竹取翁と万葉集のお勉強

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遣新羅使歌を鑑賞する 筑紫舘の歌四首

2010年02月10日 | 万葉集 雑記
筑紫舘の歌四首
 可能性として天平四年七月七日 大使は従五位下角朝臣家主

 集歌3655の歌の「今よりは秋づきぬらし」の言葉に注目すると、ここで暦での初秋の七月を迎えたようです。ただし、七月一日から暫らくの日が経って秋が感覚として感じられる「秋づきぬ」と暦での七月一日前後の「秋たつ、秋されば」との違いをとっています。
すると、天平四年六月二十六日に奈良の京を出発した遣新羅大使角朝臣家主を代表とする一行が、一番の候補となります。ただし、集歌3654の歌の「可之布江に鶴」の詞が示す季節感に不安はあります。

至筑紫舘遥望本郷、悽愴作歌四首

標訓 筑紫の舘(たち)に至りて遥(はるか)に本郷(もとつくに)を望みて、悽愴(いた)みて作れる歌四首

集歌3652 之賀能安麻能 一日毛於知受 也久之保能 可良伎孤悲乎母 安礼波須流香母

訓読 志賀の海人(あま)の一日もおちず焼く塩のからき恋をも吾(あ)れはするかも

私訳 志賀島の海人の一日も絶えず焼く塩のような、辛い恋を私は絶えずするのでしょうか。


集歌3653 思可能宇良尓 伊射里須流安麻 伊敝比等能 麻知古布良牟尓 安可思都流宇乎

訓読 志賀の浦に漁りする海人(あま)家人(いへひと)の待ち恋ふらむに明(あ)かし釣る魚(うを)

私訳 志賀の浦で漁りする海人、家族が待っているだろうに夜を明かして魚を釣る。


集歌3654 可之布江尓 多豆奈吉和多流 之可能宇良尓 於枳都之良奈美 多知之久良思母

訓読 可之布江(かしふえ)に鶴(たづ)鳴き渡る志賀の浦に沖つ白波立ちし来(く)らしも

私訳 可之布の入江で鶴が鳴きながら飛び渡る、志賀の浦に沖からの白波が立って来るらしい。
一云、美知之伎奴久良思
左注 一云はく 満ちし来ぬらし


集歌3655 伊麻欲理波 安伎豆吉奴良之 安思比奇能 夜麻末都可氣尓 日具良之奈伎奴

訓読 今よりは秋づきぬらしあしひきの山(やま)松蔭(まつかげ)にひぐらし鳴きぬ

私訳 今日からは秋らしくなるらしい。葦や檜が繁る山の松の蔭にひぐらしが鳴いている。



七夕の歌三首
 可能性として天平四年七月七日 大使は従五位下角朝臣家主

 遣新羅使は筑紫那津で七夕の夜を迎えています。律令規定では奈良の京から大宰府まで下りで十五日の旅程ですから、遣新羅使は六月中旬頃に奈良の京を出発しています。ここから、天平四年六月二十六日に奈良の京を出発した角朝臣家主を遣新羅大使とする一行が該当します。非常に順当な旅路です。

七夕仰觀天漢、各陳所思作歌三首

標訓 七夕(なぬかのよ)に天漢(あまのかは)を仰ぎ觀て、各(おのおの)の所思(おもひ)を陳(の)べて作れる歌三首

集歌3656 安伎波疑尓 々保敝流和我母 奴礼奴等母 伎美我美布祢能 都奈之等理弖婆

訓読 秋萩ににほへる吾(あ)が裳(も)濡れぬとも君が御船(みふね)の綱し取りてば

私訳 秋萩が衣に咲いている私の裾裳が濡れたとしても、(彦星を引き寄せるために)彦星の貴方の乗る御船の引き綱を手に取るのなら。
右一首、大使
左注 右の一首は、大使


集歌3657 等之尓安里弖 比等欲伊母尓安布 比故保思母 和礼尓麻佐里弖 於毛布良米也母

訓読 年にありて一夜(ひとよ)妹に逢ふ彦星(ひこほし)も吾(あ)れにまさりて思ふらめやも

私訳 一年中で一夜だけ、恋人に逢う彦星も私以上に恋人を想うのでしょか。


集歌3658 由布豆久欲 可氣多知与里安比 安麻能我波 許具布奈妣等乎 見流我等母之佐

訓読 夕月夜(ゆふつくよ)影(かけ)立ち寄り合ひ天の川漕ぐ舟人(ふなひと)を見るが羨(とも)しさ

私訳 (恋人同士が)夕月に照らされ夜に人影を寄り添わせ天の川で船を漕ぐ舟人を見る、それが羨ましい。


海邊に月を望みて作れる歌九首
 可能性として天平四年七月中旬 大使は従五位下角朝臣家主

 集歌3584と3585の歌と集歌3666と3667の歌は、「形見の衣」で関連歌の関係にあります。また、集歌3659の歌の「秋風」を初秋の秋風と取っています。まだ、旧暦での仲秋八月の歌の世界ではないとする想像です。こうしたとき、初秋に筑紫那津に滞在する可能性があるのは、天平四年の遣新羅使の一行です。

