Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立小劇場『五月文楽公演 第一部』1等前方上手

2008年05月18日 | 文楽
国立小劇場『五月文楽公演 第一部』1等前方上手

席が前のほうだけどかなりの上手寄りでしかも前の席に身長の高い方が座られた為に舞台が非常に見ずらかったです。舞台センターがちょうど見えなくなるので右に左に首を動かしていたら首と腰が凝りました。観劇の印象って観る側の体調が一番関係してくるとは思いますけど席の環境も大きいですよね。そのせいか今回、あまり集中して観劇ができず印象が少し薄くなってしまいました。残念です。

『鎌倉三代記』
「入墨の段・局使者の段・米洗ひの段・三浦之助母別れの段・高綱物語の段 」

きちんとしたストーリーを把握できたという部分で面白かったのですが『鎌倉三代記』は個人的に歌舞伎のほうが面白いような気がしました。物語好きな私として文楽の通しより歌舞伎の見取り狂言のほうが面白いと感じるのは珍しいこと。

なんでかしら?と思ったのですが『鎌倉三代記』は文楽でストーリーを追うと「義」ばかりが表面に浮かび「情」の部分があまりないかなと。だから誰にも感情移入ができない。歌舞伎だと辛い話なんだけどもっとどこか「情」が感じられる。時姫や三浦之助の母の哀れさは歌舞伎のほうが感じられた。三浦之助だって、まったく姫のこと眼中にはないのだけど、彼なりの必死さが哀れを誘うし。高綱の野望も人間味溢れているし。人肌が生む情が見えるというか。今回はその「情」の部分が人形や語りからあまり感じられなかったような…。

歌舞伎では出てこないおらちさんは単純に楽しかった。文楽ってかならずチャリが入るのですね。歌舞伎のチャリもその流れなのかしら?米とぎに「やっしっしー」って歌うのが楽しい。文楽は言葉の面白さがストレートに伝わりますね。

時姫@和生さんは上品で可愛いんだけど時姫にしては大人しい感じ。

三浦之助@勘十郎さん、カッコイイだけじゃなくまだ十代の幼い感じが出てて上手いなと思いました。あとやっぱり形を綺麗に決めてきますね。わりと派手め。

高綱@玉女さん、大きさがあって、私が拝見した玉女さんのなかでは一番良いと思いました。ただ、上半身はいいんだけど足遣いの方があまり上手な方ではなく…。足の動きや形が悪すぎでは?なので腰が入ってなくて間が抜ける部分度々。せっかく主遣いや左遣いの方が頑張ってるのに もったいないです。


『増補大江山「戻り橋の段」』
渡辺綱のお話です。鬼退治~。他愛もない感じだけど派手で楽しかったです。ガブの頭、私初めてみたかも。ほんとに怖い顔になるのね。あと人形も毛振りをするのも面白かった。

私が拝見した日は清之助さん、あんまり毛振りは上手じゃなかったけど…。でも若菜で踊る部分は楚々として素敵でした。

渡辺綱の玉也さん、すっきりとキレが良かったです。

新橋演舞場『五月大歌舞伎 昼の部』 1等1階席前方センター上手寄り

2008年05月17日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月大歌舞伎 昼の部』 1等1階席前方センター上手寄り

2週間ぶり2回目の観劇ですが同じ芝居を観てるんだろうか? と思うほど進化していてビックリ。芝居の出来、そして観客のノリも含めてすごく良かったです~。

『彦山権現誓助剱 毛谷村』
全体的に義太夫狂言らしい、おおらかがある楽しい一幕でした。染五郎さん、亀治郎さんが前回以上に義太夫にしっかりハマり、糸にのった芝居。

染五郎さんの六助がとてもいい。4日(日)に拝見した時も良いと思ったのですがますますノビノビと演じてらして観ていて気持ちのいい六助でした。大きさもかなり出せるようになっていました。染五郎さんの六助はとても心根が優しく懐が大きい芯のあるまっすぐな若者。その優しさにほのぼのとしながら彼の気持ちに寄り添える人物像を造形していた。見ているうちに思わず観ている側が「にっこり」してしまう感じ。ふんわり暖かい。だからこそ正義感からの怒りもすんなり受け止められる。

また人物造形だけではなく染五郎さんの台詞廻しの緩急、強弱、気持ちの入り方が非常に良かった。親を思う気持ち、子供に対する優しさ、そしてお幸・お園に対する戸惑いとそのなかの鋭さや、真相を知った後での敬い、卑怯な微塵弾正に対する怒り、その時々の感情がしっかり伝わってくる。そして、また姿形が絶えず綺麗に形作られ、全体的に大きく見える。

