お酒とともに食べるものと言っても、豪華な会席料理から、いわゆる「あて」と呼ぶに相応しい小物に至るまで様々ある。
戦前の映画だった(「無法松…」だったかな?)と思うが、坂東妻三郎が、手の甲に乗せた塩か味噌をなめながら酒を飲む一コマがあった。塩や味噌では「あて」と呼ぶにも淋しいが、枡酒ではよく片隅に塩が盛られる。その塩とともに飲む酒は甘味が増して何とも美味しい。酒を引き立てる最も素朴な「あて」は塩かもしれない。
最も素朴な酒の肴といえば、「げそ」の類ではないか? いわゆるイカやタコの足を簡単にあぶったものである。八代亜紀が『舟唄』で、「お酒はぬるめの燗がいい 肴(さかな)はあぶったイカでいい」と唄っているので、イカはそもそも贅沢な肴には入ってないのかもしれない(私は最も好きな魚介類の一つであるが)。しかも、げそとなればその足である。
足で思い出すのは、このすさまじい句である。
熱燗や食いちぎりたる章魚(たこ)の足 鈴木真砂女
鈴木真砂女は、銀座で飲み屋(小料理屋『卯波』)を営んでいたので、これは自分の経験なのかもしれない。それとも客の飲みざまを詠んだのだろうか? 同じく真砂女に、「熱燗やいつも無口の一人客」という句もあるので、その一人客が、カウンターの隅で熱燗を呷りながらタコの足を食いちぎっている様を想像すると迫力がある。
それに比し八代亜紀の方は(『舟唄』の作詞は阿久悠)、「…イカでいい」とは言いながら、そのイカは足(げそ)ではなく甲が想像され、淋しげではあるが余裕がある。もしかして食べたのは「げそ」かもしれないが、「…肴はあぶったげそでいい」では唄の雰囲気に合わない。真砂女の句で食いちぎったのは、絶対に足でなければならないが。
ともあれ、私は酒の肴としてはイカが好きだ。飲み屋に行って特に注文する物がないと「イカ納豆」か「イカの丸焼き」を頼む。「げそ」も含めて。
この食い荒らされたイカは、北海道直送の高級「イカの沖漬け」であった
(新宿御苑前『うま久』にて)