Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 2回目 3等A席前方センター

2008年06月30日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 2回目 3等A席前方センター

風邪ぎみで体調が悪く一演目だけ観て帰ろうかと思ったのですが風邪薬が効いたか大丈夫そうな雰囲気だったのでずるずると結局最後まで観てしまいました(^^;)でもそれだけ集中して観れたということでもあります。前回観た時よりパワーアップしていた感じで楽しく拝見。

『義経千本桜「すし屋」』
これがとても良くて、大満足。前回観た時も思ったのですがアンサンブルがとても良いですねえ。配役のバランスが取れていました。

吉右衛門さんの権太は押し出しが強い方だけに悪さをしてきた「いがみ」の部分が納得できる。一度落ちてしまった人間、という部分が強調されるだけに「もどり」のところで、妻子を持って何かしら思うことがあったための、親のための「忠義」だったのではないかと、そう感じさせる。甘さがない骨太な権太であった。それだけに弱さを見せる権太は哀れでもある。人はやはり情無しでは生きていけないのだなと。そして、でも吉右衛門さんの権太はどこなく満足気でもあった。自分のために身を投げ出してくれる妻子を持ち、自身を許してくれ泣いてくれる両親、妹が傍らにいて。自分が成さなければならないことはやった上で、それが空回りなことであっても自分を受け入れてくれる人たちがいてくれた感謝の念があったような気がした。情に溺れるのではない、ぐっと押し殺した心を解放させていった権太であった。どことなく男気、というものも感じさせた。こういうキャラクターの作り方は吉右衛門さんならでは、だったな。

前回も良いと思った染五郎さんの弥助/維盛、ますます良くなっていました。たぶん、弥助/維盛はニンにあった役なのでしょう。品があってちょっと儚げで。皆に守られるべき運命の人でした。今回、弥助と維盛の切り替えがきちんと明確だっただけでなく、気持ちがすごく入ってました。後半もしっかり存在感がありました。維盛なりに弥左衛門一家への思いがしっかりみえました。それと妻子への心配りもさりげないけどきちんとあってとても人間味溢れた維盛だった。

歌六さんの弥左衛門の手強さもやはりいいなあ。単なる老け役にとどまらないのです。役柄本来の背景が浮かんできます。

芝雀さんのお里も、健気でほんとに可愛いらしかった。節度があるだけにほんとに切ないんですよね。身分違いと判ってとっさに下手に下がる、それがこんなに切ない行動だったのかと思いました。すれてない純真なお里さんでした。

今回、高麗蔵さんの若葉の内侍にどことなく艶であって良かったです。ここの段だけだと情が薄くみえがちな若葉の内侍なのでやはりもう少し情味が欲しい感じもありましたがお里への嫉妬心もみえてなかなか良かったと思います。

段四郎さんの梶原平三景時は輪郭の太さが見事だなと。佇まいだけで納得させてしまいます。

『身替座禅』
今回の『身替座禅』はほんわかとしててほんと楽しい。仁左衛門さんがやっぱりとにかくかわゆらしい。錦之助さんがだいぶ弾けてました(笑)皆、楽しそうに演じてた。

『生きている小平次』
前回少し不満だったのですが今回はかなり面白くみました。日々変化してる芝居なのかも。まだ完全に演出の方向性が決まってないんだろうなと思いました。今回はだいぶ怖い方向でした。

太九郎@幸四郎さん、だんだんに恐怖心を抱き、おかしくなっていく感じでかなり良かった。おちか@福助さんは前半、かなり抑えた芝居で、これはいけると思ったんだけど後半、いきなり崩れた。というか緩急の芝居が幸四郎さんだと笑い→恐怖の切り替えが上手くて笑わせっぱなしにはしないんだけど、福助さんそこまで出来てなくて客が笑いっぱなしになる、という感じ?もったいない。でも、なんとなく方向性がわかってきた雰囲気で。再演してほしいかも。もう一場増やしてもいいんじゃないかなあ。

小平次@染五郎さん小平次は今回、相当怖い人でしたほんとに背筋が寒くなるくらいぬめぬめの粘着質などこか狂った人になっていた。元々どこか危うい人で、それが太九郎と言い争ううちにカクンと境界線を越えてしまった感じ。2場での太九郎宅での小平次は自身が生きているのか死んでるのかわかってない風情。もうほんとに凄惨な空気を纏っていた。こんな人に付きまとわれたくないです…ひいい。

