Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

赤坂ACTシアター『いのうえ歌舞伎・壊<Punk>蜉蝣峠』マチネ S席前方センター

2009年03月29日 | 演劇
赤坂ACTシアター『いのうえ歌舞伎・壊<Punk>蜉蝣峠』マチネ S席前方センター

かなり辛口です。ネタばれはあまりしてないですが観ていない方は要注意。

座席の前が通路で視界がいっさい邪魔をされない良席でした。わ~、こんな良い席で観れるなんてラッキーと思っていたのですが肝心の芝居が…う~ん、う~ん。今まで観て来た劇団☆新感線の舞台のなかで一番、ノレなかったというか…今まではなんだかんだ言っても出したお金の分は満足できたというか、どこかしらにきちんと観るべきものがあったのだけど、今回はなんかそれがほとんどないというか…。ラストの殺陣がなきゃ、「金返せ」と言うところだったかも。

なーんも残らない。すでに記憶から薄れてきてる。なにもかもが薄い。特に1幕目、必要だったのか?無くても芝居になったぞ。2幕目で本筋を表面に出してきたところで、まあまあやりたい事が見えたし、宮藤官九郎(以下クドカン)がやりたかったであろうダーク?な部分の物語の拾い方は興味深くはあったけど、「物語」としてこなれてなさすぎ、練れてなさすぎ、浅すぎ。やってみたことは十分わかるけど、それで?何を描きたかったのか?と検証してあげようと気になるほどのモノがなかったよ。

でもって、いのうえひでのり氏の演出も「おっ!」と思わせるだけのものが無かった。ちんまりいつもの引き出しを使いましたって感じ。それと映像多様しすぎ。観客の想像力をなめんな。どこにも余韻なし。あらゆるところで今回は「間」の作り方がイマイチ。間の緩急がない。脚本の弱さを補えてない。

役者インタビューなどで私が期待するいのうえ歌舞伎とはどうやら違うらしいと事前情報は得ていたので自分的にかなり期待値を下げて臨んだけど、その期待値すら下回ったという…。クドカン脚本がイマイチ&いのうえさん演出、切れ味なし。そして役者はいつもの彼ら、以上のものがなかった。

クドカン、あんなに書けない人でしたっけ?私、この人のドラマは好きだし劇団☆新感線とタッグを組んだ『メタルマクベル』も演出は気に入らない部分がいくつかあったけど、クドカンの脚色は十分楽しんだ。今回、本筋の部分はいいとこ拾ってきたと思う。けど書き込みが足りなさすぎ。ネタ部分は私はまったく笑えず。下品だから、というだけじゃなく「ネタ」になってないよね、あれ。あと状況の説明台詞ばかりでドラマをあまり描けてない。濃い役者ばかりなのに誰一人としてキャラ立ちしてないつーのはどういうことだろう?なにもかもが薄い。なんかね、彼らがそこに生きてないんだよなあ。

クドカンがマザコン、幼稚園児な男の子の下品ネタ好き、ジェンダー交換好き、というのはまあドラマでも判っていたけど、やっぱりそうなのね、と再確認。12月に勘三郎さんがやるかもしれないクドカン歌舞伎が非常に心配になってきた私です…。

個人的に堤真一のふくらはぎの筋肉萌え&まだまだ切れ味鋭い殺陣にまだまだ『アテルイ』の田村麻呂できるね(^^)の確認作業できた、それと古田新太のまともな歌声が素敵だつーのが収穫、くらいかな。あ、それから高岡早紀が役に合ってて永作博美降板でのキャスト変更は良い方向に出たね、というのもプラスの方向だった。

役者でいえば、天晴@堤真一はこの芝居に出る意味がなかった。いや、つっつんじゃないと舞台に華がなくて困ったろうけど…。確かに凄くカッコイイよ、でもそれだけ。衣装も素敵だし、何より姿が綺麗だし、動きのキレもいいし、役者だけ観てれば満足できるかもしれない、でも天晴のキャラには似合わない。強いて言えばつっつんは闇太郎のキャラだ。天晴というキャラは生きる事に倦んでなければいけないと思う。すべてに諦観し、心が冷え切ったキャラであれば設定上、活きてくるキャラだ。でもつっつんはいつもの骨太な生命力に溢れている、陽性キャラとして演じてしまった。なので闇太郎とキャラまるかぶり。役者二人の対比が活きてこなかった。いや、それだけじゃないな、クドカンが天晴を書き込めてないんだ。だからつっつんはいつものつっつんで演じるしか無い感じもした。

