『彦山権現誓助剱』「杉坂墓所」「毛谷村」
「毛谷村」だけの上演が多い演目ですが「杉坂墓所」がつくとかなり話がわかりやすくなります。剣術の名手六助は母を亡くしたばかり。そこに微塵弾正から病気の母のために御前試合に負けて自分に仕官の道を開かせてくれと頼まれ了承。また多勢に襲われ死にかけていた男から頼まれ幼子の弥三松を引き取ることとなる、そこまでが「杉坂墓所」のお話。そして「毛谷村」では弾正にわざと試合に負けてやったり、子供をあやして遊んだり、一夜の宿を老女に貸してあげたり。そんな一日の終わりかけに、虚無僧の格好をした女性が敵だと六助に切りかかってくる。その女性をみた弥三松は「おばさまか?」と縋る。女性は六助から子供を預かった仔細や六助の名を聞くと、いきなり「わしゃ、お前の女房」としおしお。その女性は六助の師、一味斎の姉娘で許婚のお園であった。そして恩師、一味斎の仇が微塵弾正と知れ、六助はお園ともども仇を討つ決心をするのであった。
いわゆる仇討ちものだが、六助の鷹揚とした人の良さや、男勝りながら六助が許婚と知った途端に急に女らしくなったりするお園の姿が描かれ、ほのぼのするシーンも多い。そのようなほのぼのシーンから弾正が敵討ちの相手と知り、仇討ちを決意するるシーンの怒りの迫力の落差も見もの。
六助役の染五郎が予想以上の出来でうれしい驚き。上手になった、と本当に思う。存在感と大きさがあれほどきちんと出るとは。それと台詞の調子もいい。きちんと義太夫にのって、心地良い台詞も聞かせる。また軽く言う部分と張る部分のメリハリも効いてるし、主役としての存在感がしっかりと出てました。姿はやはり二枚目で、朴訥とした雰囲気がうまく出るかなあ?と思ったのだけど、六助の人のよさがうまく出てました。特に子供をあやすシーンでのやりとりでのほのぼの感がかなり良い。それにカッコイイ部分があるほうが、お園が相手が六助と知れた途端に女らしく恥ずかしそうにする気持ちがよくわかるし(笑)お園じゃなくても、染ちゃん六助みたいな許婚だったら皆、ああなるわ(笑)。
またわざと負ける場面でも実は相手より上手なんだよ、と剣術の達人としての腰の座り方はさすがに堂に入っているので、仇を討つ決心をする部分で「まずは御前試合で意趣返し」をしてから仇討ちをと言う部分の説得力にも繋がる。それにしても微塵弾正に騙されたと知り怒る部分での迫力が素晴らしかった。一段と体が大きく見え、台詞に怒りの激しさがきちんとのっていました。こういう感情の出し方に上手さをみせる。それと見得を切るシーンの決まりがピタッと決まっていた。最後、弥三松と一緒に見得を切るシーンでは子役の子に「はい、右」「はい、こんどは左」と小さい声で教えてあげていた。このシーンは演出かもしれないけど、六助の優しさと染ちゃんの優しさが重なって素敵な場になってました。ところどころ台詞や型に気を取られ雑になってる部分や、声がかすれてしまう悪い部分もありましたが初役でこの難役をこれだけこなせれば大したものです。
線の細さを感じさせない六助の姿を見て、私は感動してしまいました。染ちゃん、ようやく自分のところの芸をみせるだけの大きさを身につけてきたんだなあと。年齢的にちょうど合うようになってきたのかもしれない。20代までの線が細すぎて、また押し出しがあまりない繊細な雰囲気が、自分でも周囲でも「染五郎」にどんな役が似合うのかよくわからないでいたかのように色々な役に挑戦してきた染ちゃん。でもやっぱりあなたには高麗屋と播磨屋の芸を受け継ぐだけの資質がちゃんとあるんだよ。勿論、今まで高麗屋の家の芸になかった上方の役も、これからどんどん挑戦してもらいたい。でもやはり高麗屋と播磨屋の芸が一番のニンになるよう頑張ってね。
叔父様に習った通り丁寧に演じているのだと思うけど、やはりきちんとやる、ということがどれだけ大切かというのがよく見えた演目だった。見てて気持ちいいんだよねー。ファンになる前から観てきた人間なので贔屓目だけで書いてるわけではありませんよ、と書いておこう。今回ばかりは贔屓目通さない部分でも褒めたい気分です。