『三人形』
『生きている小平次』が怖かったのでこの華やかな打ち出しでほっこりしました。錦之助さんと芝雀さんのカップルはバランスがいいです。美男美女。

それにしても芝雀さんは雀右衛門さんに似てきました。親子ってだんだん似てくるんですねえ。声も似てきたし。後見の京珠さんが姿勢が綺麗でちょっと注目。

踊りはやっぱり歌昇さんが一歩も二歩も上手。柔らか味と備えたキレのいい踊り。これで華がでるといいんですよねえ。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 2回目 3等A席センター上手寄り

2008年06月22日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 2回目 3等A席センター上手寄り

今回は3等席で2回目の観劇です。3階から観ても良さは褪せることなく、ますますこれは良い芝居だなと思いました。なんといってもやはり「合腹の場」の三人笑い。前回も凄いと思ったのですが、今回、三人ともより深い笑いになっていて何かほんとに凄いものを観ちゃったという感じでした。これは、色んな方がおっしゃっていますがほんと観ておいたほうがいいよ、と言いたくなりますね。

『新薄雪物語』

「序幕 新清水花見の場」
いかにも発端な場であり、歌舞伎らしい色彩美に満ちたとても華やかで、のんびりおおらかな雰囲気のある場。腰元連中の美女軍団と強面軍団の対比も楽しく、恋模様の華やかさの裏で悲劇が始まっていくそのさまが描かれるという構成も巧いです。

薄雪姫@芝雀さん、本当に姫姿が似合う役者さんですよねえ。可憐で楚々としていて。でも心の奥には情熱を秘めている、そんなお姫様。左衛門@錦之助さんもいかにも生真面目な若者という雰囲気がしっかりありました。この二人のバランスがとってもいいです。

敵役の秋月大膳@富十郎さんは、朗々とした低音の台詞回しが素敵すぎます。悪者だけどカッコイイです。あの存在感、素晴らしいです。小柄ということを感じさせないんですよねえ。

団九郎@段四郎さん、役がこなれてきてさすがに見せてきました。この方もとても存在感があります。色んな仕草が印象的に映えますねえ。

籬@福助さんは前回よりちょっと崩れたかなあ。色気があるのはいいんだけど下世話に落ちすぎというか…。ちょっと独特の粘るような台詞回しは面白いと思ったんだけど、それが強すぎるとすごい年増女に見えちゃう。腰元らしい品や主人思いな部分を出してくれると可愛げでおせっかいな、の方向にいったと思うんだけど。個人的にはそういう籬にしてほしかったな。場に華やかさを持たせる空気や芝居上手さがあるだけに。

妻平@染五郎さん、色奴としての爽やかな色気と腰の低さをしっかりと演じてくる。きちんと骨太さも出てたし立ち回りでは芯の華やかさもある。でも籬@福助さんが押し出しを強くしてきた部分を受け止めきれていなかったかな。なので恋人同士という部分が薄くなっちゃった、残念。ここで余裕をもって受け止めるだけの度量を見せられるといいなあ。丁寧な芝居はしているのだけど、それ以上となるとまだその余裕はないのでしょうね。ゆったりと芝居に遊びが出てくると奴らしい良い妻平になると思う。

立ち回りは三階さんたちがかなり疲弊している感じでハラハラしてしまいました。皆さん、動きにいつものキレがなくて時々タイミングを外したりしてた。それでもきちんと決めようとする姿勢は気持ちよかったです。芯の染五郎さんも前回はかなり楽しげだったんだけど今回はなんとなく心配そうに厳しい表情で臨んでいた感じ。ただ、妻平と水奴の手はそれでもしっかり合わせてきてました。三階さんたち、ほんと頑張っています。楽に向けて怪我のないよう頑張っていただきたいです。

「二幕目 幸崎邸詮議の場」
恋人同士の忍び合いでは男が腰が引けてて女のほうが積極的。歌舞伎ではわりと「女」のほうが積極的ですが当時の女性の立場から考えると「そうなりたい」という願望かそれともやはり女のたくましさはいつの時代でも共通だったのでしょうか。にしても母にバレバレなところが若い、若い(笑)

