Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

サントリーホール『プッチーニ・ガラ』 D席LA前方

2005年07月31日 | 音楽
ソプラノ: ドイナ・ディニートリュ
テノール: ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ
バリトン: ガブリエーレ・ヴィヴィアーニ
指揮者:ニコラ・ルイゾッティ
オーケストラ:東京交響楽団


サントリーホール『プッチーニ・ガラ』を聴きに行きました。8月に上演されるヴィヴィアン・ヒューイット演出/ニコラ・ルイゾッティ指揮『蝶々夫人』の主役三人のお披露目といったところなのかな。プッチーニの有名楽曲中心に歌われるコンサート。

ソプラノのドイナ・ディニートリュの歌声が素晴らしかったです。『トスカ』の『歌に生き、恋に生き』が特に絶品でした。声に非常にハリがあり、そしてとても情感に溢れ、心に響いてきました。それと急遽差し替えて歌った、『蝶々夫人』の『ある晴れた日』の叙情溢れる優しげな歌声も良かったな。リリックソプラノ系の歌手なのかしら?

テノールのヴィンチェンツォ・ラ・スコーラは美声。いかにもイタリア歌劇の人の声質とでもいうのでしょうか。聞いていて心地いいし、パワフル。ただ、「ポスト三大テノール」の一人と言われているわりには声の延びが足りないかなと。スコーラ氏に関しては期待しすぎたかも。パヴァロッティさんと同じものを期待してはいけない。

バリトンのガブリエーレ・ヴィヴィアーニは背が高くってかっこいい方でした。<まずはそこかよっ(笑)。歌い方は端正で押し出しは強くないものの正統派を聞いた~という感じでした。

細かい部分では不満もあれど三人ともとてもよかったです。人の声の魅力というものを堪能させていただきました。この三人はまだこれからの若手らしいのですが、それでこんなに聴かせるんだからなあ…オペラの世界も奥深い。それにしてもやはり生で聴くと情感とか、歌声の振動とかが直接伝わってきて、CDを聴いた時の感動とはまた違うなあと、つくづく。

オペラは良い席で見たほうが絶対いいと聞いていたのですが、その訳もわかりました。歌声って前に響くんですよ。いや、たぶんそうだろうは思っていたけど今回、D席で歌手の斜め後方の席で聞いてほんとに実感しました。ダイレクトに声がこちらに伝わってこないんですよーー。もちろん声量があるのでかなり迫力のある歌声を聴かせてもらったんですけどね。それでも演技をしながらフト後ろのほうを向いて歌った時があったのですが、その時の声の聞こえ方の違いは相当なもんでした…。でもオペラで良い席って高くって手が出ない(;;)

オーケストラのほうは、とてもまとまっていて、前に東京交響楽団を聞いた時より断然良かった。それと、ソロを弾いたチェロとヴィオラの音色がきれいでした。指揮者のニコラ・ルイゾッティ氏のノリノリの指揮が見ていて楽しかったです。

歌舞伎座『七月大歌舞伎 十二夜』2回目 3等A席

2005年07月30日 | 歌舞伎
歌舞伎座『七月大歌舞伎 十二夜』昼の部、2回目の観劇。全体的な印象としては、2回目鑑賞で舞台美術や照明の新鮮さを感じられない分、前回以上に間延び感を感じてしまいました。特に1幕目、2幕目のテンポがちょっときついなあ。大詰は前回よりテンポが良くなっていてかなり楽しく飽きずに見られました。

役者さんたち関しては前楽ということもありノリやアンサブルが非常に良くなっていた。主演の菊ちゃんがかなり良くなっていた。でも突き抜けるまではいかなかったかな。あともう一歩、という感じなんだけどなあ。個人的には時蔵さんの姫ぷりと信二郎さんの殿ぷりに磨きがかかっていて、その部分できちんと笑わせていたのが印象的。それと亀治郎さんと松緑さんのはじけっぷりが凄かった。良くも悪くも目立ちすぎ(笑)。美味しい役をほんとに美味しい役にしてたと思う。私はこのくらいやってもらったほうが好きですね。