お園役は芝雀さん。お父様の当り役というだけあってかなり気合の入った演技。いつも以上に所作ひとつひとつ丁寧に演じていらっしゃいました。虚無僧姿ではやはり小柄で、すぐに女と知れる後ろ姿。というかなぜにあの格好でも女に見えるのだ?(笑)。六助に「女」と見破られる部分の驚きが残念ながら無いのだけど、いつもと違うキリッとした表情で、男勝りの女剣士として立ち回る姿に凛としたものがあって魅力的。でもやっぱり、六助を許婚と知り、いきなり女ぽく、なよなよしちゃう姿のほうが可愛らしくって似合う。
ひょいと臼を持ち上がる力持ちな部分をこそっと隠してみたり、舞い上がって夕餉の仕度をしはじめる姿がかなりキュート。でも空焚きしちゃうし(笑)。こういう時の仕草の可愛らしさで観客を引き込みます。また父、一味斎を殺されてからのことを六助に訴える部分がきれいに糸にのったクドキでとても良かった。芝雀さんの高い声での嘆きは悲しさと悔しさが入り混じった表情をもっておりました。この方も心情の出し方がとても上手いと思う。
敵役、弾正は信二郎さん。おおっ、悪役がこんなに似合うとは。信二郎さんは優男のイメージが強いのですが、こういう憎々しげな役も似合いますねえ。体の動きがとてもきちっとした、楷書の演技が際立ちます。信二郎さんの良さを再確認させていただきました。特に今回、様々な役をこなしていらっしゃいますがどんな役でも隙なくこなす。ここまでメリハリのあるものを見せてもらえるとは思っていませんでした。
一味斎後室お幸には吉之丞さん。この方の武家の女の姿は本当に上品です。最初のちょっとあやしげな老女といった場でも雰囲気が柔らかで、決して悪役ではないだろうと最初からわかる。六助との会話のシーンがだからなんとなくユーモラスでもあったりして、ほんとは何者なんだろう?と気になる存在になっているのがいい。
脇では源八役の染二郎さんがかなり頑張っていた。きちっと体を動かしトンボもきれいに決め、拍手をもらっておりました。こういう目立つ役を貰っていけるとどんどん良くなっていくんですよねー。三階さんの活躍もうれしい限り。
『身替座禅』
狂言を元にしたユーモラスな恐妻家と嫉妬深い妻の夫婦間の物語。恐妻家、右京は座禅をすると偽り、愛人花子の元へ太郎冠者を身代わりに置いいくものの、奥方の玉の井に見つかってしまう。嘘をつかれた玉の井は太郎冠者に成りすまし右京を待ち受ける。そんなこととは露知らず朝帰りの右京。
右京役に吉右衛門さん。白塗りお殿様の吉右衛門さんも珍しい。こういう役、似合うのかな?と思っていたのですが、やっぱり上手い。なんつーの、ちょっと情けない浮かれ殿様をかなりキュートに演じておりました。個人的に、こんな表情もできるのかとかなりの驚き。右京で一番難しいと言われる、花子宅よりほろ酔い気分で帰ってくる花道での場の吉右衛門さんのほけーっ、にま~っとした表情がなんともいえない。この表情で観客の拍手をかっさらっていくんだからほんと凄いよ。この役、猿之助さんと菊五郎さんのを観ているはずだが、これほど印象に残る出だったかな??『身替座禅』はどちらかというと、立役がやる玉の井のほうが強烈で右京の印象がそれほど強く感じたことはないのだけど、今回はかなり右京の存在も全面に出てました。さすがだ。この表情を見て、吉右衛門さんの『一條大蔵譚』を観たくなりました。相当な迫力がありそうだ。今度やるときは絶対見逃せない。
玉の井は歌昇さん。これまたすごーくキュートな玉の井なんですよ。鬼瓦と言われてしまうごつい顔で目を剥いた顔は迫力満点。なんだけど、なんだか心根は優しい、旦那一途な女心が見えるのです。ジタバタ足を鳴らすとこなんて、いじらしくってほんとうに可愛い。右京に心情を重ねるであろう男の人でもこの玉の井も可愛いと思うんじゃないかなーと思いました。
太郎冠者に信二郎さん。きびきびとした動きで演じる。ひょうきんな顔を作り、なかなかにユーモラス。信二郎さんの意外な一面をまた見せてもらえた。ちょっと気弱な感じは信二郎さんだからか(笑)。この方の丁寧な動きもみていて気持ちのいいものだった。日々鍛錬さえているのだろうなあ。