ここでも薄雪姫@芝雀さんの可憐な情熱と左衛門@錦之助さんの生真面目すぎる雰囲気がこの話の流れにとっても合っていていいです(笑)薄雪姫母の松ヶ枝@魁春さんが「しょうがない子たちねえ」という感じなのもいいです(笑)淡々と受け止めているようで、娘が傷つかないためにどーしよ~、と頭の中フル回転させてるんじゃないかとか思ってしまいます。

でいきなり詮議の場になるんですからそりゃビックリです。しかも逢引の罪じゃなく大それた罪で告発される場になっちゃうんですからね。すごい展開だ。

それにしても葛城民部@富十郎さんがますます声に張りが出ていて素晴らしかったです。あの天に抜けるようないいお声を聴くだけで惚れ惚れ。男気のあるカッコイイ民部でした。薄雪姫と左衛門の手を握らせてあげるとこで、若い二人への情味があるだけでなく、自分の覚悟のほども見せていましたねえ。民部も命を懸けて「潔白」を信じてあげようとしているんですよね。

園部兵衛@幸四郎さんと幸崎伊賀守@吉右衛門さんが前回以上にいい対比だった。この二人が動き出すとまたぐっと空気が動くんですよね~。空気が濃くなるというか。感情豊かな子供のために必死さを表に出す園部兵衛@幸四郎さんと感情は心に秘めつつ子供をしっかり守ろうとする気迫がある幸崎伊賀守@吉右衛門さん。対照的でありながらも向かう方向は同じ、そういうものをこの場から感じさせる。

「三幕目 園部邸広間の場・同 奥書院合腹の場」
そしてこの三幕目ですよ。特に「合腹の場」は当代の役者のなかで梅の方@芝翫さん、園部兵衛@幸四郎さんと幸崎伊賀守@吉右衛門さん、この三人が揃ってこそ、ここまでのものを見せた、そういう場だったんじゃないかと思います。後々まで語られるそういう場だったと思う。それほど歌舞伎の芸というものが昇華された素晴らしい場だった。

三人三様の子供に対する思い、態度、それが時代を超えて「親」の想いとして伝わってくるのですよ。だから壮絶でグロテスクな笑いが胸に迫ってくるのです。あの笑いは「親の強い想い」が凝縮されているんですよね。笑いのなかに様々な思いが凝縮されているんですよね。ただただ圧倒させられるばかり。凄まじい力です。一説によるとこの三人笑いは大膳への「呪詛」でもあるといいますが、今回の彼らのは笑いは確かに呪詛になりえると思いました。

梅の方@芝翫さんの哀しみに満ちた笑いにはただ涙するしかありません。なんて悲しい笑いなんだろう。母としてそして女としての哀しみ。「母」はこう泣くのだ、と。血の涙を流しながらの笑い、そういうものであった。もうとにかく圧倒させられるばかり。芝翫さんの梅の方は可愛らしく、そして家族を守るものたる「母」でした。

園部兵衛@幸四郎さんと幸崎伊賀守@吉右衛門さんは見事に「竹を割ったような二人」でした。この二人が揃ったことで兵衛と伊賀守の「父」としての行動原理に説得力を与えたような気がする。性格は違うけど芯の部分が似通っている、そんな二人のキャラクターに本当にスコンとハマった。観客にとって幸せな共演だったと想う。そしてお互いが初役だという配役もビッタリだった。この二人の笑いは質が全然違うのだけど、でも声質やこの二人ならではの絶妙な間が相乗効果を上げていた。似てないんだけど似てる、似てるんだけど似てない。この兄弟の演技合戦は見応えありまくりです。


『俄獅子』
華やかで楽しい一幕。せり上がってきた染五郎さんと福助さん、ほんとに素敵だわ。粋なすっきりとした美男美女。目をハートにしながらきゃあきゃあいいながら楽しんでしまいました。踊りのほうも息が合っていて。二人とも手捌きがほんと綺麗なんですよねえ。

立ち回りの三階さんたちも大変な『新薄雪物語』を終えてホッとしたのかこちらは軽やかに決めてきました。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階センター

2008年06月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階センター

『義経千本桜「すし屋」』
この段だけだとやっぱり不親切だな、というのはあったけど、アンサンブルがよくて見応えがあった。またこの段の内容がかなり判りやすかったのにもビックリ。いつもは親子の情の部分だけが浮き出る形になることが多いように思うけど、今回は弥左衛門の以前の素性、そして維盛との因果関係がしっかりと前に出ていた。