今回は歌舞伎鑑賞4回目の友人と。彼女の感想は「うん、まあまあ」。やはり演出の間延び感が今一歩の感じを与えてしまったよう。細かい部分では「今観ても通じるシェイクスピアの戯曲は凄い。織笛姫の姫様ぷりが説得力ある。丸尾坊太夫はもっと尊大さがないと…。安藤英竹はインパクトあって面白すぎ。麻阿はほんとに女性にしか見えない。お笑い4人組は『ヤッターマン』のドロンジョ一味のようだ。久里男はかっこいいかも(おおっ、そこに目をつけたか!)」。そして舞台写真売り場では買う気はないけどね、の前置きで「安藤英竹の舞台写真が無いのは解せない。あんなに大事な役なのにっ」ということでした…(笑)


と友人の感想で誤魔化してもなんなんで後で補完すると思います。

国立劇場『社会人のための歌舞伎鑑賞教室』『義経千本桜「川連法眼館の場」』 1等1階後方真ん中

2005年07月22日 | 歌舞伎
『歌舞伎のみかた』
笑三郎さんと春猿さんが掛け合いをしつつ舞台機構、鳴り物、義太夫、見得、女形、大向こう等についてわかりやすく時に笑わせながら説明していく。これは初心者にとってかなり親切でいい解説だったと思う。掛け合いも絶妙で、笑いも説明するための範疇でいきすぎず非常に好感をもった。また袴姿の素で忠信と静の「道行」をダイジェストで見せてから本編?の「川連法眼館の場」につなげたのもいいアイディア。笑三郎さんは本来、女形さんのはずだが今回は立役として大活躍。

ただ、ひとつだけ気になったのは、ラストの引っ込みの時に「手拍子」で送ってあげてくださいという部分。実際、最後の宙乗りでの引っ込みは手拍子で送られていった。でもこういうのって自然発生的に起こるのはとても素敵なことだけど、「やって」と言われてやるものではないと思うんだけど…。、私は普通に拍手したかった。手拍子は応援の意味合いがある。弁慶で手拍子がおこりがちなのは、弁慶が必死だから(その役柄に役者を重ね合わせて)だと思う。晴れ晴れと引っ込む狐忠信には拍手のほうが似合っている。


『義経千本桜』「川連法眼館の場」
私が今まで観て来た「川連法眼館の場」のなかで一番のBestと思っているのは40歳代後半の猿之助さんが演じてらしたもの。これはたぶん、これ以上のものはこれから観ることが出来ないのでは?と思うほどに素晴らしいものでした。そして今年5月の気合の入った菊五郎さんの「川連法眼館の場」も素晴らしかったです。10年前に拝見した菊五郎さんも素敵でしたが今回のほうが私は感銘を受けました。まあ、これを観てしまっているのでどうしてもこれが基準になってしまいます。

ちょっときついかもしれませんが率直に書くと、今回非常に期待していただけに残念ながら私にとってはかなり物足りないものでした。義太夫味がとても薄く、いわゆる物語としての濃密さが足りないような思いました。確かにわかりやすく、ケレンもたっぷりだし、立ち回りも派手で初心者を歌舞伎の入り口に立たせるのにはいいのかもしれない。でも、だけど…がついてしまう。

段治郎さんの義経と笑也さんの静。二人とも姿は美しかったです。でも存在感があまり無かったように思います。二人とも体が義太夫にノリきれていませんでした。それゆえにか、型が型として成り立っていない部分が。型は身体をより美しく見せるだけではなく、その役の心情を表す手段でもあると思うのです。ところがその心情が身体にノッてきていない。また台詞まわしも硬く、情をのせるところまでいってない部分が。義経と静の恋人としての情が見えませんでした。また義経が信頼する家来、忠信を思う情も残念ながら薄かったように思います。

そして主役、右近さんの忠信。一生懸命なのは伝わってきました。また動きの俊敏さは見ていて気持ちのいいものでした。でも肩に力が入りすぎのような…すべてにおいて硬さが目立ってしまっていたように思えます。そして師匠に近づかんとするばかりに、目に見える部分のみを必死になぞろうとしているような…。猿之助さんの口跡の悪さまで似せなくても。猿之助さんは口跡の悪さをカバーしてありあまる表現力、テクニックを持ち合わせています。そして口跡の悪さを味にしていました。でも右近さんの台詞回しは口跡の悪さばかり目立たせる結果になってしまっていました。右近さんは本来、口跡がいいほうだと思っていました。なぜ自分のよさを活かさないのでしょう。

