銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

もしかすると、私は、2019年の今、1978年当時の、大詐欺事件の、京急側担当者(特にその妻)と、巡り合ったのかなあ。それは、天の配剤としてだけど

2019-03-17 22:12:25 | 政治

 今、この文章の初稿を書き終えて、の19時間が経って、18日の夜11時半になりました。やっと、完成と、なりました。なお、途中の、推敲も、くわえて、二倍の、大きさに、なっています。

副題1、『私はいい話は、このブログ内では、しないことにしているのだが????? 本日は、あまりに驚き、かつ心配になったので、語りたいですよ』

 私の日ごろの文章を読んでいる方は、もしかすると、私の方を、「相手方よりも、悪人だ」などと、誤解をなさっておられませんか? まあ、急にこのブログの世界に入ったら、『毎回、毎回誰かの悪口が書いてあるなあ!』と、お考えになるかもしれません。でも、深い深い裏があって、それが、1965年から始まっているいろいろが重なっているので、仕方がないのです。

 さて、私の本当の姿とは、非常に魅力のある人間で、いろいろな人から信頼をされる人間なのですよ。パリ・バスティーユ駅(地下鉄です)で突然、構内に煙が満ちてきたときも、美しいアメリカ人が、私を選んで、「どうしたら、いいのかしら?」と、聞いてきたほどなのです。彼女はグレースケリーみたいに美しく、しかも、1998年にパリの地下鉄を利用する人の中では、1%ぐらいしかいない、ウールのしかも、薄いキャメル色のロングコートを着ている、お金持ちでした。そう言う上流階級の人が、広い構内で、他に、何百人もの人が、どうしようか?と、うろうろしている中で、まっすぐに私をめがけて歩いてきて、「どうしたらいいのかしら?」と、質問をしてくるのです。私って、アジア人のおばさんです。普通なら『英語はしゃべれないだろう』と、思うはずでしょう。ベトナム系のアジア人は、フランス語しか話せないしね。ところが、何百人もの中から、私を選んで、まっすぐに、私をめがけて歩いてきて、助けを求めてくれたのですから、自分の人間性には、大きな自信を持ちました。

 なお、余談ですが、・・・・どうして、煙が満ちてきたか?・・・・を、だれか、パリ在住の人を選んで、私が質問をしてみたら、パリの地下鉄って、ゴムタイヤで走っているそうです。だから過熱して、燃えたらしいのでした。そういえば、ゴムの燃えるにおいでした。それで、アメリカ人の女性に、地上に出ることを勧めて、私も一緒に出て、彼女がタクシーに乗るまで、一緒に、そばにいてあげました。

 そして、本日もある女性から、向こうから話しかけられて、一種のお助けウーマンとなった話です。しかしね。途中で彼女が、急に、自分について、あれこれが、心配になったらしいので、話が中途半端になっています。しかも、私も早く帰らないといけないので、お助けが、途中までなのです。そこが、非常に残念ですが、まあ、驚いたなあと、いう部分だけは、語りましょう。

 しかし、どこで、出会ったか?とか、何で、話が弾んで、株をどうしたかまで、進んだのか、その理由他は、今、ここでは、一切ぬかします。後半では語りますが。

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副題2、『しかし、此処にも一般の人に通じる、問題点はあるのだった。それを語りたい。今、80歳以上で、夫が一流の会社に勤めていて、専業主婦だった人は、あまりにも大量に、夫に、守られてきたので、社会性が、足りなさすぎるのだった』

 本日の話も、数千万円が、どこかに消えてしまった可能性を感じて、私もびっくりしたが、彼女も急に、” 自分はへまをしたのではないか?” と、気が付いて、それで、急にいろいろなことが心配となり、早めに自宅へ帰りたくなったのだった。

 これは、皆さんも、覚えがあるだろう。アイロンを使った直後に外出をして、゛あれ、消してきたかしら?” と、急に心配になり、おろおろしてしまう事が。今日の、その人は、まさしく、そう言う心境に陥り、急に帰りたくなったのだった。

 それに、私の見るところ、彼女は、女友達と、お茶のみを一緒にしたりしたことがない模様だった。彼女は、80歳を過ぎており、ごく最近、ご主人をなくしている。となると、ご主人が、定年後、ほぼ、20年間、夫婦仲良く暮らしてきたのだけれど、その間、良き妻であればあるほど、ご主人と二人きりで、行動をすることが多くて、自分の、女友達等との、交流がないことが、推察された。

 女友達との交流が大切だと、いう事は、鎌倉の、お蕎麦屋さんで、発見をしたケースをはじめ、いろいろなところで、見聞をしている。そのころ、私は、ノマド生活(つまり、自宅ではステム異常が、あまりに、多く、起きるので、外でパソコンを使って居た時期だが)中、そばのテーブルで、8人の、50代の女性たちが、会食をしていたのだけれど、レベルが高い事、レベルが高い事に、驚いたことがある。それは、夜だったので、鎌倉市役所の、吏員たちではないかと、思った次第だ。

:::::::::なお、此処で、いつもの読者様に向けての、挿入をしたいが、最近、その名前が頻繁に登場する花輪夫人だが、彼女は、元、都庁勤務だった。したがって、私は、この山の住人の内で、賢さにおいて、レベル5という最高ランクに置いていた。もともと、高卒で、都庁に、勤務する人は、優秀なのだけれど、結婚相手も、都庁の偉い人(大卒で、役職についていた、えらい人)であって、そう言うご主人と結ばれるという事は、彼女の人間性も素晴らしいし、その間の、数十年の社会的経験も、この山随一といってよいほどの量だから、立派な人だと、考えていた。のだけれど、この15日(金)の彼女の態度を見て、がっくりして、『あら、かいかぶりだったのだわ』と、思った次第だ。どうしてそういう判断をしたかの、理由だが、彼女の足は、完ぺきに良いみたいで、以前、見聞した安野夫人との異様な二人三脚(あと注1)が、やはり、嘘だったという事を自ら、告白しているみたいだし、かつ、前田夫人と、示し合わせていて、二人で、私の顔の傷を、見つめてやろうとして待ち構えていたからだった。前田夫人が劣化していて、猿化が、激しいと、私は常に、言って居るが、花輪夫人が、彼女とまたも協力をしているのを見て、花輪夫人のレベルを、一段階か、二段階下げて、考えることとなった』とは、言っておこう。:::::::::

 というわけで、地方にしろ、国家にしろ、公務員だった人は、権利意識も高いので、主体性がある。

 また、高校の先生をしていた女性も、レベルが高い。それは、何人もの、そういう人物を知っているので、確実だ。そして、そう言う階層の人の中には、“ 未亡人になると、お祝いパーティをする” とも聞いている、“ やっと、自由を得られた” という事で、お祝いを、しあうらしい。そして、時間とお金が自由だから、女友達同士で、歌舞伎見物をしたり、映画見物をしたり、美術館巡りをしたり、美食探査に出かけたりするそうだ。

