新橋演舞場『三月大歌舞伎 昼の部』 1等A席前方花道寄り
『荒川の佐吉』
私はなぜこの芝居が苦手だったんだろう?と思うほど以前感じていた印象から違う印象へと変わった芝居となりました。真山青果特有の何もそこまで言葉で表現しなくてもと思う持って回った理屈ぽさはやはり多少気になる部分はあるのですが今回は登場人物たちの等身大の不器用なまでの生き様がみえて「物語」として受け入れることができました。
今月の『荒川の佐吉』は役者を見せるというより物語のほうが先に立った芝居になっていたので色んなものがみえてきていたような感じです。染五郎さん佐吉の良い意味での初役ゆえの余裕のない真っ直ぐな芝居だからこそ見えてきたものがあったのかも。まずは佐吉という男の成長譚としての側面がよくみえました。また物語のなかの「力」の世界の矛盾をついてくる話でもあり。またそのなかに「お金」の力に対するものも含まれているのだという事もようやくきちんと判ったかも。金を持つものの傲慢さ、持たざるものの悲哀。単に力、金があるだけでは人は生きていけないのだと、そこに人情、義、といった人としての真っ当さ、そして愛するものを思いやるものがなければ「生き様」としてどうなのか?と問うものだったのかな~と。
佐吉@染五郎さん、8日に拝見したときよりだいぶ人物像にメリハリが出ていて進化していました。1回目に拝見した時にすでに「佐吉」という人物像が染五郎さんのなかにしっかりと浮かび上がっていたので完成度が高いと思ってたんですが今回拝見してみると実はかなり芝居の手順に追われいっぱいいっぱいで芝居してたのがよくわかりました。それだけ難しい役なんだということも。今回のほうが場面場面にもっと説得力がありました。染五郎さんのなかに佐吉がしっかりと馴染んでいたと思います。染五郎さんの佐吉の一言一言、その行動のなかにある実感のこもりようが見事でした。佐吉@染五郎さんは仁左衛門さんの佐吉をよく写してるだけじゃなく、かなり自分に引き寄せてる部分があると思います。真っ直ぐに「佐吉」という人物を捉えてる。今は等身大の部分で一番共感できるとこを膨らまして演じてるんだと思います。
任侠に憧れ、いきがりつつも性根の真っ直ぐさや優しさを失わない。そして自分と係わった人々をとても大事にする。人として「大事」な部分がどこにあるか感覚的にわかっているけどそれを自覚し表現するにはとても未熟で弱い。そんな佐吉が本当に大事で守るものができた時に少しづつ成長していく。そういう佐吉だった。丁寧に丁寧に佐吉の心持ちを拾って描き出していました。なぜ旅立たなくてはいけなかったのか、弱さがあればこそ、そこが本当によくわかる。弱さを自覚したからこそ強くなれた、そして愛するもののために最後一人で去ることを決められた。染五郎さんの佐吉の強さはただひたすらに守るもののために必死に生きているという部分なんだなあと。颯爽とした自覚的な強さはない佐吉だけどとても切なくて愛おしい男でした。最初の辰との引っ込みでのまだ自分に無自覚な可愛い笑顔とラストのやせ我慢して涙をこらえた男らしい顔の対比がよかった。染五郎さんが次に演じる時にどういう佐吉像に持っていくかわからないけど次に拝見するのがとても楽しみになりました。
堅気な佐吉がなぜ任侠に憧れたんだろうと思っていたのだけど、染五郎さんの佐吉は人としてはずれてしまう部分があったわけではなく、外れもの達の寄り集めで力だけで生きていくためゆえの義理と人情の約束事が強い任侠の世界の擬似家族に憧れたんじゃないかと思ったり。小さい時に家族を亡くしたのかなとか。妄想がチト広がってしまいました(笑)