弥左衛門一家の悲劇に到る流れがここまで明確に伝わってきたのは私が何度かこの段を観てきた限り、今回が初めて。たぶん歌六さんの弥左衛門に父性に訴えかけるだけでない手強さがあったということと染五郎さん@維盛とのやりとりの台詞がかなり明快であったこと、若い染五郎さんがやったことにより維盛の若さが強調され、守られる者として説得力があったことだと思う。重盛の存在をこの二人のなかで明確に存在させていた、というところに結構「おおっ」と感心した私であった。まあ、「すし屋」はここが主眼の段ではないのだけどね。歌六さんと染五郎さんコンビって何気に芝居の状況説明がうまいコンビだと思う。その良さが今回も出たなと思ったのでした。

それにしても歌六さんの人物像の解釈はいつも見事だなと思う。従来のキャラを演じながらもそこにもうひとつ付け加えてくる。戯曲の読み込みが深いし、それを表現する実力があるということなんだろうなあ。今回の弥左衛門も親としての情味があるだけではく、気骨のある人物像を明快に演じてきてとても良かった。

染五郎さんは今回、大健闘かと思う。特に前半がよかった。弥助と維盛のいったりきたりが自然だけどしっかり演じ分けていた。弥助のちょっと浮世離れした下男ぶりは可愛いし。なにより維盛の心情をしっかり伝えてこれたのがいい。姿形もほんと綺麗だった。ただ後半、助けられた維盛一家が再登場の時に存在感が薄れていたのが残念。風情だけで存在感をアピールするのは難しいね。後半はどうも叔父さんの権太を勉強させていただきますモード入っていた感もあるし。維盛という突っ込みどころ満載の役を納得させるだけのものを見せるには年季も必要ということでしょう。今回ここまでやれたのは十分。

お里の芝雀さんは一途で健気な娘はピッタリで、若手がやるとうるさくなるところを「健気な恋」にきちんと落せるところが上手い。報われない恋に説得力を持つ。にしても今月の芝雀さんは本当に可愛い。痩せたおかげで後姿だけでも、きちんと見せられるようになってたし。

おくらの吉之丞さんはもう言うことなし。おくらは存在感がへたすると薄くなるのだけど、しっかりと「母」が存在していた。

とはいえやっぱりこの段は権太の吉右衛門さんの上手さが際立ったかな。いつもよりリアルタッチの芝居だったように思う。個人的にもう少し愛嬌がほしいとも思うのだけど場面場面での心情がとても丁寧で「いがみ」の悪の部分と親のための「忠義」の部分の切り替えが上手い。じっくりと演じることで人物像の内面をストレートに伝えてくる。吉右衛門さんらしい丁寧な芝居が物語の人物像に沿った時に近頃は一際深いものを見せてくるようになったと思う。


『新古演劇十種の内 身替座禅』
楽しかった~。久々にこの演目で気持ちよく笑いました。

なんといっても右京の仁左衛門さんが絶品でした。仁左衛門さんはやはり玉の井ではなく右京のほうが似合う。久々にニザさま萌え~~(笑)なんてキュートなんだ、色ぽいんだ。男の可愛らしさが満載。玉の井が離したくないのもよーくわかります。それと踊りがすごく良かった。仁左衛門さんはいわゆる踊り上手な方ではないのだけど今回はひとつひとつ形が良いだけじゃなく舞踊なかで情景がふんわりと浮かぶ、とてもいい踊りだった。

段四郎さんの玉の井は強面ではあるけれど品のいい可愛らしい奥方だった。強く出ようとしてもつい旦那を甘えさせちゃう、そんな感じ。いわゆる押し出しの強さは無いので山ノ神というほどの怖さはないのだけど、今回のほけほけした仁左衛門さんの右京とはいいバランス。女形の拵えをすると亀ちゃんのお父さんだ~、とつくづく。いつもは顔は似てない親子かなとか思うのだけど目元が似てるのかな。

でも団十郎さんの玉の井がやっぱり今のとこ一番好きは変わらず。友人と幸四郎さんの玉の井が見たいという話になった。やってくれないかな。

太郎冠者の錦之助さん、柄にあってて楽しそうに演じているので気持ちいい。旦那様と奥方の間に挟まれてオロオロしている風情が似合うのね。台詞も明快だし太郎冠者としての輪郭がハッキリしているところが一番。ただ、舞踊のほうはもう少し頑張ってほしいところが。情景描写にもうひとつ足りない部分が。丁寧なんだけどね、もう一歩。

