私はきょうアップする予定の文章を既に作ってあります。
そして、それを粛々と冷静にアップする予定でした。
しかし、真央ちゃんがかわいそうで、やはり、ひとこと、伸べたいと思います。
私は今日は外出していたのですが、出先で、大勢の人と、一緒にテレビを見ました。
キム選手の演技が終わったときに、周りの人々は、「え、そんなに高い点だった?」と驚きの声を上げ、真央ちゃんの演技が終わったときに、言うにいわれぬ、複雑な感情が周りを支配しました。(#1)
~~~~~~~~~~
私が真央ちゃんに言いたいことは、神様は見ていらっしゃるからね。あなたにはきっと別のところで、幸運を恵んでくださいますよということです。人生にはいろいろあります。女性だったら、よいパートナーとの出会いとか、よい子に恵まれるとか?
オリンピックだけがあなたの人生ではない。それは、実はパンとサーカス〈ローマ帝国でカエサルが、「大衆にはパンとサーカスを与えよ」といったから、それを語源としている。大衆を知的に発達させないがための手段)の一種で、大勢の人の娯楽のためでもあるのです。それに対して、・・・あなたが渾身の力をかけて、・・・身をすり減らして・・・奉仕したことに対して、どこかで、神様は帳尻を合わせてくださるはずです。
それについては予測をしないでおきましょうね。それは、天の采配に任せましょう。
~~~~~~~~~~~~
ところで、外野席について、二言三言付け加えましょう。
上に#1とあげましたのは普通の人の感想です。
#2、==は、石原都知事の感想です。どこかのウエブニュースが記者会見の様子を再録していましたが、石原都知事は、見ていられないそうです。あえて真央ちゃんという名前は出ず、日本選手というくくりでおっしゃっていたが、痛々しくて見ていられないそうです。
これも、普通の日本人の外野席の本音のひとつでしょう。
#3、==2チャンネルで、キム選手の演技の放映と同時進行的に、「こけろ、こけろ」という大合唱がおこっていたそうです。まあ、はしたないといえば言えるが、これも、庶民の本音でありましょう。
#4、==朝日新聞の朝刊の社会面で、キム・ヨナ選手へのオマージュ記事が大きく出ていて、真央ちゃんについては何も書いてありませんでした。日経では二人が対等に出ていましたが、それを知るのは、私にとっては夜でした。主人が、オフィスへ持っていってしまうので、朝日新聞しか手元にありません。だから、それを見た途端に、気分が悪くなりました。
1998年から、2005年ぐらいまで、絵や版画のことで一生懸命でテレビも見ないし、新聞も読まなかった日々があって、あの時代を幸せなものだったと、懐かしく思ったほどです。
『これは、既に、ヨナ選手が金を取ることを、朝日新聞側は知っていて、国民にそれを、納得させるために、作られている記事であろうかなあ?』と思いました。へえ、ここまで露骨なの? これが、日本人が作って、日本人向けに売っている新聞なの? 私はお金を出していないけれど』と、本当に驚きました。
#5、==新聞を比較してみたくて、主人に電話で持って帰ってくださいと頼んでおいた、日経新聞を、夜の10時半過ぎに帰ってきて、点検しました。そちらは、国母選手の時は朝日と瓜二つのオマージュが並んでいましたが、今回は異なっていて、まあ、普通の書き方だったので、ちょっと、ほっとしたところです。
