(豆色紙)
われりゅうのごとく
船宿寺には小堀遠州流の池泉回遊式庭園が眺められる書院があり、西郷南洲(隆盛)の手による扁額の書「吾如龍」を見て、吾龍の如しと読むと、傍らにいた住職が如しと読んではいけない。正しくは吾龍の如くと読むようにと指摘された。如しではすでに龍になってしまっている。如くは龍のようにの意になると説明があった。なるほどと納得した。
われりゅうのごとく
船宿寺には小堀遠州流の池泉回遊式庭園が眺められる書院があり、西郷南洲(隆盛)の手による扁額の書「吾如龍」を見て、吾龍の如しと読むと、傍らにいた住職が如しと読んではいけない。正しくは吾龍の如くと読むようにと指摘された。如しではすでに龍になってしまっている。如くは龍のようにの意になると説明があった。なるほどと納得した。
咲きかけは花と思へずさみどりの
唯に玉なる大手鞠かな 樋田哲夫
寺へ向かう道路沿いに多く見かけた。名前は早くから知っていたが、実物を見るのは初めて。境内にもある。落葉低木で高さ2メートル、葉は円形に近く葉脈が鮮明、初夏、アジサイに似た小型の白い花を球形に無数つける。
唯に玉なる大手鞠かな 樋田哲夫
寺へ向かう道路沿いに多く見かけた。名前は早くから知っていたが、実物を見るのは初めて。境内にもある。落葉低木で高さ2メートル、葉は円形に近く葉脈が鮮明、初夏、アジサイに似た小型の白い花を球形に無数つける。
行春や鳥啼き魚の目は泪(なみだ)
芭蕉が元禄2年3月27日「奥の細道」の旅に江戸深川をたってすぐ千住あたりで詠んだ句。公園には句碑もある。
春が去って行こうとしているが、春との別れを惜しむのは人ばかりではないらしい。鳥は悲しげに鳴き、魚の目には涙が溢(あふ)れているようだ。
芭蕉が元禄2年3月27日「奥の細道」の旅に江戸深川をたってすぐ千住あたりで詠んだ句。公園には句碑もある。
春が去って行こうとしているが、春との別れを惜しむのは人ばかりではないらしい。鳥は悲しげに鳴き、魚の目には涙が溢(あふ)れているようだ。
石楠花の根元の白く浮き立ちて
射干の花咲く木漏れ日の中 樋田哲夫
アヤメ科の常緑多年草。山地の陰地斜面などに多く群生する。船宿寺本堂裏の山の斜面にシャクナゲとともに健気に咲いていていた。人工的に植えられたものと思うが、自然の中で見たのははじめてである。
射干の花咲く木漏れ日の中 樋田哲夫
アヤメ科の常緑多年草。山地の陰地斜面などに多く群生する。船宿寺本堂裏の山の斜面にシャクナゲとともに健気に咲いていていた。人工的に植えられたものと思うが、自然の中で見たのははじめてである。
山間の寺の盛りの花園に
「しゃくなげの雨」口ずさみゐる 樋田哲夫
---ーーー
雨雨しゃくなげの雨
もうこれ以上は待てません
雨雨しゃくなげの雨
私もやっぱり女です
女性演歌歌手・田川寿美の「しゃくなげの雨」が思わず口をついて出る。本堂脇を奥へ進むと山の斜面にシャクナゲがちょうど見ごろを迎えていた。この寺の売り物は平戸ツツジだが、まだ蕾(つぼみ)も固く満開は少し先のこと。シャクナゲの方が満開となっていた。
「しゃくなげの雨」口ずさみゐる 樋田哲夫
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雨雨しゃくなげの雨
もうこれ以上は待てません
雨雨しゃくなげの雨
私もやっぱり女です
女性演歌歌手・田川寿美の「しゃくなげの雨」が思わず口をついて出る。本堂脇を奥へ進むと山の斜面にシャクナゲがちょうど見ごろを迎えていた。この寺の売り物は平戸ツツジだが、まだ蕾(つぼみ)も固く満開は少し先のこと。シャクナゲの方が満開となっていた。
(豆色紙)
ふるさとの山に向かひて言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
石川啄木 「一握の砂」より
啄木のふるさと岩手県・渋民村より岩手山を見ての歌。啄木ほど庶民に親しまれている歌人は少ない。一人の歌人の歌を多数そらんじていて出せるのは啄木をおいていないだろう。東海の、かにかくに、やはらかに、はたらけど、砂山のなど
ふるさとの山に向かひて言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
石川啄木 「一握の砂」より
啄木のふるさと岩手県・渋民村より岩手山を見ての歌。啄木ほど庶民に親しまれている歌人は少ない。一人の歌人の歌を多数そらんじていて出せるのは啄木をおいていないだろう。東海の、かにかくに、やはらかに、はたらけど、砂山のなど
眼をとぢて十三仏の御前に
覚えしばかりの真言唱ふ 樋田哲夫
奈良県御所市(ごせし)・船宿寺の境内に十三仏を見かけた。真言宗の寺に多いという。この寺は関西花の寺第23番霊場で高野山真言宗である。今後の寺めぐりには真言宗と十三仏との関わりに注意しよう。
覚えしばかりの真言唱ふ 樋田哲夫
奈良県御所市(ごせし)・船宿寺の境内に十三仏を見かけた。真言宗の寺に多いという。この寺は関西花の寺第23番霊場で高野山真言宗である。今後の寺めぐりには真言宗と十三仏との関わりに注意しよう。
(豆色紙)
うぐひすや柳の後ろ藪の前 芭蕉
元禄7年 51歳の句 (続猿蓑)
ウグイスがほとんど動きもなく柳の後ろあたりの藪(やぶ)の前で啼(な)いている、と解釈も出来る。一方しきりに動きまわって啼いているとも解釈ができ意見が分かれているらしい。加藤楸邨(しゅうそん)は後者の解釈をしている。生態的にはウグイスは激しく枝移りしてじっとしていることはない。
うぐひすや柳の後ろ藪の前 芭蕉
元禄7年 51歳の句 (続猿蓑)
ウグイスがほとんど動きもなく柳の後ろあたりの藪(やぶ)の前で啼(な)いている、と解釈も出来る。一方しきりに動きまわって啼いているとも解釈ができ意見が分かれているらしい。加藤楸邨(しゅうそん)は後者の解釈をしている。生態的にはウグイスは激しく枝移りしてじっとしていることはない。
金剛寺の牡丹求めてやうやくに
今日のひと日は安らぎにけり 樋田哲夫
ようやくボタンの花の盛りにめぐり合えた。先月22日の葛城市・石光寺は4株だけの開花だったが、5月1日の五条市・金剛寺は満開で堪能(たんのう)できた。住職によるときのう、おとといと寒かったがきょうから見ごろとなりましたとのこと。100種、1500株。本堂のかやぶき屋根は珍しく寺全体は小さい。
今日のひと日は安らぎにけり 樋田哲夫
ようやくボタンの花の盛りにめぐり合えた。先月22日の葛城市・石光寺は4株だけの開花だったが、5月1日の五条市・金剛寺は満開で堪能(たんのう)できた。住職によるときのう、おとといと寒かったがきょうから見ごろとなりましたとのこと。100種、1500株。本堂のかやぶき屋根は珍しく寺全体は小さい。