DVD『歌舞伎名作撰『勧進帳』』 昭和18年11月歌舞伎座上演

2005年07月19日 | 歌舞伎
昭和18年11月に歌舞伎座で上演された『勧進帳』の記録映画。

弁慶に7世松本幸四郎、富樫に15世市村羽左衛門、義経に6世尾上菊五郎という配役。他にも9世市川海老蔵、5世市川染五郎など、キャストがとんでもなく凄い。この舞台があまりに素晴らしいので記録映画として残しておくことにしたそうだが、残しておいてくれたことに感謝だ。映像がかなり荒く、細かい表情が見られなかったりもするのだがそれでもこの舞台がとても素晴らしいものだというのがわかる。

そして、この時代の『勧進帳』がかなりリアルなものであることに非常に驚いた。なにより言葉が生きているのだ。そして表情が、そして人物像の性根がよりわかりやすく身近だ。そしてそのリアルさが真に迫り、ドラマとして盛り上がっている。今現在上演されている『勧進帳』のほうがより様式化されていると、そう感じた。

それにしても、役者の皆さんの腰の入り方が見事だね。ぐっと腰を入れキワめた時の形の素晴らしいこと。また声が、なんだろう皆さんハリがあってちょっと独特の太い声。発声方法が現在と違うような気がするのだけど、どう違うのかはわからない。でもやはりそれ以上に役に対しての解釈というのか、人物像の捉え方がなんともリアルに立ち上ってくることに圧倒させられた。本当に深いのだ。弁慶の豪胆でかつ繊細な表情、富樫の鋭く厳しいなかでの人としての矜持の持ちよう、そして義経の武将としての大きさのなかでの品と深い情。義経が弁慶を労うシーンの二人の間に流れる情のやりとりの色ぽさはなんだよ。そして富樫の命をかけたぎりぎりのなかでの情け深さを見せる苦渋の美しさよ。やっぱ、富樫の引き上げはただの泣きじゃないほうが心に響く。ほんと素晴らしいとしか言えない。

そしてこの舞台の素晴らしさは役者だけにあらず。長唄連中の素晴らしさも特筆もの。見事なまでのアンサブルの良さと、個々の音の響きのよさがあいまって迫力がある。役者と演奏の迫力が見事に調和している舞台だ。

それにしてもそれぞれの役者のなんとカッコイイこと。この時代の日本人の顔はとてもしっかりしてて個性的だ。役者だけじゃない、長唄社中の方々の顔も皆とても良いお顔をされている。

歌舞伎座『七月大歌舞伎 NINAGAWA 十二夜』 3等A席

2005年07月10日 | 歌舞伎
蜷川さんが歌舞伎初演出。シェイクスピア『十二夜』を日本に置き換えて歌舞伎に仕立てた演目です。外部の演出家が入るということでちょっと期待しすぎたかもしれない…。完成度の高い元の戯曲を忠実にそのまま舞台にしてあるのでそれなりに楽しめたのですが、あまりに無難にまとまりすぎて、物足りなさを感じてしまいました。高揚感が感じられず良くも悪くもまったり。わざわざ「歌舞伎」に仕立てるならもう少しはじけて欲しかったです。蜷川さん、遠慮しすぎたんじゃないかしらん?

『十二夜』
随分と原作に忠実にやったなあという印象です。舞台を日本を置き換えただけでいわゆる書き換えはしていない。シェイクスピア劇『十二夜』歌舞伎仕立て風といったところ。かなり刈り込んでいるとはいえ膨大な台詞を多少いつもよりはテンポは早めとはいえど、歌舞伎のゆったりとした台詞回しで発せられるのでどうしてもまったり。『十二夜』という芝居はいわゆる祝祭劇として書かれたロマンチックコメディである。本来、テンポのいい台詞の応酬が「お祭り騒ぎ」の高揚感を持たせる芝居として成り立っているであろう芝居を歌舞伎のテンポに合わせたら…。原作の骨格の強みはよくわかった。だけどまったりテンポのおかげでとてつもなくわかりやすくはなっているけど、口当たりが良いだけのものになってしまった。非常に観やすい芝居になっていることは確か。アクが無いので受け入れられやすい。反面、平坦で印象が薄く、良くも悪くも引っかかってこない。今のところ無難な芝居としか形容できない。祝祭劇としての高揚感は残念ながら感じられず、かといってシェイクスピアのアイロニーな部分も感じられず。前楽にもう一度観にいくので多少変わっていることを期待。

