昨夜、橋本春樹さんを偲ぶ会に参加した。
橋本さんは奥様のピーコさんと、37年にわたり『家路』(新宿三丁目3-9)を経営し続け、歌声を通じて日本文化の発展を底辺から支え続けてきた人と言えよう。ピーコさんは歌声喫茶『ともしび』のピアニストとして活躍してきたが、その顧客の一人であったと聞く橋本さんと結婚、『ともしび』から独立して、「うたとピアノとともだちと」をテーマに『家路』を開店した。橋本さんは、板前として、時にはベース奏者として、またその豊かな人間性を生かした顧客青手を続けながら『家路』を支えてきたのである。この2月14日で37周年を迎えることになっていたが、その直前、2月10日に前立腺がんで逝った。
『ともそび』は、戦後の主として若者の新しい音楽を求める要求にこたえてきた。(最近は当時の若者が老齢化し、熟年顧客が多いと聞くが)。『家路』は、サラリーマン、幅広い音楽愛好家、文化人などが集う場所として、落ち着いた雰囲気の「うたごえ居酒屋」と言えるだろう。
しかし、あの生存競争の激しい新宿三丁目で、そのようなどちらかと言えば地味な店を続けることは大変であったろう。ピーコさんの魅力とともに、橋本春樹さんという人柄は欠かせなかったと思う。絶対に人を押しのけるような人ではなかった。絶えず人を押し上げる人であった。
それだけに橋本さんを慕う人は多く、昨夜の「偲ぶ会」には百数十名の方々が集まった。会場となった『呑者家銅鑼』は超満員で立錐の余地もなかった。参加者の胸に去来したものは、「また一つ文化の灯(あかり)が消えた」という思いであったろう。
因みに、「橋本春樹が愛し、もっとも橋本春樹らしい歌」として、昨夜全員合唱した歌は次の6曲であった。いずれもうたごえ史上に残り、かつその底辺を支えた歌と言っていいだろう。
・花をおくろう ・小さな日記 ・あの素晴らしい愛をもう一度
・いぬふぐり ・ほたる ・Love annd Peace
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます