広大なコッツウォルズで迷ったり渋滞と混雑のロンドン市内で時間を取られたりしながらも、私は、ここぞというところでは友人に無理を言って車を降りて、しばし感慨にふけったりしたのであった。
ウォータールー駅とそこからテームズ川を渡るウォータールー・ブリッジもそのひとつ。そこが映画“哀愁”の舞台であったからだ。わが青春を彩ったこの映画は、私の最も好きな映画のひとつである。
第一次大戦下のロンドン。空爆にさらされるウォータールー・ブリッジで、バレリーナのマイラ(ヴィヴィアン・リー)と青年将校ロイ(ロバート・テイラー)が運命的に出会う。その日のうちに結婚を約束するほど激しい恋に落ちる二人を、大戦は無残に引き裂く…。「必ず帰ってきて結婚する」ことを約して戦地に赴いたロイを、マイラはひたすら待ち続けるが、彼女が手にしたものはロイの死亡通知。(実は誤報であったのだが)
生活苦に流されついに娼婦に身を落とし、ウォータールー駅で帰還する兵士たちに、妖艶な瞳を流しながら客を引くマイラの前に、改札口をくぐってロイが現れる…。ロイを見つけたマイラの驚き、艶かしい娼婦の瞳から驚きの瞳を経て、最初に会ったときのような清純な瞳に変わっていくヴィヴィアン・リーの名演を私は忘れない。
しかしその美しさこそ、その後の悲劇を予知させるものであったのだ。
二人の愛に変わりはなく、むしろいっそう激しく燃えるのであるが、将校という高い身分と娼婦の世界に身をゆだねた者の心の処置は、どうすることもできなかったのである。
マービン・ルロイ監督は、古今の美男美女を使って甘いメロドラマを作ったが、その底辺で戦争の悲惨さをイヤというほど見せつけたのである。
映画哀愁の舞台はウォータールー・ブリッジがすべてと言っていい。1940年作のこの映画に出てくる橋は、がっしりした石橋で、古い街灯がともる中をゆっくりと馬車が通る風景はなんとも古典的で、今度の旅で渡った広々とした近代的な橋はかなり雰囲気を異にするが、テームズ川の流れは昔と変わることはないのであろうし、なによりもこの橋は、戦争で引き裂かれたマイラとロイの“哀しい愁い”を今もつなげる架け橋に違いない。
ちなみにこの映画の原題は「Waterloo Bridge」である。
ロンドンに行って、もっと見るべきところは多いはずなのに、このような感慨に時をゆだねるなんて私も変わっているのかもしれないが、まあ、これもまた旅である。