Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

世田谷パブリックシアター『MANSAI◎解体新書/その拾四「ひとがた(人形)」』

2009年02月24日 | 古典芸能その他
世田谷パブリックシアター『MANSAI◎解体新書/その拾四「ひとがた(人形)」~自己と他者のディスタンス~』 3階立見席

野村萬斎さん主催のトークショー『MANSAI◎解体新書/その拾四「ひとがた(人形)」~自己と他者のディスタンス~』を観に行きました。ゲストは文楽人形遣い、桐竹勘十郎さんと『生物と無生物のあいだ』の作者、分子生物学者の福岡伸一さん。立見席で2時間半でしたがとても面白くて、思ったより疲れずに済みました。


●福岡伸一さんの言葉で印象的だったもの
「動的平衡」
「他者があってはじめて、自己を認識」
「自己認識すると死ぬ細胞」
「自分探しをする細胞---ガン細胞、ES細胞」


●人形浄瑠璃の実演
出演者)
主遣い:勘十郎さん
左遣い:勘弥さん
足遣い:紋秀さん
義太夫:咲甫大夫さん
三味線:清介さん 

『義経千本桜渡海屋・大物浦の段』の幽霊知盛のくだり
一、
まずは勘十郎さんも黒子姿で人形にピンスポを当てて。人形がこの演出のため際立つ。ひとつひとつの形がさすがに美しいし躍動感がある。文楽を上から眺めることって無いので、普段見られない角度で見られたのも面白かった。上からのほうが形(この場合、人形のバランス)がよく見える。歌舞伎でも上からのほうが体の置き方が上手いか下手かがわかりやすいのと同じかも。

二、
次になんと人形なしで同じシーンを三人遣いで操る。これがすっごく面白かった。三人のコンビネーションが人形がなくても崩れないんですよねえ。エア人形なのにちゃんと人形がみえてくるんですよ。これは見事だった。三人でひとつ、というのが如実にわかる。しかも20分近くしっかりパフォーマンスとして十分に見られるという事が凄いと思う。これを見ると人形遣いの方がかなり大変なこともよくわかる。

特に足遣いの方は絶えず中腰で、しかも腰を主遣いの腰にピタリと付けていなくてはならない。(主遣いの体の動きが足を動かすタイミングの合図。それを体で感じて動かす)。しかも今回は主遣いが高下駄を履いていないのでいつも以上に腰を屈めてやらないといけなかったはずだ。でもきちんとやってのけた紋秀さんにはただ拍手。

また楽そうと萬斎さんに言われていた左遣いだが、勘十郎さん曰く「かなり神経を使うポジション」とか。糸も繋がっていない状態でも見事に左手の位置を右と対称の位置に置き、タイミングよく左を動かしているのをみて、確かに相当な集中力が必要、というのを感じた。


●人形と萬斎さんのコラボ
『悪七兵衛景清』
これが思った以上に違和感があるのです。そこが面白かった。伝統芸能の動きの基本、「腰を中心に据えて動かさない」は同じなのに動き方が違うんですよね。「能-狂言-歌舞伎-文楽」能は所作が最小限、そこから右にいくつれ動きが大胆に、ただし基本は一緒、というところでしょうか。

歌舞伎座『二月大歌舞伎 夜の部』 1等2階東桟敷席

2009年02月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『二月大歌舞伎 夜の部』 1等2階東桟敷席

二月大歌舞伎夜の部は風邪をひいてしまい体調が良いとは言えない状態でいつもより集中力に欠けた観劇でしたが三演目ともとても良くて楽しめました。歌舞伎座からの帰宅後、中村又五郎丈の訃報を聞きました。とても素敵な役者さんでした。ご冥福をお祈り致します。

21日の歌舞伎座の役者さんたちの熱の帯びようはもしかしたら又五郎さん追悼の意味もあったのかもしれません。

『倭仮名在原系図 蘭平物狂』
三津五郎さんの蘭平は2004年納涼で見納めか、と思っていましたら、今月最年長の蘭平ということで拝見することが出来ました。これが三津五郎さん最後の蘭平かな。とても気合入ってましたねえ。2004年の時より骨太で押し出しが強い感じがしました。前半の物狂いでの踊りがやはり情景の鮮明さが見事。踊りの上手さが面白味になって飽きさせません。後半の大立ち回りは躍動感という部分ではさすがに若手(松緑くんなど)のほうが凄いんですが、芯としてのゆるぎなさ、型のひとつひとつの美しさ、決めのときの切れのよさが見事。また子への情の部分の切なさが表れていて、蘭平が可哀相になってしまいました。

在原行平@翫雀さん、行平の奥方水無瀬御前@秀調さん、おりく@福助さん、与茂作@橋之助さん、と役者が揃っていて、特別しどころのない役ですがそれぞれ存在感があるので舞台面の空気が濃くなっていました。

おりく@福助さんは松風に扮した赤姫の時がとってもラブリーでした。姿がやはり綺麗です。でも珍しくなんとなくお顔が疲れたような感じでしたが大丈夫かな?