闇太郎@古田新太もいつの古ちんでしかなかった。重い太刀筋の殺陣はやっぱりカッコイイよ。生きることへの執着をもち、女性に甘えるタイプ、という部分では闇太郎は役者の柄に合っている。でもね、それだけなのよ。それ以上のものが無い。闇を抱えるという部分での得体の知れなさ、みたいな部分、必要だと思うんだけどその闇を抱えているようにはみえない。陽が勝る。まあ闇太郎に関してもやはり脚本の書き込み不足だよなあと思う。もう役者が深めようがないんだよね。そのなかで私には古ちんは苦戦しているように見えた。

お寸@高田聖子さん、可愛綺麗だしパンチもある。でも、聖子さんのキャラだけでなんとか見せてるけどやっぱお寸という人物像がまったく立ち上がってこない。天晴とお寸姉弟の行動原理には芯がなさすぎる。その場その場でコロコロ変わる、のはいい。でもその背景が見えないのが…。

銀之助@勝地涼くん、頑張ってた。可愛いし。難しい役の分、もっと存在感が欲しかったけど。銀ちゃんの役、かなり大事だと思うんだよね、設定上は。でもやはり書き込めてないよね。それと演出もね、もっと役者本人で余韻を持たせてあげればよかったのに、と思った。

とりあえず、なんにせよ、脚本の書き込み不足はどうにもならなさそう。これ以上、進化していく芝居と思えず。役者はそれなり、自分の本分をしっかり演じてきてるしね。

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いのうえ歌舞伎☆壊(Punk)『蜉蝣峠』

脚本:宮藤官九郎
演出:いのうえひでのり
出演者:
古田新太
堤 真一 
高岡早紀
勝地 涼 
木村 了 
梶原 善 
粟根まこと 
高田聖子 
橋本じゅん

歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』 2回目 3等A席前方上手寄り

2009年03月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』2回目 3等A席前方上手寄り

昼の部2回目の観劇です。家の事情で一幕目『江戸城の刃傷』は未見。梅玉さんの浅野内匠頭をもう一度観たかったので少々残念。昼の部、1週間前よりまとまりが良くなってて全体的に締まっていたと思う。

『最後の大評定』
大石内蔵助@幸四郎さんが前回より泣きを押さえた芝居で非常に良かったです。泣きを抑えたことで大石の懐の深さが際立ち大きく見えました。それゆえに大評定の場の先の運命を見据えた決断の意味の深さ、覚悟の深さがひしひしと伝わってきました。私は幸四郎さんの大石内蔵助が好きです。受けの芝居での存在感が格別。また『元徳忠臣蔵』の大石は誰にでもとっても丁寧な言葉遣いをしますが、幸四郎さんの大石はそれが本当にハマってるというか、「~しましょうぞ」とか「~してくださるか」などの言い方がとっても温かみのある丁寧な言葉遣いになっていてそこが妙に好きなのです。また人として良い生き方とは「平凡に生きる事」と心の底から思っている人物像であることが好きなのです。それが出来なくなってしまった自分の運命をひたすらに受け止めている大石内蔵助で井関親子との合わせ鏡のような関係性もより明確になっていました。ラストの花道での覚悟の言葉がとてもとても深かった。決断したからにはその道を行くしかないのだと。そこに主人のための単なる仇討ちというだけでなく元禄の世のどこか狂ってしまっている政道批判をもしよう、という論理がみえました。

井関徳兵衛@歌六さんの不器用な生き方のなかでの悲哀が前回より深くありました。それを押し隠し、どこか飄々としたものを見せてきます。単純なようで内面の複雑さのある井関徳兵衛でした。「武士」としてしか生きられなかった男の末路が「死」です。それは武士として赤穂藩に殉じることしかできない最後まで城に残った浪士たちの魁としての存在だったのかもしれません。

井関紋左衛門@種太郎くん、紋左衛門はいわば最初の犠牲者なのですよね。武士としての誇りを植え付けられてしまったがゆえに「平凡な生」を否定し「死」 を選んでしまう。その哀れさ。

