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透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

― 東屋に姿を変えた火の見櫓

2012-08-05 | g 火の見櫓観察記





撮影120805

 松本市の西隣、山形村の中大池という地区の火の見櫓は消防団の詰所と共に解体・処分されてしまいましたが、地元の人たちの希望で脚部が残され、屋根を載せて東屋に生まれ替わりました。

小屋組は敷き桁を設置してアンカーボルトで固定し、隅木を掛け、垂木を取り付けるというごく一般的なものです。なかなかいいプロポーションの東屋になったと思います。

これからは地元の人たちの憩いの場として、第二の人生、じゃないか、第二の何だろう・・・を送って欲しいと思います。


在りし日の火の見櫓

長身でなかなか整った姿・形の火の見櫓でした。取り壊されてしまったのは残念ですが、その一部が別の用途に転用され、残されたのは喜ばしいことです。


 

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309 火の見櫓と道祖神が並び立つ訳

2012-08-05 | g 火の見櫓考〇


 
309

 松本市水汲、サイトウキネンフェスティバルの会場のひとつ、キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)のすぐ近くに立っている火の見櫓。

3角形の櫓に丸い屋根と見張り台というオーソドックスなタイプ。先日立科町からの帰りに立ち寄った。かなりの高さだが(梯子1段の高さを測り、段数を数えれば高さがわかるがそれをしなかった・・・)踊り場は無い。これを登り降りするのはかなり怖いのではないか、と思う。

この火の見櫓の脚元にも道祖神が祀られている。共に道路沿いの公的な空間に建てられることが道祖神と火の見櫓とが並び立つことが多いことの理由として考えられる。

また、共に地域の人たちの暮らしを見守るという共通の役目を負うているが、このことも理由なのかどうかは分からない。全く関係ないとは言えないようにも思うが・・・。


 

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