Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

大阪松竹座『坂東玉三郎 十一月特別公演』1等席1階真ん中後方下手寄り

2004年11月21日 | 歌舞伎
大阪松竹座『坂東玉三郎 十一月特別公演』1等席1階真ん中後方下手寄り

『伽羅先代萩』
玉三郎さんが「竹の間」から出すのは初で、しかも今回も、前回同様まま炊き(飯炊き)もやるということで、見たくてしょうがなかった演目。また染五郎の女形を実は見たことがなく、立役がニンのはずの染ちゃんがどういう女形を見せるのかも興味があったし、扇雀さんの八汐がかなり似合いそうな予感もあったし。そして私の予感は大当たりな良い芝居を見せてもらえました。

「竹の間」
「竹の間」での政岡、八汐、沖の井のやりとりあってこそ「御殿」の場が活きるのだということが今回よく分かった。これから『伽羅先代萩』を出すなら絶対この場は出したほうがいいと思う。また、松島の役を無くし、理を求める役を沖の井に集約したことで華やかさは多少欠けるものの、それぞれの人物像がハッキリして物語として一本筋が通ったものとなった。このことで物語に感情移入しやすくなる。今回のこの演出はいい方向に出ましたね。

最初の出の政岡の玉三郎さんのあでやかで品格のある美しい姿に心が鷲掴みされました。ひさびさに玉さまオーラにやられた。風格がありながらどこかたおやか。舞台を一気に大名屋敷の奥所にしてしまいました。そして子役を見つめるときの情が溢れる母としての、また乳母としての優しげな雰囲気と、八汐との対決で見せる気丈さとそのなかで見せる弱さの表情の繊細さにほれぼれ。それにしても今回の包み込むような守るものとしての政岡という雰囲気がとても良かったです。またいったんは八汐に言い負かされ、「さがりゃ」と言われ、悲しそうにゆるゆると若君の側を離れる時は最初の花道の出での堂々たる姿を見ているだけに、だんだんに姿を小さくしながら歩く姿がこれまた心情を姿にも表して見事だなあと。これは真女形ならではでしょう。

扇雀さんの八汐は非情ぶりを見せるというよりは虎の威を借りたなんとやらの小物感といやらしさたっぷりのお局になっていてそのねちっこさがかなりいい感じ。たいていは押し出しの強さと非情さを出すために立役がやることの多い八汐だが今回女形の扇雀さんがやることで、いかにも意地悪そうなおばさんぶりと政岡を陥れようとするものの詰が甘いちょっと抜けてるおばかぶりが強調された。ちょっとくだけすぎかなと思う部分はあれど、この玉三郎さんとは好対照な役作りがいかにも女同士の戦いといった趣が出てて面白かった。この八汐だからこそ、女の戦いの場としていかにもありそうな場面として見ることができた。それにしても扇雀さんの口をひん曲げた顔の表情の作り方はすごいね。ほーんと、いやらしい女としかいいようがない(笑)。そしてお母様(扇千影さん)そっくりなのが本気で笑える…。

染五郎の沖の井は想像以上にハマっていて良かったかも。沖の井は知の人で冷静に状況を見極め理論整然と八汐の詰の甘い策略を論破していく。特に政岡側の味方という形ではなく、正しきものを求めるといった儲け役なのだが、八汐を論破するときのきちっとした爽やかな物言いが見事でした。またお局としての品格がありきりっとした表情は沖の井の理知的な雰囲気が出てこれはなかなか。立役中心の染五郎なので以前この役をやった時蔵さんに比べたら所作の美しさは残念ながらおよばないものの、浅黄色の打ち掛けも似合い、役の性根をきちんと捉えての「お局」としての立ち振る舞いは見てて気持ちいいものでした。

染五郎はあまり女形の顔の作りが似合わないと聞いていましたが確かに顔の作りは決して美しいとか可愛いとか、さすがの染ファンの私でも言えない男前な女になってましたがその硬質さが今回は役にあってて、それほど違和感は感じませんでした。声もハスキーボイスながらきちんと女形としての声になってて、結構女形もいけるやん、と思いました。また染五郎さん、こんなにでかかったっけ?な玉三郎さんより大きい姿に驚きつつ、今回のこの沖の井は女らしくないと言われながら育ち、その代わり知性と武芸を磨きそれをひけらかすことなく控えめに生きてきた武家の女なのかも、という姿を想像してしまった(笑)。私、やっぱり染五郎さんの声や姿が好きというだけではなく幅のある演技の質が好きなのだということが今回でよくわかったかも。

