Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『壽初春大歌舞伎 昼の部』3等A席センター

2017年01月14日 | 歌舞伎
歌舞伎座『壽初春大歌舞伎 昼の部』3等A席センター

『将軍江戸を去る』
役者さんは好きなようでよく上演されてるし、色んな役者で観てるけど、苦手演目のひとつ。寝たりはしないし、それなりに観てしまうけど、なかなか苦手意識が取れない…。今回、それぞれの役者が「らしさ」があって分かりやすい芝居にはなっていたとは思う。台詞は皆さんあまり謳いあげないで抑えめ。新歌舞伎系は好き嫌いの激しい私ですが、なぜこの演目が苦手な部類の入ってるのか自分でもよくわかっていなかったけど今まで慶喜に興味がなかったんだな、というのが今回の気づき。なぜわかったかというと慶喜という人物の知識が増えたから。知識が増えたことで今まで、慶喜の台詞の意味合いをきちんとわかっていなかったんだな~と痛感させられた。だから『将軍江戸を去る』という芝居の慶喜のキャラを受け止めきれてなかったんだなと。とはいえ、今回そこがわかっただけでまだ理解しきれてないのですけど。そこがわかっただけでも収穫は収穫。

慶喜@染五郎さん、運命に対する陰鬱な悲哀とどこか純粋さがある殿ぶりが良かった。台詞廻しは吉右衛門さん譲りか、最後の場の名残を惜しみつつ江戸を去る際の詠嘆は時代の区切りをしみじみを感じさせるものであったように思う。

山岡鉄太郎@愛之助さん、役としての立ち位置が巧く台詞も明快。青果節の抑揚はあまりなくストレート。

高橋伊勢守@又五郎さん、宥め役として非常に落ち着いた芝居で良かった。新歌舞伎の又五郎さんというと暑苦しいくらいの熱さというイメージだったので新鮮でした。

若い、諸士たちの歌昇さん、種之助さん、廣太郎さん、男寅さんが血気に逸る青臭さを体現していました。皆、台詞がしっかりしてきたな~と思ったり。

『大津絵道成寺』
ここでお正月らしい華やかな舞踊を。道成寺ものをご趣向で組み立てたような舞踊ですね。愛之助さんが五役を時に早変わりをしながら踊っておきます。大津絵とお題にあるように立役が中心の愛之助さんらしい輪郭の太く丁寧に踊っていきます。主になる藤娘姿がサマになるのは若い頃、女形が中心だったおかげでしょうか。華がありました。

犬@種之助さん、のびのびと弾むように踊り可愛らしかったです。踊り上手のお父様に似て素直ないい踊り。わんわん六方も勢いがありました。

弁慶@歌昇さん、三枚目がはいったお役ですが思った以上に似合い線の太さと滑稽味と、とても良かったです。

矢の根の五郎@染五郎さん、押し戻しで最後で出ますが荒事のこしらえが本当に似合うようになりました。大きさと格があり一際華やか。声も荒れてなかったですね。もう少し喉を広げて声を前に押し出せると良いんですが。


『沼津』
ベテランの存在感をまざまざと感じさせた演目。舞台の空気が濃密になりますね(『沼津』のみ1等センターで拝見)

十兵衛@吉右衛門さん、前半は正直声が弱いかなという部分があったのだけどその代わり、今の年齢だから出せるキュートさがあって突拍子のない我侭にもみえる言動なのにほっこりさせてしまう力がある。でも、なんといっても真骨頂はやはり平作お米が父、妹と知れた後。ふとした佇まいと台詞で空気を変えていく。それがごく自然にでもくっきりと輪郭をもって描写されている。この空気の変え方は吉右衛門さん独特のものだと思う。

平作@歌六さん、かなり突っ込んだ芝居しててすっかり持ち役にしておりました。人懐こさのなかに頑固な強い芯がある、鋼のような平作だと思いました。情のありようも甘くない。

お米@雀右衛門さん、以前は可愛らしさのほうが先に立ち健気な「娘」の風情でしたが、今月は艶が出て恋しい人のためには手段を選ばない芯の強さもありました。平作の娘だな、というのが伝わってきた。