BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

狼の条件(6)

2007-03-05 17:02:29 | Angel ☆ knight
   
「ミアイルって、めっちゃ美形なロミオにそっくりやねんやろ?」
「そうだヨ!」
「その割には、あんたと五十歩百歩の顔してんなあ」
「それは、ボクもめっちゃ美形だって言いたいのかなー
「ええなぁ、クマたん、ポジティブ・シンキングで」

 ディスプレイに瞬く光点は、地図上の一点に数分間停まった後、また走り出した。エルシードはその動きに不自然なものを感じた。
彼女を追ってきた応援の車両に、引き続き光点の追跡を任せ、自分は車が一時停止した場所に向かった。光点が示していたのは、森に囲まれた広壮な邸宅だ。一見金持ちの別荘風だが、暗視(ノクト)ビジョンで見ると、赤外線が網の目のように張り巡らされている。照会をかけると、メッシーナの息がかかっていると見られる外科病院の保養所だった。
ナイトに知らせると、
―わかりました。おそらく、そちらが本命でしょう。われわれもそこへ向かいますので、座標を教えて下さい」
ナイトに座標を伝えると、エルシードは屋敷に一番近い大木に上ってカメラの望遠レンズを邸内に向けた。携帯用の、小型だが倍率の高いレンズだ。離れの窓のカーテンの隙間に、カムイらしい子供の姿を見つけた。二、三度シャッターを切ったが、距離がある上に角度が微妙なので、上手く室内の様子が写らない。
ほどなくして、ナイト達が到着し、ダンテが彼女にかわって木の上から写真を撮った。カムイの顔と、毛布に浮き出た手枷の形がくっきりと写っている。射撃の名手だけに、ターゲットにフォーカスを合わせるのが上手いのか。
ナイト達はその写真を裁判所に転送して捜索令状を取った。
やがて、組織犯罪対策課の捜査員が蟻の子一匹這い出せない包囲網を完成させると、ベーオウルフを先頭に、邸内に踏み込んだ。

 ディアナは母屋を抜け出すと、離れへ続く道を懸命に走った。サツのガサ入れ? ありえない。サツはニーノが空き家になったアジトに引きつけているはずだ。それなのに、ベーオウルフは未成年者誘拐罪と逮捕監禁罪の令状を示して乗り込んできた。
普通なら、そのままディアナに建物の中を案内させるはずなのに、なぜかベーオウルフは、母屋に部下をなだれこませた。ディアナはその隙に裏口から外へ出た。セキュリティ・システムが解除され、屋敷は完全に包囲されている。
大丈夫。ディアナは自分に言い聞かせた。臓器密売のデータはここにはない。警察の目当てはカムイだけのようだ。それならいかようにも切り抜けられる。
突然、足音もなく脇に並びかけた気配に、さすがのディアナも、小さく「ひっ」と声を上げた。木の間から差し込む月明かりに、ベーオウルフの尖った顔が浮かび上がった。
「ガキは離れにいるんだな」 爬虫類を思わせる薄い唇が開く。
「そうよ」 ディアナは落ち着きを取り戻して言った。
「カムイはわたしたちを頼って逃げ込んできたの。とても消耗しているようだったから、離れで医者の診察を受けさせたわ。ちょうど息子も夕方から具合が悪かったから、一緒に治療を受けているところよ。誘拐だの、逮捕監禁だの、いいがかりもたいがいにしてほしいわ」
「なるほど。そういうことにしたいんだな。いいだろう」
ベーオウルフはニヤリと笑った。
「おれが一緒に診察室へ行って、あんたの言うとおりだと口裏を合わせてやるよ。なに、カムイがここに連れ込まれたなんて騒いでるのは特捜班の連中だ。捜索が空振りに終わっても、奴らが恥をかくだけで、おれの汚点にはならん」
意外な言葉に、ディアナは目を見張った。
「あなた、何を考えてるの?」
「おまえさんとロミオが組織をのっとった切り札に、おれも一枚噛ませて貰えればそれでいい」
「あきれた。とんだ蝮野郎ね。それでも警察官なの?」
ディアナの口角が愉快そうに持ち上がった。

ディアナとベーオウルフは二人の医師をせっついて、離れの偽装工作に取りかかった。
カムイとミアイルにクロロフォルムをかがせ、鉄の枷はベッドの内部に収納して、その上にマットレスを敷いた。そこに二人を寝かせて、ビタミン剤の点滴を始めると、間一髪、ナイト達が部屋に飛び込んできた。
「ナイト。どうやら、おまえさんの見込み違いだったようだぜ。ガキは自分から助けを求めてきたそうだ。それで、おばさんがオランジュ公園まで迎えに行ってやったんだとさ」
「とてもそんな風には見えませんでしたが」
「公園は暗かったし、おまえ達のいた場所からも距離があった。勘違いしてもやむをえんよ」
「誤解が解けたのなら、お引き取り願いたいわ。子供達の体に障りますから」
ダンテが写した写真は、それだけでカムイの誘拐・監禁の事実を立証できるものではない。ディアナがこう言い張り、ベーオウルフまで口添えしたのでは、捜査は困難になる。
「わかったな、ナイト。撤収するぞ」

