Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『八月納涼歌舞伎 第三部』2回目 1等花道外後方

2005年08月20日 | 歌舞伎
『法界坊』
前回14日に3等A席で観劇したときより楽しんで観ることができた。芝居全体にメリハリとまとまりが出てきたのと勘三郎さんの調子がかなり良くなってきた、ということもあるが、座席の問題も大きいとも思った。近くで観てようやく、なるほどそういう芝居もやっていたのか、と納得したり、表情が細かくころころ変わる様を楽しんだり。特に1幕目、2幕目はそれが顕著だ。でもなんといっても前回同様本当に楽しんだのは「隅田川の場」だったんだけどね。今回観た勘三郎さんの双面の気迫は素晴らしいものがあった。この大喜利の場だけでも満足できそうなくらい勘三郎さんの圧倒的な舞台支配力にほれぼれ。その代わりバランス的に他の役者がちょっとかすんでしまった感はあるけど、それは仕方がない。

それにしてもやはり今回のこの演出は小さい小屋向けだと思った。この演出の芝居をきちんと臨場感溢れるものとして楽しめるのは桟敷席と1等1階席と2階席前方の客だろうなと。もちろん他の演目でも役者の肉体を身近に感じる席で観るとかなり満足度が高くなる。それの部分を抜かしても、今回はあまりにもこじんまりと舞台を作りすぎ。個人的な好みだろうがまず舞台上の人形はいらない。ドッキリさせる演出もあるけど、ただのおまけみたいな演出だ。あの演出が無くても十分面白く出来る。それとやっぱり舞台から降りた役者たちをそのまま下で芝居させすぎ。通路として使うのは全然ありだ。全部舞台上でやれとはいわない。1階席の客の特権はあっていい。だけど、場の情況を見せる場まで下にいさせるのはあまりいい手法とはいえない。小芝居は近くで見るとダイレクトなノリとして伝わるし、前回でこういうのがあるのかと判ってみていたせいもあるけど、さほどうるさくは感じなかった。それと全体的に役者の雰囲気がまとまってきたため浮くことがなくなってきたせいでもあると思う。ただやはり内輪ウケのノリに付いていけるかどうかという部分は無きにしも非ず。

さて、主たる役者や気になる役者個々に言及するのが私の感想の流儀なので前回あまり気が乗らなかったのだけど今回は頑張って書いてみる。(前回含めての感想です)

法界坊の勘三郎さん、なんといっても場の支配力や人を惹きつけるオーラが見事。ただ今回あまりに愛嬌をのせすぎのような気がする。1幕目はそれで十分だと思うのだけど2幕目にそれを引きずりすぎ。2幕目に法界坊の人としての嫌らしさや恐さをもっと見せつけたほうがいいと思う。1F席の近くで観た時に実は結構表情に嫌らしさを見せてるのはわかったんだけど、それでも「笑い」に走りすぎて凄みがきかないのだ。2幕目に霊になってまで執着をみせる嫌らしさを強調できたら大喜利の場が唐突でなくなるはず。せっかく双面での切り替えや異様さを見事に表現されていて緊迫感ある素晴らしいものを見せてるからなおさらそう思う。

要助の福助さんがきちんと男になっていたのが意外。真女形が立役をやるとみょうになよなよして男に見えなかったりするのですが福助さんははんなりした風情のなかに骨太さもありました。しかしこの要助はすべてにおいて他人事のような表情をしているのです。勘十郎にいたぶられるときですら、どこか浮世離れ。そこが面白い味わいでした。

番頭正八の亀蔵さんはなんというか、もうこの怪演はアリで結構です、そのままいっちゃってください、という感じでした。あの異様な動きにはビックリ。何度見ても驚いてしまうし、笑えるし。でもこの不気味でおかしな動きがきちんと番頭のいやらしさを体現しているところが見事だなと。

勘十郎の勘太郎くんはお父さんに声や間の取り方が似てきた。コミックリリーフとしてなかなかの出来。ただ、この役には若すぎる。最初3Fで観たときはなかなかインパクトがあって、こういう役も出来るのねと感心したのだけど、そのインパクトが無くなり1Fでみると、勘十郎という役が持ついやらしさとか執着心とかがあまり出てない。品が良すぎるのだろう。ただ、この年齢でこういうコミカルな役をここまで演じられる資質に「次期の勘九郎」という文字が脳裏に浮かぶ。女船頭おさくは丁寧に演じている。

野分姫の七之助くんは可愛らしかったです。堅さがおぼこな姫らしくて、何かといえば短刀で自害しようとする少女まんがちっくな表現が様になっていた。私は七之助くんの女形の硬質な高い声がわりと好みです。

甚三郎の橋之助さんはこういう役回りを演じると本当に活き活きとしてくる。素直に二枚目だねえと思った。今月は橋之助さんは1~3部すべてで持ち味が活かせる役まわりだった。だがその持ち味ををきちんと活かしきれるかは役者の実力。そういう意味で今月は非常によかった。