小枝@隼人くん、千枝@巳之助くんは頑張ってね~、という感じかな。まだまだ二人ともこれから、これから。


『生きている小平次』
不思議な芝居だった。怖がっていいのか面白がっていいのか(笑)人間の嫌らしい部分や弱い部分をストレートに見せた芝居だった。ただ、恐怖というものを見せるには個人的にはもう一押ししてほしかったな。小平次が生きているか死んでいるか、もっと判らないような演出だったほうが怖かったと思う。太九郎、おちか夫婦が逃げた後、もう一度、小平次が生きてるか死んでいるか判らない状況で彼らの目の前に現れ、というシーンを挟み込めば余韻がもっとしっかり残ったのではないかと思う。2幕目で幕を閉めず、そのままどこか宿場へ、という流れでやれば場面展開もだれないだろうし。それから三幕目にいけば、いい感じになりそう。あくまでも死んだか死んでないのか、わからないような演出のほうがこの芝居は活きると思う。

舞台美術の陰影の作り方は良かったな。私は幸四郎さんの照明の使い方が好きらしい。時間の経過がよくわかるし空気感というか湿度とかそんなものまで感じられる。また幸四郎さん演出の『暗闇の丑松』を見たいなあ。

あと2幕目の小平次@染五郎さんの出と引っ込みに思わず「ひゃあ」と声を上げそうになりました。あそこの仕掛けまったくわからなかった。どこから出てきたの?どこに消えたの?それにしても染ちゃん怖いよっ。生気のない染ちゃん怖いよっ。粘着質のヘビ系の幽霊だったな。こういうキャラを作ってくるとは思わなかったが、こういうぬたーとした情念系の陰湿な役も似合うなあ。太九郎に「おちかにとっては役者遊びだ」と言われてしょうがない単なる二枚目役者じゃない危うさを抱えている小平次でした。絶対、諦めないよね、付きまとって付きまとって、二人が死ぬまで諦めないだろうなあ、この小平次。面白いキャラ造詣をしてきて楽しかったですが、さすがに幸四郎さん相手だと線が細く、「友人」として同格に見えないところがまだまだだね。これ、カッコイイ染五郎さん好きには不評でしょうね(笑)ちなみに私は結構、好きというかツボだったり(笑)こういう変なキャラもまた色々やってほしい。

太九郎の幸四郎さんはとにかく上手い。無骨な江戸っ子気質の太鼓打ち。骨太で生命力が溢れているのでおちかが結局頼りにしている男はこちらなんだという説得力がある。そんな太九郎がだんだん精神の均衡を崩していく様を台詞の緩急、表情、で見せていく。心のなかの恐怖心が手に取るようにわかる。こういう芝居を余裕をもってみせてしまう巧さに感心してしまう。

おちかの福助さん、姿は綺麗だし上手いんだけどね…。うーん「おちか」というキャラを演じるには初手から強すぎな気がするなあ。『暗闇の丑松』のお米くらいに押さえてくれると良かったんだけど、今回は芝居が過剰すぎな気がする。今回、「笑い」はほとんど福助さん絡みの場面だった。確かに「女のしたたかさ」はあっていいと思うのだけどそれがあまりに表に出すぎてて、そのためについ笑ってしまう、という流れを作ってしまった感じ。やはり最初はオロオロと弱い女、であったほうが今回のストーリーには活きると思う。それが段々に開き直っていくからこそ「したたか」という部分が怖く感じるのだと思う。


『三人形』
古風なおおらかさのある舞踊。芝雀さん、歌昇さん、錦之助さんの三人がそれぞれにニンに合った役柄での舞踊なので見ていて楽しかった。もう少しこの三人に濃いオーラが出るといいんですが。それぞれに良い役者さんだと思うのですが大人しい感じは否めないかな。

このなかでは奴の歌昇さんが断トツに上手い。腰の軸がほんとぶれないし柔らか味もある。芝雀さんが雀右衛門さんにそっくりなので驚いた。芝雀さん、ほっそりされて動きが良くなったかも。錦之助さんは拵えが似合い美しいです。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階前方花道寄り