海邊望月作九首
標訓 海邊に月を望みて作れる九首

集歌3659 安伎可是波 比尓家尓布伎奴 和伎毛故波 伊都登可和礼乎 伊波比麻都良牟

訓読 秋風は日(ひ)に日(け)に吹きぬ吾妹子はいつとか吾(あ)れを斎(いは)ひ待つらむ

私訳 秋風は日一日と吹いてきた、私の愛しい貴女は、何時還って来るのかと私の無事の望みを託す神を斎って待っているでしょう。
大使之第二男
左注 大使の第二男(なかちこ)


集歌3660 可牟佐夫流 安良都能左伎尓 与須流奈美 麻奈久也伊毛尓 故非和多里奈牟

訓読 神さぶる荒津(あらつ)の崎に寄する波(なみ)間(ま)無(な)くや妹に恋ひわたりなむ

私訳 神がいらっしゃる荒津の岬に寄せ来る波が間無いように、私は貴女に間無く恋しています。
右一首、土師楯足
左注 右の一首は、土師楯足


集歌3661 可是能牟多 与世久流奈美尓 伊射里須流 安麻乎等女良我 毛能須素奴礼奴

訓読 風の共(むた)寄せ来る波に漁(いさり)する海人(あま)娘子(をとめ)らが裳の裾濡れぬ

私訳 風と共に寄せて来る磯の波間で漁りする海人娘子たちの裳の裾が濡れている。

一云、安麻乃乎等賣我 毛能須蘇奴礼奴

私訳 一は云はく、海人(あま)娘子(をとめ)が裳の裾濡れぬ


集歌3662 安麻能波良 布里佐氣見礼婆 欲曽布氣尓家流 与之恵也之 比等里奴流欲波 安氣婆安氣奴等母

訓読 天の原振り放け見れば夜ぞ更けにけるよしゑやし一人寝る夜(よ)は明けば明けぬとも

私訳 天の原を仰ぎ見ると夜が更けていく、えい、ままよ、一人寝る夜はこのまま明けたら明けたでかまわない。
右一首、旋頭歌也
左注 右の一首は、旋頭歌なり


集歌3663 和多都美能 於伎都奈波能里 久流等伎登 伊毛我麻都良牟 月者倍尓都追

訓読 わたつみの沖つ縄(なは)海苔(のり)来る時と妹が待つらむ月は経(へ)につつ

私訳 渡す海の沖の縄海苔を繰り取るように、貴方が私の所へ帰って来る時と貴女が待つでしょう、その月日は過ぎて逝くが。


集歌3664 之可能宇良尓 伊射里須流安麻 安氣久礼婆 宇良未許具良之 可治能於等伎許由

訓読 志賀の浦に漁(いさり)する海人(あま)明け来れば浦廻(うらみ)漕ぐらし楫の音聞こゆ

私訳 志賀の浦で漁をする海人が、夜が明けて来ると湊の付近を漕ぐらしい。その舟を漕ぐ楫の音が聞こえる。


集歌3665 伊母乎於毛比 伊能祢良延奴尓 安可等吉能 安左宜理其問理 可里我祢曽奈久

訓読 妹を思ひ寝(ゐ)の寝(ぬ)らえぬに暁(あかとき)の朝霧隠(こも)り雁がねぞ鳴く

私訳 貴女を想い寝るに寝られないままに、暁の朝霧の中で姿が見えないがきっと雁でしょうが、その鳥が鳴く。


集歌3666 由布佐礼婆 安伎可是左牟思 和伎母故我 等伎安良比其呂母 由伎弖波也伎牟

訓読 夕されば秋風寒し吾妹子が解き洗ひ衣(ころも)行きて早着む

私訳 夕方がやって来ると秋風が寒い、私の愛しい貴女が貴女との契りで結んだ私の衣の紐を貴女の閨で解いて、そして洗った清々しい衣を貴女の許に行って早く着たい。


集歌3667 和我多妣波 比左思久安良思 許能安我家流 伊毛我許呂母能 阿可都久見礼婆

訓読 吾(あ)が旅は久しくあらしこの吾(あ)が着(け)る妹が衣(ころも)の垢(あか)つく見れば

私訳 私の旅は久しくなったようだ、この私が着る契りの貴女の形見の衣に付く垢を見ると。


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