「毛谷村」だけの上演が多い演目ですが「杉坂墓所」がつくとかなり話がわかりやすくなります。剣術の名手六助は母を亡くしたばかり。そこに微塵弾正から病気の母のために御前試合に負けて自分に仕官の道を開かせてくれと頼まれ了承。また多勢に襲われ死にかけていた男から頼まれ幼子の弥三松を引き取ることとなる、そこまでが「杉坂墓所」のお話。そして「毛谷村」では弾正にわざと試合に負けてやったり、子供をあやして遊んだり、一夜の宿を老女に貸してあげたり。そんな一日の終わりかけに、虚無僧の格好をした女性が敵だと六助に切りかかってくる。その女性をみた弥三松は「おばさまか?」と縋る。女性は六助から子供を預かった仔細や六助の名を聞くと、いきなり「わしゃ、お前の女房」としおしお。その女性は六助の師、一味斎の姉娘で許婚のお園であった。そして恩師、一味斎の仇が微塵弾正と知れ、六助はお園ともども仇を討つ決心をするのであった。
いわゆる仇討ちものだが、六助の鷹揚とした人の良さや、男勝りながら六助が許婚と知った途端に急に女らしくなったりするお園の姿が描かれ、ほのぼのするシーンも多い。そのようなほのぼのシーンから弾正が敵討ちの相手と知り、仇討ちを決意するるシーンの怒りの迫力の落差も見もの。
六助役の染五郎が予想以上の出来でうれしい驚き。上手になった、と本当に思う。存在感と大きさがあれほどきちんと出るとは。それと台詞の調子もいい。きちんと義太夫にのって、心地良い台詞も聞かせる。また軽く言う部分と張る部分のメリハリも効いてるし、主役としての存在感がしっかりと出てました。姿はやはり二枚目で、朴訥とした雰囲気がうまく出るかなあ?と思ったのだけど、六助の人のよさがうまく出てました。特に子供をあやすシーンでのやりとりでのほのぼの感がかなり良い。それにカッコイイ部分があるほうが、お園が相手が六助と知れた途端に女らしく恥ずかしそうにする気持ちがよくわかるし(笑)お園じゃなくても、染ちゃん六助みたいな許婚だったら皆、ああなるわ(笑)。
またわざと負ける場面でも実は相手より上手なんだよ、と剣術の達人としての腰の座り方はさすがに堂に入っているので、仇を討つ決心をする部分で「まずは御前試合で意趣返し」をしてから仇討ちをと言う部分の説得力にも繋がる。それにしても微塵弾正に騙されたと知り怒る部分での迫力が素晴らしかった。一段と体が大きく見え、台詞に怒りの激しさがきちんとのっていました。こういう感情の出し方に上手さをみせる。それと見得を切るシーンの決まりがピタッと決まっていた。最後、弥三松と一緒に見得を切るシーンでは子役の子に「はい、右」「はい、こんどは左」と小さい声で教えてあげていた。このシーンは演出かもしれないけど、六助の優しさと染ちゃんの優しさが重なって素敵な場になってました。ところどころ台詞や型に気を取られ雑になってる部分や、声がかすれてしまう悪い部分もありましたが初役でこの難役をこれだけこなせれば大したものです。
線の細さを感じさせない六助の姿を見て、私は感動してしまいました。染ちゃん、ようやく自分のところの芸をみせるだけの大きさを身につけてきたんだなあと。年齢的にちょうど合うようになってきたのかもしれない。20代までの線が細すぎて、また押し出しがあまりない繊細な雰囲気が、自分でも周囲でも「染五郎」にどんな役が似合うのかよくわからないでいたかのように色々な役に挑戦してきた染ちゃん。でもやっぱりあなたには高麗屋と播磨屋の芸を受け継ぐだけの資質がちゃんとあるんだよ。勿論、今まで高麗屋の家の芸になかった上方の役も、これからどんどん挑戦してもらいたい。でもやはり高麗屋と播磨屋の芸が一番のニンになるよう頑張ってね。
叔父様に習った通り丁寧に演じているのだと思うけど、やはりきちんとやる、ということがどれだけ大切かというのがよく見えた演目だった。見てて気持ちいいんだよねー。ファンになる前から観てきた人間なので贔屓目だけで書いてるわけではありませんよ、と書いておこう。今回ばかりは贔屓目通さない部分でも褒めたい気分です。