『御浜御殿綱豊卿』
この場はやはり華やかですね。先週拝見した時より全体的な流れに緩急がよりついた感じです。

綱豊卿@仁左衛門さんは若干、疲れがみえる部分はあったけどやはり圧倒的。いつも以上に華やかなオーラが出ています。綱豊卿の人物像に前回あまりみえなかった厳しさが今回加わっていたような。鋭いなかにも非常に柔軟で可愛らしい部分がある綱豊卿のなかも今回は精神的なストイックさがプラスされてた。そのため、なぜ「仇討ち」をさせたいのか、という部分が際立っていたと思います。綱豊卿はご政道に不満を抱いている。それを表に出せないことへの苛立ちを抱えつつも、「今」それを表に出す時節ではないことも重々承知。一筋縄じゃいかない手ごわい綱豊卿でした。

助右衛門@染五郎さん、先週拝見した時もなかなか良い出来とは思ったんですが今回、芝居の緩急を上手くつけてきてかなり良い出来。ただひたすらまっすぐ演じるだけじゃなく、押して引いてがしっかり出来ていました。その部分で「面白い男よの」の部分の魅力的な助右衛門なっていましたし、そのなかで染五郎という役者の色が付いてきた感じです。また、そのおかげで押しの部分がより前に出てきて、綱豊卿を思わず本気にさせるだけの対峙の強さがあり単なる未熟者というだけじゃなくなっていました。若者らしい命懸けのなか、負けない強さでしっかりと綱豊卿@仁左衛門さんに喰らい付く。仇討ちに賭ける強さと共にそのなかに政道とは何かという部分への想いがしっかり伝わる。かなり良い出来だと思う。心配だった声もかなり出ていて、丁々発止に迫力がありました。前回、線の細さがあり、お喜世@芝雀さんの弟にしか見えなかったのだけど今回は骨太な無骨さというものが出てきたのできちんと「兄様」に見えた。観客の染五郎さんの助右衛門への反応がかなり良かったです。今月の染五郎さんの成長ぶりは見事でした。

新井勘解由@富十郎さんが先週よりかなり良くなってました。台詞が弱々しかったんですが今回はしっかりと聞かせてきました。欲を言えば綱豊卿の言葉を受ける存在というだけではない、学者としての信念みたいなものが垣間見られたらな、と。本来ならそこまで出来る役者さんだと思うのですが。

歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』夜の部』 1等1階花道寄り

2009年03月20日 | 歌舞伎
歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』夜の部』 1等1階花道寄り

昼夜観ての感想ですが、トータルとしては国立3ケ月公演のほうが戯曲に忠実に丁寧にしていた&脇の脇までしっかり演じていて芝居としての緊張感が上だったと思う。ただ、歌舞伎としての雰囲気、そして主役級の役者たちの熱の入りようは今月の歌舞伎座のほうが上。そういう意味では歌舞伎座さよなら公演で上演した価値は大いにあり。

『南部坂の別れ』
大石内蔵助@團十郎さん、少し痩せられましたね。でもお元気そうですっきりしたお顔にシャープさがあり大石の拵えが似合っておりました。肚に秘めたものというよりは少しばかり揺れがストレートに出すぎかなと思う部分もあれど、我慢に我慢をというところが非常によく伝わり良かったです。台詞は少々重い感じですが情感がありました。

瑶泉院@芝翫さん、浅野内匠頭の奥方というよりお母様な雰囲気は否めず。しかしならが格の高さのなかに情味を見せる部分は見事。

羽倉斎宮@我當さん、直情型の熱い羽倉斎宮を強い口跡で表現し、大石内蔵助と見事に対照的なキャラクターを造詣して印象に残します。しかしお膝の調子がよろしくないのでしょうね…時々ハラハラ。ただ雪の中の芝居なのでうまく傘を使い、違和感をそれほど感じさせなかった工夫はさすがでした。

落合与右衛門@東蔵さん、細かいところに気付き屋敷のなかできちんと目配りをしている人物というのが伝わりいいですね。

腰元おうめ@芝雀さん、赤の着物が似合い可愛らしかったです。瑶泉院の気持ちを代弁するかのようにおせっかいな語りをする役回りですが押し付けがましくなく品のいいところが芝雀さんらしいです。

