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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(2)

2007-03-29 17:21:18 | Angel ☆ knight
   
     「わたし、天然じゃないわよ」

 雪はとうに細かい雨に変わり、ロードマスターのキャノピーに無数の水滴をつけた。水滴は、ロードマスターが走り出すと、特殊コーティングされたキャノピーの上方に流れ出す。ロードマスターが作り出す気流に押し流されるのだ。
エルシードとランスロットは、それぞれリアシートに盗犯課の刑事を乗せて、事件の起こった第二方面区の聞き込みに向かった。
エスペラント・シティは、市の中心部から放射状に伸びる幹線道路(スポーク)によって、16の方面区に分けられている。スポークとスポークの間の扇形の区域は、北から時計回りに、第1方面区、第2方面区、第3方面区…となっている。シティ警察の各部署も、たいてい方面区ごとに担当が分かれていた。
海岸線に延々と連なる倉庫街を、二台のロードマスターは滑るように走って行く。事件現場に一番近いインター付近で目撃証言がふっつりと途切れてしまったところを見ると、『銀の騎士』はこの倉庫群のどこかにロードマスターの隠し場所を用意していたのかもしれない。倉庫の間には迷路のような搬送路が網の目状に入り組んでいた。
「まさか、この倉庫全部令状取ってガサかけるわけにもいきませんしね」
ランスロットが言うと、リアシートの刑事も苦笑を洩らした。
「そんな令状、裁判所も出さんだろう。もっと特定してこいって言われるのがオチさ」
自分達に割り当てられた番号の倉庫が近づいてきた。ランスロットはロードマスターをその倉庫に続くレーンに入れた。

エンジェルとナイトは、本部オペレーションセンターのオリビエから、『銀の騎士』の候補者リストが入ったメモリーカードを渡された。ロードマスターのライセンスを有する退職者の中から、ジョーイと背格好の似た人物を洗い出してあるという。
『銀の騎士』はフルフェイスのヘルメットで頭部をすっぽり覆い、レーサーのような皮ツナギと手袋、ブーツで体を完全にカバーしていた。人相はもちろん、人種、性別、年齢、一切が不明である。
「ジョーイ巡査は身長が180㎝ありますから、女性や高齢者は何人か除外されました。対テロセクションは大柄な隊員が多いので、あまり人数は減りませんでしたけどね」 オリビエは言う。それが彼のファッションなのか、室内なのに濃いブルーのサングラスをかけている。
彼はこの日非番だったのだが、夕刻になって呼び出されてリスト作りに加わったそうだ。検問と足取り調査がいずれも功を奏さないので、にわかに本部オペセンが忙しくなったようだ。
「180㎝というと、あなたぐらいですか?」 ナイトが訊いた。
「そうですね。ぼくは182㎝ですから、目安にして頂いていいと思います」
リストには、現在3つの優先キーが設定されているという。
「一つは、新仕様車の乗車経験がある者です。ロードマスターは8年前に一度仕様変更され、コックピットのデザインも若干変わっています。基本的な操作は同じですが、旧ヴァージョンにしか乗ったことがない者だとやはり戸惑うでしょう」
2つ目は住所キー。現場を中心に同心円上のエリアを8つ設定し、その番号を付加しているという。これは「近場主義」といわれる捜査の原則に関連する。
「3つ目は、『銀の騎士』の要求の内容から、病気やケガで身体要件をクリアできなくなり、現役中にライセンスを失った者をチェックしてあります」
検索キーは、捜査が進展して手がかりが増えれば、その都度増やすことができるという。メモリーカードをモバイルにセットすれば、「候補者」の顔写真と履歴を見ることができる。
「あら?」と声を上げるエンジェルに、オリビエは、
「向きが逆ですよ」と言った。
「あ、こっち向きに入れるのね」
「検索キーというのはどうやって使うんですか?」 ナイトが訊く。
「ちょっと、2、3件スクロールしてみて下さい…あ、これですね。データの文字色が違ってアンダーラインが引いてあるでしょう。これがキーの立っている項目です。ここをクリックすると、同じ条件を持つ者のアクセスナンバーと名前が表示されます。クリックすると、個々のデータへとびます」
エンジェルの瞳が見開かれた。
「顔が大きくなったわ」
オリビエはモバイルを受け取って、画面いっぱいに拡大された顔写真を元のサイズに戻すと、アンダーラインが引かれた項目をクリックした。
「どうして、さっきは写真が大きくなったのかしら」
「さあ…おそらく何かの拍子に画像をクリックしてしまったんでしょう」
「この名前をクリックしたら個人データが出るのね?」
「そうです」
「あら?」
「どうしました?」
「画面が四分割になったわ」