細かい部分にもちょっと言及。ネタばれしてます。

幕開きの舞台美術は「おっ、さすが」と思いました。舞台全体を鏡の幕で覆い、客席を映し出す。この情景は本来客席にいる私たちは絶対に見ることができない光景、壮観でした。そしてライトがあたり一面の桜の木の元でのチェンバロの演奏。一気に『十二夜』の世界へ引き込んでいきます。まあ、ここでごく普通のシェイクスピア劇なんだなという予想もついてしまいましたが…。そして花道から登場する大篠左大臣一行が鏡に映し出される。普段なら3階席から見えない花道上の役者を見ることができるのはかなり新鮮でちょっと嬉しかったです。ただ、鏡の使用が全幕にわたって使用されたため、せっかくの幕開きのインパクトがなくなり、だんだん飽きてきてしまいました。後半、丸尾坊太夫を陥れようとする場で鏡が効果的に使われたところもあったのですが、その場だけの使用で良かったような気がする。それと舞台転換のしかたも回り舞台での転換が多すぎてかなりダレました。芝居の流れがブチブチ切れてしまい、せっかく場が盛り上がって、こちらのテンションもあがってきたかな、というところでのんびり舞台転換。この間がこちらの気持ちを醒ましてしまう。花道や幕外をうまく使えばいいのになーとかちょっと思いました。いちいち場を正面で見せる必要はないと思うのだけど…。そういう意味では役者並びでの絵面が美しい場も残念ながら無かったですねえ。

印象的だったのは照明の使い方。歌舞伎座の平面な照明を使わず、動きのあるものにしていたのですがとても綺麗でした。特に嵐でのうねりを現した照明は美しかったです。ただ、やはりここは歌舞伎座の明るい平坦な照明のほうが活きるのに、と思う場面もいくつか。特に獅子丸の踊りのシーンは羽目もの系の照明のほうが活きたでしょう。セットもあのときだけちんまりしたのは解せません。この場は昼食後まったりできるための踊りの時間という歌舞伎座での見取り狂言演目並び時のセオリーを使ってきて笑えました(えっ?違う?)

あと、気になった演出面ということでいえば、せっかくの早替わりを効果的に見せることが出来てませんでした。うわー、もったいない。このノウハウは菊五郎劇団はきちんと持っているはずなのに、なぜうまく見せられなかったのか?とてつもなく疑問。また菊之助さんの吹き替えに仮面を使ったのも残念。多少似て無くても仮面は使うべきではないと私は思います。人形にしかみえず、舞台で「生きている人間」として浮かび上がってこないのです。(これは玉三郎さんが『於染久松色読販 新版お染の七役』で仮面を使ったときにも思ったのですが、観客側は舞台で魂がはいらないものを見せられてると思うと現実に引き戻されてしまうのではないでしょうか。)この仮面での吹き替えが大詰の場であからさまにあったので、非現実的な大団円の物語に入り込めず、祝祭としてのカタルシスがなおさら失われた気がします。ここで笑いが起きてましたが、楽しい笑いではなく「あらら」といった失笑になってしまうのは失敗でしょう。

さて、役者のほうですが、どの部分で評価すべきか軸をどこに持っていくかで変わりそうです。シェイクスピア劇としてみるか、歌舞伎としてみるか。たぶん、ごっちゃにして評価してしまいそうです。あくまでも私の主観で。

主膳之助・獅子丸実は琵琶姫の菊之助さん。綺麗でしたし、とても可愛らしかったです。声のトーンをしっかり変えてきて演じ分けも丁寧にきちんと出来ていました。ただ表情に乏しく演じわけを台詞のトーンに頼っているなという部分も。顔の表情だけではありません、体全体の表情が硬かったですねえ。主膳之助はしどころのない役なので仕方ないと思いますが獅子丸実は琵琶姫が、声のトーン以外はお小姓さん以外のなにものでもない。女の部分がほとんど出てないのです。ちょっとした仕草、ちょっとした足捌きでかなり「女が男装している」という部分を見せられると思うのですが…。大篠に対する切ない想いを吐露するシーンなどは見せ場だと思うのですが、かなり台詞は頑張っていて切なさが出ていたとは思います。ただ、そこに表情がのってきていない。女としての切なさとか色気とかいった表情もつけていって欲しかったです。このシーンで大篠が獅子丸に対しなんらかの色気を感じないとラストがあまりに唐突になってしまうと思うのです。