腰元夜雨@高麗蔵さん、みゆき@芝のぶさん、赤穂からのご奉公しにきたという女たちという可愛らしさがあってなんだか印象に残りました。

『仙石屋敷』
大石内蔵助@仁左衛門さん、皆が褒めるので期待しすぎたかも?個人的には少々力みすぎでは?とか思う部分あり。口跡がよく緩急つけた台詞でお調べに対してまったく臆することなく赤穂側の理を述べていく様は見事だし、情景描写は上手いし、仇討ちにかける強い思いが伝わるものではありましたし泣かせてきます。しかし個人的にはこの場面ではもっと肩の力を抜いてほしい。仇討ちし終わった安堵感とかあんまりみえないというか…あまりに強すぎて今から仇討ちに行きますって感じがしてしまうのです。息子、主税との別れの場はしみじとして良かったです。

仙石伯耆守@梅玉さん、赤穂シンパの代弁者としての捌き役。楽しげで爽やか。昼の部で浅野内匠頭でしたのでこのお役で鬱憤を晴らせるのではないでしょうか。

吉田忠左衛門@彌十郎さん、気骨ある老人として存在感がありました。今月の彌十郎さん、明快な台詞術と人物造詣で非常に目立ちました。大当たりでしょう。

桑名武右衛門@錦吾さん、何気ない風情のなかに赤穂浪士への心配りが垣間見られて良かったと思います。

富森助右衛門@男女蔵さん、こういう芝居での男女蔵さん、なんだか好きです。

大石主税@巳之助くんは芝居はなかなか良いんだけど控えてる時の姿が首が曲がって少々かっこ悪いかも。背筋が曲がってるのかな?早めに矯正したほうがいいと思う。

『大石最後の一日』
大石内蔵助@幸四郎さん、内蔵助はなんだかんだ言って当代一だなと感じ入りました(not由良之助)。台詞の利かせ方がやはり上手いのと大きさのある存在感が見事。淡々と静かに押さえながらも人間味溢れる大石。肩に力が入っておらず、迷い迷い来た道を初一念でやりとげた充実感を身に纏った凛とした存在の大石でした。そのなかにリーダーとして傑出たりえた芯の強さと人への目配りがある。大石が口にする「初一念」という言葉が今回すんなりと納得できたような気がします。また、おみのと磯貝のためにどうにかして迷いを晴らしてあげようとする姿に、懐の深さとともに優しさを感じました。

磯貝十郎左衛門@染五郎さん、青年らしい揺れのある磯貝で良かったです。だいぶ前に演じた時に比べて段違いにしっかり磯貝十郎左衛門として存在してました。江戸育ちの風流を解する優男ながら一途に義に殉じる。義のために非情にならざる負えなかった一途さのなかに、人としての情の部分で後悔の念を抱く、そういう心の揺れを繊細に表現していたと思います。ラストの切腹の向かう場での惑いが消えた凛とした顔と姿がなんともかっこよかったです。

おみの@福助さんは…私的には疑問の残るおみの像でした。芝居が上手いので力技で泣かせてはきますが、あれじゃ武士の娘じゃなく町娘?乙女心のほうを押し出してきたのだとは思うのですがなぜあんなにクネクネしてしまうのでしょう?なぜあんなに甘ったれた口調になるのでしょうか?仮にも気骨ある武士の娘ですよね?凛として欲しかったです。。染五郎さんが秘めた想いを押し殺した透明感のある芝居をしているのので、おみのが一人空回りしているようにみえてしまい、全然合わない…。

前回、国立の通し上演の時、幸四郎さんは錦之助さん(磯貝)と芝雀さん(おみの)にかなりラブラブモードで演じさせました。しかし今回、二人の距離が短いラブラブモードの演出がなかったです。でも福助さんの芝居では、この演出をするとクドくなると止めたんじゃないかと思います。私は福助さんにはもう少し押さえて芝居をして欲しかったです。

堀内伝右衛門@歌六さん、それほど老けとして演じてこず手強さが備えた伝右衛門像でした。世話焼きな部分と親友の乙女田杢之進を思う義侠心がよく出ていたと思います。ただ、個人的にはもう少し大らかさというか少し気を抜けさせるような空気も欲しいかな。それと、伝右衛門は単純におみの親子を心配して、おみのを手引きしたように思うんですがそういう単純さがみえたほうがいいなとか。

細川内記@米吉くん、大きくなりましたねえ。しっかりと台詞が通り、なかなか良い感じかと。
         

歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』 1等1階センター

2009年03月14日 | 歌舞伎
歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』 1等1階センター