「御殿」
「竹の間」での丁々発止があった後での「御殿」なので、ようやく若君、鶴千代と息子、千松の三人だけになったというちょっとした開放感が出ていた。そのおかげでこの三人の親密度が表れていて、まま炊きのシーンでのお互いのやりとりに情があり、鶴千代の若君らしい家臣、政岡と千松への心遣いや、母のいいつけをしっかり守る千松のけなげさがなおのこと引き立つ。しかしこの場は子役の出来がかなり左右される場なのだが今回の子役二人が素晴らしい出来。今年三月歌舞伎座での『先代萩』でも同じ子役でうまいと思ったが、今回子役の見せ場が多い分うまさが引き立った。また子役を見守る玉三郎さんのちょっとした表情、仕草が「母」でした。こんなに「母」なお顔を見せることができるんだなあと。そのおかげかもしかしたら私の気持ちがダレちゃうかもと思っていた「まま炊き」の場をかなり集中してみることが出来た。またこれがあることで子供たちのけながさがよくわかり、後半の場へ向かって私の涙腺は緩み始めてしまいました…。母に「今までの言いつけを」と言い聞かされ、覚悟したかのような千松の表情がなんともいえない。ここらで私の涙がポタ。でもって、栄御前のおまんじゅうを食べ、毒で苦しむ千松を刺しなぶる八汐を見る気迫の目つきの玉三郎さんを見て、またも涙ポタポタ。そして千松の死体と二人だけになった嘆きは悲壮感と哀れさが溢れ、慟哭としかいいようのないクドキのシーンはきちんと見たいのに涙ボタボタ。すごいよ、玉三郎さん。やっぱり大阪まで見にきて良かったと心の底から思いました。

その後、八汐再登場でのシーンで沖の井が八汐の悪巧みをはっきりとさらけ出すために証人として小槙を連れてくるシーンもわかりやすくなっていて、最後には正義が勝つという終わりがはっきり出た演出も良かった。また役者さんでは後半のポイントになる栄御前の上村吉弥さんが芝翫さんの腹のある演技と比べたら薄いもののなかなか品格があってよかった。

「床下」
女の対決の後は男の対決。荒獅子男之助役の弥十郎さんは大きさがあって姿が良いが押し出しがもっと強くてもよかったかな。対して、悪役の仁木弾正は正義の女、沖の井からうって変わっての染五郎。すっぽんからゆらりと登場、悪のかっこいい姿に大変身しておりました。うわー、やっぱこの人これがニンだわと思った。このところ染ちゃんはずしりとした存在感を出せるようになったと思う。とはいえ、お父さんの幸四郎さんのいかにも妖気ただよう異様さまでには及ばない。比べると幸四郎さんの場の空気の変えかたがいかにすごいことかがわかる。でも今の時点でこれだけきちんとニヒルな悪役として登場できただけでも今後が楽しみ。

『船弁慶』
弥十郎さんの弁慶は柄にあってて、義経を気遣う表情や霊を封じるシーンの迫力はなかなか。義経の扇雀さんは八汐の時とはガラリと雰囲気を変え、とても品のある武将になっていた。うわー、同一人物かい?な変わりよう。男の格好をすると今度はお父さん(鴈治郎さん)にそっくりだ。

さて、肝心の主役、静御前と知盛の霊の二役は染五郎。前半の静御前のこしらえは能面を意識した顔のつくり。やっぱり男前な静御前でしたが眉がある分、角度によってはちょっと美人にも見える(笑)。さて女舞はいかがなもんでしょ。これは去年、この踊りを得意とする富十郎さんの一世一代を見ている。この富十郎さんの女舞でさえ「能」の舞と比べてしまった私にとっては「染五郎さん、まだまだ修行が足らぬ」段階。特に出だしが固くて踊りになってない。あちゃ~、大丈夫か?ととても不安。ハラハラしながら見守っておりましたが、踊っていくにつれ義経への切々とした心情がのりはじめて踊りに表情がでてきた。かなり粗はあるものの、女舞の後半の出来はそれなりに情を訴えてよかったかな。でも足元の所作はもう少し摺足を勉強してねっ。

ちょっとハラハラな静御前が終わっての後半は「静の踊り」から反対に知盛の霊の「動の踊り」となる。源氏にうらみを持つ、知盛の霊になってからの染五郎の踊りの迫力は凄かった。パンフでの知盛のこしらえがちょっと可愛らしい感じに写っていたのでどうかな?と思っていたが、これがどうしてどうして。全身から殺気みなぎり、激しく大きく踊るものだから舞台からはみ出しそうな勢いでした。どちらかというと恨みをいだく知盛の激しさは生霊ぽい雰囲気で、さすがに富十郎さんのゆらゆらと揺れるようなまさしく異形といった雰囲気には及ばないものの、とにかく気迫がすごい。勢いと回転の美しさにはほれぼれ。また長唄囃子連中も揃っていい演奏で相乗効果をあげていた。最後の知盛の霊のひっこみの勢いと鳴り物の迫力がとても合っててほんと良い出来でした。大阪まで来てよかったよ、とここでも思いました。

サントリーホール 『マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセントヘボウ管弦楽団』 B席2階下手後方

2004年11月06日 | 音楽
サントリーホール 『マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセントヘボウ管弦楽団』 B席2階下手後方

この楽団の演奏を聞くのは3回目です。前2回はかの有名なリッカルド・シャイー氏の指揮の時でした。今回は就任したばかりのヤンソンス氏。うわー、やっぱこの楽団、すばらしいわ。感動、感動の一夜でした。ヤンソンス氏のパワフルかつ繊細な音作りにも感嘆いたしました。

<<曲目>>
べートヴェン:交響曲第二番 ニ長調 op.36
ブラームス:交響曲第二番 ニ長調 op.73

<<アンコール曲>>
ブラームス:ハンガリー舞曲第五番
ワーグナー:ローエングリーン『第3幕への前奏曲』