「クロロフォルムの匂いがする」
今にも撤収コールをかけそうなベーオウルフを尻目に、エルシードが言った。
「ここは診察室です。いろいろな薬品の匂いがするのはあたりまえです」
白衣の女医が言った。能面のような顔。抑揚のない声。
「この点滴、まだほとんどいっぱいだな。今始めたばっかりみたいじゃないか」
「ええ。その前に、いくつか検査をしましたので」
「カルテはどこだ。この部屋にはないようだが、本当に診察したのなら書いているはずだ」
「患者に対する守秘義務があるので、カルテはお見せできません。どうしてもとおっしゃるなら、別途令状を取って下さい」
どこまでも落ち着き払って受け答えする女医に、エルシードは言った。
「あなたは仮面(ペルソナ)に答えさせている。自分の心に嘘をつかなければならないからだ。わたしは、本来のあなたに質問に答えてほしい」
女医ははっと目を見張った。表情が揺れる。しかし、
「ドクター・美雨。つまらない心理作戦に動揺しないで」
鞭打つようにぴしりと放たれたディアナの声に、揺らぎかけた美雨の仮面がまた固まった。この人はこの女に支配されている。
「とにかく、カムイが目を覚ますまで待ってみませんか。その方がおっしゃるように自分から助けを求めたのか、無理矢理連れてこられたのか、本人に訊けばわかるでしょう」
「おれがここに残って訊いてやるよ。おまえらは、いったん引き上げろ」
「いいえ。全員で待ちましょう」
ナイトが言うと、ディアナが彼を睨みつけた。
「目を覚ました時に、見知らぬ大勢の大人がものものしく詰めかけていたら、子供達がどんなにショックを受けると思うの?」
「おい、性格ブス」
ディアナの背後で声がした。
「嘘もたいがいにしとかねえと、地獄で閻魔様に舌引っこ抜かれるぜ。そのガキはおれの獲物だ。どいつもこいつも手を出すな」
一陣の風にカーテンがはためくとともに、江流が窓枠を乗り越えて部屋に入ってきた。

 イリヤと江流が飛び込んだのは、麻酔医の控え室だった。離れの一角が急峻な崖を背にしているので、そこを転がり落ちるようにして敷地に侵入した。そうでもしなければ、警察の包囲網に引っ掛かっていただろう。後でバイクを弁償して貰わなければ、とイリヤは思った。
一番手近な窓から押し入ると、麻酔医が母屋から伝わってくる騒ぎに、大慌てで器具を片付けているところだった。
「ほう。何だか大がかりな手術の予定が入っているようじゃねえか。どんな重病患者がいらっしゃるんだ?」
麻酔医はすっかり驚いて、腰を抜かしている。
「し、し、知りませんよ。わたしはただ、ここの医者に呼ばれて麻酔の用意をするだけで、何をやってるのかなんて、さっぱり…」
「素人だと思ってなめんじゃねえ。体のどの部分にどんな術式を施すかで麻酔の方法も変わってくる。手術中もずっと立ち会って加減を見なきゃなんねえんだろ? おれは、麻酔医がドジを踏んで意識が戻らなくなった患者の経も上げたんだぜ」
江流は、どこから持ち出したのか、いつのまにかメスを手にしている。
「あんた、ユーラシアンか。なら、こいつは馴染みのない話かもしれねえが、地獄には閻魔大王ってのがいてな。嘘つきの舌は残らず引っこ抜いちまうんだぜ」
言いながら、ゆっくりと麻酔医の前にかがみこんだ。
「だが、舌を抜いたらしゃべれなくなっちまうなあ。本当のことが言いやすいように、もうちょっと口を大きくしてやろうか」
いかにも楽しそうに麻酔医の口角にメスを這わせる江流を、イリヤはあきれ果てて眺めた。こいつは、正真正銘のサドだ。

「その麻酔医は色々面白いことをしゃべってくれたぜ。法律で禁止されてるはずの手術に何度も立ち会ったことや、今晩、カムイをバラして臓器を摘出する予定だってこともな。そっちの坊やはロボトミー手術をするそうだぜ。その話は全部このレコーダーに入ってる。ほしけりゃ100万で売ってやるよ」
「買いましょう」 すかさず、ナイトが言った。
ディアナが素早く銃を抜いてレコーダーを撃ち抜こうとしたが、その寸前、ダンテの弾丸が彼女の銃をはじいた。床に落ちた銃身を二発目が破壊する。
「相変わらず、いい腕だな」
エルシードが感心したようにダンテに言った。
ベーオウルフは感心などしなかった。ダンテの前にずいと歩み寄り、
「殺し屋が警察の捜査に混じって何をやってるんだ?」と凄んだ。
「最近、特捜班の連中と馴れ合ってるようだが、調子に乗ってんじゃないぞ。暴行と器物損壊の現行犯で逮捕してやる。山ほどある殺人の余罪も全部吐いて貰うからな」
それまでずっと黙っていたダンテが、初めて口を開いた。
「ごくろうなこったな。そうまでして、メッシーナのクローン技術の恩恵に預かりたいのか? ベーオウルフ」

「クローン?」
部屋中の視線がダンテに集まった。
「ああ。ミアイルは、ロミオとディアナが生殖行為をして生まれた子供じゃない。メッシーナのバイオテクノロジー部門が、ロミオの細胞から作り出したクローンだ。あんたらはその技術をぶら下げて幹部連を籠絡したんだろう。おまえも一緒に甘い汁を吸うつもりか? ベーオウルフ」

(続く)