#6、==大勢の人と一緒に見ていたテレビですが、真央ちゃんが、演技を終えた時に、突然にキムヨナ選手のインタビューが入りました。普通はこういう順序ではありません。4、5分後で、しかも重要な映像が無いとき、たとえば、6人ごとに氷を整える作業が行われますが、その際に、ピックアップされた、選手が、インタビューに応じるだけです。または、6人ごとに、短い時間だけアップ(準備運動)するときに、インタビューが行われます。
エチケット違反の、番組構成ですが、キムヨナ選手が、ちょっとニヤニヤするような感じで、マイクに向かおうとしたら、後ろから、「もう、私が金メダルよって言う感じて威張っていて、いやあね」という声が聞こえました。確かにこのときはまだ、メダル確定をしていないタイミングですし、少し体が揺らいだ真央ちゃんが、青ざめた感じで、しかも、得点が低いのを知って、さらに、衝撃を受けている傍らで、堂々と、しかもニヤニヤした感じて、インタビューを受けているのは、惻隠の情というものとは、まったく無縁な態度です。
まあ、韓国の国民性の中には、惻隠の情というのは無いのでしょう。日本人は、鎖国時代の平和が寄与しているので、おっとりしているところがありますので、弱いものをさらに叩くのは、非常に嫌がる姿勢です。
#7、==で、事後のマスコミは、キム・ヨナ選手も泣いたと大騒ぎです。その方が同時進行的にライブで見ていなかった大衆を騙せるから。キム・ヨナ選手を嫌いに成らないで済むと考えられているのでしょう。毒々しい言い方ではありますが、いろいろな工作が行われているのが、見え見えなので、ここでは、はっきりといっておきましょう。
goo news のトップ頁で、加藤裕子さんの『暇だね英語』(もと頁は、ニュースな英語というタイトル)という結構長い記事が毎週金曜日にアメリカから配信をされ、
私はそれを大抵読むのですが、彼女もそれに触れていました。でも、アメリカに住んでいる、加藤さんでも、真央ちゃんの涙と、金選手の涙の質が全然違っていることは知っていて、指摘をしています。
#8、==その加藤裕子さんの記事の中で、女子の成績は、男子と同じ傾向で審査が行われたといっています。プルシェンコ選手は抗議した模様ですが、・・・・・難易度の高い技で勝負をかけるよりも、難易度は低くても安定して、演技を終えた選手が好成績であったと言うこと・・・・・です。
彼女も私も、別に審査員の資格を持っていないので、それを、どうの、こうのとはいえません。しかし、伊藤みどりちゃんのころは、彼女は背が低くて、そして、全体に子供っぽい雰囲気の少女でしたから、難易度だけで、好成績になっていたのです。
今、真央ちゃんがバッシングに近い措置を受けているのは、スタイルがよすぎるからです。体が細くて、背も高くて、手足も長いです。だから、あらゆることに見栄えがします。すごく美しく見えます。だからこそ、素直に見れば、それほどの、差が出るようには思えないので、余計バッシングを受けるのです。キム選手が、勝てるように、一人の審査員につき、昨日は一点ずつぐらい、今日は、一点以上の差をつけた、採点が、最初から行われていたと感じます。
そこに、真央ちゃんの体が、ちょっとですが、ゆらぐ、という現象が起こりました。だから、問答無用で、差が生きてきました。むしろ自然に見えるように結果としてなってきました。これはかわいそうだったが、真央ちゃんに対する天の助けだったかもしれません。
真央ちゃんの演技には、加藤裕子さんも言っているように、どこか、人の心を打つ雰囲気があります。その全体の表現は点数で、それほど、キム選手との差があるとは、素直な、心からは見えません。会場の観客にも見えなかったのではないかなあ?