本当に清々しい六助でした。今後も演じていってほしいお役です。もう少ししたら斎くんとの共演で観られるかもしれないですね。

亀治郎さんのお園、前回拝見した時は女武道としての「女性」の柔らかい部分での緩急が足りなくて苦戦してるかな?と思ったんですが、今回はしっかり演じてきていました。六助が許嫁と知れた後に急に女らしくなってしまうところに柔らかさと可愛らしさが出ていました。また一人語りの部分にメリハリがつき、見栄えがしていました。手先の使い方が上手です。本当にひとつひとつ丁寧に京屋型を演じていて、あっ、京屋だと思う雰囲気も醸し出しています。ただ、もう少し可愛気が色気とか恥じらいの部分が出るといいなあ。お園という役は難しいんだなと思いました。

また声が安定しないのが気になりました。虚無僧のところでは男ぽい声じゃなく完全に男声だし、女と知れた後も時々、男声になってしまう部分が。低くても女形さんの声ってあると思うんですが、そうではなくストンと男声になってしまう。なので語りの調子も安定していない部分が。今までがいかにも女性らしい声を作っていた亀治郎さんなのでちょっと心配。早く調子が戻るといいなあ。

お幸の吉之丞さん。この方がいるだけで芝居が締まります。得体の知れなさのなかに武家の女としての凛とした品を見せられるところが本当に素晴らしいです。かといって強いだけでなく女性らしいたおやかさとかお茶目さを醸し出していて絶品。

微塵弾正の錦之助さん、花道での引っ込みで大きさが出てきていました。渋いです。もう少し卑怯者な雰囲気があるとなおよし、ですが。そこはニンじゃないので、この段だけなら十分な出来かと思う。

『藤娘』
福助さんの愛嬌が活かされていて本当にラブリーな可愛い藤娘でした。キュートさのなかに色気があって女の私でもちょっと悩殺されました(笑)仕草がいちいち可愛い。今回、笑顔が前回よりも表情を押さえ気味で、それがまた可愛さを生んだ感じ。また踊り自体がすごく良い出来だったと思います。腰がしっかり入っていて体の柔らかさが十分に活かされていた感じ。かなり細かい振り付けなんですがそれを流れるようにかつ印象的にみせていました。

『三社祭』
ちょうど三社祭が行われている日にこの踊りを観るというのも一興。染五郎さんと亀治郎さんの息が合い、お互い競るよう踊りで非常に観ていて面白く楽しい踊りになっていました。染五郎さんと亀治郎さんの舞踊手としてのタイプがまったく正反対なのも面白く、この舞踊の競り合いとアンサンブルが活きました。楽しそうに踊っているのも良いです。

染五郎さんは勢いとキレのよさ、そして手足の長さを活かしたノビノビとした形のよさで見せてきます。力強い、剛の踊り。染五郎さんはこのところ舞踊にも自分の良さを見せられるようになってきた気がします。腰の入り方も良くなっていますし、安定感が出てきていますね。

亀治郎さんはバネと体の柔らかさを活かし軽やかに華やかに踊ります。飛び跳ねるような柔の踊り。前回、まだエンジンがかかってないかな?という感じでしたが今回はエンジン全開で良い踊りをされていました。

『勢獅子』
全体にまとまりが出て華やかで楽しい一幕でした。前回、祭→祭をモチーフにした舞踊が並び、損かな?と思ったのですが今回はこの舞踊の個性がきっちり出ていました。獅子舞で一気に盛り上ったのも良かった。こういう踊りはアンサンブルの良さで見せるものなんだなと思いました。

ただ出演者が多くそれぞれに見せ場があので歌昇さん、錦之助さんコンビがちょっと目立たなかったかなあ。それだけ脇の存在感があったということでもあるのでしょう。皆さん頑張っていらっしゃいましたものね。

『一本刀土俵入』
前回、いまひとつと思ったこの演目、凄く良くなっていて見応えがありました。個々の役者さんの芝居がこなれてきてアンサンブルが良くなるだけで印象がまったく違ってきますねえ。今回は最初から芝居に引き込まれました。