三月は地味な『元禄忠臣蔵』の昼夜通しなのでお客さんの入りはどうかな?と思っていたんですが週末のせいか満員御礼。さよなら公演だからでしょうか。あと忠臣蔵好きの方々もいらしてたんでしょう。男の方がかなり多かった。

さて昼の部ですがこれが面白かったんです。国立3ケ月の通しの時もかなり楽しんだんですが、国立の時と雰囲気がだいぶ違ってて、まずそこが面白かった。歌舞伎座仕様というか、空間や空気が密で、役者がより前に押し出しているというか。国立が物語重視なら歌舞伎座は「役者をみせる」こと重視な芝居だったというか。あ、歌舞伎、と思いました。そして観ているうちの役者の熱に引き込まれて気持ちが盛り上がってきちゃいました。私、基本暑苦しい芝居が好きなので、もう楽しくて楽しくて、というかすっかりハマって見てました。で、なんと我ながらビックリ、三幕とも泣きました(笑)私ったら涙もろくなったのかしら~(笑)

一幕目は浅野内匠頭@梅玉さんの哀切さに涙し、二幕目は大石蔵之助@幸四郎さんの苦悩と、井関徳兵衛@歌六さんの拗ねモノの生き様と、親の心に殉じた井関紋左衛門@種太郎くんの健気さに泣き、三幕目は綱豊卿の上の立つものの孤独さと、富森助右衛門@染五郎さんの若者らしい真っ直ぐな熱い気持ちに泣きました。

皆が前のめりな暑苦しい芝居だとは思うんだけど、それぞれそこに生き様をみせてくれたお芝居だったなと思う。説教臭かったり、赤穂浪士に肩入れしすぎっと思ったりもするけど、なんか好きです、「元禄忠臣蔵」。役者さんがいっぱい出てくるのも楽しいしね。

『江戸城の刃傷』
浅野内匠頭@梅玉さん、このお役が今出来るのは梅玉さんくらいではなかろうか、それぐらいハマっていました。非常に端正で静けさのなかに心の奥底に熱いものを秘めた浅野内匠頭です。運命を悟ってからの佇まいと台詞廻しには哀切があり浅野内匠頭の悔しい想いが伝わってくるものでした。

多門伝八郎@彌十郎さん、真っ直ぐな気性の情味溢れる多門伝八郎です。理知的でありながら台詞のひとつひとつに人としての情がある、好人物としての造詣が非常に良かったです。

加藤越中守@萬次郎さん、こういうカッチリした立役の萬次郎さんて珍しいのではないでしょうか。いかにも役人らしい雰囲気があって多門伝八郎とのやりとりの場が鮮明に浮き出ていました。

片岡源五右衛門@松江さん、小さく小さく平伏し浅野内匠頭を悲しそうに見守っている姿が印象的でした。

『最後の大評定』
国立で観た時より、今回は大評定での諸士たちの論戦がかなり短かったような?かなりカットしてますよね。タイトに一気に見せていく感じでこれもいいとは思いますが個人的にはもっと熱い論戦が見たかったような気がします。まあ歌舞伎座ではこれが限界かなあ。それにしてもワラワラと出てくる役者さんたちは圧巻ですね。どなたを見ようか目がウロウロしてしまいました(笑)

大石内蔵助@幸四郎さん、哀しみを湛え苦悩する大石内蔵助でした。押さえつつも感情が迸る、幸四郎さんらしい芝居。 リーダーたる資質はあるものの平穏に生きていけることこそが人にとって一番大事という気持ちを持った真面目な男です。ヒーローでは決してない。どの道へ進むべきか考え、考え、そして迷いながら、前へ進んでいく、そんな人物造詣でした。私は『元禄忠臣蔵』で真山青果が表現しようとした大石そのもののような気がしました。この大石の造詣を見たことで、次の御浜御殿での綱豊卿が共感を持って代弁する大石内蔵助が繋がりました。お家再考とあだ討ち、その狭間で悩み立ち止まってしまった大石内蔵助。