与茂作@橋之助さん、今月とても良いと思います。一皮剥けるかな?と期待してしまいます。こういう大人しい役でこそ実力がでるんですよね。今月の橋之助さんは佇まいにとてもいい風情が出ています。また台詞に抑揚がついて情感が出るようになってきたと思います。私、橋之助さんの台詞回しにいつも物足りなさを感じていたんですが今月はその物足りなさをあまり感じません。

繁蔵@宜生くんも頑張っていました。声がしっかりしているのでこの役にはいい感じです。可愛いですねえ。

『蘭平物狂』の見所といえば後半30分近い大立ち回り。舞台転換に10分ちかくかかるのはどうかと思いますが…むしろ10分の幕間にしたらいいのにと思ったり。前半と後半、かなり乖離があるのでそれでいいと思うんですよね。で、まあそこは置いといて、立ち回りは見ていてワクワクします。名題下さんたちの活躍ぶりが本当に見事で、とっても楽しかったです。つい「わあ~!」と声が出ちゃう。歌舞伎の立ち回りのなかでも洗練されていると思うんですよね。見所満載で、決まるごとに盛り上がる。楽まで怪我のないよう頑張っていただきたいです。


『歌舞伎十八番の内 勧進帳』
豪勢な勧進帳ですよねえ。さよなら公演ならではの顔合わせですしね。大人な勧進帳、という感じでした。なんというか熟練の技、みたいなものを感じました。そして四天王の存在感もちょっと凄くて、舞台が狭く感じました。

弁慶@吉右衛門さんの気迫が凄かったです。とにかく大きい。柄の大きさだけじゃなく人物像に大きさがありました。質実剛健、というのがピッタリくるような、特に剛の部分が際立っていました。関所を突破してやる、という肚の底からの執念みたいなのがありました。。それを表面に出さないで押し隠し余裕な部分を見せる、その自信がオーラになっている感じ。いやあ、これは良かったですね。もうかなり汗だくで後半さすがにちょっと疲れが出た感じで動きにキレがなくなってましたが、弁慶の必死さに重なって、オーラが減じる感じではないので全体的に迫力のある弁慶になっていたと思います。延年の舞は少々グダグダ気味でしたけど…、それもまあ今回はそれでも良しとしようと思えるだけのものがありました。六法はあっさり気味ですが急いで義経様に追いつかなくちゃな感じがあるので好きです。

声も少々疲れ気味な部分があって珍しく時々聞きづらさがあったんですけど(声が伸びなくて必死に声を前に出してる感じ)、なんとなくそれが「ただひたすらにやらねばならぬ」の精神的圧力みたいな負荷がかかってる雰囲気があってきつそうだけど、でもそれがかえって弁慶の精神状態も表してるような感じもしたりしました。疲れもあるのだとは思いますが又五郎さんの件もちょっと響いていたかなと後で思ったり。

富樫@菊五郎さん、今まで情に流されているような富樫に感じられていて、もうひとつ納得いかない富樫だったんですが今回はすご~くよかったです。情はあるんだけど、そこに覚悟のほどがしっかり見え、それが懐の深い人物像へと繋がっていました。問答部分は冷静沈着。朗々とした台詞廻しは大人の落ち着きというか、義経一行を見極めて受け止めている感じ。またそこに自分の立場への悲哀が含まれていて、老成した富樫でした。受けの芝居が上手い菊五郎さんならではの富樫かな。個人的好みからすると問答の部分はもっと突っ込んでいっていただきたいのですが、予想以上の富樫で満足。

義経@梅玉さん、素敵すぎです。超ミーハーモードになりました。だってもうなんつーのカッコイイですもの。梅玉さんの義経、今までもこんなカッコイイ義経だっけ?なんというか気品があるだけじゃなく武将としてのオーラがあるんですよね。キリッとしてて、弁慶一行が義経を守ろうとしているように義経も一行を守ろうとしている、そんな感じがあるんですよ。それでいて落ちゆく悲哀もあって。もうカッコよすぎてうっとり目がハートです私。さすがは義経役者です。でもこんなに良いとは!個人的に今までは梅玉さんは富樫のほうが良いとか思ってましたがこうなると義経のほうが良いかも~~。あやうく舞台写真買うとこでした。