丸尾坊太夫と捨助の二役の菊五郎さん。丸尾坊太夫を時代物に寄せた演じ方、捨助を世話のほうに寄せた二役での演じようはさすがだなと感心。ただ、どちらも中途半端なキャラクターで面白みに欠けました。あえて二役をする必要はなかったように思います。丸尾坊太夫はかなり強烈に演じないと説得力が出ないと思うのですがそのオーラが残念ながら出てませんでした。自信たっぷりのいやみなキャラでないと、ただのいじめられキャラで笑えなくなってしまうんあよなあ。捨助のほうは道化ではなかったですねえ。単なる風来坊でしかなく、アイロニーを体現するにはかなり弱かったです。菊五郎さんは丸尾坊太夫一役でよかったんじゃないかなー。台詞や仕草の間とかは上手なんだから徹底的にキャラを作りこんでやってほしかったです。

麻阿の亀治郎さんはお見事でした。芝居上手がうまく活かされ、一番目立っていた。シェイクスピア劇の登場人物としてきちんと成り立っていたのはこの麻阿でしょう。台詞術の上手さ、表情の作り方の上手さが際立っていました。しっかり歌舞伎での張る台詞術と言葉遊びの軽さのある台詞術、どちらもこなしていました。それと顔と体の表情豊かなこと。コメディとしての笑いをほとんど一人でかっさらっていました。麻阿をかなりクセのある小ざかしいお女中として捉え、ちょっと年増風情の化粧にしたのもよかった。最初、一瞬亀治郎さんとはわからなかったけど、案外色気があってあの化粧好きかも。亀治郎さん、素でも楽しんでいるんじゃないかしら?かなり活き活き(笑)。このキャステングは大はまり。

洞院鐘道の左団次さんは相変わらずなんでも自分のキャラに引き寄せてくるなあ。それが今回、上手くハマって楽しいキャラに仕立ててなかなか。

安藤英竹の松緑さんは…あほの子でした。いいのか?あれで?インパクトはかなりあって面白かったんですが…。でも一生懸命なだけにだんだん見てて辛くなってきてしまいました。もう少し気楽に楽しんでやってほしいかも。それにしても、あほの子だけじゃなくどこかいい見せ場とか作れなかったんだろうか?舌足らずなあの声と可愛らしい顔つきでアホの子がハマりすぎるだけに…うーんうーん。

織笛姫の時蔵さん、大篠左大臣の信二郎さん は手堅いですね。この兄弟はやはり美しいですなあ。品のある硬さでしっかり歌舞伎の時代物の姫、殿としての芯として存在してました。歌舞伎『十二夜』としてみるならばこの二人のおかげで「歌舞伎」としての重厚さが出てたと思います。ただシェイクスピア劇としてみたときにもう少し軽やかさが欲しかったようにも思います。

大宮ソニックシティ大ホール『二代目中村魁春襲名披露』 B席

2005年07月04日 | 歌舞伎
大宮ソニックシティ大ホール『二代目中村魁春襲名披露』 B席

昨年夏に引き続き『二代目中村魁春襲名披露』巡業を観に行きました。しかし大宮ソニックシティはホールでかすぎ…2500名収容のホールだそうな。巡業公演でS席が1万円という価格に驚いたけど確かにこのキャパじゃこのくらい取らないと割に合わないのだろうか。で、ケチってB席にしたら4F席だった。まあ歌舞伎座と違って舞台は見切れるところがなくて観やすかったのですが…遠い(涙)。普段たまにしか使わないオペラグラスをかなりの頻度で使用してました。私の持っているオペラグラスの望遠倍率では役者の顔upなんてとんでもなく、舞台の中央主要人物が全員入る距離なんですもの、かなり舞台が遠いことがわかっていただけるかと。その代わり大きいホールでよかったなと思ったのは花道代わりの舞台袖の距離が長くてきちんと花道の役割を果たしていたとこかな。