2008年06月14日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階前方花道寄り

楽しく楽しくてどーしましょう、という感じでした。『新薄雪物語』は話の内容からしたら楽しいだけじゃ全然無いんだけど、すんごく濃いし、ラスト重いんだけど、切なくて泣けちゃったりもするんだけど、でも観れてよかった~と心から思える芝居だった。

『新薄雪物語』
なんというか歌舞伎の世界でしかありえない芝居のひとつだよ。しかもそれがちゃんと物語として成り立っちゃった今月の芝居。歌舞伎好きなら観たほうがいいよ、今月の昼の部。私、かなり前にこの芝居観てるけど、あれ?こういうものだったんだっけ?と思いました。私が成長してこの物語を楽しめるスキルを得たせいもあるかもしれないんだけど、今回、草子物語を題材にした物語の「おおどか」な雰囲気があって、その不思議な世界がストンと胸に入ってきた。

でこれを観た人ならわかってくれるでしょうが、席が1階前方列の花道横だったんですよ。この席、この芝居を観るには美味しくて美味しくて「やったああああああ!」と叫びそうな勢いでした。この芝居に限らず、古典は花道をよく使うんですが、でもね、今月は大立ち回りでの水奴の芋虫みたいな腹筋ぷるぷるな引っ込みをまじまじと観れるわ、その後ろを妻平@染五郎さんが、水奴のその様子を「お前たち大変だな、がんばれ~」って感じで彼らを見ながら楽しそうな顔をして引っ込むのを目の前で観れてしまうわ、園部@幸四郎さんと幸崎@吉右衛門さんの内緒話を目の前で「おおっ、二人ともでかい。なんつーかさすが兄弟、息ぴったりね」と思いながら観れちゃうわ。薄雪姫@芝雀さん、近くでみても可憐だわ、今月痩せてるわとか(笑)、錦之助さんの門前の弱々左衛門を「うわ、こういう拵えだと時蔵さんにソックリだわとか。それにしてもほんと面白かった。

「序幕 新清水花見の場」
タイトルロールの薄雪姫、こんなに存在感あったのね、と芝雀さん好きには嬉しい驚きだった。この役、今の芝雀さんが演じたからこその存在感だったと思う。一途で可憐で「赤姫」の幼い恋の情熱がしっかり見えた。

錦之助さんの左衛門も、今この時期だからこその、しっかり輪郭のある左衛門。だから、「この若いカップルのために」という物語の芯が明確になったんだろうなあ。

このカップルを取り持つ二人、籬と妻平。この二人のおせっかい焼きが観てて楽しいのだけど悲劇を呼び寄せることにもなってしまう。この二人、一幕目しか出てきませんがその後どうなったのかなと考えてしまいますね。

籬@福助さんは楽しそうに演じている。いかにも世間知の高い、色気のある腰元。もう少し薄雪姫のため、という部分が見えるといいなあ。ちょっと突っ走りぎみなところがらしいといえばらしいんだけど、信頼厚い、な部分があるとすごくいい籬になると思う。籬はバランスが難しい役ではありますね。

で、この座組みなかだと線が細いかな?と心配してた妻平@染五郎さんが奴らしい軽さと骨太さがあって、そのなかに染五郎さんらしい爽やかな色気があって色奴の存在感がきちんと出てたのも嬉しい。線の太さもだいぶ見せられるようになってきたなと思う。こういう役だとやっぱ父より叔父の吉右衛門さんに似る。ちょっとほわんとした抜け感がある。頼りになるのか?と思わせちゃう部分で籬@福助さんとはどーしても年下恋人にしか見えないけどね(笑)水奴との立ち回りでは芯の華やかさがあり動きもひとつひとつ綺麗。立ち回りが複雑で時々、手が合わない部分があったのが残念。