辰五郎@亀鶴さん、いかにも堅気の人のよいしっかりものの辰五郎をしっかりと演じていました。佐吉と友人としての間柄もとても良かったです。お互いの信頼度というか互いの気の使い方が同じところで繋がってる友人同士な感じというか。お互いがフォローしあってる感がありました。今回の佐吉が弱いところを隠さないので亀鶴さんの「しっかりもの」の側面が強い辰五郎とピッタリでした。佐吉と辰五郎は年齢が近い役者同士のほうが良いのかもしれないですね。
お八重@梅枝くん、とても納得できたお八重ちゃんでした。気の強さのなかに傷ついた娘がみえる。
鍾馗の仁兵衛@錦吾さん、運から見放され投げやりになってしまった仁兵衛を元親分だったという格を失わずに表現しててとても良かったと思います。また、力で取り戻せないなら金で、という意地の部分が非常に鮮明で真山青果の言いたかった部分のひとつが拾い出された感じがしました。
相模屋政五郎@幸四郎さん、前回より貫禄が増した感じがしました。とはいえ幸四郎さんの相政は貫禄で有無を言わさずではなく佐吉に丁寧に言い聞かせる。
『九段目 山科閑居』
前回は加古川一家と大星一家のカラーが違いすぎて芝居のまとまりがいまひとつだったけど今回はさすがにしっかりかみ合わせてきた。情の加古川一家と義の大星一家、それがラスト交じり合いひとつの方向へと向かう、今回はそういう九段目だったように思う。
戸無瀬@藤十郎さん、娘可愛さの情味が溢れててとても良かったです。藤十郎さん演じる女はとても芯が強いことが多くその強さのなかに熱を帯びる、といったものが特徴のような気がしますが今回はそれとは趣が少し違っていたように思います。今回は藤十郎さんのたっぷりとした情が内へと入る感じ。今回の藤十郎さん演じる戸無瀬はすごく「女」なんだな~って思いました。旦那の言いつけをひたすらに守ろうとし、娘への情に揺れ、お石の言動に戸惑い悩む、その部分の弱さを隠さない。生さぬ仲の娘、小浪のために惑う姿がとても「妻であり母であり女」でそこがとってもよかったです。
お石@時蔵さんのお石は武家の女たらんとした凛とお石。非常に気を張って家族を守ろうとしまたそのうえで同じ「母」としての戸無瀬を思いやる。その気の張りようや使いようが良かったです。戸無瀬@藤十郎さんとは正反対にまずは強さを表へ表へと向かわせる。しかしその実、内心に不安を抱えているような繊細なお石さんでした。時蔵さんの戸無瀬も拝見してみたいです。
小浪@福助さん、とてもいじらしい一途な可愛い娘でした。愛らしさを全身で表現しとても美しかった。情が先に立つ戸無瀬@藤十郎さん、本蔵@幸四郎さんのなかにあってその愛情を一身に受けた強さがあったように思います。それにしてもここまで抑えた芝居ができるのであれば、このところ柄に合わなくなったかな?と思っていた姫も十分にまた表現できるでしょう。今後もこの感覚を忘れずに演じていってほしいです。
本蔵@幸四郎さん、この本蔵というお役は情をストレートに表現する幸四郎さんにピッタリです。。娘可愛さ、情の部分で動いてしまう本蔵というキャラの質をそのままに描き出す。主人のために賄賂も厭わず、よかれと思って判官を抱き止める。そしてそのために窮地に追いやられた大星一家への申し訳なさと、娘への愛情ゆえに自分の命を投げ出す。義ではなく情に生きた男の切なさがそこに浮かぶ。納得の造詣でとても良かったんですがそれはと別にどことなくお疲れかな?と思わせる台詞のキレの弱さがちょっと気になりました。
由良之助@菊五郎さんのは由良さんという押し出しはやはりないです。菊五郎さんはやはり判官、勘平役者なんだな~と思いました、とはいえ菊五郎さんの由良之助は本蔵の想いをしっかり受けとめ共感と思いやりが深い。そこを丁寧に表現されていて九段目の在りようをしっかり見せてきました。
力弥@染五郎さん、なぜにあんなに若くみえるのか?十代にしかみえなかったです。儚さばかりが先に立った8日とは違い今回はきちんと仇討ちに向けての若者らしい高揚感がありました。