今回は何と言っても芝雀さんのお蔦が非常に良くなったいたことで前半の芝居に面白さが出たんじゃないかと思う。前回拝見した時のお蔦さんはどことなくしっくりこなくてニンじゃないなあと思ったのだけど、今回はしっかりお蔦さんとしての存在感がありました。酌女の崩れた色気というのは薄いのだけど、今の自分の状況にどこか倦んでいて何かを求めてるそんな風情あって、だからこそ茂兵衛を助けるんだなと。お蔦さんの芯の部分にある優しさや情熱がみえた。崩れきれない部分での情がどこか説得力があった。このお蔦さんだから茂兵衛も素直に施し物を受け取ったんじゃないかなあと。茂兵衛がお蔦を「あばずれ」と信じられないのも、淡い初恋のようにずっと慕っていたのも「芯が綺麗」だから。そんな風に思わせてくれた。そしてだからこそ、子供と一緒に旦那を待つお蔦さんがすんなり納得がいく。情の濃い優しい女なんだなあと。こういう素敵なお蔦さんを造詣してきた芝雀さんに脱帽。本当にこの方はどんどん良くなっていきてる役者さんだ。あ~、でも歌はもう少しお稽古してください(笑)

吉右衛門さんの茂兵衛もかなり良くなっていました。メリハリが付いてきたというか気持ちが入っていました。亡羊とした風貌の前半。もう少し若者らしい青臭さがあってもいいかなと思う部分はあれど、純粋でちょっと単純で健気な感じがいい。そして後半の渡世人、生きていくために純真さを捨てふてぶてしさを身にまとってきた10年だったんだろう、という部分が今回見えた。だからこそ、お蔦さんに会いたくて探しいるという事に、そしてなんとか助けようと踏ん張る姿にどこか共感できる。お蔦さんが思い出してくれて良かったねえ、とじんわり来ました。

歌昇さんの弥八が思いっきりがでて面白くなっていた。小汚いセコイ悪党につい笑ってしまう。

歌六さんの波一里儀十はやっぱり渋くてカッコイイ。正々堂々と?お相撲で決着付けるのもよし。声がほんとにカッコイイんですよねえ~。

染五郎さんの根吉はやはり無駄に(笑)カッコイイ。インテリヤクザ風で他の下っ端とは雰囲気が違う。佇まいだけで目を惹く。

新橋演舞場『五月大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方上手寄り

2008年05月10日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方上手寄り

『通し狂言 東海道四谷怪談』
半通し。色んな場面をカットしているでこの物語の複雑な人物関係を知らない人にはどうにも不親切な上演。まあそれでも場面場面楽しめてしまうところが歌舞伎。特に南北はわりとそういうとこあるし。それでももう少し丁寧な場の繋ぎ方ができなかったかなあとは思う。いずれきちんと通し狂言として上演してほしい。

全体でいえばまだかなり段取りくささが抜けない。ほとんどの役者が初役の人ばかりのせいか微妙にまだハマりきっていなくて、どことなく戸惑いが見え、こなれてない。だけどそれでも「四谷怪談」という物語の面白さが基幹にあるのでかなり面白く見れた。また今回、庶民の話ではなく「武家」の話なんだ、という部分が浮かび上がってもきていた。だからこそカットしまくりの上演はほんとにもったいなかった。

今回、一番のみどころはなんといっても「伊右衛門浪宅の場」でのお岩さまの福助さんと宅悦の歌六さん。ここがすごかった。まだまだ、な部分もあったけど、一気に空気を締め、濃い空間を作り上げていた。福助さんの気迫が恐ろしいほど伝わってきた。なんだろ、いつものやりすぎ感があって切なさより疎ましい女な部分があったりもするんだけどそこにお岩さまの人としての「狂気」があってそこに魅入られてしまう感じ。ギリギリのバランスで生きてきたお岩さまだったなあ。伊右衛門におびえながら生きてきたんだろうって感じがした。もう好きの感情も擦り切れてしまってた。単に父の仇を討ってもらうため、他に生きていける手段を持たない女が生きて行くためだけ、だけに。

観客がどんどん緊張していくのがわかる。息を詰めながらお岩さまの運命を見つめている感じ。宅悦がもたらす抜けの部分とお岩さまの恨みの気のバランスがよかった。笑いが続かないんですよ。ヘタすりゃ笑いの方向へいきそうなギリギリの部分でぞっとさせる。間の溜めかたがとにかく凄い。たっぷり、たっぷり。それでいて緊張感が解けない。福助さん、やっぱ上手いです。化粧のやりすぎを抑えてくれるともっといいんだけどなあああと一応ダメだしも(笑)それと二役の小仏小平がねえ、似合わなすぎ。ただのキモい男になってしまってて。ここら辺、勘三郎さんは上手かったんですが。女形さんだからしかたない部分もありますが、二役じゃないほうがよかったな。早替りも活きてなかったし。

