高知から2頭が遠征してきた第49回報知オールスターカップ。
後発からナターレがハナへ。トーセンピングス,マチカネニホンバレ,ドリームストライドの3頭が追っていき,向正面では5番手と差が開きました。しかし正面に入るとペースが落ち,後続も追いついてきました。ここで外をシーズザゴールドが上昇,1コーナーでは2番手に。トーセンピングスは引かなかったので,3頭が先行で2周目に。
この3頭以外の前の馬は後退し,リバティバランスとアドマイヤシャトルが4番手で並んで直線に。ここからまずシーズザゴールドが抜け出し,追うのは外に進路を選択したアドマイヤシャトル。さらに控えていたカキツバタロイヤルがその外に出てきて3頭の争い。先んじたシーズザゴールドが半馬身差で優勝。2着はアドマイヤシャトルで,ハナ差の3着がカキツバタロイヤル。
優勝したシーズザゴールドは2010年の羽田盃以来となる南関東重賞2勝目。クラシックを制した馬としては長らく勝てなかったといえますが,終っていたかといえばそうでもなく,ときに好走をしていました。今日は正面で動いた騎手の判断が素晴らしかったと思います。また,前走から船橋に移籍したのですが,水が合う面があったのでしょうか。重賞は難しいかと思いますが,底力はある筈で,南関東重賞ではまだ花を咲かすことができるのではないかと思います。
騎乗した大井の戸崎圭太騎手は大晦日の東京2歳優駿牝馬に続く南関東重賞制覇。第46回以来,3年ぶりのオールスターカップ2勝目。前走から管理している船橋の川島正行調教師は第37回,39回,46回を制していて4勝目。
『堕天使の倫理』の中では言及されていないのですが,この考え方の中心をなすのは,岩波文庫版では113ページの終りに書かれている,第二部自然学②定義であると僕は理解しています。非常に長いものですが全文を掲載します。
「同じあるいは異なった大いさのいくつかの物体が,他の諸物体から圧力を受けて,相互に接合するようにされている時,あるいは(これはそれらいくつかの物体が同じあるいは異なった速度で運動する場合である)自己の運動をある一定の割合で相互に伝達するようにされている時,我々はそれらの物体がたがいに合一していると言い,またすべてが一緒になって一物体あるいは一個体を組織していると言う。そしてこの物体あるいは個体は,構成諸物体のこうした合一によって他の諸物体と区別される」。
普通は定義というものは○○は~であるといわれるものです。そしてスピノザの哲学における事物の定義のルールとは,その命題の中に定義される事物の本性と発生が含まれていなければならないというものです。ですから普通の定義命題でいえば,○○が定義される事物であり,~の部分にはその○○の本性ならびに発生が示されているということになるでしょう。しかしこの定義の場合には,命題の主語にあたる○○が,一見しただけではよく分からないようにも思えます。
僕の理解では,この定義が示している内容は,第二部定義七でスピノザが複数の個物によって組織されている単一の個物というのを認めるときに,そうした個物というものがどういった本性を有し,またどのように発生するのかということです。すでに人間の身体がそうした個物であるということは説明した通りですから,人間の身体にもこれは該当するということになります。
ただし,現在の考察との関連でいうならば,これがどのようにして発生するのかは考慮の外において構いません。重要なのは本性の方です。つまりこの定義でいえば,どういう場合に複数の物体が合一して一物体を構成するのかということ,またその一物体はいかなる仕方によってほかの物体と様態的に区別されるのか,あるいはされ得るのかという点です。
後発からナターレがハナへ。トーセンピングス,マチカネニホンバレ,ドリームストライドの3頭が追っていき,向正面では5番手と差が開きました。しかし正面に入るとペースが落ち,後続も追いついてきました。ここで外をシーズザゴールドが上昇,1コーナーでは2番手に。トーセンピングスは引かなかったので,3頭が先行で2周目に。
この3頭以外の前の馬は後退し,リバティバランスとアドマイヤシャトルが4番手で並んで直線に。ここからまずシーズザゴールドが抜け出し,追うのは外に進路を選択したアドマイヤシャトル。さらに控えていたカキツバタロイヤルがその外に出てきて3頭の争い。先んじたシーズザゴールドが半馬身差で優勝。2着はアドマイヤシャトルで,ハナ差の3着がカキツバタロイヤル。
優勝したシーズザゴールドは2010年の羽田盃以来となる南関東重賞2勝目。クラシックを制した馬としては長らく勝てなかったといえますが,終っていたかといえばそうでもなく,ときに好走をしていました。今日は正面で動いた騎手の判断が素晴らしかったと思います。また,前走から船橋に移籍したのですが,水が合う面があったのでしょうか。重賞は難しいかと思いますが,底力はある筈で,南関東重賞ではまだ花を咲かすことができるのではないかと思います。
騎乗した大井の戸崎圭太騎手は大晦日の東京2歳優駿牝馬に続く南関東重賞制覇。第46回以来,3年ぶりのオールスターカップ2勝目。前走から管理している船橋の川島正行調教師は第37回,39回,46回を制していて4勝目。
『堕天使の倫理』の中では言及されていないのですが,この考え方の中心をなすのは,岩波文庫版では113ページの終りに書かれている,第二部自然学②定義であると僕は理解しています。非常に長いものですが全文を掲載します。
「同じあるいは異なった大いさのいくつかの物体が,他の諸物体から圧力を受けて,相互に接合するようにされている時,あるいは(これはそれらいくつかの物体が同じあるいは異なった速度で運動する場合である)自己の運動をある一定の割合で相互に伝達するようにされている時,我々はそれらの物体がたがいに合一していると言い,またすべてが一緒になって一物体あるいは一個体を組織していると言う。そしてこの物体あるいは個体は,構成諸物体のこうした合一によって他の諸物体と区別される」。
普通は定義というものは○○は~であるといわれるものです。そしてスピノザの哲学における事物の定義のルールとは,その命題の中に定義される事物の本性と発生が含まれていなければならないというものです。ですから普通の定義命題でいえば,○○が定義される事物であり,~の部分にはその○○の本性ならびに発生が示されているということになるでしょう。しかしこの定義の場合には,命題の主語にあたる○○が,一見しただけではよく分からないようにも思えます。
僕の理解では,この定義が示している内容は,第二部定義七でスピノザが複数の個物によって組織されている単一の個物というのを認めるときに,そうした個物というものがどういった本性を有し,またどのように発生するのかということです。すでに人間の身体がそうした個物であるということは説明した通りですから,人間の身体にもこれは該当するということになります。
ただし,現在の考察との関連でいうならば,これがどのようにして発生するのかは考慮の外において構いません。重要なのは本性の方です。つまりこの定義でいえば,どういう場合に複数の物体が合一して一物体を構成するのかということ,またその一物体はいかなる仕方によってほかの物体と様態的に区別されるのか,あるいはされ得るのかという点です。
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