『荒川の佐吉』
私はなぜこの芝居が苦手だったんだろう?と思うほど以前感じていた印象から違う印象へと変わった芝居となりました。真山青果特有の何もそこまで言葉で表現しなくてもと思う持って回った理屈ぽさはやはり多少気になる部分はあるのですが今回は登場人物たちの等身大の不器用なまでの生き様がみえて「物語」として受け入れることができました。
今月の『荒川の佐吉』は役者を見せるというより物語のほうが先に立った芝居になっていたので色んなものがみえてきていたような感じです。染五郎さん佐吉の良い意味での初役ゆえの余裕のない真っ直ぐな芝居だからこそ見えてきたものがあったのかも。まずは佐吉という男の成長譚としての側面がよくみえました。また物語のなかの「力」の世界の矛盾をついてくる話でもあり。またそのなかに「お金」の力に対するものも含まれているのだという事もようやくきちんと判ったかも。金を持つものの傲慢さ、持たざるものの悲哀。単に力、金があるだけでは人は生きていけないのだと、そこに人情、義、といった人としての真っ当さ、そして愛するものを思いやるものがなければ「生き様」としてどうなのか?と問うものだったのかな~と。
佐吉@染五郎さん、8日に拝見したときよりだいぶ人物像にメリハリが出ていて進化していました。1回目に拝見した時にすでに「佐吉」という人物像が染五郎さんのなかにしっかりと浮かび上がっていたので完成度が高いと思ってたんですが今回拝見してみると実はかなり芝居の手順に追われいっぱいいっぱいで芝居してたのがよくわかりました。それだけ難しい役なんだということも。今回のほうが場面場面にもっと説得力がありました。染五郎さんのなかに佐吉がしっかりと馴染んでいたと思います。染五郎さんの佐吉の一言一言、その行動のなかにある実感のこもりようが見事でした。佐吉@染五郎さんは仁左衛門さんの佐吉をよく写してるだけじゃなく、かなり自分に引き寄せてる部分があると思います。真っ直ぐに「佐吉」という人物を捉えてる。今は等身大の部分で一番共感できるとこを膨らまして演じてるんだと思います。
任侠に憧れ、いきがりつつも性根の真っ直ぐさや優しさを失わない。そして自分と係わった人々をとても大事にする。人として「大事」な部分がどこにあるか感覚的にわかっているけどそれを自覚し表現するにはとても未熟で弱い。そんな佐吉が本当に大事で守るものができた時に少しづつ成長していく。そういう佐吉だった。丁寧に丁寧に佐吉の心持ちを拾って描き出していました。なぜ旅立たなくてはいけなかったのか、弱さがあればこそ、そこが本当によくわかる。弱さを自覚したからこそ強くなれた、そして愛するもののために最後一人で去ることを決められた。染五郎さんの佐吉の強さはただひたすらに守るもののために必死に生きているという部分なんだなあと。颯爽とした自覚的な強さはない佐吉だけどとても切なくて愛おしい男でした。最初の辰との引っ込みでのまだ自分に無自覚な可愛い笑顔とラストのやせ我慢して涙をこらえた男らしい顔の対比がよかった。染五郎さんが次に演じる時にどういう佐吉像に持っていくかわからないけど次に拝見するのがとても楽しみになりました。
堅気な佐吉がなぜ任侠に憧れたんだろうと思っていたのだけど、染五郎さんの佐吉は人としてはずれてしまう部分があったわけではなく、外れもの達の寄り集めで力だけで生きていくためゆえの義理と人情の約束事が強い任侠の世界の擬似家族に憧れたんじゃないかと思ったり。小さい時に家族を亡くしたのかなとか。妄想がチト広がってしまいました(笑)