この場、贅沢な「間」の使いかただと言われた。もう歌舞伎でしかできない「間」だと。そういえばそうかもしれない。

前後しますが他の場の印象:

「浅草観音額頭の場」
役者が揃っているわりにはなんとなく薄い空気。場のメリハリがまだ無いんですよね~。単にストーリーを追っている感じ。

直助@段四郎さんはしょっぱなから濃いんだけど、台詞の間がまだ少々微妙かも。お袖@芝雀さんは可愛いけど弱々しすぎかな。不幸を背負ってる運命なのね、を見せるにはもう少し輪郭がハッキリしたほうがいいような。

与茂七@染五郎さんはもう少し俗ぽさと武士としての芯を垣間見せてほしい。浮世離れした綺麗さで、確かにもてるでしょう、というのはよーくわかりましたけど。

庄三郎@錦之助さんは落ちぶれてるけど赤穂浪士としての芯がしっかりしててうまかった。

お梅が京妙さんでビックリ。トウが立ちすぎじゃあ…。色気ありすぎですよ。あっ、でも吉右衛門さんの伊右衛門とのバランスはよかったけど(笑)

「按摩宅悦内の場」
ようやく少しだけ空気が温まってくる感じかな。でもやっぱり芝雀さんと染五郎さんがまだどことなくしっくりこない部分も。お袖と与茂七のバカップルなやりとりは楽しいんですが。

芝雀さんはニンなお役だけど昼の部のお蔦のほうに気が取られてるかな?と。受けに徹しすぎな感じ。お袖は弱いだけの女性じゃない。たくましさも持ち合わせいる、その部分がまだ足りない感じ。

染五郎さんは俗な雰囲気をもっと出していいかな。与茂七は息抜きに女郎屋へ行くような人間だからね。ニンじゃないのかな?でも一応二枚目の役なのでそういうわけでもないと思うんですが。そういう意味では「砂村隠亡堀の場」と「仇討の場」では衣裳も似合っててカッコイイですし、非常にらしい与茂七でした。まあ、個人的に染五郎さんは伊右衛門のほうがニンだろうとは思いますけど。刹那的な欲望に弱い小悪党さとか、女が寄ってくるのはあたり前な傲慢さとか、崩れた時にとことん弱くなるとかそこらへん、出せると思う。まあいずれやるでしょうが。今回の配役、伊右衛門は染五郎さんのほうが良かっただろうというのは、私が思っただけでなく一緒に行った歌舞伎初級者の友人二人から「伊右衛門は染五郎がやったほうが納得できる」と言われましたし。

ということで吉右衛門さんの伊右衛門、違うよな、と思っていたけどここまでニンじゃないとは…。色悪じゃ全然ないんですよ。ただの極悪人。純粋悪の人でした。ずっしりと「悪」が重すぎるんですよねえ。伊右衛門のようなチマチマした悪からはみ出しちゃって、「そういうタマじゃないでしょ、あなた」と言いたくなるわけで。「砂村隠亡堀の場」なんて国崩しですか、ってな具合。「首が飛んでも~」じゃなくて「絶景かな、絶景かな」とか言い出すかと思ったよ。なので『四谷怪談』のなかの人の弱さの部分が際立たないというか。なので「蛇山庵室の場」がまーったく活きてこなかったです。なぜ伊右衛門がおびえてるのが全然わかんないんですもの。

母のお熊がちょっとキャラが弱かったのも残念かな。役者さん、誰だったのかな?筋書きを買ってないのでわからないんですが。この母にしてこの伊右衛門あり、ってところもしっかり見えたら面白かったと思うのですが。

しかし、「蛇山庵室の場」のお岩さまはどーかなあ?うーん、ここはさすがの福助さんもちょっとゆるんだ感じ。怖さというより少しばかり滑稽味が加味されてしまい怖さがあまり感じられず。お花役のほうはそれこそ花を添えるという役割でしかなかったですがとても綺麗でした。