人の気持ちを受け止め受け止め、決断する揺れ動く人間味溢れる泣きの大石。その悲痛な部分での決断ゆえにその覚悟のほどの強さがみえました。また仇討ちへの覚悟は幼友達の井関徳兵衛が現れたことで、実はまた一歩進めたんじゃないかと思いました。生きることに不器用で無骨な徳兵衛は彼にとって合わせ鏡のようなものだったのではないかなと。城明け渡し後、死に行く井関へ決意を話すのも友情からの手向けというだけでなくそこに自分の姿も見たのかもしれません。親子への遺骸を優しく優しく扱う姿に泣けてきました。

井関徳兵衛@歌六さん、少しばかり捻くれものの生きていくことに不器用な直情型の井関徳兵衛でした。こういう線の太い役も上手いですね。自分に正直に生きていくことの難しさのなかの哀しさがそこにありました。もう少しそこに諦観があるともっといい徳兵衛になったかなとは思いますが、造詣としてかなり説得力がありました。また大石内蔵助@幸四郎さんに突っ込んでいって負けないだけの存在感があってさすがやはり上手い役者さんです。幸四郎さんと歌六さんのコンビでの台詞の応酬は聞き応えがありますし、泣かせてきます。芝居のタイプが合うのでしょうね。

井関紋左衛門@種太郎くん、幼さと朴訥さのなかに父に似た頑固さを秘めている紋左衛門でとても良かったです。訥々と話す台詞廻しがまたとても良かったです。

妻おりく@魁春さん、こういう奥方の役は本当にピッタリです。芯の強さを秘めた控えめな女性。こういう部分に魁春さんの良さがうまくハマる。

松之丞@巳之助くん、とても丁寧に演じてて良かったです。はしこいところや、また松之丞なりの決断がきちんと見えていい出来。

大石の娘、次男を演じた子役たちがかなり上手でした。筋書きを買っていていないのでお名前わからずですが。

『御浜御殿綱豊卿』
緊迫感のある前の幕から一変して華やかな場になります。通し狂言とはいえ今回の歌舞伎座上演ではかなり幕をカットしていますが、『最後の大評定』から一気に『御浜御殿綱豊卿』になるのもなかなか良い流れだなと思いました。

『御浜御殿綱豊卿』は2007年6月にほぼ同じ座組みで拝見しています。その時もかなり熱い舞台でしたが今回、前回以上に密で濃い舞台でした。役者さんたちが前のめりなら見る観客も前のめり、といった感じの舞台でした。拍手、拍手の渦ですよ、まあなんといいますかその暑苦しさが見事でした(笑)

綱豊卿@仁左衛門さんがこれぞ当たり役といった存在感。緩急自在な台詞廻しと情感溢れる表情には惚れ惚れ。今回は前回以上に次期将軍と目されるだけの悠然泰若な殿らしさがありました。助右衛門@染五郎さんの全身をかけた真っ直ぐな勢いを時には柔らかく、時には鋭くどこまでも受け止め、切り返す。上に立つものとしての大きさをみせていきます。

仁左衛門さんの綱豊は知的な鋭さのなかに繊細でどこか無邪気に見える熱き想いを秘めている。立場ゆえに自分というものを押し殺しながら絶えずもののふとしての「道筋」を考え生きているそんな雰囲気だ。その孤高に生きるしかない自分の孤独ゆえに大石内蔵助にシンパシーを感じているのだろう。そのなかで「お家再考」「仇討ち」の間で揺れる想いを持つもの同士、大石と綱豊は同質なのだということが非常に明快に伝わってきた。またその自身の哀しみゆえにあんなにも熱く容赦なく助右衛門に迫るのだろうなと感じた。どうか判れという切なる願いは大石のことであり、ひいては自分自身のこと。それにしても熱い熱い綱豊卿でした。

助右衛門@染五郎さんがまた前回以上に綱豊卿@仁左衛門さんにガッチリと向かっていっていました。声が安定してきていたせいだと思うのですが骨太さもだいぶ出ていました。そのなかで若者らしい仇討ちにかける命がけの情熱と仲間への想いゆえの一途さ、熱さがありました。綱豊卿の駆け引きに負けじと応戦するその愚直さゆえの心の揺れがよく出ていたと思います。

綱豊卿の気持ちを理解しようにもしきれないのは、若さゆえの短慮さがあるから。しかしその短慮さのなかにかえって若さゆえの拙さのある仇討ちにかける忠義がみえる。この助右衛門の賭ける強い想いがついには敷居のなかへ踏む込ませ声にならない慟哭があるのだと思う。綱豊卿はそこにもののふの本当の意味での本懐ではない単なる復讐という拙さを見て取るのだ。だからこそ高笑し、突き放して見せる。助右衛門がどう動くかみえるからこそ綱豊卿は能舞台にいなければならないのだ。