常陸坊海尊@段四郎さん、亀井六郎@染五郎さん、片岡八郎@松緑さん、駿河次郎@菊之助さんの四天王、さすがに華やかです。結束力の部分で観るまではちょっと心配してたんですけど、コンビネーションもとってもいいじゃないですか。押し問答のとこの気迫が4人とも凄いです。しかもそれぞれ個性的で役割分担がハッキリしてるんですよ。単に自分の役割をこなしてるってだけじゃなく、このなかでも誰がどうフォローしあっているのかの関係性がみえる。これは四人でしっかり芝居を作ってきてますねえ。

段四郎さんはほんの少し台詞にも情が出るんですよね。いいなあ、好きだなあ。染五郎さんは能がかりの台詞をしっかりものにしていますね。このところ富樫をしっかりやってきたせいでしょう。声の張り具合が良いです。それに若手三人のなかでは控えている時の形が良いです。背筋の伸び具合が、綺麗なんですね。段四郎さんと染ちゃんのアイコンタクト、あんなにしっかりお互いを確認しあっている四天王、いないですよ。さすが芝居上手なお二人です。松緑さん、今月台詞がかなり良くなっています。ストレートに綺麗に台詞が通ってました。舌足らずさが気にならない。菊ちゃんも姿勢が綺麗です。それと声がやっぱ良いです。お父様に似て声の幅が広いし、それをかなり自由に扱えるようになってきた感じ。


『三人吉三巴白浪』
『勧進帳』のずっしりと重い演目の後にこの演目はいい並びですね。肩の力を抜いて観ることができました。なんだかすご~く楽しかったです。玉三郎さんのせいかな?なんだかすごく華やかな一場になっていました。それとちょっと退廃的な暗闇が向こうにみえる感じで独特の空気感。黙阿弥のノワールの部分が強調されているのね。一場だけではもったいないですねえ。

私は玉三郎さんのお嬢吉三は十分有りです。台詞廻しがきっぱりした七五調ではなくちょっと鼻にかかった玉三郎さん独特の謳うような台詞廻し。個人的に前回初役の時のお嬢の時より、抑揚のつけかたが気持ちいい分、こちらのほうが好き。それと声を悪婆手前の可愛らしい雰囲気を残しているのも個人的に○。男だけど骨ぽさのないちょっと中性的などこか脆さがあるお嬢。なんかね、世間知がありそうでどこか抜けてる感じのまだ幼さが残る不良って感じ。突っ張っているけど突っ張りきれていない感じがいいなあ。不良ぶりっこしてる玉様が限りなく可愛い。

お坊吉三@染五郎さん、素敵です~~。紫の着流しが超お似合い。2007年のときよりかなりの成長ぶり。大きさが出てきましたし、台詞廻しもちょっと重かった部分が、暗い雰囲気を保ちつつ、綺麗な七五調で聴かせてきます。お坊としての甘さや色気が増してきた感じ。悪になり切れてない刹那的なとこが良いんですよ。2007年ときより神経を張り詰めた殺気も漂わせていました。でもどこか寂し気で、根がどこか真っ直ぐなお坊です。玉三郎さんとのバランスも良かったです。たぶん、玉三郎さんの演出なんでしょうけど、お坊が来てからもお嬢を見つめている時が多いんですね。「こいつ、どういうやつなんだろう」って観察してる感じ。あとでほんとに仲良くなりそう、って雰囲気がここできちんとありました。

お坊吉三@松緑くん、やはり2007年でお坊を演じましたがやはりだいぶ成長しております。兄貴分の大きさはさすがに玉三郎さん相手なので出せないでいますが、前回の忙しない雰囲気が無くなり独特の明るさに骨太さが加わってとても良い出来。台詞廻しもゆったりと大きく言うようになって、言い含めるという部分が明快になってました。世話の軽さのメリハリの部分ではさすがに菊五郎劇団にいるだけあって上手いです。もっとお坊のいわくありげな部分を出せるといいんですがそれはまだこれからかな。キメの形ももう少し、という部分もいくつか。勢いだけじゃなく体の置き方をもっと精緻にしていくと大きさが出るのではと思います。でも舌足らずさが目立たなくなったのがまずは大成果。

おとせ@新悟くんが上手くなった。声が安定してきたのと台詞で状況を伝えることができていました。しっかりお稽古してきたんでしょう。玉三郎さんに習ったのかな。七之助くんのおとせとちょっと被りました。