 それから、相手の職業のことは知らないが、ともかく、働いている女性は、お金が自由だから、女友達とお茶会など、自由自在にできる。

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副題3、『もう少し、女性同士で、遊んでいるひとたちについて、語りたい。それが、こういう風に数千万円を、他人に、取られてしまったかも(?)しれないケースでは、重要になるからだ』

 私は創作者になろうと、決めたわけです。3度ほど、重要な転換点があって、それが可能になりました。一回目は、子供が中学生になってから、鎌倉へ引っ越してきたときでした。専業主婦生活と、創作者という立場は、両立しません。その上、この地域は、人間関係が異様に難しいとは、引っ越してくる二年前から、知っていたわけですから、絶対に、ご近所づきあいは、しないと、決意をしていました。子供が小さいときに、近所から浮遊したり独立をしたりするのは、難しいのですが、子供が中学生にでもなっていると、子供自身が、自分の世界を開くことができますので、母親の方は、ご近所づきあいに関しては、自己コントロールができるのです。

 その時までは、夫のお金で、生活を行って、時々、母が恵んでくれるお小遣い(歯のインプラント治療などのお金を数十万円、負担してくれていた)で、画家生活を送っていたのですが、2度目の転機とは、もっと、大きな、お金が入った事です。父から遺産が入る、ことになりました。それで、鎌倉市の、その年度の、高額納税者、18位になりました。そして、春日大社から、勧進帳が、来ました。(苦笑)

 それで、個展などができるようになったわけです。それから、100号以上の、大作を年に、7点ぐらい作って、コンクールに応募したり(数回、数種類のコンクールに入選している)、国展や、女流展に、出品をすることもできる様になりました。そのうちに、文化庁の、在外研修生制度に、うかって、パリに三か月滞在しました。その時に、大きな自信を得たのですね。私は、海外に住む方が、向いている。しかも、美術系作家としての才能は、海外の、創作者と、十分に伍していけるという。

 でね。海外で、修行をしたいのだけれど、家族が、専業主婦としてしか認めてくれないので、逗子にマンションを借りて一人暮らしをして、海外へ行く自由を確保したのです。そして、年に三か月ほど、海外で、滞在型修行をするという風な、生活を、ほぼ、2年半行ったたのです。こういう思い切ったことばかりしていると、女友達との関係は、切れてしまいます。というのも、女友達というのは、やはり、時間をかけないと、継続しないからです。週に一度、又は、二週に一度、又は、月に一度、ぐらいは、あって、お食事等を一緒にして、おかないと、だめなのです。でね。私には、女友達が居なくなったのでした。それで、何が困るかというと、社会制度が、変わったことを、知らないでいるケースがあるのです。

 最近、消費税にしろ、何にしろ、社会制度が、猫の目の様に変わります。で、それを知らなかったことで、損をすることがあるのです。それは、市の広報とか、県の広報に出ているのかもしれませんが、そんなものは丁寧に、読みませんしね。

 でね。私は相手から、話しかけられたら、其れは、最大限に、利用して(といっては悪いのですが、最高の礼儀正しさと、親密さをもって)、愛想よく、会話を交わすのです。

 最近、何とかいうタレントが、・・・・・タクシーの、運転手にタメぐちを利かれて、気分を壊したと、ツィートして、賛否両論だった・・・・・そうですが、私に言わせると、其のタレントには、将来性はないです。立場をわきまえていないから。

 人気者はあいてが誰でも、大切にしないといけません。タレントなんて、若さだけが売りでしょう。この人みたいに、頭が馬鹿だったら、女優への転身もできないし、結婚後も、幸せには、なれませんよ。まあ、実業家になるのなら、違うかもしれないです。勝ち気がいいかもしれないけれど、高野ゆりさんが、【おぎやはぎの、愛車遍歴】に出て、「ロールスロイスを、六台ぐらい買った」と、言ったら、社員から、ストを起こされていましたしね。前園さんも、declineの方向に走り出しているでしょう。「お客様は、神様です」を貫かないとだめです。

 私の場合は、どんな人を相手にしても愛嬌のあるため口というので、接しています。今日の人だって、とても楽しい会話で、終始するはずでした。

 ところが、私が、「それって、変ですよ。株を売ったら、一千万円には、なるはずだけれど、それ、どこに在るのかしら、銀行の通帳を確かめましたか?」と、言ったとたんに、そわそわし始めて、私を警戒し始めて、避けようとし始めたのです。

 だけど、私が悪い人だと、思って、警戒をし始めたのではないですよ。彼女は、突然、『自分がへまをしたらしい』と、気が付いて、『もっと、しっかりしないといけない』と、思い至って、『私にも、甘えてはいけない』と、思い立ったらしいのです。

 私は、彼女が、JR東日本の、横須賀線には、乗ったことがないと、聞いて、切符の買い方とか、湘南新宿ラインと、横須賀線のどちらに乗ったら、どうなるかを一生懸命説明をしました。どの駅で降りて、どの地下鉄を利用したらいいか、などを説明をしていたのですが、バスの中では、和気あいあいだったのに、鎌倉駅まで来て、急に自分一人で、いろいろなことを全部、処理したいと、思い至ったらしいのです。

 だが、私の方からしてみると、かの女は、スイカもPASMOも、今は、バッグ内には、持っていないし、切符は、どちらの路線を使っても、800円のを買わないといけないのですが、千円札があるのに、コインを百円やら、10円類を、台の上に並べて、『ああ、足りない』と、いう形で、もじもじしているから、心配で、見放しきれない思いがあるのです。

 それでね。「まず、200円の切符を買いなさい。その上で、向こうの駅で、清算をしたらいいわよ」と、言ったのですが、その時に、彼女が、お財布を出しているので、「千円札がある? あ、あるわね。それなら、向こうで、清算ができるから」と、言いました。東京都内の、山手線の駅まで行けば、彼女もいろいろ、わかるはずです。都バスの路線もよく知っているし、地下鉄も、よくわかっている人だから。

 しかし、あまりにも心もとないので、認知症が始まっているのかしらと、思い至って、「私は、今、77歳ですけれど、あなたはお幾つですか?」と、聞いたのです。彼女は、ちゃんと正しく、彼女の年齢を教えてくれました。私はそれを聞いて、「ああ、私にとっては、あと〇年後ですね。私、大丈夫かしら。そのころ、あなたみたいに元気かしら?」と、続けたのです。

 これは、私にとっては、誉め言葉なのです。それに、私は海外で、愛情をもって、はっきり言いあう形式の会話を重ねてきているので、こういう言い方をしても、相手を馬鹿にしている気持ちは、一切ないのです。

 しかし、彼女は、私が、認知症を心配して居ることを、瞬間的に察知して、急にプライドを掻きたてられたらしいのです。で、「もう、自分でできます。奥さんも、お忙しいでしょう。だから、もう、大丈夫です」と、言い始めました。