『義経千本桜』「吉野山」

魁春さんの静御前は素晴らしかったです。赤姫としての気品と美しさのなかに白拍子としてのあだっぽさも垣間見せておりました。これほど静御前らしい静御前はひさびさという気がしてしまいました。やっぱりさすがだわ、としかいえない。今年になってつくづく思うのですがやはりこの方はここ最近急激に役者としてもう一皮向けている最中なのではないでしょうか?昨年あたり拝見した魁春さんよりどんどん存在感が増しているように思えます。

吉右衛門さんの狐忠信はお初だったのですが今までもやったことあるかしら?全然イメージじゃないんですが(^^;)どうも今年の吉右衛門さんは踊りに力も入れてやっていかれるおつもりのようですね。とても丁寧に踊られてキメの形もきれいでしたが、どことなく重厚感があって本物忠信のほうに見えてしまう。人外の雰囲気は残念ながらあまり見えず、狐らしい柔らか味も足りないような…。でもところどころ吉右衛門さんらしい可愛げな雰囲気もあり、もう少しこなれていくと狐らしさが出てくるかも。「屋島の戦」の様子は目の前に情景が浮かぶようでさすがと思ったのですが合戦の様子を踊るのは先月の『素襖落』も同じで、もっとガラリと雰囲気が違うものが観たかったなあ、というのが本音。ただあえて得意なものをやらず色んなものに挑戦されている姿には感銘を受けました。

歌昇さんの早見藤太はもう少しへなちゃこぶりがあってもいいかなと思うけど押し出しの強さがあってなかなか面白い藤太でした。花四天王たちは皆とてもキレのいいとんぼを見せていました。面白い形の見せ場もありました。立師の方々はここの部分で色々工夫されるのでしょうねえ。


『口上』
吉右衛門さんが最初のうちしどろもどろでした(笑)疲れていらっしゃったのかな。梅玉さんがいつも以上に早口でした…よく舌が回らないこと。芝雀さんの顔が近年にないほどまんまるでプチショック


『与話情浮名横櫛』「木更津海岸見染めの場」「源氏店の場」

『与話情浮名横櫛』といえば仁左衛門と玉三郎コンビが連想される演目。どうしてもこの二人の場合、絵面の美しさをめでるって感じになってしまうのですが今回はきちんと物語として楽しめました。それと初日近くのわりにテンポも良かったような気がします。

梅玉さんの与三郎が想像以上にハマっていてよかったなあ。「見初めの場」では放蕩に身を崩している若旦那風情が見事に出ていました。この方はなんとなくちょっと冷たい二枚目のイメージが強かったのですがこういう柔らかい二枚目もなかなかいいですねえ。体の使い方が見事だなあ。「源氏店の場」での切られ与三はもうピッタリですね。特にちょっと高めの涼やかなお声での「しがねえ恋の情が仇…」の名台詞は聴かせます。もう少したっぷり言ってくれてもいいくらい。

芝雀さんのお富、柄じゃないような気がしてどうなることかと思いましたがなかなかの艶ぷり。特に「源氏店の場」でのお富が良かったですねえ。湯上りの色っぽさもあるし、イキな強さもあってきちんとお富の性根をつかんでいらっしゃるのがさすがだなあと。いつもより声のトーンを低くされての台詞廻しでしたが、それが芸者あがりの親分の妾といったご新造さんの貫禄が出ていてなかなか。それでいてそのなかに女らしい情もきちんとあり、とても良かった。ただ「見初めの場」でのお富がかなりまんまるで別な意味でも貫禄が…もう少し細いほうが…。この場は「おっ、きれいないい女」と思われなきゃいけないんだからなあ。あのキュートな別嬪さんの芝雀さんが少しばかりドラえもん。ああ、ショック。その代わり「源氏店の場」では肉感的な色気を感じさせましたが…むーん。そういえば声のトーンを低くされての台詞廻しで普段はお父様とは全然違うお声と思っていたのですが今回はちょっとお父様の雀右衛門さんの声に似ているような気がしました。台詞を言うときの情感に込めかたも似てきているような。

歌昇さんの蝙蝠安。こういう役は珍しいと思いますが小悪党ぶりがなかなか上手い。もう少し愛嬌が出てくるとピタッとハマりそうな気がします。

東蔵さんの和泉屋多左衛門はさりげない情味があっていい。この最近、東蔵さんはこういう旦那のお役が多くなってきましたね。いつもとても優し気な旦那でいいなあ。格もきちんと出るようになってきたように思います。