染五郎さんは丁々発止のなかにいわゆる役者としての味わいはまだそれほど出ていないとは思う。ただ真っ直ぐだけじゃなくそれなりの家柄の出という格がもう少し必要な気がするし、真山青果節の台詞の緩急は前回よりかなりこなれてきたものの、そのなかにもっと想いを込められたらという部分もある。しかしその足りない部分含めて、今回の熱演は真っ直ぐ伝わってくるものだった。また、前回の助右衛門を演じた経験を活かして(綱豊卿を演じた経験も活かしたと思う)どう突っ込んでいけば綱豊卿@仁左衛門さんがより自分に対峙しやすいか、という部分を今回はきちんと考えてきていたように思います。仁左衛門さんがまったく手加減せずに思い切り綱豊という存在を見せ付けてきたということこそが染五郎さんの成長ぶりをも感じさせた一幕だった。

お喜世@芝雀さん、お喜世としての存在感がきちんとありました。まずは綱豊卿大事、その部分が明快。そのなかで兄や浅野家への義に揺れる女性でした。愛人としての心細さがそこはかとなく感じられ、綱豊卿がそれゆえにますます可愛がっているという感じが今回感じられました。それは最初の場での綱豊卿とお喜世の距離感が以前よりかなり密接だったせいで感じたんですけど。でもそこがあったことで後半の場での綱豊卿と助右衛門の狭間で悩むお喜世の有り様が以前よりしっかりと見えたような気がします。

江島@秀太郎さん、非常に世長けた知的な女性。今回は少し芝居が砕けてたようなとこがあるのですがそこがなんとも色ぽくて一筋縄じゃいかなさそうな雰囲気がありました。

上臈浦尾@萬次郎さん、こういうキャラ作り上手いですよね~。可愛げがあるところがいいな。

新井勘解由@富十郎さん、受けに徹していましたねえ。綱豊卿の相談相手としての大きさがありましたけど少し台詞が弱いかなあ…。

国立大劇場『三月花形歌舞伎公演『新皿屋舗月雨暈』』 2等3階上手寄り

2009年03月07日 | 歌舞伎
国立大劇場『三月花形歌舞伎公演『新皿屋舗月雨暈』』2等3階上手寄り

今回、いつもは『魚屋宗五郎』の場しか掛からない『新皿屋舗月雨暈』の前段の『お蔦殺し』の場がつきます。これが見たくて行きました。

『魚屋宗五郎』の場でおなぎさんが説明した通りの場が演じられていきます。この『お蔦殺し』の場自体はそれほど面白い場とは言いがたいですが、お蔦さんが生身の女性として実感できるのと、磯部のお殿様の酒の弱さ、心の弱さが判るので、後半の『魚屋宗五郎』の場が活きてきます。

ただ、おなぎさんが前半と後半のキャラがちょっと変わりすぎかも?私は今までずーっとおなぎさんてお蔦さんの同輩だと思っていたのですが、なんとお部屋様になっているお蔦さんの使用人なんですよね。『加賀見山旧錦絵』お初みたいなキャラクターでした。衣装も黄八丈だし。おなぎさんてこういう立場の女性だったんだと驚いていましたら、『魚屋宗五郎』の場はやはりいつもの、同輩ぽい雰囲気のキャラになっていました。なぜなんだろう??どちらも同じ梅枝くんが演じてるのに前半・後半でキャラがかなり違って戸惑いました。

とりあえず『魚屋宗五郎』の場は確かによくできているなと今回つくづく思いました。この場だけ演じられることが多く、色んな役者が練り上げていった、ということがあるかもしれないですね。その過程でおなぎさんのキャラクターも変化していったのかしら。

さて、今回は花形役者中心の舞台でしたけど、『魚屋宗五郎』って難しいんだな~、と実感しました。

前半『お蔦殺し』の場は演出次第でもっと面白い場にはなりそうとは思ったもののお蔦@孝太郎さんと岩上典蔵@亀蔵さん、そして磯部主計之介@友右衛門さんがきっちり過不足なく見せてきた。プロローグとしてはまずまず。この場で出てきたお蔦の愛猫(三毛猫で可愛いです)や家宝の茶碗が、その後あまり芝居に活きてこないのがもったいない。原作ではこの後、お蔦さんが幽霊になって出る場もあるらしいので、色々複線となっているのでしょうが…。