 仕事を終えたオリビエがバックアップセクションを覗くと、ウルフとジュンが、エルシードとランスロットのロードマスターをセッティングし直していた。
対テロセクションと交通局のロードマスター隊にはそれぞれ専属のメカニックがいるが、刑事局のロードマスターはバックアップセクションが整備を担当している。
「これから気温が上がりそうだからセッティングを変えた方がいいって言いに来たんですが、必要なかったみたいですね」
オリビエの言葉に、ウルフは反射的に胸に手を当て、ジュンは先端にフックのついた義手の付け根をさすった。任務中に負傷したその箇所の具合で、二人は正確に天気予報ができるのだ。
「おまえも古傷で天気がわかるようになったのか?」
食事を終えて戻ってきたランスロットが、背後からオリビエに声をかけた。この後、またエルシードと共に聞き込みに出かけるのだ。彼とオリビエは訓練所(ヤード)の同期生だった。
「ぼくのは単なる視力の低下だから、そんなのはわからないよ」
オリビエは笑いながら首を振った。
「本部長がね。夕方から膝が楽になってきたから、念のためバックアップセクションに伝えてくれって」
「それで、わざわざ寄ってくれたのか。ありがとうよ」
「よけいなお世話だったみたいですけどね。じゃあ、お先」
「お疲れ。気をつけて帰れよ」
ウルフの声に送られて、オリビエは職員通用口の方へ歩いていった。

 組織犯罪対策課のジュリアーニ刑事はくさりきって家路についた。
最近、マフィアの経営するクラブで派手に遊びすぎているのではないかと、本部長室に呼び出されて注意を受けたのだ。
スターリングは、気になることがあると直接署員を部屋に呼んで話を聞く。警察内部の問題点を見過ごさないためだそうだが、偉いさんにはもっと他に仕事があるのではないかとジュリアーニは思う。
それに、対テロセクションの隊員だったことがあるなら、もう少し現場の事情をわかってくれてもよさそうなのに、やはりエリートはエリートだ。マフィアの内部情報―派閥の構成や力関係、他の組織との敵対あるいは同盟関係などは、正攻法の捜査ではなかなかつきとめられない。時々取り締まりの情報を漏らしてやるかわりに極秘情報を耳打ちして貰う程度のことは、癒着のうちにも入らない。
クラブに遊びに行くのも、単なる遊興ではない。組織内部の雰囲気が、ああいう場所では肌で感じ取れるのだ。もちろん、気に入りのホステスがいることは否定しないし、料金は向こう持ちだ。一般客よりも自分の指名の方が優先されるので、麗花(リーファ)が別のテーブルについている時は、強引に自分の席に呼ぶこともあった。どうやら、それを逆恨みした客の何人かが、はらいせにシティ警察ホームページの「ご意見箱」に投書してきたらしい。
たまたま、『銀の騎士』なる窃盗犯が組織犯罪対策課の癒着ぶりを批判していたので、本部オペセンは手がかりを求めて同課に対する苦情を検索したらしい。その結果、ジュリアーニの名前が多数見受けられたので、スターリングは、『銀の騎士』の心当たりもかねて、彼に話を聞くことにしたようだ。
たく、交通局のドジ野郎や、強行犯課がもたもたしているせいで、とんだとばっちりだ。
二股に分かれた下り坂の前で、ジュリアーニは足を止めた。右へ降りれば自宅方向。左は繁華街へ向かう道だ。本部長に注意されたばかりだが、麗花を思うといてもたってもいられない気持ちになった。雨は既に上がり、立ちこめる湿気が妙に生々しかった。
HPに投書してきた奴らが誰かは大体見当がつく。最近急成長したヴェンチャー企業の若手経営者達だ。老舗の高級クラブにはもう飽きたとばかりに、マフィア系クラブに顔を出すようになった。のぼせ上がった若造共が、危険の香りのする場所に足を踏み入れたり、警察官に喧嘩を売るような真似をして、いきがっているのだ。
自重などとんでもない。今夜は少々、あいつらをシメてやらなければ、とジュリアーニは思った。世の中には敵に回してはならないものがあることを思い知らせてやる。
ジュリアーニが左の道を降り始めると、坂の下から黒い影が近づいてきた。ライトを消したオートバイだと気づいて、とっさに脇へよけようとしたが、影は信じられないスピードでもう眼前に迫っていた。ルビー色のレーザービームが闇に閃く。ビームサーベルに袈裟切りにされて、ジュリアーニは暗い路上に倒れ伏した。

(続く)