国立小劇場『二月文楽公演 第二部』 1等席前方センター

2009年02月14日 | 文楽
国立小劇場『二月文楽公演 第二部『女殺油地獄』』 1等席前方センター

二月文楽公演『女殺油地獄』を観てきました。『女殺油地獄』を文楽で観るのは200年公演以来2回目。この演目、やはり面白いです。「今」でも通じる話。あまりに酷い話なのでノワール系OKな人じゃないと精神的ダメージは大きいかも。親の心、子知らずというか、子が親や周囲の人の情をこれでもかと足蹴にする世界。それに殺しの場がリアルなんですよね…悲惨。 また同じ演目を見てみると物語優先な文楽でも語る人や操る人でかなり物語の解釈や情景が変わるというのが今回の発見でもありました。

それにしても文楽の与兵衛は性根がとことん腐っていますね。ほんとに酷い男です。今回、与兵衛を操ったのは勘十郎さん。2004年のときも勘十郎さんでしたが、今回のほうが悪さ度UPだった。まったく可愛げ無しです。前回はなんだかんだ親の愛情を感じている与兵衛だったと思いますが今回は、何を考えているんだか、わからない不気味さがありました。今回、勘十郎さん自身の顔も少々悪人面になってましたよ(笑)

桐竹紋寿さんのお吉さんがいかにも優しくてしっかりもののおかみさん。きっちりした女性なんだろうなという雰囲気。女というより母の顔のほうが強いので、殺される場にエロスが少ない。その分、悲惨な場だというリアルさが勝る。なんというかカタルシスがないんですよね。殺しの場が本当に単なる殺しの場。

今回、与兵衛があまりに人間味がなくて、お吉さんが心情を訴える余裕なく唖然としたまま殺されていった感じ。2004年の時はお吉さんの悲劇、だったけど今回はお吉さん一家に降りかかった悲劇という感じがしました。なんというか心情より情景のほうがクッキリしていたというか。前回2004年の時は殺しの場で与兵衛とお吉さんの1対1の関係性がみえたんですよ。だからかえってお吉さんの心情が浮かびあがってきた。蓑助さんが操ったお吉さんの存在感がそう感じさせたというのもあるでしょう。語りも情の部分が濃かったのかも。

清十郎さんの妹おかちのが楚々として可愛らしい。存在感があって、襲名して一皮剥けた感じがしました。

玉也さんの徳兵衛、玉英さんのお沢の夫婦がなんだかとってもよかった。単に甘やかしてるだけの親じゃないんだよね。そこら辺の具合がバランスいいというか。押さえぎみの表情に「親」の切なさがあったと思う。

床では「河内屋の段 奥」の呂勢太夫さん、鶴澤清治さんのコンビと「豊島屋の段」の咲太夫さん、燕三さんコンビがかなり良かったです。

呂勢太夫さん、こんなに語れる人だったっけ?と驚くほど。鶴澤清治さんの三味線のキレ味と深い低音がいつもながら見事。咲太夫さんはキャラクターの味付けが上手いというか、その時々の場の空気がとてもわかりやすくて、殺しの場に至る人の心の揺れや情景がしっかり伝わってきました。燕三さんは音色が多彩。

歌舞伎座『二月大歌舞伎 昼の部』 1等1階センター上手寄り

2009年02月11日 | 歌舞伎
歌舞伎座『二月大歌舞伎 昼の部』 1等1階センター上手寄り

満員御礼で補助席まで出ていました。本日、歌舞伎初心者さんが多そうでした。新鮮な反応が多くてそれも楽しかったです。二月は演目が発表されたとき最近観たものばかりでちょっと微妙~とか思っていたのですが実際観て見たら予想以上によくて大満足でした。 役者さんたち、さよなら公演のせいかなんとなく気の入り方が違うような?

『菅原伝授手習鑑』「加茂堤」「賀の祝」
完全通しで観たいなあ。さよなら公演でやるかと思ったのになぜみどりでやっちゃうんだろう?でも今回、桜丸の悲劇がきちんとわかるように「賀の祝」だけじゃなく普段は通し狂言のときしかかけない「加茂堤」をやったのは評価できる。配役が三兄弟が若手、奥さんが中堅で少々バランスが悪い部分もあったけどそれぞれの役はニンにあっていてだんだん気にならなくなった。

「加茂堤」は下世話な内容ではあるのだけど牧歌的な空気がきちんとあって、ちょっとしたことが悲劇への発端になっていく、という部分が際立ってた。

「賀の祝」は、前半と後半のメリハリがあってとても良かった。また久々に喧嘩の部分を面白く見た。染五郎さんと松緑さんの間やリズムが良いのと、芸だけでは出ない若さゆえの前のめりさがあるからかもしれない。喧嘩の場でわっと観客が弾むのは若さゆえの稚拙な兄弟喧嘩というのがよくわかるからかも。

桜丸@橋之助さんが凄く良かった。明るくて人のよい前半があるだけに後半の悲劇が浮き出る。ともすれば柔らかくなりすぎな桜丸だけど、橋之助さんだと骨ぽさがあるので「加茂堤」「賀の祝」の流れが自然。私は女形さんがやる桜丸より立役の桜丸のほうが好きかも。台詞廻しが芝翫さんにソックリ。相当、稽古をつけてきてもらったとみえる。トーンが一本調子で明るくなりがちだった部分がほとんどなく、きちんと心情を伝える押さえた台詞。後半、切々としたものがもう少し欲しいとも思うけど、十分な出来。このままいけば一皮むけるのでは?