ラストの「仇討の場」でのこれぎりは良かったです。後味が悪くなくて。仇討ちもの、という部分をみせて終わるのは忠臣蔵サイドストーリーの「四谷怪談」に相応しい。

いつもにましてとっちらかった感想になってしまった…。こなれた後半で見たかったです。

シアターコクーン『わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-』 A席2階上手寄り

2008年05月09日 | 演劇
シアターコクーン『わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-』 A席2階上手寄り

辛口です。

見た直後の感想:
うーん、悪くはないけど良くもない。配役ミス&演出薄い。脚本は古さはあるけど今やる意味は十分にあると思う。でも脚本の普遍的な部分のテーマ、主題が浮かび上がらず。時代を振り返る意味、という部分も欠落。蜷川さんは何をやりたかったのか??ある意味、役者が可哀想。


落ち着いてからの感想:
いくつか感想を拾って読みましたがブログでは評判が良いようです。特に歌舞伎系の方に評判良いので役者目当てだと満足できるかもしれません。私は役者目当て(萬斎さん、菊之助さん)でもありましたが、それ以上に芝居の内容そのものにも期待していたのでかなり物足りなかったです。

戯曲は源平合戦(平安末期)の時代、源氏と平家の間で勇猛果敢に生きた武将斎藤実盛の生き様とその息子たちの関係、そして敵対する義仲軍との戦いを描いています。が単なる時代ものではなく、この時代に1960年代~70年代の世相を重ね合わせた2重性を持つ作品。

義仲軍に連合赤軍のイメージを重ね若者たちのエネルギーの方向性を描きます。純粋な美しさと愚かさ。閉塞された世界で内に向かってしまった集団の狂気、暴力。狂気という定義、戦いの意味。

実盛の老いとの戦い、父、息子の関係、若さへの嫉妬。これは実盛を宇野重吉にアテガキにし当時の演劇界の世代交代への複雑な感情を重ねているとも言われているようです。

あさま山荘事件当時の昭和という時代の見直しが始まっている時期のこの上演、もしかしたら見えぬ熱を孕んだその時代の空気はなんだったんだろうという蜷川さんの想いが反映されるかも、とか、老いを意識せざる終えない哀切さを70歳過ぎた蜷川さんがどう表現するのか、とか、狂気が蔓延しその境界に戸惑っている現在の時代をもLINKできる題材をどう切り取るか、とかという興味も湧くというもの。

が、舞台の上では時代の振り返りという部分は抜け落ち、老いのテーマも切実さは薄れ、狂気の描き方も「現在」に通じるほどの「狂気の在り様」も現れていなかった。戯曲の本質を掘り下げていると感じるほどの熱気はなく表面をさらりとなでているような感覚。判りやすく視覚的に見せることには成功していたと思うが「情感」の部分の掘り下げがまったくなされていなかった。せめて閉塞感からくる焦燥感や圧迫感が描かれていれば…。

たぶん、期待の方向が間違っていたのかもしれない。だけど、私は今、この戯曲を上演するのであれば何かしらのテーマをしっかりと投げかけてほしかった。まずは演出というか全体の芝居の見せ方がどうにも浅く薄く感じてしまった。脚本はしっかりしているし、飽きさせずに芝居を見せていくという部分では蜷川さん定石な視覚に訴える演出で決して飽かせることはない。そういう部分で「悪くない」。でも何かを考えさせる、訴えかけられるという部分がほとんどなく、私には物足りなかった。

私は今回、配役ミスだと思う。個々はしっかり演じてきている。だけどこの脚本を表現するうえで配役ミスかと思う。全体で言えば若者対年長者の差がまったく感じられない、ほぼ同世代の役者たちで固めたせいかと思う。またアプローチの違う役者陣をまとめきれていない。役者の資質そのままの芝居以上のものを求めていない部分で「熱」がない。

斎藤実盛の野村萬斎さん、老いた人を演じるのは初めてとのこと。まだ40歳代の萬斎さんは老いを狂言の型を引き寄せることで演じていました。軽妙洒脱な老人。緩急の使い分け、声の調子の幅の広さ、自分を見せることを知っていて人を惹き付ける魅力がある。今回の軽妙洒脱さのある実盛が芝居の方向性に合ってたかという部分で少しばかりベクトルが違うかなと思う部分はあれど、これは受ける役者が直球すぎたためともいえるのでキャラ造詣としては面白い。また何より「言葉の意味」を伝えるという部分が明快だった。