今回のちょっと変わった独特の立ち回りは幸太郎さんと錦弥さんが立師。名題下の役者さんたちが大活躍。かなり複雑な立ち回りをしっかりと演じていました。もう拍手、拍手です。ある所からいただきてきた情報(Kさん、情報、どうもありがとうございます)から主な立ち回りを。最初に揃った場で三徳を返るのが蝶八郎さん、松の木になるのがたか志さん、三転倒立で股を開くのが桂太郎さん、それを返り越すのが京純さん、床机を持ってきて、その上で杉立ちをするのが蝶一郎さんと蝶之介さん。床机の上で三徳を返るのが吉六さん、傘を奪われ、三徳を返り、ぎす返り(四方に体を反す)の後、ギバになって傘を乗せられるのが吉二郎さんと錦次さん、妻平に払われ返るのが京由丈さん、その後、前方吉六さん、後方蝶之介さんに乗っかり大八車で引っ込む。妻平に傘を持たれたまま返るのは蝶三郎さんと錦次さん。階段の上から妻平@染五郎さんの背を追い越しての大きな返り落ちを決めるのが京純さん、全員引っ込んだ後、わらじを持って返り立ち、山形、三徳、ごろ返りとやるのが桂太郎さん、そして、最後に花道で、芋虫を全員で。水奴の芋虫の花道の引っ込みはかなり大変そう。がんばれ~と声をかけたくなりました。

そして、序幕の場をぎゅと締めてくれたのが秋月大膳@富十郎さん。やっぱすごいな、この役者さん。ほんとに上手いし、とにかく台詞がいい。小柄なのにどんどん大きく大きくみえてくる。

団九郎@段四郎さんもアクの強さがいいですねえ。ちょっとこなれてない部分もあったけど存在感で納得させる。

「二幕目 幸崎邸詮議の場」
そして二幕目。贅沢だよ。富十郎さん、彦三郎さん、吉右衛門さん、幸四郎さんが揃って出てきちゃうんですよ。あの歌舞伎座の広い舞台が狭く見えました。

序幕とは正反対のいいお役、葛城民部の富十郎さん、スカンと抜けるいいお声。捌き役にぴったり。情味があるいい民部です。

秋月大学@彦三郎さんが所詮小物なおぼっちゃんな悪党らしい抜け感のある芝居が楽しい。

そしてそして、園部兵衛@幸四郎さんと幸崎伊賀守@吉右衛門さん。似てて兄弟だなといつも思うのだけど、それでいてそれぞれのキャラにハマった芝居。

園部兵衛@幸四郎さんは息子が可愛いということを隠し切れない若い甘さのある園部。幸崎伊賀守@吉右衛門さんは思慮深い、格の高いいかにも年長の幸崎。この対比が素晴らしくよかった。あとの合腹の場でもこの対比が活きていたそれにしてもこの二人が並ぶとなんというか濃い空間が出来上がりますねえ。

松ヶ枝@魁春さん、品格があって幸崎伊賀守の奥方らしい佇まい。落ち着いたしっかりものという雰囲気で薄雪姫と左衛門の恋仲を冷静に受け止めながら、母としてなんとかしてやろうという気概があって良いです。


「三幕目 園部邸広間の場・同 奥書院合腹の場」
ここが凄かった凄かった~。ここは必見でしょう。

梅の方@芝翫さんがもうね「奥方であり母」なんですよ。なんだろう、この説得力は。可愛いんです、切ないんです。そして感情細やかな園部@幸四郎さんと並ぶでしょう。そしたらね今回、園部夫婦がまだ若いんだって、わかりました。まだ若い真っ直ぐさがあるんですよ、この夫婦には。薄雪姫を逃そうする夫婦のその姿はまだちょっと考えが甘い、若い感覚なんですよ。策を弄しきれてない可愛らしさがある夫婦でした。園部がわざと怖い顔して、それを梅の方が「ほらあ、父上が怖い顔してますよ」なんてやっちゃってるわけで(笑)またそこに親として暖かい情がまっすぐに見えるわけで。それが納得いく夫婦でしたよ。芝翫さんと幸四郎さんカップルなのに、若いですよ。恐るべし芸の力。

このまっすぐに情愛を示す園部夫婦を舅姑として慕う薄雪姫@芝雀さんが本当に可愛らしいです。かなりほっそりされていじらしい姫ぶり。

呉羽@高麗蔵さんも良かったなあ。いつもより綺麗にみえたし、情の濃い腰元さんだった。

そこへ思慮深い豪胆な幸崎@吉右衛門さん。丸本物の吉右衛門さんはほんと良いですねえ。娘が可愛い、その部分をぐっと深いところで見せる。命がけで娘を守りたいからこその行動が考えに考えたうえで、なのだ。だからこそ左衛門を必死な思いで怒鳴りつける。想いの深さが伝わってくる。懐が深い信頼のおけるこの幸崎の行動だからこそ園部も覚悟を決められるのだ。陰腹を切るという突拍子もない一連の流れが納得できる今回の幸崎と園部だった。