八重@福助さん、「加茂堤」と「賀の祝」でキャラクターが変わり過ぎ(笑)。可愛いんだけどね~。「加茂堤」ではいつものサービス精神旺盛な部分が出すぎなところが…なんというかそれじゃやり手ババアだよな表情のところが…。もう少し、純粋に単純に斎世親王と苅屋姫を応援してほしいのだけど。でも「賀の祝」ではほんとに可愛く品よくて桜丸一途で可憐で切ない八重ちゃん。「賀の祝」のキャラで「加茂堤」もやってほしかった。にしても身の置き方の美しさは絶品ですなあ。あの待ち風情は見事です。守ってあげなくちゃ、と思わせる。この可憐さをどうか維持してくださいませ。

松王丸@染五郎さん、思った以上に良い出来でした。少々線の細さは否めないけど芯の部分での大きさや無骨さ、そしてなにより「覚悟」のほどが肚のなかにしっかりある松王丸だった。梅王丸との喧嘩での兄弟間の気安さのなかでの意地ぱりな性格、そして父へ自分の気持ちをわかってほしいという不器用な寂しさがある松王丸でした。「寺子屋」に至る松王丸の姿がきちんと見えた。どれほどの覚悟でいるのか、その悲哀が秘められた憎まれ口に、その後の慟哭が浮かんできた。このまま染五郎さんで「寺子屋」の場を観たい、と思った。まさかそこまで思うとは思っていなかったです。それとやはり体の置き方が見事でした。決まり決まりの姿の美しさにほれぼれ。体全体が綺麗なのです。顔は以前より隈取が乗ってきた感じ。でもあの隈取で、染五郎さんは強さよりどこか愁顔になるのですね。

千代@芝雀さん、しっとりと落ち着いた家族思いで気配りのある奥さん。旦那さんのことが大好きで心優しいという部分がよくみえる。梅王丸の奥さんの春さんに負けじと松を褒める自慢も厭味がなくさり気ないのが芝雀さんらしい。白太夫に帰れと言われしょぼ~んとするのもほんとに悲しそう。この時、千代はまだ松王丸の決意を知らないのかなあ。芝雀さんの千代はまだ知らなさそうだった。ただもう松王丸にひたすらついていく、そういう奥さんだったな。寺子屋にいたるところでの決心がこの場ですでにある千代も見てみたいかなあ。

梅王丸@松緑くん、勢いがあってよかったです。声の通りもよく舌たらずな部分がそれほど目立ちませんでした。梅王丸は完全に彼の持ち役でしょうね。前半の喧嘩の部分の威勢のよさと稚気のある正義感の強さ。力の張り具合がいい感じででていた。染五郎さと相性がいいんじゃないかな。勢いよくぶつかっていって遠慮してないから喧嘩の部分が弾む。台詞の間もよかった。決めの形が時々流れるのでガマンして決めて行ってほしいな。惜しむらくは後半、受けの芝居の部分。桜丸の悲劇を受け切れてない部分が。そこでの台詞が一本調子なので哀の部分があまり無い。ここで大きく受けとめる芝居ができるとすごく良くなると思う。

春@扇雀さん、控えめながらキリッと芯の強い包容力のある春さん。やんちゃな梅王丸を暖かく、ときに意見しつつバランスよく立てているような奥さんだった。扇雀さんは一時期、気の強さばかりが前に出た時期があったと思うのだけど、今回はそれがなく、芯の部分の強さが内包されていた。さりげなくそこにきちんと存在していて、とても良かった。

白太夫@左團次さん、気骨があり気持ちも元気な白太夫。丁寧にしっかりと演じていらっしゃるけど、個人的好みからいうと情味がもう少しほしいなあ。三兄弟がそれぞれに熱い想いでいるので、そこをガッチリと受け止めて欲しいかな。さらりとしすぎている感じ。