 私は、すぐ、そう言う彼女の気分の推移が、わかったので、” ああ、此処で、お世話は、やめなくちゃあ、いけないなあ ” とは思いながら、恵比寿でも、新橋でも、どっちでもいい彼女には、湘南新宿ラインの方に乗った方がいいなあと、思いました。それで、゛あのね、二番線に、くる電車で、緑と、オレンジの帯の電車が、恵比寿へ行きますよ ”と、いったり、” 今度くる電車が、湘南新宿ラインですよ ” と、言ったりせずには、いられないのです。でも、ともかく、彼女は改札口を通り抜けました。切符は、出てきたのを、ちゃんと手に取りました。私は、よく切符を取り忘れる人なので、゛あら、彼女の方がしっかりしているわ” と、思い、安心して、左側(南)へ向かって歩き出したのです。

 すると、改札口を通った彼女が振りかえって、手を振るのです。にこにこ笑いながら。私は、”ああ、怒っていないのだわ。あの笑顔って、かわいいし、本当に笑っている顔だもの” と、一安心しました。しかし、彼女は振り返ったまま、前に進もうとはしないのです。私は五時36分・鎌倉駅発の湘南新宿ラインを捕まえるのには、あと2分ぐらいしか余裕がないのを知っているので、ひやひやして、早く前に進みなさいと、手ぶりで、教えるのに、全く前に進もうとしないのです。日曜日の夕方の、鎌倉駅、特に表(おもて)駅なんて、人がいっぱいです。お互いが、10メートル以上離れているので、私は、この騒々しさでは、自分の声は届かないと、思って、「早く行って」とは言わないのですけれど、必死で、手で合図を送っているのです。でも、彼女は、前には、進まないのです。『後、階段を下りて、上がって』と、考えると、圧倒的に時間が足りないのに、前へ進まないで、私に手を振り続けているのです。

 その時に、私は、彼女がいとおしくて、いとおしくて、たまらなくなりました。それでね、自分も、200円の、切符を買って、一緒に恵比寿まで、行って、株のことを教えてあげたいと、思ったほどです。

 しかし、哲学の問題として、私は、急にそれを悟ったのですが、・・・・・100%まで、行かなくてもいいのだ。60%ぐらいでもいいのだ。神様は、其れをご覧になっているのだから、それで、いいのだ。後は、ご本人が何とか、やっていくだろう・・・・・と、考える様になりました。と、いうのも、今日の女性に限らず、最近の私は、人助けをすることが、立て続けに起きていて、それが、全部、60%ぐらいで終わっているのです。今日の人は一期一会で、名前も知らず、住所も知らない人ですが、もっと関係が濃くて、名前や、住所を知っている人を、たすけたいと、思って居る時、盗聴の事とかを考えて、60%ぐらいで、自分を、抑えているのです。残念ですが、そうしているのです。

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副題4、『さて、此処で、総タイトルに、あげた問題の株が、京急(電鉄)だったことは語らないといけない・・・・・でないと、私が過剰に、彼女の、プライバシーに、突っ込んだことになりかねないから』

 上の方で、彼女と知り合ったいきさつは述べないと、語っています。しかし、此処で、・・・・・どういう経路で、知り合ったかを語らないと、私の方が、変な人だと、疑われかねない・・・・・・と、思い至りました。で、少し語ります。

 彼女とは、鎌倉霊園のバス停付近で知り合いました。私の方が、「今、何時か?」と、時間を聞かれたのです。鎌倉霊園は、鎌倉市の東のはずれの山の中にあって、長時間バスに乗らないと、西のJR鎌倉駅にも、東の京急金沢八景駅にも、行かれません。バスだけしか、移動手段がない場所です。彼女は、後、どれくらい待たないと、いけないのかを知りたい模様でした。

 私はスマホを持っていますが、持ち歩かない主義です。そう言う私が、腕時計を忘れると、とても困ります。だから、彼女の、困惑は、よくわかりました。鎌倉霊園の、入り口なんて、自然は、いっぱいあるけれど、大型の時計など、どこにも立っていないからです。で、質問をされたから、答えました。

 その後、彼女から、「バス停の時刻表が読めないのだ」と、聞きました。「老眼鏡を忘れてきたから」だそうです。それで、彼女に代わって、時刻表を読んであげました。そして、時計と睨み合わせて、「金沢八景行きのバスだと、あと、20分待たないといけません」と、言いました。鎌倉霊園前にはバス停が、三か所あります。日曜日の、夕方五時台だと、京急・金沢八景駅に向かうバスは、30分に一本で、五時台、一時間で、2本だけです。一方、鎌倉駅に向かうのは、同じ京急バスですが、合計、五本あります。

 で、私は、彼女の家が東京だと、聞いてから、鎌倉駅に向かう方のバスを、勧めました。ところが、彼女は、一回もそのバスを利用したことがないのだそうです。私はびっくりしてしまいました。金沢八景には、10分以上、より、長い時間バスに乗っていないといけません。不思議に思って、「どうして、金沢八景ばかり選ぶのですか?」と、聞くと「主人が、其れを、利用していましたので」と答えます。で、私が、「ご主人って、京急が好きなんですね。私もね。北久里浜に、旧宅があって、そこで、花を育てているので、もっと早い時間帯なら、金沢八景に行く事はあるのですよ。でも、ご主人が、京急が好きなわけは、早いからかしら。京急って、確かに、快速なら、早いですからね」と、言いました。内心で、「品川までだけを考えると、50円から、100円、安かったかもしれない」と、思いながら、そんなことを言うのは失礼ですからね。それは言わないでいて、ただ、ふと、「その一家は、京急の株を持っていて、株主優待券が、手に入る人ではないか?」と、思い当たりました。それを言うと、あたりでした。ご主人は、株主優待券を使って居たらしいのです。だから、京急ばかり選んでいて、JRを使って、鎌倉霊園に来たことが、過去には、一回も、ないのでした。その、ご主人が最近、亡くなっており、奥様は、霊園にお参りに来たのですが、いつも、ご主人を頼りっきりにしていたので、いろいろなことが、まだ、わからなくて、不安なのでした。

 そのうちに、JR鎌倉駅行のバスが来たので、みんなが、ばらばらと、そちらに向かって走ったので、彼女もつられて、一緒にそれに乗りました。で、乗ってから、彼女が、「すべて、主人に任せていたので、何もわからないのですよ」というので、

 「ご主人はいつ亡くなったのですか?」と、聞くと、四年か三年前だそうです。「じゃあ、あなたも、株主優待券を、今、持っていらっしゃるのでしょう」と、言うと、それがあいまいなのです。ご主人は、其れを使って居たはずだけれど、自分は見たことがないと、彼女は言うのです。私は、驚いて、株主優待券について、一生懸命説明をし始めました。

 「京急から封筒が来ます。最初は、株主総会の案内です」と、言うと、彼女は、「其れには出たことがあります。品川のホテルですよね。ああ、そう言えば、切符を、その時に、もらいました」と、いいました。「でも、それ以降は、株主総会には、行って居ないのです」と、彼女が言うので、私が「株主総会に出なくても、切符はもらえるのですよ。向こうから送ってくるのです」と、言いました。「でも、見たことがありません」と彼女は言います。で、私は、「もしかすると、ご主人は、パスの形でもらって居たのかもしれません。あのね、たくさん株を持っていると、切符ではなくて、パスの形で、送ってくるのです。全線パスです」と、言いました。父が東急の全線パスを持っていました。だから、そう言う仕組みを私が知っているわけです。