しかしながらそれは型にハマった老いを演じているだけでした。あくまでも肉体を伴わない頭でっかちな老いでした。表面的な部分でよくここまで「老人」を演じてきたとは思います。でもそれだけじゃダメなんですよね。戯曲上の実盛の老いの切実さを訴えかけるには若すぎる。感覚が若いんですよ、やはり。焦り、感傷、嫉妬、生きてきた年月への哀切、そんなものが全然みえない。五郎の親というより兄弟にしか見えない。いくら演じても洩れてくる若さ。

この芝居の実盛には実年齢の役者を使うべきかと思う。 それも老いを自覚しながらも芯にマグマを抱えているようなそんな役者を。アテガキされた宇野重吉という役者は容貌からみると枯れたイメージですが執念の役者でもある。晩年のドキュメンタリーを見たことがありますが、芝居に対する執念、自分に対する厳しさに圧倒させられた記憶があります。

個人的に萬斎さんは今回の芝居では「五郎」役が適役だろうと思う。狂言廻し的な立ち位置と秘密めいた視線、父に対する厳しさ、凛とした立ち姿等、かなり似合うと思う。

斎藤五郎の菊之助さん、衣装が似合い美しいです。優しげな風貌、透明感のある品が亡霊となった五郎というキャラクターにはハマっていました。しかしながらあまりにサラサラとしすぎ。亡霊だからといって存在感が薄くてはダメなのよと。五郎は若者ゆえの純粋な真っ直ぐすぎるゆえの厳しさも必要かと思うのです。また秘密を抱える澱もどこかにみせなくては五郎には焦燥感と哀しさがあっていいと思います。五郎は美しいだけではキャラが立たないと思うのです。また台詞も立たない。良い声をしてるし発声も確かなのでいわゆる台詞の言葉は明快です。でも言葉の意味を伝えるところまでいっていない。情景を言葉でそこに浮かび上がらせられない。「物語る」まで行ってないのです。単なる美しい音として流れていってしまう。 狂言廻しとしては弱すぎます。自分のキャラに引き寄せすぎかと思います。ノーブルさは菊ちゃんの強みでもありますが弱みでもあります。滲み出る感情があるからこそ人物像として魅力になるという部分があると思うのですが今回、やはり型にハマりすぎかなと。私は今回、菊ちゃんにははみ出す部分を求めていたので物足りなかったです。

どうせならまったくニンじゃないだろうと思われる激情の六郎をさせてもらったらどうなんだろうとつい考えてしまいました。ひたすらにぶつかっていかないと弾き飛ばれるような役を一度やってみてほしいです。

斎藤六郎の坂東亀三郎さん、たぶん歌舞伎以外の舞台に立ったのは今回が初なのではないでしょうか?その点でかなり頑張っていました。声の良さが活かされ一生懸命さが好感をもつ六郎ではありました。台詞回しは歌舞伎の台詞回しに近い感じで言葉は叫んでも明快。でもやはり情感を感じさせるまでには至っていない。役者としての基礎がしっかりしているというのは感じられ、悪くはない。けど人物造詣を表現する部分で斎藤六郎という美味しいキャラを活かしきれていない。野心でギラギラした部分、正気と狂気の半分と言い切れるしたたかさ、そういうものが見えてこない。齋藤六郎じゃなくてそれは『勧進帳』の亀井六郎ね、なんてツッコミが少々…。

巴の秋山菜津子さん、上手いです。たぶん一番ハマっていたかと思います。とにかく台詞を伝えるという部分で際立っている。女武将という立場での強さ、女としての弱さの両方をうまく演じ分けてきます。ただ、個人的に若い集団のなかのリーダーの一人としての色んな意味での純粋さがもう少し欲しかった。少しばかり達観してる強い女に見えてしまうのだけど芯の弱さがあるといいなあ。男にすがることで自分を保っていられるキャラクターだと思うので。ただ、この巴のキャラはいかにも古い。母性を求められ、狂気の源にされてしまう。あまりに類型的すぎる。脚本の古さはここにあるのだろうと。あと肝心の義仲が出てこないのもね。義仲のために、な部分があまり出てこないので説得力がねえ。なぜか実盛に執着してるし。巴に関しては今回、永田洋子個人を重ねてる部分はバッサリ外したかなとは思う。

平維盛の長谷川博己が飄々としてちょっと面白いキャラでした。どの時代にでもいるチャッカリ型とでもいいましょうか。長谷川博己という役者の個性がそこにあるのかな。飄々淡々と、でもどこか屈折している。『シェイクスピア・ソナタ』でもそんな感じでしたけど。

書きたくないけど書かずにいられないのがふぶきの邑野みあ。なんですか?この女優さん?この方、まさしく大根。蜷川さん、いいんですか?