斎世親王@高麗蔵さん、苅屋姫@梅枝くん、二人とも丁寧に演じているけどもう少しラブラブな感じが欲しいかな。

三善清行@松江さんが滑稽味と不気味さのバランスがよくいい存在感。


『京鹿子娘二人道成寺』
面白かった~。私は前回より今回のほうが好き。前回の物語性を強調した踊りよりもっと「舞踊」が強調されていたと思う。玉三郎さんと菊之助さんのシンクロ度合いが減って2004年度に近い雰囲気だった。

2006年度版では新しい『京鹿子娘二人道成寺』として光と影の花子という物語性に向かっていきお互いの個性を少しばかり封印して同調していったと思う。しかし今回はなんというか二人で娘道成寺という舞踊に向かっていくという部分で同調していった感じ。だからお互いの個性を全面に押し出してどこかぶつかりあっていく部分があった。その競争意識が今回の『京鹿子娘二人道成寺』を盛り上げていったように思う。そこに「舞踊」としての面白さを私は感じた。

菊之助さんの成長ぶりは見事で、硬質な雰囲気と弾むような体の使い方のバランスが非常によく取れていて、そのカッチリした部分でまったりとした古風さを感じさせる踊り。花子のなかに入り込むというより踊ることを意識し丁寧に踊り込んでいくというところに時分の花が開いていた。また玉三郎さんに食らい付いていこうという勢いが気持ちいい。体の使い方がより曲線になって「娘」の可憐さがあった。ただ、踊りのなかの情景や気持ちといった部分がまだ滲みでる、というところまでは。まだこれからでしょう。

玉三郎さんのこれが私の踊りといった気の入りっぷりが凄まじかった。たぶん『京鹿子娘二人道成寺』三回目ということもあり菊之助さんを信頼して余計なことを考えずに踊りに没入していったような感じがありました。そしてどんどん菊之助さんを突き放していく。すごい、容赦ない。食らい付いてこないと置いてくよと言わんばかり。それでいて包み込むような大きさも感じさせる。いやほんと、ある意味女形ver.『連獅子』?みたいな関係性というか。

玉三郎さんの踊りは体の隅々までコントロールしきった、ある意味シンプルな踊り。顔の表情を実はほとんどつけていない。ところが凄まじく表情豊か。ほんの少しの加減なんですよね。体の置き方、顔の位置、手の位置それらが組み合わさった技術の部分で表情を付けている。娘としての可愛らしさから恋することでの色気、情念が少しづつ迸っていく。どんどん玉三郎さんから目が離せなくなっていく。玉三郎さん一人の『京鹿子娘道成寺』が観たくなりました。もうやっていただけないのだろうか?


『人情噺文七元結』
楽しかったです。笑わせてほろりとさせて気持ちよく締める。

長兵衛@菊五郎さん。菊五郎さんの世話物は安心してどこまでも気持ちよく観られます。肩の力が抜けたさらりとした味わい。人のよさ、根の明るさのなかに男気を隠している長兵衛。飄々としすぎて腕のいい職人風情が足りない気もしますが江戸の人情というものはこういう感じだったのかもと納得させる存在感。こういう人物をさらりと表現できるのは菊五郎さんくらいでしょう。

お兼@時蔵さんが上手い。いかにも長屋のおかみさん風情が似合ってしまうのが時蔵さんの芸の幅の広さ。ガミガミ言いつつ、旦那ことが好きなんだよね、という可愛らしさがある。家族への信頼がきちんとあってのお小言、こういう母だからお久ちゃんも気持ちの優しい子に育ったんだな、ってわかります。

文七@菊之助さん、生真面目だからこそ思いつめて、という風情。気の強さが芯にあって意外と骨太。根の部分、かなり逞しい文七でした。声の良さが際立って状況をよく聞かせてきました。

娘お久@尾上右近くん、体の使いかたや台詞は良いと思う。だけど、なんというかおばちゃんに見える…拵えをもう少し工夫したほうが良いような。白塗りになってからはまあまあだったけど…。

角海老女房お駒@芝翫さん、声が少々弱いですが、貫禄ある存在感と情味。もうそれだけでよいと思います。

家主甚八@左團次さん、う~ん、もう少し鷹揚さというか人のよさが欲しいかなあ。なんとなく『髪結新三』の家主に見えるかも…。『人情噺文七元結』の家主では幸右衛門さんの優しいニコニコ顔の家主がツボだったからなあ。

和泉屋清兵衛@三津五郎さん、ご馳走。さすがカメレオン役者、どんな役にでもスコンとハマってしまうのが見事。切れ者のご主人でした。

鳶頭伊兵衛@吉右衛門さん、大ご馳走。この役でお付き合いとは。存在感ありまくりですね。大きな体をもてあましてる感じがなんとも(笑)

