BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

ギフト(4)

2007-03-15 17:37:12 | Angel ☆ knight
   
「入院した人には、カエルグッズを持って行ってあげるといいんだヨ。
早くおうちに帰るようにネ!」


 「おらおら、おれ様が命がけで凶悪犯を捕まえた賞金で、うまいたい焼きを買ってきてやったぞ」
江流がそう言ってカムイの病室に飛び込んできました。雨の滴が勢いよく飛び散ります。
とてもそうは見えませんが、江流は仏教の僧侶です。でも、お坊さんの仕事だけではやっていけないので、賞金稼ぎ(バウンティハンター)をしています。保釈中に逃げ出した被疑者・被告人や、懸賞金のかかった指名手配犯を捕まえて賞金を貰うのです。
江流は嘘つきではありませんが、話に誇張が多いので、『安楽園』の子供達はいつも話半分に聞いています。今の話なら、賞金でたい焼きを買ってきてくれたのは本当でしょうが、凶悪犯を命がけで、というあたりはかなり大袈裟に言っているものと思われます。
カムイはたい焼きが大好きなので、喜んで手を伸ばしました。しかし、江流はたい焼きを渡してくれません。
「入院してる間に礼儀を忘れちまったのか? 『仏様、江流様、ありがとうございます。いただきます』はどうした?」
カムイは口を噤みました。このところ、過酷な試練が続いていたので、とても仏様にありがとうを言う気分にはなれなかったのです。
「ぼく、江流にはありがとうを言ってもいいけど、仏様には何にもしてもらってないから言いたくない
「ほーぉ、仏様には何にもして貰ってねえってか」
次の瞬間、江流の骨張った手で鼻と口をふさがれて、カムイはうっと息が詰まりました。両手をばたばたさせてもがきますが、江流の手はびくともしません。息ができないよぉ、死んじゃうよぉ、と恐くなった時、ようやく江流は手を放してくれました。
「わかったか。てめえがいつもあたりまえみたいにタダで吸ってる空気は、仏様のお恵みなんだよ。さぁ、さっさとご挨拶しろ」
「やだもん」
カムイは顔を背けました。
「仏様なんか、ぼくがこんなになってもちっとも助けてくれないじゃない。ぼく、何回もナムアミダブツって言ったんだよ。それなのに…ぼくの足を治してくれたらありがとうって言ってもいいけど、そうじゃなかったら言いたくない!」
「人間のガキの分際で仏様に交換条件を出すとはいい度胸してるじゃねえか。だが、そんなのは、仏壇に宝くじ供えて、当たりますようにナムアミダブツっつてるのと同じだ。仏様の救いってのは、そんな安っぽいもんじゃねえんだよ。仏様がおまえの足をそのままにしてるんなら、それはちゃんと深いお考えがあってのことなんだ」
「江流までそんなこと言うの~
カムイは思わず絶叫しました。神様と違い、仏様ならこんなひどい運命がギフトだなんて理不尽なことは言わないかもしれないと期待していたのに、これでは神も仏もありません。
「やだよ、やだよ。ぼく、仏様にありがとうなんて思ってもいないのに、言えないよ。江流だって、嘘ついちゃいけないって、いつも言ってるじゃない」
「嘘じゃねえ。そいつは、方便つうんだ」
「方便て何?」
「武士の嘘は武略、仏の嘘は方便つってな。てめえが普段ついてる嘘とはレベルが違うんだよ」
「やっぱり嘘なんじゃない~
カムイは布団に突っ伏して泣きました。しかし、江流は言います。
「いいんだよ。『ありがとう』だけは、嘘でも言っていい言葉なんだ。それに、言ってるうちに本当になる言葉でもある。だから、まじないでも唱えるつもりで言ってみろ。仏様、江流様、ありがとうございます」
江流は、たい焼きをカムイの手が届きそうで届かないところでひらひらさせます。
「ほれ、せっかくできたてのホカホカを買ってきてやったのに、つまんねえ意地張ってると、どんどんさめてっちまうぞ。ほれ、ほれ」
「アーン、江流の鬼畜ゥ~
「てめー、そんなこじゃれた言葉をどっから仕入れてくるんだ。おまえの大好きな本に書いてあんのか?」
江流がベッドサイドの本に目をやると、カムイは声を尖らせて言いました。
「そんな本、もう見たくもない。江流、持って帰ってミアイルに返してあげて!」
「ああ、これかぁ。ミアイルがおやつも我慢して、カムイに持ってってあげるんだって買った本は」
江流は絵本を手にとって言いました。
「へえへえ、カムイはもうこんな本見たくもないからさっさと持って帰れっつったって言えばいいんだな?」
「そんなこと言わなくていいよ!」
「だが、それがおまえの本当の気持ちなんだろ? だから、おれも正直にミアイルに伝えてやるさ」
「何もそんな言い方しなくってもいいじゃない。カムイはもう読んじゃったから、ありがとうねって言ってくれたらいいんだよ!」
「ほれ見ろ、おまえだって方便でありがとうを言うじゃねえか。それと同じだ。仏様にも言ってみろ」
「やだ、やだ、絶対やだ~
カムイはもう意地になってぎゃんぎゃん泣き叫びました。カムイの泣き声があまり大きくなったので、看護師の梨梨子(リリコ)さんが様子を見に来ました。江流は梨梨子さんにたい焼きを渡すと、
「こいつが『仏様、江流様ありがとうございます、いただきます』っつうまで絶対食わせないで下さい」
と言って、部屋を出て行きました。
梨梨子さんは、カムイが泣きやむまで、何も言わずに肩を撫でていました。
やがて、カムイが顔を上げると、梨梨子さんは言いました。
「あの人、あなたに何て言わせろって言ったの? 私、頭が悪いから忘れちゃったわ」
「『仏様、江流様、ありがとうございます、いただきます』だよ。でも、ぼく、今、仏様にはありがとうなんて言う気分じゃないの
「そう。じゃあ、今私に教えてくれたのでいいことにしましょう。冷たくならないうちにお食べなさいな」
と、梨梨子さんはたい焼きを差し出しました。カムイがためらっていると、
「あの人だって、心がこもっていなくてもいいって言ってたじゃない。ちゃんとご挨拶の言葉は言ったんだから、構わないわよ」
江流の声はよく透る大声なので、廊下まで聞こえていたのです。カムイが「ありがと」とたい焼きを受け取ると、梨梨子さんはにっこり笑いました。それだけで、幸せのベールが一枚出来上がりそうな笑顔です。カムイも涙でベトベトの顔で、少し笑いました。
たい焼きはさめかけていましたが、まだあたかかみが残っています。カムイは梨梨子さんと、たい焼きを半分ずつ食べました。梨梨子さんが、「どうもありがとう、いただきます」とまたにっこりしてくれたので、カムイは胸が暖かくなりました。
雨はようやく小降りになってきたようです。パタタッ、パタタッ。