作:清水邦夫 演出:蜷川幸雄
美術:中越司 照明:大島祐夫 衣裳:小峰リリー 音響:友部秋一
出演:
斎藤実盛…野村萬斎
斎藤五郎(実盛の息子。亡霊)…尾上菊之助

斎藤六郎(実盛の息子)…坂東亀三郎
藤原権頭…津嘉山正種
郎党時丸…川岡大次郎
巴…秋山菜津子
ふぶき…邑野みあ
中原兼光…廣田高志
中原兼平…大石継太
郎党黒玄坊…大富士
平維盛…長谷川博己
乳母浜風…神保共子
城貞康…二反田雅澄

新橋演舞場『五月大歌舞伎 昼の部』 3等A席前方上手寄り

2008年05月04日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月大歌舞伎 昼の部』 3等A席前方上手寄り

『彦山権現誓助剱 毛谷村』
染五郎さんの六助はこんぴら歌舞伎で拝見。線が細いから合わないかも、と心配してたら思っていた以上に似合ってたのでまた観たいと思っていたお役。朴訥で人がよくって、でも怒らせると怖いよ、の六助というこの役、やはり染五郎さんによく似合います。こういう役をすると吉右衛門さんに似ますね。

まだ初日近くなので必死に汗だくで頑張ってます、という部分はあるものの、かなり上手くなっていました。丸本ものの芝居に安定感が出てきた感じ。体の置き方とか台詞回しとか義太夫ものにだいぶ馴染んできたなあと。単に爽やかでカッコイイというだけじゃなくて根の優しさが滲むとっても魅力的な六助でした。また子役の扱いがこんぴら歌舞伎の時より堂に入ってたかも。こんぴらの時の子のほうが芝居は上手だったけど、今回の子も一生懸命頑張ってました。その子役をしっかりフォローしながら自分の芝居が一瞬足りともおろそかになっていなかったですね。

亀治郎さんのお園、少々苦戦中かな?珍しく汗だくになりながら手順を追うのに必死な部分が見えました。亀治郎さんにしては珍しいかも。女武道のキリリとした部分はとても良かったんですけど、六助が自分の許婚と知れて途端女らしくなるところが、硬くて可愛らしさとかいじらしさとかそういう女らしい柔らかさが足りない感じ。なんというか強さと可愛らしさのバランスが悪いというか…メリハリが足りない。丁寧に、という部分はよく見えるのでこなれてくると出てくるかな。ちょっと前まで『風林火山』のオヤカタさまとして男ぽくしてたから女形のカンが完全に戻ってないのかも。

それにしても亀治郎さん、だいぶ痩せましたね。そのせいで女形として可愛らしいお顔が若干足りなくて老けてみえちゃったかなあ。今回、風情を大事にする京屋の型でお園を演じたのですが、さすがにまだたっぷりした「風情」が無いんですよね。派手な播磨屋型のほうが若いうちは似合うかも。亀ちゃんファンの方、辛口ですいません。期待してたものだから。

お幸がチラシでは歌江さんのはずだったのに吉之丞さんでした。歌江さんまだ体調悪いのかしら?早い復帰をお祈りします。さて吉之丞さん、もうこういう役はお得意。こんぴらの『毛谷村』でもお幸をされてて、素敵~、と思ったのですが今回もやっぱり良かった。ただの年寄りじゃないよ、の品格や鋭さを身に纏いながらも女らしい柔らかい抜け感があるのです。そこにユーモアが生まれて、六助とのやりとりが楽しくなる。

微塵弾正の錦之助さん、やはりこんぴらで拝見。悪役が案外似合ってカッコイイと思ったのでした。今回「杉坂墓所」が無いのが残念ですねえ。ここがあるともっといやらしい悪人らしさ倍増なんですが。


『藤娘』
この踊り華やかで好きです。さすがに福助さん、振り付けが超レベルの高い藤娘を踊ってきました。それだけで、うわー、すごい、うわー、すごいと思いながらみてました(笑)ただ、福助さん単体でみるとまだ入りきってないかなあと。ひとつひとつの動きはとっても綺麗だし可愛いんだけど全体の流れのメリハリがもうひとつ。こなれてくることに拝見するのが楽しみです。