シアター・コクーン『NODA・MAP パイパー』 S席1階中央上手寄り

2009年02月01日 | 演劇
シアター・コクーン『NODA・MAP パイパー』S席1階中央上手寄り

【ネタばれ要注意です。未見の方は読まないほうがいいと思います】

場面、場面では面白かったんですが全体を通すと物足りないというか、もっとテーマを絞ってほしかったなあという感じです。SFという括りで話を壮大にさせようとしたところで、テーマが取っ散らかってしまったのかな。あれもこれも言いたいと詰め込んだおかげでテーマが平行に並んで散漫になったのかなと。また、なんというか観客にわかりやすく提示しようとしている部分ですべてが突っ込みきれず浅い感じになってしまったような。言いたいことはわかるし、やりたいことはわかるんだけど、野田さん本人が今回の芝居で描こうとしたい「なにか」を掴みきれてないんじゃないかと。野田さんの伝えたいはずの「怒」が芯の部分から湧き出てないんだよね。野田さんにしては情景描写が薄かったと思う。それと収束のさせ方がどうも感傷的でかなり甘いなあと。「希望を持たせる」、それはいい。だけど安易だよね、あれでは。生きることの「覚悟」がね、今回の作品では薄い。

絵空事(作中での姉妹の置かれた状態のことです、この場合)から一歩踏み出す、というのは良いと思うんだけど、そこの「実感」がすごく足りないんだよなあ。それってやっぱり「火星」での終末が描きこめてないからだと思うんだよね。なんでだろ?終末の切実感がね無いの。火星の歴史としての絵空事の部分は面白い、でもそこに血肉がなぜか通ってない。う~ん、なんと言ったらいいんだろう。私は「絵空事」も人に必要だと思っている人間で(だから小説が大好きなわけで)その絵空事が「実感」として伝わってほしいとそれが人として生きていくうえでの何かであってほしいのです。野田作品にはそういう「願い」があると思うんだけど、そこの部分、今回足りなかったなあ。

なんとなく、判りやすさは作品見たままを享受しそれ以上考えない観客に対しての野田さんの「焦り」に感じたりもするのだけど、でも「考える」ことを提示したいのならば「わかりやすさ」は必要ないと思う。ただ、「ロープ」では判りやすさの部分でそのままの「事件」を扱い、伝えるという部分の意義は感じなくもなかった。でも今回は未来に設定したことで「単なる絵空事」になってしまった部分のほうが大きかったのかもしれない。場面場面では、言葉の切り取り方というか、時々古さは感じるけどでもやはり「言葉」の力を感じさせてくれたりして。その「言葉」への信用度というのが私には好ましかったりするんだけど。

舞台では大勢のアンサンブルを使ったことでダイナミズムは出てたと思う。でも、その勢いが芝居全体に波及していないきらいがあった。なんだろうな。宇宙だったり荒涼とした火星の地だったりという空間の立ち上げ方が足りない。野田さんのお芝居はそれほど観てないけど、たった一言でどこまでも空間が広がっていく、という瞬間があったりすると思う。今回それが中途半端だったような気がする。

なにが中途半端なのかな?と考えたんだけど「絶望」のあり方が薄いせいじゃないかなあ。表面的には十分「絶望」だったりするけど、ギリギリまで研ぎ澄まされたものじゃないというか…。どこまでも落ちていく、その恐怖とか惑いとか狂気とかそんなものへ真正面から向き合っていく強さや覚悟が「生きていくことの切なさ」というものに繋がっていくと思うのです。そして私はこういうものを野田作品には期待してしまうわけで…。そしてその突き詰めた分に野田さんの言葉が重なると世界が広がっていくのではないかな、とか。

破綻があってもどこかに熱があって空間に厚みがあれば、その粗を乗り越えたものが見えたりすると思う。でも残念ながらそこまでいかなかった。そういう意味では役者が消化しきれてない芝居そのままを提示してしまってる感じもあるのかな。熱がどこか足りない。たか子ちゃんもりえちゃんももっと入り込むタイプの役者だと思うんだけどまだ目の前に情景をクッキリとイメージできてないんじゃないと思ったり。脚本の破綻の部分に納得いってないんじゃないかな?とか。モチロンきちんと演じてるのだけど。ただ、なんだかんだいっても、終盤の火星の惨劇での二人だけの渡り台詞は圧巻だった。このシーンありきで始まった芝居かも、と思わせた。ここはもうたか子ちゃんとりえちゃんだからこその場だ、としか言えないし、野田さんの言葉の使い方も好きだ。このシーンは野田さん的ベタな場だとは思えどもやっぱり「ああ、いいなあ、素敵だなあ」と思う。