ここでの左衛門@錦之助さんは若者らしい思慮浅さな部分はよく出てたけどちょっとなよなよしすぎかなと思う部分も。綺麗だし存在感はあるんだけどね。でも親恋しい部分のなかにも武士の子らしい芯のあるとこも欲しかった気も。

そしてクライマックスの三人笑い。もうね、ここ凄いです。そのなかでも梅の方@芝翫さんが切なくて切なくて。可哀想すぎでしょう。ほんとうに哀しい笑いだったなあ。一際印象に残るのはやはり梅の方の笑い。

園部@幸四郎さん、幸崎@吉右衛門さんもそれぞれにらしい笑い。きちんとそれぞれの立場が明確にみえる笑いだったな。トーンの違いが効果的だった。哀しみと子を思う気持ちと、逃がしてやれた安堵感と達成感と、でもそこはかとなく不安気なところがある複雑な笑い。それでも男二人には充実感がある。この二人、発止と見詰め合っちゃうし、男同士分かり合えちゃったもんね~、って感じ?そりゃもうあなたたちはやれることを身を挺してやってるんだから達成感もあるでしょうよ、男ってやつは身勝手なんだよなって思う二人ですが、その男の立場での感覚が「笑い」に凝縮されてるんですよ。やあ、すばらしかったです。


『俄獅子』
『新薄雪物語』が哀しい幕切れだったのでこの華やかな踊りがとてもいい気分転換になりました。

せり上がってきた染五郎さんと福助さん、きゃあ素敵。二人ともとっても綺麗だし、カッコイイです~。粋な鳶頭と芸者さん。染五郎さんのきっぱりした踊りと福助さんのしなやかな踊りのコントラストもいいです。息も合ってて眼福、眼福。立ち回りも『新薄雪物語』のちょっと変わった独特の大立ち回りとは違う軽やかさがあってとっても華やか。これはただうっとり眺めているだけ。

濃いオーラを持つ福助さんと並んで染五郎さんがどう見えるか心配だったけど、いやいやどうして、しっかりと爽やかな色気の染五郎オーラ満載でバランス良かったです。染五郎さん、最近また一段と艶が出てきたような感じがするなあ。粋な鳶頭をさっそうと踊っておりました。

DVD『1995年武田真治版 身毒丸』

2008年06月07日 | 演劇
DVD『1995年武田真治版 身毒丸』

武田真治版『1995年 身毒丸』をDVDで観ました。『身毒丸』は初見です。なかなか面白かったです。蜷川演出もここまで徹底してくれれば受け入れられる。あざとい部分が中途半端だとちょっと見ていて辛い部分もあるので。

身毒丸といえば藤原竜也くんの当たり役ですが、武田真治くんもかなり良いかも。神経質で硬質な危うさがいいです。撫子に母を通り越して「女」を見てる目線などゾクッとするほどの色気。母を追い求めているようで、「女」を求めているエロさがそこはかとなくある感じ。大人と少年のちょうど狭間な感じがあって自身が意識してない部分の色気というか、そういうものが彼の身体から立ち上ってきます。映像で見る限り上手いですね~。なんというか初舞台のわりにかなり的確すぎるほど身毒丸の感情が出ている感じ。

武田くんはこれが初の主演舞台。でもこの舞台に主演してから舞台から離れてしまいほとんど舞台に立ってないようです。もったいないかも。身毒丸の役がどうも彼としては本位じゃなかったみたい。確かに当時アイドルだった立場からすると役柄が毒々しかったのかしら?でもカテコでは非常に良い笑顔をしてるんですがね。案外、あの役で彼なりに自分を曝け出しちゃった感があったとかで、しんどかったとか?それともまだ役者をやる覚悟ができてなかったのか。今、ミュージカルなどに少しづつ出始めてるようですが、こういう濃い系のストレートプレイをまたやってもいいんじゃないの?とか思いました。

撫子の白石加代子さんはさすがに存在感があって上手いです。強烈ですね。また個人的にこの芝居でこの芝居の空気にしっくりきてると思ったのは女中さんと仮面売りの役者さん。蘭妖子さん、石井愃一さんだそうです。あれ?石井愃一さんてよくTVに出てる人?全然雰囲気が違うかも。