お園役は芝雀さん。お父様の当り役というだけあってかなり気合の入った演技。いつも以上に所作ひとつひとつ丁寧に演じていらっしゃいました。虚無僧姿ではやはり小柄で、すぐに女と知れる後ろ姿。というかなぜにあの格好でも女に見えるのだ?(笑)。六助に「女」と見破られる部分の驚きが残念ながら無いのだけど、いつもと違うキリッとした表情で、男勝りの女剣士として立ち回る姿に凛としたものがあって魅力的。でもやっぱり、六助を許婚と知り、いきなり女ぽく、なよなよしちゃう姿のほうが可愛らしくって似合う。
ひょいと臼を持ち上がる力持ちな部分をこそっと隠してみたり、舞い上がって夕餉の仕度をしはじめる姿がかなりキュート。でも空焚きしちゃうし(笑)。こういう時の仕草の可愛らしさで観客を引き込みます。また父、一味斎を殺されてからのことを六助に訴える部分がきれいに糸にのったクドキでとても良かった。芝雀さんの高い声での嘆きは悲しさと悔しさが入り混じった表情をもっておりました。この方も心情の出し方がとても上手いと思う。
敵役、弾正は信二郎さん。おおっ、悪役がこんなに似合うとは。信二郎さんは優男のイメージが強いのですが、こういう憎々しげな役も似合いますねえ。体の動きがとてもきちっとした、楷書の演技が際立ちます。信二郎さんの良さを再確認させていただきました。特に今回、様々な役をこなしていらっしゃいますがどんな役でも隙なくこなす。ここまでメリハリのあるものを見せてもらえるとは思っていませんでした。
一味斎後室お幸には吉之丞さん。この方の武家の女の姿は本当に上品です。最初のちょっとあやしげな老女といった場でも雰囲気が柔らかで、決して悪役ではないだろうと最初からわかる。六助との会話のシーンがだからなんとなくユーモラスでもあったりして、ほんとは何者なんだろう?と気になる存在になっているのがいい。
脇では源八役の染二郎さんがかなり頑張っていた。きちっと体を動かしトンボもきれいに決め、拍手をもらっておりました。こういう目立つ役を貰っていけるとどんどん良くなっていくんですよねー。三階さんの活躍もうれしい限り。
『身替座禅』
狂言を元にしたユーモラスな恐妻家と嫉妬深い妻の夫婦間の物語。恐妻家、右京は座禅をすると偽り、愛人花子の元へ太郎冠者を身代わりに置いいくものの、奥方の玉の井に見つかってしまう。嘘をつかれた玉の井は太郎冠者に成りすまし右京を待ち受ける。そんなこととは露知らず朝帰りの右京。
右京役に吉右衛門さん。白塗りお殿様の吉右衛門さんも珍しい。こういう役、似合うのかな?と思っていたのですが、やっぱり上手い。なんつーの、ちょっと情けない浮かれ殿様をかなりキュートに演じておりました。個人的に、こんな表情もできるのかとかなりの驚き。右京で一番難しいと言われる、花子宅よりほろ酔い気分で帰ってくる花道での場の吉右衛門さんのほけーっ、にま~っとした表情がなんともいえない。この表情で観客の拍手をかっさらっていくんだからほんと凄いよ。この役、猿之助さんと菊五郎さんのを観ているはずだが、これほど印象に残る出だったかな??『身替座禅』はどちらかというと、立役がやる玉の井のほうが強烈で右京の印象がそれほど強く感じたことはないのだけど、今回はかなり右京の存在も全面に出てました。さすがだ。この表情を見て、吉右衛門さんの『一條大蔵譚』を観たくなりました。相当な迫力がありそうだ。今度やるときは絶対見逃せない。
玉の井は歌昇さん。これまたすごーくキュートな玉の井なんですよ。鬼瓦と言われてしまうごつい顔で目を剥いた顔は迫力満点。なんだけど、なんだか心根は優しい、旦那一途な女心が見えるのです。ジタバタ足を鳴らすとこなんて、いじらしくってほんとうに可愛い。右京に心情を重ねるであろう男の人でもこの玉の井も可愛いと思うんじゃないかなーと思いました。
太郎冠者に信二郎さん。きびきびとした動きで演じる。ひょうきんな顔を作り、なかなかにユーモラス。信二郎さんの意外な一面をまた見せてもらえた。ちょっと気弱な感じは信二郎さんだからか(笑)。この方の丁寧な動きもみていて気持ちのいいものだった。日々鍛錬さえているのだろうなあ。