真央ちゃんの点がついたときに、ちょっとですが、ブーイングに近い雰囲気も起きたのを感じました。ただ、ロシェっト選手が、直後、リンクに入ったので、そちらに対する大声援が起きて、真央ちゃんの点数に対する、ブーイングの雰囲気は一瞬にして消えました。
真央ちゃんは、競技生活が長くて、会場のお客さんの反応にはよくなれているでしょうから、自分がちょっと失敗したのもわかっているが、観客の心を打つパフォーマンスをしたことも良くわかっているでしょう。
もし、あの揺らぎが無くて、完璧な演技をして、そして、負けたのだったら、それは、悲しくて悲しくて、たまらないことだったと思います。あの小さな揺らぎがあってよかった。かわいそうだけど、そこに、天の恵みもありました。どうしても、いや、どんなによい演技をしても、勝てなかったのです。
ね、朝から、朝日新聞がヨナ選手の大オマージュを社会面に登場させているのです。前々から勝てない仕組みになっていたのです。かわいそうに。だから、四年後のオリンピックを目指すよりも、プロに入ったほうがよいかなあ? 素人の私にはわからないし、ひとえに真央ちゃんに掛かっている決意ですが、こんな、状況で、さらに、試練に、さらさせるのはかわいそう過ぎます。
#==9 お人形の久月が、毎年、話題の雛を作ります。その一バージョンとして、『親が、娘に、そうなって欲しい有名人』というのがあるそうで、アンケート結果の今年の一位は真央ちゃんではなかったそうですが、それでも、久月は、今年の、その部門の代表として、真央ちゃん顔のお雛様を作ったのですが、
それのできばえがあまりにも優れているので、夕刊フジ、原・発信、かく、ウエブニューストップ頁を通じて、25、26日にかけて、配信をされました。
すべて、天与、天賦の才のある、天才というのは、上品です。
15歳の時の女性週刊誌〈光文社)上のいじめとは、親の職業に関したものです。それは、真央ちゃんご自身には、まったく関係ないことです。真央ちゃんは、天与の気品があります。それを、いじめで汚されてはなりません。もう、競技生活を終えたほうがよいくらいです。すべては、真央ちゃんに掛かっている決意ですが、ご両親や、コーチとかが、追い立てるのは止めて欲しいし、ましてや、JOCの役員などが、それを、薦めたり追い立てたりするのは止めて欲しいです。
#==10 上の加藤裕子さんの記事ですが、よく海外メディアを読み込んでおられて、それを、伝えてくれます。海外メディアは、まったくキム選手オンリーという、もてはやし方のようです。ニューヨークタイムスは、「浅田選手は石のようだ」とか・・・・・
これは朝日新聞と同じ傾向です。だから、朝日新聞は、グローバリズムの極地にあるわけです。国民の心や、浅田選手の心身を引きちぎっても、そこにお勤めのサラリーマンとしての皆様は、生活が安泰だというわけです。世界のトップ・ジャーナリズムと傾向が同じなのですから・・・・・
私がこの件で沈んでいると、猫が寄り添ってくれます。猫だって、惻隠の情というものを知っています。日本の猫はね。・・・・・ただ、急に思い出したアメリカの猫がいます。
私が、2000年の9月のある日、ニューヨークで、半・地下室が暑いので、ほとんど裸に近い格好で、メルマガを、作っていたら、猫が玄関ドアから覗いているのです。黒い子猫、
『うわあー、まるで、宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュの世界だわ』と、大喜びで、その猫を追って、玄関ドアを出た途端に、ドアを開放させている90度の角度が崩れて、自動ドアが閉まってしまったのです。
真っ暗な中で、裸に近い格好です。ちゃんと、服を着ていたり、お財布を持って出ていたら、大丈夫なのですが、〈地下鉄が24時間動いているので、なんとかなるが)ライトも無ければ、パソコンも本も無い形で、外に居なくてはならず、本当に往生しました。
その原因を作った猫は、ちっとも同情をしてくれなかったのですが、日本の猫は同情してくれます。私の表情を通じて、きっと真央ちゃんの悲しみも理解をしていることでしょう。
では、今日はここで。
2010年2月27日早朝 雨宮舜
そして、それを粛々と冷静にアップする予定でした。
しかし、真央ちゃんがかわいそうで、やはり、ひとこと、伸べたいと思います。
私は今日は外出していたのですが、出先で、大勢の人と、一緒にテレビを見ました。
キム選手の演技が終わったときに、周りの人々は、「え、そんなに高い点だった?」と驚きの声を上げ、真央ちゃんの演技が終わったときに、言うにいわれぬ、複雑な感情が周りを支配しました。(#1)
~~~~~~~~~~
私が真央ちゃんに言いたいことは、神様は見ていらっしゃるからね。あなたにはきっと別のところで、幸運を恵んでくださいますよということです。人生にはいろいろあります。女性だったら、よいパートナーとの出会いとか、よい子に恵まれるとか?