 :::::::なお、ここで、念の為に京急の株を多数持っている場合の優待制度を調べてみましたが、切符が、多くなる形だけで、優待パスは、ありませんでした。2019年3月17日の、グーグル情報ですが。:::::::

 私はひどく心配になって、「あのね、京急から、一年に、四回ぐらい封筒が来ます。それを開けないといけませんよ。はさみで、切って開けてごらんなさい。京急デパートが、10%引きですとか、レストランが、10%引きですというような割引券が一冊のパンフレットになったものが来ます」と、言いました。彼女は「それは、見たことがあります」と、いいました。

 「あのね。それと一緒に、白い小さな封筒が入っていて、そこに切符が入っています」と、いいました。全線パスの場合も、同じような上等な紙でできた封筒に入っているはずです」と、言いました。しかし、そのうち、私は配当金のことが心配になり始めました。

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副題5、『1986年以降の、私こそ世間知らずもいいところだった。配当金を、全部どぶに捨てていた可能性がある。画家になることに一生懸命であって、株の、事務手続きなんて、面倒くさいと、思って居たからだ』

 父からもらった遺産の中に、株も入っていました。母が、「興銀とか、東電は、優良株だから売らないようにね」と、言ってそれだけは教えてくれました。が、配当金をどういう風に受け取るのかを教えては、くれていませんでした。知っているだろうと、思いこんでいたのでしょう。ところで、興銀は、雲散霧消してしまって居るし、東電は、安くなっているでしょう。まあ、「現代日本は、有為転変が、しきりです」と、言うべきか? なんというべきか? 

 そのころは、規制も緩やかで、預かり証だけをもっていけば、自分が選んだ証券会社の支店で、口座を開くことができました。今では、親が使って居た証券会社の支店でないと、株を移すことはできません。預かり証がないし、どうも、アメリカ式で、通帳がない形式のカード(MRF)を使う事が、証券会社の、お金のだし入りになっています。子ども扱い、馬鹿扱いです。

 しかし、1986年以降、数年間の私は、自分こそ、子供で、馬鹿なところがありました、で、持ち株の、会社からのお知らせを開くと、パンフレットが入っていて、株主総会の通知等が入っていました。其れを読むのが面倒くさいです。業績が云々とか、次期社長が云々とか、社外取締役候補がどうのこうのと、言われても、まるで、関心がありませんでした。それで、同じ会社からくる二回目の封筒も開かないで、置いておいて、数年後、捨てたという感じです。非常にまずかったです。というのも二回目の封筒には、配当金のお知らせというのが入っていて、其れを、郵便局にもっていって、現金化するというシステムだったからです。

 ところで、今、思うと、あの頃から、青色申告をするべきでした。画家だって、青色申告をしていいのです。そうしたら、藤沢東美(画材店)に、いくら支払って居たかの記録が、きちんと残っているはずです。藤沢東美には、中村さんと、市川さん(? 嫌いなので、名前を忘れかけている。が、たぶん、こういう名前であった。版画家でもある)というふたりの店員が居ました。私は藤沢東美に、600万円ぐらいの支払いをしていると、思うのです。しかし、市川さんの方から、取引を断られました。

 これも画家Aの、さしがねです。35年前から、20年前まで、15年間ぐらい、付き合って居て、大型キャンバスの張りや、都美館への、搬入や搬出も頼んでいたので、絵具代、キャンバス地代等を含めると、600万円は使って居たはずなのです。

 それなのに、相手側から、取引を断られて「もう、上野にはもっていきません」と、言われました。勿論、代替の業者は、人に紹介をしてもらって、そちらを使い始めました。しかし、大いに激怒しました。喧嘩を売られたと、思いました。其れを、買いは、しませんが、大いに激怒をしています。だから、今、画家Aのことをこてんパーに、分析していますね。

 この件の、裏側を言えば、画家Aが創形美術学校の卒業生です。そして、藤沢東美の中村さんが、同じ創形美術学校の卒業生です。だから、画家Aは、まず、中村さんに何事かの讒言をして、それが、市川さんにも、影響を及ぼして、あれほどの、失礼な処遇を市川さんが、私に対してしてきたのでした。此処でも、画家Aは、私に対して、大いなる損失を与えています。そして、市川さんが、さらに、次の悪循環を招きました。何事かの讒言を、T.box (画廊です)の、オーナー高橋典夫さんに、告げたために、今度は、高橋さんが、すさまじくも、恐ろしいいことをやりました。

 その詳細は、本日は語りません。胸糞が悪くなるという典型ですから。が、いずれ、語ることがあるでしょう。しかし、これらのエピソードの裏側を常に正しく、分析している私が、画家Aに対して、どれ程に、深く、怒っているかを、皆様は、ご存知でしたでしょうか。画家Aも、知らなかったのではないでしょうか? しかも、今、彼は、合いかぎをもらって、泥棒に入っている話をしていますよね。もし、私が、彼は、泥棒をしに、我が家には、入っていないと、確信をするのなら、実名を書きます。実名を書かないというのは、それほどに、すさまじく、怒っているという事です。

 それでも、果物を挙げていたのは、ニューヨークとパリで、欧米人の間には、キリスト教精神が、深く根付いていることを知った上に、画家Aが宮仕えをしたことが一回もないために、厚生年金が入らず、非常に貧乏だと、知っているからです。また、町内会の、石段、お掃除等の、労働奉仕は、行っているので、それに対する、神様からの謝礼の変形として、無記名で、果物を上げていました。→

 ::::::::なお、此処で、私が考えるキリスト教精神とは何かを蛇足的、挿入という形で、語りたいと、思います。よかったら、お付き合いくださいませ。

 私たち人間は、神の御(み)前では、平等です。だから、ひとしい量の、喜び、特に生きる喜び、を享受していいはずです。北半球では秋には、葡萄が、なります。この葡萄ですが、1999年のニューヨークなんて、三つの房が、500円程度で買えました。しかし、昨今の日本では、葡萄は、驚愕するほど高いです。シャインマスカットなど、豊かな実りを示す房など、2000円から、3000円は、します。日本人、庶民は大変です。私は少しでも、余裕のある人間は、余裕のない人間と分かち合うべきだと、思って居ます。それが、私が実践したいキリスト教精神ですが、普段の、自分の生活を壊さない程度の、範囲と量で、実践をしたいと、考えています。画廊巡りをする際に、京橋に、いつもいるおじさんに、500円硬貨を挙げて、「パンでも買ってくださいね」と、いうのも、その一つです。ある日、彼自身から、90歳を超えていると、聞いて、驚いた話も以前、ここで、していますね。:::::::::ここで、元へ戻ります。