今月の見せ場はやはり『魚屋宗五郎』の場ですね。宗五郎@松緑くん、かなり頑張っていました。でも頑張るだけじゃダメなんだな、というものも見えてしまいました。ニンにはとても合っている役だと思う。これから持ち役にしていけそう、というものは十分にみせてくれた。それで今回は良しかな。

でもまあ、気になったところは今後のために書いておきます。あちこち拙すぎて、う~ん難しいんだねえ、と思う場面多し。最初の出からお酒を飲む前まではかなり良いと思う。宗五郎の等身大の悲しみや殿へ気持ちがよくみえて、これはいけると思いました。だけど酒を飲むところからが、もうあっぷあっぷ(苦笑)。酒を飲む、酔っていくという、酔態を見せていくところ、かなり芸が必要なんですねえ。お酒を飲んでいるように見えないし、酔いも手順でいっぱいいっぱいな感じ。でもこれは少しづつこなれてくればいいだけなのでまあ良し。ただこの過程で必要な、悲しみと怒りが少しづつ腹の中に蓄積していく、という肝心のところが見えないのが難点。酔態の芸が拙くてもこの感情の表現ができるようにしてほしい。台詞が単調なんですね、特にここら辺から台詞が一本調子になっていってしまう。手順に追われて必死なんでしょうが台詞に気持ちが入ってきていない。

だから暴れたあげく、屋敷に向かうシーンにも哀しさがみえない。花道のキメのとこが甘い。それと一番の見せ場の玄関先でのくどきがもう聞かせられない。泣き笑いになってないんだよね。情景が浮かんでこない。これはもう台詞回しをもっともっと自分の物にしていくしかないと思う。宗五郎としての輪郭の捉え方はとても良いと思うので、少しづつ頑張っていっていただきたいです。

また、酔いの場が盛り上がらないのは宗五郎だけのせいではなくアンサンブルも必要で、そこがまだ全体的に甘い。初日近いから尚更なんでしょう。そういう意味で三吉@亀寿くんがこなれてなくて…。硬すぎるというか、なんだろ間とか気持ちの緩急がまだまだ。こういう三吉のような受けて突っ込んでの役って難しいんですよね。『髪結新三』の勝奴とか。亀寿くんは前段の浦戸紋三郎のほうはとてもよかったです。

愛妾お蔦と宗五郎女房おはま@孝太郎さん、基本この方は芝居がやはり上手い。どちらもしっかり演じてきています。お蔦さんの楚々したとこ、悲痛な心持、恨みの表情、と気持ちが伝わる芝居。おはまも江戸の世話物はほとんど演じてないと思うけど、しっかりものの世話焼き女房な雰囲気がとてもいい。松緑くんや亀寿くんを引っ張っていっている。ただやはり、世話ものの女房は難しいんですね。まだこなれていない部分含めて、もう少し緩急がほしい。きっぱりした部分とかもっと欲しいし、色んな部分で溜めの部分がもっと欲しいです。

おなぎ@梅枝くんはかなり良かったです。まずは台詞がよかったです。きちんと伝えることができています。前段では黄八丈が似合わないのと、少々硬い感じでバタバタしすぎな感じでしたが後段は衣装も似合い、宗五郎一家への気遣いがきちんと感じられてとてもいい出来だと思いました。

今回、すごく面白いと思った場があります。それは殿と宗五郎の関係。かなり身分の隔たりがあるんだ、というのが今回実感できた。今回の友右衛門さんが殿らしい&格上さがしっかりあるので、宗五郎夫婦がすごすごとへりくだるのがおかしくないんですよ。いつもだと役者の力関係が宗五郎夫婦のほうが上なわけで。そうなると、舞台上でなんだかんだ身分の差が実感としてみえてこなかったんだなと。

と、まあ花形ならではの面白さと拙さの両方を楽しみました。松緑くん、孝太郎さんはある程度の実力が付いてきた花形役者ですのであえて先輩役者を基準にして厳しいことを書きましたが、なかなかいい芝居になっていたと思います。