『三社祭』
染五郎さんがちょび髭面です。いくら悪玉とはいえ、そんなムサイお顔を作らなくても(笑)。亀治郎さんは白塗りで「毛谷村」のお園の若干老け顔とは違い、若い綺麗なお顔でした。

さて、踊りのほうですがまだ二人のアンサンブルがこなれてない感じ。とりあえずお互い振りをこなしてる段階。三番叟の時のような丁々発止もないし。まだ面白くなるのはこれからかな。お互いの上手さは見えるんだけど。それだけじゃダメなのね。

で、やっぱり私は染五郎さんの踊りが好きです。大きさとキレと決まりの美しさと。それと舞踊に安定感がだいぶ出てきたと思う。腰の座りかたが断然よくなってきて、染五郎さんらしいノビノビと大きく手足を動かす部分が映える。それと後見の錦一さんとのコンビネーションがカッコイイのです。距離を置いてバッと投げて扇を渡したり、着替えも素早くて絵になってる。しかしまだ亀治郎さんとの間合いを計ってるのもみえみえ。踊りに没入した染五郎さんが見たいので早くこなれてきてほしい。

亀治郎さんは私が今回見た限りまだエンジンが掛かりきってないんじゃないかなと思いました。しっかり無駄なく踊ってはいたんだけど亀治郎さん独特の躍動感が見えなかったです。なので染五郎さんが大きく踊っている分、小さく見えちゃって、あれれ?と。流れるようなブレのない踊りは健在なんだけど、それ以上のものがまだ出てきてなかった。今後期待、というか亀ちゃんが調子でないと困ります。
              

『勢獅子』
これは人が沢山出て楽しいです。どこ見ようか目線がウロウロ。主役二人をうっかり見逃しそうになります(笑)でも歌昇&錦之助の萬屋コンビ、いなせで素敵でした。にぎやかに楽しくウキウキした気分になれました。

ただこの演目『三社祭』の次でなんとなく曲調が似たのと並べちゃったのがもったいない感じも。真ん中に『藤娘』をもってきたほうがよかったかも。でもそれじゃ染ちゃん、亀ちゃん、死にますね…。


『一本刀土俵入』
うーん、これは前半が見せ場だと思うんですが前半がイマイチ面白くなかった。なんでかなああ。後半は動きがあるし、役者もそれぞれがハマって面白かったんだけど。

芝雀さん、前半のお蔦がニンじゃないのよね…。崩れた色気とか窓際で酒を飲む時にアンニュイな投げやりな雰囲気とか必要かと思うんだけど…。可愛いにはとっても可愛いんですよ。鬘に工夫があって似合ってる。情という部分は得意だし。だけどどこか無理感が…。台詞も入りきってないし、どう芝居しようか迷い中なのがアリアリ…あうう、どこか中途半端なのよ。しかも少々音痴でした…。もっと情の濃さを見せて、芝雀さんなりのお蔦を作っていってほしい。後半は旦那を待ち続ける健気な女房な部分でしっくり。泥水を飲んできた女には見えないけど…まあこれはこれでいいかなと。

吉右衛門さん、茂兵衛は完全にニンですね。柄の大きさや前半の亡羊とした所、後半のイナセな出来る渡世人、どちらもピッタリ。でも前半の情け無い相撲取りのとこ、ちょっとアホの子に作りすぎな気も(^^;)。ま、可愛いけど。10年後の姿がまったく想像できません(笑)歌舞伎だからいいのか、それで。後半はカッコイイです。ちょっと鬼平入ってるかも(笑)しかし吉右衛門さんもまだ台詞が入りきってないです。なので台詞で余韻を持たせるまでいってない。こなれてくると見せ場をきちんと見せ場にしてきてくれるでしょう。

後半に出てくるヤクザの子分役の根吉に染五郎さん。非常に良いです。カッコイイです。顔が、じゃなく姿がとにかく絵になってました。しかもいずれ頭角を現してくるであろう人物としての存在感もありました。

ヤクザの親分、波一里儀十の歌六さんがまたカッコイイのです。評判の悪いヤクザには見えません(笑)とにかくドスの効いた台詞回しが良いんですよねえ。

辰三郎の錦之助さん、似合いすぎ(笑)ちょっと、情け無い世渡りヘタな役がほんとハマる。ある種の女がほっとかないタイプ。お蔦が待ち続けるのもわかる。にしても個人的にやっぱり芝雀さん、錦之助さんコンビ、とても似合うと思います。ほんとにいいわ~。