  → しかし、それが、正しくは伝わっていませんでした。私が、過去に書いたことを反省して、折れて出てきていると、誤解をされていたみたいで、そう言う態度が見えてきたので、さらに、怒りが、増進してきて、もう、果物は、上げていません。

 ただし、実名を書かないでも、創形美術学校の関係者、柏健氏などには誰を指すかは、わかるでしょうから、私はそれで、いいのです。未だ、画家Aに対する分析が済んでいませんので、ずっと、仮名を使っていますが、関係者には、わかっていると思うので、それで、いいのです。ご近所様にも、・・・・・・画家であり、奥さんが、現在は、家出をしている・・・・・と、書けば、みんなに、誰の事かは、わかるでしょう。それで、いいのです。

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副題6、『ここで、画家Aが、どうして泥棒を行いながら、平気で、この10年間、シャーシャーと生きているか、その根本原因を語らないといけなくなった』

 私は北久里浜の、大規模な土地詐欺事件(1978年に起きている。書類上は整っているが、横須賀市の水道山が、ただである私人に、わたっている事件)の詳細を正しく知っています。特に、其れを知っている事から、そのころ、主犯格が急死しています。

 それは、主犯格の妻、益山智恵子が、真実を知っている私を、車で、引き殺そうとした、事件を、弁護士に、電話で伝えてあるからです。電話は当時から、盗聴をされていたので、智恵子の、夫で、ある益山重夫は、急死したのです。妻のたくらみが、失敗したので、自殺をしたのか? それとも、あまりにも私を見くびっていて、其れゆえに、自分達が追い詰められていること・・・・・特に妻が自分に無断で、そこまでやろうとした事・・・・・に、絶望をして自殺をしたのか? 

 それとも、原因は同じだが、脳出血等の、病気で、突然死したのか? その詳細は判りませんが、ともかく、1978年の、10月11日に、急に、死にました。それを、恨んだ智恵子夫人が、益山重夫の、親友である、瀬島三(戦後の日本社会、最大級の、CIAエージェント)を動かして,私が、こちら、鎌倉雪ノ下へ転入する様にわざと仕組んで、その上で当時の、此処の会長、中谷共二氏に、私の家の花畑だけ使えない様にさせたり、私の私有地である山を無断で、取り壊したり、させています。中谷氏は、カリフォルニア大学卒の、帰米二世ですから、戦時中からCIAの、一メンバーだったと、私は、思って居ます。だからこそ、羽田空港の、航空機燃料を一手に扱う会社の社長をしていたのです。そんな立場を担えるのは、特別な人材で、アメリカから、深く信頼をされている人間でないと、任命されないでしょう。そんなことはだれにでも、推察できる部分です。

 それの、論功行賞ではないと思うのですが、当時は、助教授だった、中谷家の、ご長男は、東大宇宙工学研究所の所長に、なり、慶応卒の次男は、二階堂(地名です)に家を構えて、三井物産勤務です。美術界の、大立者、酒井忠康氏が、画家Aをサポートをするのは、酒井氏も慶応卒だし、二階堂住まいだから、中谷家、次男との、人間関係で、そういう風に動いているとも、感じます。まあ、伊藤玄二郎等からの教唆なのかもしれませんが?????

 画家Aは、いまだに、中谷共二氏の、遺児、兄弟とは仲良くしていますので、・・・・・おちょこちょいで、浮ついたところのある、画家Aの、過去の失敗を、糊塗するために、・・・・・中谷家次男から、あれこれ、頼まれて、酒井氏が動いていると、見えます。どういう動きかというと、画家Aのお嬢さんを、神奈川県立近代美術館、鎌倉館に雇ってあげたというポイントです。

 仕事は、泥棒を防ぐために、一日中展示室で、作品を見張っているという、つまらない内容です。しかし、正式職員にしてあげれば、箔が付きます。画家Aが画家といっても、しっかり感がない人です。以前、町内会の、帳簿、たった、一頁が記入できないのだと、私が、言って居ますね。私も昔はそうだったと、この章の上の方で、言って居ます。年間30万円ぐらいの配当金を封筒を開けないで、捨ててしまったために、受け取っていないと、言って居ます。しかし、73歳にして、青色申告に挑戦しています。町内会帳簿、一頁と比較をすると、一千倍ぐらい、青色申告の方が、時間がかかります。年間を通して、記帳をし続ける必要があります。それ一つを取ってみても、画家Aがどれほどに、スポイルドチャイルドであるかが、わかります。

 で、お嬢さんは、おくさんの方の、血も引いているわけだから、お父さんよりは、はるかにしっかりとしていて、父親を批判をしています。それで、マッ反対な、職業である、公認会計士を結婚相手として、選びました。公認会計士って、大きな会社の、税務処理をしてあげる立場ですよね。そう言う坊やを育てる家だから、お婿さん側は、画家Aより、ずっと、しっかりとした家庭の人だと、思いますよ。その人達の見るところ、画家Aは、たぶんに、ふわふわしている、頼りない人物でしょう。誰が見たって、それは、一目で、わかります。それが、わからない人は、目が節穴だと、いう事。

 しかも、おむこさんが、公認会計士であるのにもかかわらず、舅である、画家A本人は、合いかぎを使って(まあ、もらった相手を信頼しているので、正しいことをやっているつもりになっているのでしょうが)、我が家に、泥棒に入っているのです。

 こういう人間と柄沢斉氏は、親しいわけです。自宅に何度も、彼を、いれて、木口版画を教えています。

 酒井忠康氏は、この一連の、件をどう思っておられるのだろう。私は、ずっと前から、この件を書いていますから、ご存じだろうと、思うのですが、平気なのでしょうか? 私はね。鶴岡八幡宮の夏の、ぼんぼりまつりの、酒井氏の献灯を見ると、酒井氏って、旧・大名家、酒井家の一族(=子孫)ではないかと思うのです。いつも、水茎麗しい、漢字・かな交じり文(短歌、らしい)の、墨書です。

 画家Aの現状と、其の行状は、すさまじい悪だと、私は思って居ますが、彼は、酒井氏の顔に泥を塗っても、平気みたいです。

 そして、彼のお仲間たちは、日大アメフト問題を起こしました。画家Aの娘が、フェリス卒で、私の娘が日大卒だから、画家Aの方が、私より偉いという証明になるとして、日大アメフト問題が起こされました。

 宮川泰介という男の子と、宮川紗江選手というのは、両方とも、古村浩三君(わたくしのパソコンを壊す仕組みを作り出している日本、最初期からのシステム・エンジニアである。私としては、彼は、国際基督教大学の一年時の、同級生だから、何をかいわんやなのだけれど)の奥さんが経営している塾の出身者だと、思って居ます。

