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掌編小説紹介 コロナの後の宴   文科系

2023年05月13日 07時51分11秒 | 文芸作品
掌編紹介 「コロナの後の宴」  S・Hさんの作品です                   

 コロナは一応大人しくなった。収束したとは言えないまでもようやく世間は外へ向かって動き出した。そんな時、中学校のクラスメート孝子から良平に電話がかかってきた。飲み会の誘いである。良平たちはかつて、コロナ前は中学校三年七組の有志の会で盆暮れに年二回づつ飲み会をしてきた。始めたのはもう二十年くらい経つ。良平が立ち上げた。毎回全員参加して話も盛り上がった。男四人女二人の固定したメンバーだった。
 長いコロナが続いた。コロナは人々の気を滅入らせる。メンバーの一人である永井は癌の手術をして現在は経過が良いらしい。孝子からの電話の後永井から電話があった。
「今回俺は出るのを止めるよ。酒は飲めんことはないが今までのように陽気にはしゃぐ気持ちにならん」
 永井の話によるともう一人のメンバーである山田はもう既に認知症の症状が出て飲み会に出るのは無理だとのことであった。そのことも永井の参加意欲を引き留めたのであろう。
 そんな折、良平は毎年秋にくるメランコリーの気分に陥っていたのだ。孝子からの電話に参加するとは言ったもののそんなに期待してはいなかった。今回の飲み会の開催を決めて孝子に連絡を取らせているのが山崎であった。良平は山崎があまり好きではなかった。へらへらしてそれでいて尊大ぶっているのに良平は常に嫌悪感を持っていた。今まで山崎がそのメンバーの中に納まってしゃべっている内は、枯れ木も山の賑わいでたいして苦にはならなかった。孝子の話だと今回は山崎の友人を二名連れて来るそうである。
 良平は実に面白くなかった。飲み会のヘゲモニーを山崎に奪われかつほかの連中を加える事によって今までの仲良しメンバーでの飲み会ではなくなる。ヘゲモニーを奪われるとかどうとか、良平はそんな了見の狭い男ではなかったが、常に今まで場の中心にいた男が土俵から突き落とされた気がして淋しかったのである。
 その日が来た。良平はどぎつい看板のある洋風がかった店に入った。簡単な仕切りのある場所に入ると孝子とかつてはミス三年七組と言われた整った顔をした洋子と新顔の女性が既に来ていた。三年五組の良子だと名のった。洋子は認知症になったのかと怪訝するほど煮しめたような薄汚れたマスクをしていた。髪の毛も乱れていて今までの端正な容貌の面影は既になく、代わりに老醜がにじんでいた。
 しばらくして新顔の男が来て、近藤と名乗った。随分待たせて山崎が入ってきた。一同乾杯してそれぞれが世間話をし始めた。いつもなら良平がそれとなく話の流れを作り会話を全体に広がらせるが、その夜はそういうこともなく三々五々話し合っていた。
 山崎はいつものごとく、女が出来て香港に遊びに行ってきたとか、その女のあそこがパイパンだとか馬鹿馬鹿しい話である。女性たちは少し嫌な顔をしながらもにやにやしていた。  
 そうこうしているうちにもビールやハイボールなどがどんどん行き来をする。近藤という男を除いてみんな真っ赤っかな顔をしてアルコールをがぶがぶ飲んでいる。良平にはその様が意地汚く見えて嫌悪感を持った。食欲もなくなり、アルコールも飲みたくなくなった良平は次第に言葉少なくその場にいるのが苦痛になった。
〈こんな馬鹿らしい話をしていて実に時間が勿体ない。俺にはほかにやることが沢山ある。こんな奴らと付き合って時間を浪費したくない〉
 良平は参加したことを後悔した。が二次会にスナックに行くというので、止せばいいのに付き合った。
 止まり木に座ると横の孝子が甘えるように一緒にデュエットをしてくれという。そういう言葉が酒臭い。番が来て「居酒屋」を歌った。相当酔っぱらっているのかメロディーが相当崩れている。良平は恥ずかしくなって周りを見渡した。みんな酔っぱらっているので誰も気にしている風はない。時計を見ると既に十時を過ぎている。もうそろそろ帰ろうと孝子に言った。孝子は了解して伝令のように端に座っている山崎に伝えに言った。かえって来ると、山崎君は帰りたい奴は先に帰れと言っているとのことであった。
 良平はスナック店を一人で出た。月明りが煌々と歩道を照らしていた。良平は何となく淋しく悲しかった。
〈もうあの楽しい時代は終わった。どこかですれ違ってしまったクラスメートたちとは既に住む世界が違う。私は老後にふさわしい私の時間を大切にしたい〉
 良平の歩いているその背中を満月が照らしていた。
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