみていた時期を想像することはできます。
009はTVシリーズもありますが、旧版のTVシリーズは、やはり反戦平和のメッセージが強く籠められているそうです。
こういう作品を、終戦記念日に放映するのもいいかもしれませんね