 紗江選手の、グーグル検索で、西東京市出身だと、あったので、それが、わかりました。で、説得をされて、ああいう動きをしています。日大人よ。怒れ、です。画家Aという、とんでもないおちょこちょい男の為に、ああいう事件が起こされました。内田直人監督と、コーチは、はめられたのです。恐ろしい、宮川泰介、紗江選手。ここで、紗江選手のサポーターである高須クリニックの院長が出てきます。彼と、その実質婚の相手である西原理恵子さんが、我が家の長男の職を奪った話が、前に、このブログ内で、出てきていますね。茶舗・三国屋善五郎、横浜ポルタ店での、怪異現象の数々です。息子は何も言いません。西原理恵子の、さの字も出しません。だが、私は直観で、すべてがわかるのですから、画家Aの、事もほとんどすべてが正しくわかっていると、思いますよ。

 さて、藤沢東美の、市川さんの、あまりにもひどい言葉を、真に受けただろう、高橋典夫氏は、ご本人は、知らないでしょうが、周南事件をはじめとする、大量の謀略的殺人事件の実行者側に、たつ人間となるのですよ。市川進(❔)と、高橋典夫の、、二人は、私を前にして威張りかえっていましたが、今度、【門(北鎌倉駅前の喫茶店)】にでも行って、彼の作品が飾ってあったら、・・・・・そう言う種類の、あくどい人間が作った作品が、これなんだ・・・・・と、思いながら、しげしげとみて、深く、銘記して帰ってきます。それぐらいしか、意趣返しはできないですが、一生、見つけ次第、この一文を繰り返して、彼を、追い続けることとなるでしょう。文章を書く人って、そう言う人物なのですよ。高橋典夫と、市川進は、それを、知っていましたか? 知っていて、あれほどの、高飛車で、失礼な態度をとることができたのですか?

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副題6、『2019年3月17日の私は、その、1986年の、父の遺産が入ったころ以降の、自分を思い出して、今、現在バスに乗っていて、目の前で、「株主優待券を見たことがありません」と、言って居る奥様が、とても心配になって来た。で、配当金のことを持ち出して見た』

 「あのね、株主総会の案内は、捨ててもいいのです。でも、その案内が来た一か月後ぐらいに、今度は、結果が来ます。その封筒でも、パンフレットの類は捨ててもいいのです。しかし、封筒程度の大きさの画用紙が入っていて、そこに配当金が、印刷されています。ご主人の場合、配当金は、10万円を超す可能性があります。ご主人の通帳はどうなっていますか?」と聞くと「止められています。もう使えません」と。で、「それはそうですよね」と、受けた私ですが、本当は、「ご主人の、古い通帳を見てごらんなさい。そこに、配当金の、入金があったら、ご主人が何株持っていたかがわかります」と、言いたかったのですよ。でもね、この奥様が、あまりにも心もとないので、其れを言うのはやめにしました。→

:::::::::ここで、再び、いやな話の挿入になります。いつもの書き方の、復活に入っていきます。我が家から、古い通帳類が入った、大きな、反物用の、箱が盗まれています。これを盗んだのは、画家Aではないと思って居ます。また、安野忠彦さんでもないでしょう。例の警察の殺人用別動隊だと、思います。古い通帳って、とても大切です。どの時点で、住宅ローンを借り始めたか? どの時点で、一括返済をしたかなど、わが家の歴史を見ることができます。

 で、我が家からは、重要な書類の類がたくさん盗まれています。それで、横浜銀行鎌倉支店に、二つも貸金庫を借りています。

 ところが、今般、青色申告に必要な、年金の源泉徴収票が、金庫#2931盗まれていました。それは、また、昨年の、有楽町の、高橋某という刑事が変装した、駅員とか、安野智紗夫人と、石春産業の目くばせという事(あと注2)と関連があるので、別の機会に詳述をします。浜銀さんも、画家Aと同じく、馬鹿なことをやっていると、私には、見えます。私には、すべて、詳細に分析できるのに、泥棒に、協力をしてしまって居ます。「私を馬鹿にしなさんな」といいたいし、機会があったら、其の詳述をしますが、鎌倉支店の支店長は、そう言う未来が、来ても、平気なのでしょう。::::::::::という挿入を入れて、元へ戻ります。

  → その配当金の問題に入ると、「そういえば、主人は、”京急はいい株だから、持っていなさい”と、言って居ました」と、彼女は答えます。

  あのね、此処で、重要なことを述べないといけません。今の、私は二人の会話の、どのタイミングで、其れを聞いたかを、忘れてしまったのですが、ご主人は、元、京急勤務だそうです。住んでいる場所が、山手線の、内側に在る高級住宅街なので、ご主人も重役程度で終わった人ではないかと思うのですが、それは、聞きづらかったですよ。でも、社員持ち株制度を利用したとしても、30単位、以上、は、持っていたと、思われるのです。今の株価を調べたら、ほぼ、税金込みで、200万円でした。30単位だと、6000万円です。あのね、通常の株価の単位が、1000株から、100株へと、移行をしているので、数字で語ると、誤解を招き易いので、単位という言葉を使います。

 まあ、配当金が、ご主人の通帳に、昔は入っていて、今は、おくさんの通帳に、あて先が変更になっていることに、一縷の望みを託して、「奥さん、ご自分の銀行の通帳を点検なさっています?」と、聞いてみました。すると、「いいえ、点検していません。銀行が、二か月に一度ぐらい来て、処理してくれますから」との答えです。私は、ますます、この人はお金持ちだと、わかりました。一時期、我が実家にも銀行さんが、一週間に一度、来てくれていました。しかし、収入が少なくなると、来てくれませんでしたが(苦笑)、それでも遺産相続は、すべて、手伝ってくれて、伊東深水の絵(多分、軸としては、未表装)を三千万円で、売ってくれたりしました。

 この奥さんは、株屋さんとも、付き合いがあるそうですが、その人が配当金の事も、奥様に教えていないらしいのをいぶかしんで、「奥さん、他人は、怖いですよ。お子様がありますか?」と、聞くと、お子さんがあるそうで、しかも、一人は、同居だそうです。で、「お子さんの方がいいですよ。お子様に株のことはご相談なさいませ。」と、言うと、奥さんが、「でも、うちの子って、株のことはわからないでしょう」というのです。私はすごく怪訝に思いました。都心の一等地に住んでいて、今、50代の男性が、お子様です。大学卒であることは疑いもないでしょう。どうして、株のことがわからないと、奥さんは断言をするのかしら。

 私は「あれあれ、この一家では、お嫁さんと、お姑さんが、仲が悪いのかしら?」とか思い至ってしまいました。それで、「息子さんとあまり交流がないのかしら?」とも思いました。しかし、お金のことで、非常に立ち入った話をしている最中ですから、家族関係の、心理的な側面にまで、踏み込むわけにもいきません。で、思わず黙ってしまいました。

 すると、奥さんが「売ったかもしれない」といいました。その直前に、息子さんとは、株については、何も話し合わないのだと、聞いていましたから、何となく、仲が悪いような気がして、息子さんが、勝手に封筒を開けて、優待切符を大黒屋(チケット類を換金してくれるショップ)などで、換金している様な気がしました。それでね。「そうですよね。あれって、結構お金になるのです。五万円ぐらいになるのではないですか」と、言いました。すると奥さんが、「違うんです。売ったのは、京急株、そのものみたいな、気がしてきました」というのです。