オリンピックだけがあなたの人生ではない。それは、実はパンとサーカス〈ローマ帝国でカエサルが、「大衆にはパンとサーカスを与えよ」といったから、それを語源としている。大衆を知的に発達させないがための手段)の一種で、大勢の人の娯楽のためでもあるのです。それに対して、・・・あなたが渾身の力をかけて、・・・身をすり減らして・・・奉仕したことに対して、どこかで、神様は帳尻を合わせてくださるはずです。
それについては予測をしないでおきましょうね。それは、天の采配に任せましょう。
~~~~~~~~~~~~
ところで、外野席について、二言三言付け加えましょう。
上に#1とあげましたのは普通の人の感想です。
#2、==は、石原都知事の感想です。どこかのウエブニュースが記者会見の様子を再録していましたが、石原都知事は、見ていられないそうです。あえて真央ちゃんという名前は出ず、日本選手というくくりでおっしゃっていたが、痛々しくて見ていられないそうです。
これも、普通の日本人の外野席の本音のひとつでしょう。
#3、==2チャンネルで、キム選手の演技の放映と同時進行的に、「こけろ、こけろ」という大合唱がおこっていたそうです。まあ、はしたないといえば言えるが、これも、庶民の本音でありましょう。
#4、==朝日新聞の朝刊の社会面で、キム・ヨナ選手へのオマージュ記事が大きく出ていて、真央ちゃんについては何も書いてありませんでした。日経では二人が対等に出ていましたが、それを知るのは、私にとっては夜でした。主人が、オフィスへ持っていってしまうので、朝日新聞しか手元にありません。だから、それを見た途端に、気分が悪くなりました。
1998年から、2005年ぐらいまで、絵や版画のことで一生懸命でテレビも見ないし、新聞も読まなかった日々があって、あの時代を幸せなものだったと、懐かしく思ったほどです。
『これは、既に、ヨナ選手が金を取ることを、朝日新聞側は知っていて、国民にそれを、納得させるために、作られている記事であろうかなあ?』と思いました。へえ、ここまで露骨なの? これが、日本人が作って、日本人向けに売っている新聞なの? 私はお金を出していないけれど』と、本当に驚きました。
#5、==新聞を比較してみたくて、主人に電話で持って帰ってくださいと頼んでおいた、日経新聞を、夜の10時半過ぎに帰ってきて、点検しました。そちらは、国母選手の時は朝日と瓜二つのオマージュが並んでいましたが、今回は異なっていて、まあ、普通の書き方だったので、ちょっと、ほっとしたところです。
#6、==大勢の人と一緒に見ていたテレビですが、真央ちゃんが、演技を終えた時に、突然にキムヨナ選手のインタビューが入りました。普通はこういう順序ではありません。4、5分後で、しかも重要な映像が無いとき、たとえば、6人ごとに氷を整える作業が行われますが、その際に、ピックアップされた、選手が、インタビューに応じるだけです。または、6人ごとに、短い時間だけアップ(準備運動)するときに、インタビューが行われます。
エチケット違反の、番組構成ですが、キムヨナ選手が、ちょっとニヤニヤするような感じで、マイクに向かおうとしたら、後ろから、「もう、私が金メダルよって言う感じて威張っていて、いやあね」という声が聞こえました。確かにこのときはまだ、メダル確定をしていないタイミングですし、少し体が揺らいだ真央ちゃんが、青ざめた感じで、しかも、得点が低いのを知って、さらに、衝撃を受けている傍らで、堂々と、しかもニヤニヤした感じて、インタビューを受けているのは、惻隠の情というものとは、まったく無縁な態度です。
まあ、韓国の国民性の中には、惻隠の情というのは無いのでしょう。日本人は、鎖国時代の平和が寄与しているので、おっとりしているところがありますので、弱いものをさらに叩くのは、非常に嫌がる姿勢です。
#7、==で、事後のマスコミは、キム・ヨナ選手も泣いたと大騒ぎです。その方が同時進行的にライブで見ていなかった大衆を騙せるから。キム・ヨナ選手を嫌いに成らないで済むと考えられているのでしょう。毒々しい言い方ではありますが、いろいろな工作が行われているのが、見え見えなので、ここでは、はっきりといっておきましょう。