辰五郎@亀鶴さん、いかにも堅気の人のよいしっかりものの辰五郎をしっかりと演じていました。佐吉と友人としての間柄もとても良かったです。お互いの信頼度というか互いの気の使い方が同じところで繋がってる友人同士な感じというか。お互いがフォローしあってる感がありました。今回の佐吉が弱いところを隠さないので亀鶴さんの「しっかりもの」の側面が強い辰五郎とピッタリでした。佐吉と辰五郎は年齢が近い役者同士のほうが良いのかもしれないですね。
お八重@梅枝くん、とても納得できたお八重ちゃんでした。気の強さのなかに傷ついた娘がみえる。
鍾馗の仁兵衛@錦吾さん、運から見放され投げやりになってしまった仁兵衛を元親分だったという格を失わずに表現しててとても良かったと思います。また、力で取り戻せないなら金で、という意地の部分が非常に鮮明で真山青果の言いたかった部分のひとつが拾い出された感じがしました。
相模屋政五郎@幸四郎さん、前回より貫禄が増した感じがしました。とはいえ幸四郎さんの相政は貫禄で有無を言わさずではなく佐吉に丁寧に言い聞かせる。
『九段目 山科閑居』
前回は加古川一家と大星一家のカラーが違いすぎて芝居のまとまりがいまひとつだったけど今回はさすがにしっかりかみ合わせてきた。情の加古川一家と義の大星一家、それがラスト交じり合いひとつの方向へと向かう、今回はそういう九段目だったように思う。
戸無瀬@藤十郎さん、娘可愛さの情味が溢れててとても良かったです。藤十郎さん演じる女はとても芯が強いことが多くその強さのなかに熱を帯びる、といったものが特徴のような気がしますが今回はそれとは趣が少し違っていたように思います。今回は藤十郎さんのたっぷりとした情が内へと入る感じ。今回の藤十郎さん演じる戸無瀬はすごく「女」なんだな~って思いました。旦那の言いつけをひたすらに守ろうとし、娘への情に揺れ、お石の言動に戸惑い悩む、その部分の弱さを隠さない。生さぬ仲の娘、小浪のために惑う姿がとても「妻であり母であり女」でそこがとってもよかったです。
お石@時蔵さんのお石は武家の女たらんとした凛とお石。非常に気を張って家族を守ろうとしまたそのうえで同じ「母」としての戸無瀬を思いやる。その気の張りようや使いようが良かったです。戸無瀬@藤十郎さんとは正反対にまずは強さを表へ表へと向かわせる。しかしその実、内心に不安を抱えているような繊細なお石さんでした。時蔵さんの戸無瀬も拝見してみたいです。
小浪@福助さん、とてもいじらしい一途な可愛い娘でした。愛らしさを全身で表現しとても美しかった。情が先に立つ戸無瀬@藤十郎さん、本蔵@幸四郎さんのなかにあってその愛情を一身に受けた強さがあったように思います。それにしてもここまで抑えた芝居ができるのであれば、このところ柄に合わなくなったかな?と思っていた姫も十分にまた表現できるでしょう。今後もこの感覚を忘れずに演じていってほしいです。
本蔵@幸四郎さん、この本蔵というお役は情をストレートに表現する幸四郎さんにピッタリです。。娘可愛さ、情の部分で動いてしまう本蔵というキャラの質をそのままに描き出す。主人のために賄賂も厭わず、よかれと思って判官を抱き止める。そしてそのために窮地に追いやられた大星一家への申し訳なさと、娘への愛情ゆえに自分の命を投げ出す。義ではなく情に生きた男の切なさがそこに浮かぶ。納得の造詣でとても良かったんですがそれはと別にどことなくお疲れかな?と思わせる台詞のキレの弱さがちょっと気になりました。
由良之助@菊五郎さんのは由良さんという押し出しはやはりないです。菊五郎さんはやはり判官、勘平役者なんだな~と思いました、とはいえ菊五郎さんの由良之助は本蔵の想いをしっかり受けとめ共感と思いやりが深い。そこを丁寧に表現されていて九段目の在りようをしっかり見せてきました。
力弥@染五郎さん、なぜにあんなに若くみえるのか?十代にしかみえなかったです。儚さばかりが先に立った8日とは違い今回はきちんと仇討ちに向けての若者らしい高揚感がありました。