 私は、ものすごく驚いて絶句しました。京急株って、値がさ株の方だと、認識していました。元、京急社員が、持っていた株・単位数を売ったら、相当な額になるはずです。で、「奥さん、一千万円を超えると、思いますが、それ、今、どこに在るのですか?」と、質問をしました。すると、奥さんは、「わかりません」というのです。私はますます、びっくりして、「息子さんと相談をなさいませね。他人は危ないですよ」と、言いました。だって、一千万円のお金が、今、どこに在るかがわからないなんて、証券会社の担当者か、銀行の担当者が、猫ババしてしまった可能性もあるではないですか? それは、口には出しませんでしたよ。

 だけど、本当に心配になって、『あれまあ、こんなところに、振り込め詐欺ではないものの、お金を損している、おばあちゃんが居る。心配だなあ』と、思って、急にお世話をしないと、いけないという気分になったのです。一方相手の奥さんの方は、急に「しっかり、しないといけない」と、いう気分になって、自主独立の気分を覚醒させられた模様でした。

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副題7、『次の日(2019-3-18)の早朝、五時になって、この問題の謎解きができた。彼女の、お金は、誰に奪われたわけでもなく、ただ、この一家にとって、数千万円は、はした金に過ぎなくて、其れが、どこの通帳に入ろうが、どっちでもよかったのだ。だから、この奥さんには、京急株、を、売った数千万円の入金の記憶が、何もないという形であり、お子さんが、株について知らないだろうと、いうのも、すっかり、頷けた。

 つまり、この一家は、東京の高級住宅街に、マンションを持っている人たちだと思われる。その賃貸収入が、経費や、ビルの、タワー化などの、再建築費用の、積み立て金部分を徐いても、おくさんの方の、部分だけでも、一年で、三千万円以上だと、思われる。だから、いつも、数千万円、または、数億円が、通帳に残高として、記入されている人達だから、ちょっとしたお金の動きなど、気にしていないのだ。でも、それにしては、お洋服が高価ではなかった。失礼ながら、一般的なお値段のものだった。

 ・・・・・そうか、お金持ちは、気張る必要がないのだ。おしゃれをする必要もないのだ。プラダとかエルメスとか言って、こだわっているのは、まだ、まだ、発展途上の、成り上がりものなのだ・・・・・と、思い当たる。

 なんか、急に力が抜けてきた。一生懸命、助けてあげているつもりだったが、全く、的外れだったのだ。彼女には、悪気はなくても、「そんなお金は、気にも留めていませんでした」と、いうケースだったのだ。お金って、自分がもともと持っている、金額によって、考え方も生き方も、まるで、違ってくるのだった。今は、大笑いをしている。無論、苦笑い系の大笑いだけれど』

 こういう風に気が付いてから、後で、会話内で、あそこがポイントだったと、考えるところを思い出しました。

 奥様は、株主総会に、一度は出たそうです。「しかし、ああいうところは、よくわからないので、主人に恥を掻かせて、その顔に、泥を塗るといけないので、もう、行かないことにしたのです」と、言って居ました。確かに、おくさんには、社会性がまるでなくて、しかも過保護で、生きてきた人特有の警戒心、皆無なの処もあるのです。

 そして、京急の、【ホテルgoo】 で、行われる株主総会では、入り口で、彼女の封筒を、見た受付役の、若手社員たちが、元重役だった、人の奥様として、下へも置かぬもてなしをしたので、それに見合った、態度を取らないと、いけないとも、感じて、其れが、重荷だったのでしょう。それから、株は、息子と半々に分けたとも、言って居ました。今、株は、百株単位になっているので、私は、単位として語ります。株数で言うと、誤解される可能性があるからです。

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副題8、『しかし、私は、今、不思議な coincidance と、いうかチャネリングを感じています。それが、当たっているかもしれません』

 上に、北久里浜における、大詐欺事件のことを語っています。今、その関係者として、生き残っているのは、仲野通巳吉(彼には三人の娘がいて、そのうちの一人は、実の姉智恵子さんの相続人となっていて、益山姓を引き継いでいる)と、杉本俊一正子夫妻(横須賀市の、土木課長だった。のちに副市長になっている)です。で、これには、京急側にも協力者がいると、見ています。その京急側の協力者については、皆目わかりませんでした。で、調べるのは無理だと、思って、居ました。

 それで、です。1978年の、地籍変更届の際には、1200坪を、益山側は、ただで、私有地と化しました。しかし、私が、詳細に、当時を考えると、その北側にあたる、800坪程度も、益山氏は、1978年以前に、公有地を、勝手に、私有地と、化していた可能性が高いのです。彼は、そこらあたりを、150坪程度、買うという形で、手に入れています。しかし、道路を、含めて、800坪ぐらいを、ルネ北久里浜という大マンションとは別の、分譲住宅として、売り出しているのです。

 それを、証明する数々の書類を私は、持っていました。法務局の登記簿謄本や、公図の写しで、其れが、証明できるのです。ところが、泥棒が入っています。その泥棒こそ、瀬島龍三に、協力する、日本の警察でした。これは、傍証づけられますが、今は、その時間がないので、「重要な証拠書類が、全部盗まれている」とだけ、言っておきましょう。

 しかし、益山重夫が、其の800坪を、何とはない形、あいまいな形、又は、うやむやな形で、横須賀市の、持ち物から、自分ものへと、変換していった陰に、京急の、インフラ整備が、欠く事のできない、要件だったのです。

 益山重夫は、元海軍参謀です。したがって、旧・横須賀鎮守府の、周辺の、地形は熟知していたでしょう。今、ルネ北久里浜が、たっているところは、三浦半島の背骨にあたる、山塊群の、うち、もっとも、高い場所の一つで、海軍にとっては、要衝の地だったはずです。そこを、自分のものにする計画を、彼は練ったのでした。どうしてかというと、敗戦で、おくさん(子供をもうけた正妻)が、アメリカ軍将校と恋に落ちて、アメリカへ、逃げてしまいました。

 そして、日本国というもの、其れから、天皇制というもの、そう言うものすべてに、懐疑的というか、絶望を感じて、一般の人が持っている、道徳観というのは、既に、失われていたのでした。天皇家そのものだって、自分の力で、国有地を作ったわけではないと、思って居るでしょう。私が、今問題にしている、横須賀市の水道山も、戦時中は、国有地だったと、感じています。だからこそ、源頼朝の時代から、各、武将が、あらそって、手に入れた土地を、徳川将軍家が、勝手に、天領としていて、かつ、明治維新以来、其れを、天皇家が、手に入れたのだ。だから、持ち主に関する正当性など、顧慮する必要はないと、思って居た可能性を感じています。