goo news のトップ頁で、加藤裕子さんの『暇だね英語』(もと頁は、ニュースな英語というタイトル)という結構長い記事が毎週金曜日にアメリカから配信をされ、
私はそれを大抵読むのですが、彼女もそれに触れていました。でも、アメリカに住んでいる、加藤さんでも、真央ちゃんの涙と、金選手の涙の質が全然違っていることは知っていて、指摘をしています。
#8、==その加藤裕子さんの記事の中で、女子の成績は、男子と同じ傾向で審査が行われたといっています。プルシェンコ選手は抗議した模様ですが、・・・・・難易度の高い技で勝負をかけるよりも、難易度は低くても安定して、演技を終えた選手が好成績であったと言うこと・・・・・です。
彼女も私も、別に審査員の資格を持っていないので、それを、どうの、こうのとはいえません。しかし、伊藤みどりちゃんのころは、彼女は背が低くて、そして、全体に子供っぽい雰囲気の少女でしたから、難易度だけで、好成績になっていたのです。
今、真央ちゃんがバッシングに近い措置を受けているのは、スタイルがよすぎるからです。体が細くて、背も高くて、手足も長いです。だから、あらゆることに見栄えがします。すごく美しく見えます。だからこそ、素直に見れば、それほどの、差が出るようには思えないので、余計バッシングを受けるのです。キム選手が、勝てるように、一人の審査員につき、昨日は一点ずつぐらい、今日は、一点以上の差をつけた、採点が、最初から行われていたと感じます。
そこに、真央ちゃんの体が、ちょっとですが、ゆらぐ、という現象が起こりました。だから、問答無用で、差が生きてきました。むしろ自然に見えるように結果としてなってきました。これはかわいそうだったが、真央ちゃんに対する天の助けだったかもしれません。
真央ちゃんの演技には、加藤裕子さんも言っているように、どこか、人の心を打つ雰囲気があります。その全体の表現は点数で、それほど、キム選手との差があるとは、素直な、心からは見えません。会場の観客にも見えなかったのではないかなあ?
真央ちゃんの点がついたときに、ちょっとですが、ブーイングに近い雰囲気も起きたのを感じました。ただ、ロシェっト選手が、直後、リンクに入ったので、そちらに対する大声援が起きて、真央ちゃんの点数に対する、ブーイングの雰囲気は一瞬にして消えました。
真央ちゃんは、競技生活が長くて、会場のお客さんの反応にはよくなれているでしょうから、自分がちょっと失敗したのもわかっているが、観客の心を打つパフォーマンスをしたことも良くわかっているでしょう。
もし、あの揺らぎが無くて、完璧な演技をして、そして、負けたのだったら、それは、悲しくて悲しくて、たまらないことだったと思います。あの小さな揺らぎがあってよかった。かわいそうだけど、そこに、天の恵みもありました。どうしても、いや、どんなによい演技をしても、勝てなかったのです。
ね、朝から、朝日新聞がヨナ選手の大オマージュを社会面に登場させているのです。前々から勝てない仕組みになっていたのです。かわいそうに。だから、四年後のオリンピックを目指すよりも、プロに入ったほうがよいかなあ? 素人の私にはわからないし、ひとえに真央ちゃんに掛かっている決意ですが、こんな、状況で、さらに、試練に、さらさせるのはかわいそう過ぎます。
#==9 お人形の久月が、毎年、話題の雛を作ります。その一バージョンとして、『親が、娘に、そうなって欲しい有名人』というのがあるそうで、アンケート結果の今年の一位は真央ちゃんではなかったそうですが、それでも、久月は、今年の、その部門の代表として、真央ちゃん顔のお雛様を作ったのですが、
それのできばえがあまりにも優れているので、夕刊フジ、原・発信、かく、ウエブニューストップ頁を通じて、25、26日にかけて、配信をされました。
すべて、天与、天賦の才のある、天才というのは、上品です。