 江流が絵本を置いていったので、カムイはもう一度病気の女の子の話を読んでみました。カムイには、やはり女の子の病気が治った方がいいように思えましたが、幸せ売りが窓を開けたことがきっかけで、女の子の胸に美しい風景や花の匂いが飛び込み、心の中が明るくなったことは感じ取ることができました。
一度は見たくもないと思った本ですが、ミアイルはおやつも我慢してカムイのためにこの本を買ってくれたのです。カムイは読み終わった本をそっと胸にかき抱きました。

 その夜、ようやくシティを濡らし続けていた雨が上がりました。
上空を強い風が吹いて、分厚い雨雲を押し流して行きます。流れる雲の隙間から、時折月が白く輝く顔をのぞかせます。雲がその前を通るたびに、月は雲にのみこまれて、あっぷあっぷ溺れかけているようにも見えます。
けれど、あっぷあっぷしながらも、月は冴え冴えとした光を放っています。白銀の光はカムイの寝顔も照らし出しています。
カムイはどんな朝を迎えるのでしょう。
それは誰にもわかりません。

   強くなんかならなくても 楽しければそれでいいよね
   勇気なんか出さなくたって 幸せでいられればいいね
   だけど きみが生まれ落ちた荒野
   飢えた目が闇に光り
   ナイフのような風が吹いてる

   Runnin' through the wilderness
   泣きながらでいい 突っ走れ
   Fightin' through the wilderness
   明日がやってくる方へ

   やさしさだけで生きていけたら どんなにかいいだろう
   「生まれてきて良かった」って 誰もがきっと思いたい
   今日も荒れた地面に倒れ
   流す涙が大地潤し 
   虹の橋をかけることもあるさ

   Runnin' through the wilderness
   何度転んでもかまわない
   Fightin' through the wilderness
   きみが信じてる方へ

   Runnin' through the wilderness
   泣きながらでいい 突っ走れ
   Fightin' through the wilderness
   明日がやってくる方へ


(オシマイ)