 しかし、峻嶮な山ですから建売住宅を作っても、普通なら、売れません。で、京急を利用しました。京急に池田分譲地を作らせたのです。池田分譲地については、wikipediaが、たっています。丘の上、400戸程度の、大規模住宅団地です。駅から徒歩圏内で、見晴らしもよくて、空気も美しく、かつ、通りがかりの、他人の自動車が、入ってきません。だから、静かで安全です。なかなかに、価値の高い、団地でしょう。横浜市ではないので、安いはずですが、横横道路にも、すぐ、出られますし、売り値よりも、価値が高い場所だと、思います。京急は、いろは坂をつくって、丘に上がる様な道路整備をして、かつ、丘の一部を削って平らにすると、いう大・土木工事を行って、京急池田分譲地を造成しました。

 私は、1978年以来、・・・・・益山重夫は、その道路を利用して・・・・・という書き方を続けています。しかし、本日、2019-3-19に、気が付いたことは、京急池田分譲地の、図面を書く段階から、既に、益山重夫と、瀬島隆三は、横須賀市(=杉本俊一正子夫妻)と、京急側の誰かを、篭絡して、手のうちに入れていた可能性があるのです。で、京急池田分譲地の、もっとも、駅に近い、山容を、開発していないまま、益山重夫が、買うのに任せていた・・・・・という便宜を図っていたから、そう感じるのです。

 そして、彼は、自費で買った、パン種となる、150坪から、彼は、800坪程度を生み出して、建売り、住宅を建造し、売って、多大な軍資金を得たうえで、そこよりさらに、南側を手に入れようと、謀ったのでした。だから、公図がめちゃくちゃでした。ないはずのところに、無理に、7,8軒の家を埋め込むのですから、一軒が数ミリ幅しかないのです。そう言う書類が我が家から盗まれているのでした。

 これは、1950年代には、既に、企画をされていた、事案なのかもしれないのでした。

 京急に乗ると、今、横浜駅、又は、新逗子駅に、入る直前に、「不審なもの、又は、不審な人を見かけたら、駅員にお知らせをください」と、いう放送を流します。それは、シャルリーエブド事件以来始まっている、私をテロリスト、呼ばわりをして、アリと、あらゆるところに、ガードマンを配置して、其れを、嫌がる私をいじめようとする、アイデアの、引き続いての、何年間かに、渡る嫌がらせ行為です。ともかく、それを最も、頻繁に行うのが、京急ですから、京急には、あの事案に対して、大きな負い目が、あり、だからこそ、私をいじめ抜くことに、終始、協力をすると、見ています。

 今、その件が、北久里浜で、青地とか、公図とかが、出てきて、炎上中です。しかし、私は、かねがね、「其れは、看過しておいて、今は、雪ノ下に集中する。画家Aの分析が、終わっていないから」と、言って居ます。そうなんですが、此処で、神様は、突然に、私に向けて、当時の、京急側担当者の、奥様を、目の前に、表出させたのではないでしょうか?

 彼女が誰かに頼まれて、鎌倉霊園の、バラ園で、私に近づいてきたとは、思えません。すべは、偶然でした。しかし、麻布に、住んでいて、たぶん、自宅をマンション化している、という一家でしょう。奥様は、多大な収入がある(元の敷地が、300坪だったら、一階を店舗にして、二階から、六階までを賃貸マンションにして、7階に、オーナー一族が住むと、いう形を取れば、年間、一億を超す不動産収入があります。それなら、京急株、10単位か、15単位を売って、当時の売り上げ代金、1500万程度を、得ても、それが、どこに在るかがわからないと、いうのもうなづけるのでした。そして、息子が株のことはわからないでしょうと、いうのも頷けるのでした。株の配当金なんて、この一家にとっては、ごみみたいな、ものだったのです。

 私は、今までも、不思議な形で、真実に近づく情報を得てきました。今般も、誰が、京急側で、益山一派に、協力をしたかという事を知りたい。知りたいと,negatteimasiた。すると神様が、粋な計らいをしてくださったと、感じています。

 今、その送ります様の、その実名は、わからないものの、鎌倉霊園に、お墓を持っていて、麻布に、賃貸マンションを持っている、元、京急のお偉いさんが、当該の、人物だったかもしれないのです。

 神様が、その生活の実態を、私にお示しいただいたと、考えたりしているのです。CIA一派に協力をすると、信じたいほどの、高収入を、得られる様になると、いう実例だったかもしれません。京急池田分譲地には、元、京急勤務ですと、いう人はのですが、麻布に、賃貸マンションを持っているほどの、お金持ちは、早々、いません。、

 しかしなのです。その大金持ちさんは、お子さんをなくしています。これは、つらいと、思う。私は、彼女があまりにも、お金に疎いので、「他人に任せては駄目ですよ。お子さんはあるのですか?」と、17日の夕方バスの中で、質問をした時に、「長男は、亡くなっている」と、聞きました。病名も聞きました。それは、つらかったと、思います。ただ、彼女とリアルな形で、出会って居る30分間は、私は、まずいことを聞いてしまったという形で、できるだけ、その話題が、敷衍しない様に努めました。つまり、株の、事だけを話題にして、彼女の私生活と、その心理的な側面には、踏み込まない事に、あえて、していたのです。

 しかし、12時間後、ふと、あの人は、神様が出会わせてくれた、例の北久里浜の、大詐欺事件の際の、京急側担当者の、妻ではなかろうか?と、思い至ったのですね。どうして、そう言う事を言うかというと、私は引き寄せる人だからです。

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副題9、『神様は、こう、おっしゃっていたのではないだろうか? 「あなたは、このラインでは勝ったのです。だから、この事件に関する三つのラインの、うち、京急の路線で、この事件を追及するのは、おやめなさいね」と』

 彼女とリアルタイムで、会話を交わしているときに、私は、北久里浜の、事件の、ことは、一切思い出していません。ただ、ひたすら、彼女をたすけたいと、思って居たのでした。しかし、実際には、ほう助の仕組みは、無用だったのです。不要だったのです。しかし、彼女は、私をあざ笑ったわけではなくて、私の忠告をきちんと受け止めて、・・・・・あまりにも安易に、他人に頼っていたこと・・・・・を、反省してくれたのでした。

 もし、彼女が、性格が悪い人だったら、「もう、いいです。奥さん。私は、麻布に、ビルを持っています。そこから、一億円が、入ります。だから、優待券とか、配当とか、ちまちました話は、関係ありません」と、言っても、良いのです。そう言って、話を切り上げてもいいのです。しかし、改札口を入った後で、ずっと、手を振り続けていた彼女は、美しく、かわいらしい笑顔でした。感謝して居ることがわかりました。

 先ほどから、特に夜の九時に、再開をしてから、システム異常が続いています。CIA連中と、その部下である警察は、とっくに彼女を特定していて、そして、彼女が、くだんの、京急担当者の、妻だと、認識をしているのでしょう。だから、書くのを止めさせようと、しています。こういう風にして、私は、自分が正しいことを書いたかどうかを、判断をしています。

 あとで、リンク先を探して、付記します。それは、お待ちいただきたく。2019年3月17日から、18日にかけて、これを書く。なお、このブログの、2010年から、数え始めた、延べ訪問回数は、5216340です。リンク先を整えたら、署名を入れます。

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