15歳の時の女性週刊誌〈光文社)上のいじめとは、親の職業に関したものです。それは、真央ちゃんご自身には、まったく関係ないことです。真央ちゃんは、天与の気品があります。それを、いじめで汚されてはなりません。もう、競技生活を終えたほうがよいくらいです。すべては、真央ちゃんに掛かっている決意ですが、ご両親や、コーチとかが、追い立てるのは止めて欲しいし、ましてや、JOCの役員などが、それを、薦めたり追い立てたりするのは止めて欲しいです。
#==10 上の加藤裕子さんの記事ですが、よく海外メディアを読み込んでおられて、それを、伝えてくれます。海外メディアは、まったくキム選手オンリーという、もてはやし方のようです。ニューヨークタイムスは、「浅田選手は石のようだ」とか・・・・・
これは朝日新聞と同じ傾向です。だから、朝日新聞は、グローバリズムの極地にあるわけです。国民の心や、浅田選手の心身を引きちぎっても、そこにお勤めのサラリーマンとしての皆様は、生活が安泰だというわけです。世界のトップ・ジャーナリズムと傾向が同じなのですから・・・・・
私がこの件で沈んでいると、猫が寄り添ってくれます。猫だって、惻隠の情というものを知っています。日本の猫はね。・・・・・ただ、急に思い出したアメリカの猫がいます。
私が、2000年の9月のある日、ニューヨークで、半・地下室が暑いので、ほとんど裸に近い格好で、メルマガを、作っていたら、猫が玄関ドアから覗いているのです。黒い子猫、
『うわあー、まるで、宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュの世界だわ』と、大喜びで、その猫を追って、玄関ドアを出た途端に、ドアを開放させている90度の角度が崩れて、自動ドアが閉まってしまったのです。
真っ暗な中で、裸に近い格好です。ちゃんと、服を着ていたり、お財布を持って出ていたら、大丈夫なのですが、〈地下鉄が24時間動いているので、なんとかなるが)ライトも無ければ、パソコンも本も無い形で、外に居なくてはならず、本当に往生しました。
その原因を作った猫は、ちっとも同情をしてくれなかったのですが、日本の猫は同情してくれます。私の表情を通じて、きっと真央ちゃんの悲しみも理解をしていることでしょう。
では、今日はここで。
2010年2月27日早朝 雨宮舜
そして、フィギュアの真央ちゃんも好きな私としては、キムとの点数差についても著しく同意しております。カナダで開催されたオリンピックに、カナダ人コーチの指導の下、4年間カナダを練習拠点にしたキムは、お利口さんです。でも、見ごたえの無いプログラムでした。エキシビジョンかアイスショーのような感じで、芸術性が低い。オリンピックの決戦の場という緊迫感に欠ける。
玉木くんと真央ちゃんの共通点は、人格が表れるような笑顔と天性の気品です。本当です。玉木くんの素が出た表情はご覧になったことは無いでしょうけど、彼は良い人なんですよ。
なお、私事ですが、左側のカレンダーを次の日でクリックしていただけますと幸ckいです。
なお、このランにメルアドを書くことができない模様なので、ここにシルシマスガ、AtelierCK@aol.com
です。では、本当にありがとうございました。
四六時中はブログをあけてはいないのでご返事が遅れましてごめんなさいね。
ただ、今の私は相当きつい状況にあります。外部からさまざまな損失を与えられていて、それに対する戦いの最中なので、書き方がえぐい状態担っている矢も知れません。
そこにあなた様がお気づきになったと言うことで、あなた様のご生活が、美しく平穏であることを、推察します。とわに幸せに・・・・・お暮らしください。真央ちゃんの変わりに平穏無事に・・・・・
今日はいろいろあって、ご返事がおくれました。それもお詫び申し上げます。
なお沖にいらなかった模様ですが、カレンダーをごらんいただけますと、毎日何かを書いておりますので、よかったらごらんをいただきたく。AtelierCK@aol.com