なーんかね、言葉の勢いが時々感じられるだけに、なんでだろうな、とかそちらの方向で考えてしまいますね。

以下、完全ネタばれ。

とりあえず「人肉」は必要なかったというか、あれで一気に芝居がダメになった。取り上げ方が中途半端すぎ。物語の整合性も取れない。「生きる本能」という部分で究極のもの、という括りで描くならトコトンそこを突き詰めないと説得力はなくなる。細かいツッコミをすれば「最後の人肉はストーリー的におかしい。変だよね。あそこ。話通じないよね?あの後、また人工食に戻ってるみたいだけどどこから来てるの?それに人を食べるとこまでいって植物を今まで育ててきてないのもおかしくない?」ということ。

役者さんについて。

ダイモス@松たか子さん、持ち味とは反対の線の細さと無知ゆえのしたたかさを求められた今回。本来は線が太く真っ直ぐな気性の女優さんなので、役柄としては「姉フォボス」のほうだろうと思う。でも妹ダイモスの揺らぎを、ひたすらひたむきに聞く役割として演じて、その部分で無垢さを出していた。また声はいつもより高く細めに出して無知の弱々しさを表現していた。それが完全に成功してたか?というとやはり地についた「知的」な「観察者」的なものが時々顔を出してしまっていた感じがする。もう少しのんびりほんわかした雰囲気があってもいいかなとか、個人的好みですが。しかし細い声を出してながらすべての台詞を聞かせてしまう技量にはいつもながら感嘆。でも、やっぱりスコンと似合っていたのは「母」と「給食のおばさん」かな、とても活き活きしていた。役への切り替えが見事だったけど、ここまで切り替えが出来たというのもこちらの役のほうが彼女の資質にうまくハマったせいだろう。考えていないようで考えている、そういうキャラだと持ち味が光る。「母」のキャラは難しかっただろうけど、芯の強さが印象的だ。ただ歩んでいく、という部分での説得力があった。

フォボス@宮沢りえさん、たか子さんと同様に役割をいつもの反対のキャラを振られた。線が細く儚げで、でも強靭さがあるりえちゃんは「妹ダイモス」のほうが似合ったんじゃないかと思う。無知ゆえの飛躍、はりえちゃんのほうが似合う。でも、やはりきちんと「姉フォボス」を作りこんできた。声はちょっと潰してたなと思うけど、役柄的に声を低めに取ってきたんだろうと思う。毒舌のなかの気風のよさのなかに知っていることの強さと弱さを見せてきた。演じて面白いのは姉のほうだろうね。りえちゃん、楽しそうだった。

ワタナベ@橋爪功さん、上手い。TVの人というイメージだったのでビックリした。動けるし台詞が前に出るし、なによりきちんとそこの空間に存在している。野田さんの演じ方に似てて野田さんが作り上げたキャラをそのまま体現してみせた感じ。でもそれだけじゃなくて技量があるのでそこに橋爪さんなりの空気を被せてきた。なんか、もう説得力が凄いんですよね。いそうだよね、こういう人という等身大のキャラだった。ゆるそうなキャラからシリアスなキャラへの切り替えが見事だし、凄みをきちんと感じさせる。個人的に上半身と下半身が離れてしまったらどちらを選ぶ?、なんてとこ、なんかいいなあ(笑)とか思ったり。

キム@大倉孝二さん、きちんと子供にみえたよ(笑)。ひょろ~んと柔らかい動きがいいアクセント。へたすると嫌みな子供になりそうなキャラなのに、可愛げがあって、大人びた子供の哀しさみたいなのも感じさせてくれたり。天才ぶりを表現する火星の情報の台詞をただ情報として淡々と言ってしまうとこに、ちょっとニヤリとしてしまう。SFにはこういうキャラが必要よね、と。


【公演】渋谷シアタークコーン『NODA・MAP パイパー』

【公演日程】 2009年1月4日(日)~2月28日(土)

【ストーリー】
赤土と氷河、天空には地球が…
1000年後の火星で、何が起きていたのか?
火星は人類の憧れであり、希望の星だった。その初の火星移住者たちのあふれんばかりの夢が、どのように変貌を遂げていくのか。そして、人々と共に火星に移住した「パイパー」なる生物? 機械? 人間? もまた、人類の夢と共に変貌を遂げる。そして1000年後の火星。その世界を懸命に生きる姉妹たちがいた……。

【作・演出】野田秀樹

【出演】
松たか子
宮沢りえ
橋爪 功
大倉孝二
北村有起哉
小松和重
田中哲司
佐藤江梨子
コンドルズ
野田秀樹