LCCの座席にはFSAのようにオンデマンド方式の個人用テレビはついていません。長いフライトの時間を過ごすには本が必需品です。
今回は「1949年の大東亜共栄圏」(有馬哲夫著、新潮社刊)を持参しました。
終戦により日本軍は消滅しましたが、中国本土に残った一部の兵士が「義勇軍」を組織して、蒋介石が率いる国民軍に加わり、共産党軍との戦いを続けていたそうです。この戦いの目的は、大東亜共栄圏の復活でした。しかし、目的は達成されずに真の終戦を迎えました。それが1949年でした。
LCCの座席にはFSAのようにオンデマンド方式の個人用テレビはついていません。長いフライトの時間を過ごすには本が必需品です。
今回は「1949年の大東亜共栄圏」(有馬哲夫著、新潮社刊)を持参しました。
今回の旅では、全行程(羽田~クアラルンプール~ブルネイ)を“LCCの雄エアアジア”を便でした。
過去、タイからシンガポール、インドネシア・ジャカルタ、マレーシア・クアラルンプール、ベトナムのホーチミンとハノイ、そして日本から韓国・ソウルの旅でもエアアジアを利用しました。
LCCのシートは、FSAに比べ足元が若干狭くなっています。身長が高い私には、やや窮屈に感じるので、僅かな追加料金を払って、足元が広い「ホットシート」に座ることにしています。このシートにはもう1つメリットがありました。それは優先搭乗ができることです。
羽田からのクアラルンプール便もホットシートを予約しました。この便には、プレミアシートが12、ホットシートが18、クワイエットゾーンのシートが54、その他は標準シートと呼ばれています。この標準シートがFSAのエコノミークラスになりますが、LCCはそれよりも足元が狭くなっています。↓はエアアジアの日本語Webサイトの一部です。ホットシートの優先搭乗が明記されています。
ところが、羽田から搭乗する際、グランドスタッフが優先搭乗としてアナウンスしたのはプレミアシートだけでした。
私はスタッフに一言いいたいと思ったので、最後に搭乗手続きをしました。その際、スタッフに「ホットシートも優先搭乗できるはず」と質問しました。スタッフの回答は「エアアジアの日本語Webサイトにそのよう(優先搭乗ができる)に載っているのは間違っています」でした。
いつもの私ならば、ここでクレームをつけるところですが、この日は引き下がりました。それは、スタッフ全員が全日空だったからです。
エアアジアX(エアアジアの長距離路線会社)は、地上業務の全てを全日空に委託しているのでしょう。
でも、私以外の乗客の方からも全日空のスタッフに対して、クレームを出している筈です。それならば、委託先としてエアアジアにクレームの内容を報告し、改善を促すべきでしょう。
尚、クアラルンプールからの羽田便では、優先搭乗できました。
現時点で、クアラルンプールで預けたバックは発見されていません(連絡もありません)。もし、発見されない場合、出発前に契約した海外旅行傷害保険を請求しようと考えているので、ブルネイの空港では、紛失の手続きをしました。↓がその時の書類です。どうやら、AirAsiaのデータベースに登録されたようです(個人情報は一部マスクしました)。
バックはありふれた形なのですが、ダンヒル社製のハードタイプなので、間違えて持って行かれた可能性は低いと思ってます。↓はブルネイ空港のターンテーブルです。
クアラルンプールのチェックインカウンターで預けた際、嫌な予感がしていました。結局は、その予感が当たったことになりました。
私は早めにチェックインを済ませるように心がけています。AirAsiaならばなおさらです。この日も出発の2時間前には済ましていました。その時、チェックインカウンターで手続きをする人はまばらでした。ましてや、このカウンターではブルネイ便以外の便も手続きが可能でした(これがAirAsiaのスタイルです)。
バックには積む便の情報がバーコード化されたシールが貼られているので、自動仕分けされる筈です。しかし、私が一番最初に手続きをした搭乗客で、自動仕分けの設定がまだされずにいたのではないでしょうか。それで、どこかに行ってしまったのでは? これが嫌な予感のことです。