Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』2回目 1等前方花道寄り

2006年06月24日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』2回目 1等前方花道寄り

『君が代松竹梅』
短い舞踊ですけど非日常な華やかな気分にさせてくれるという意味で一演目としては良かったかもしれません。三人のバランスがよく、まとまりのある踊りでした。竹の姫だからでしょうか孝太郎さんがキリッとした表情。扇の扱いがきれいです。翫雀さんは近くでみると手さばきがちょっと雑な部分もありましたが体の使い方が柔らかなので上手くみえます。愛之助さんは貴公子然として綺麗。踊りのほうは丁寧だとは思うのですがどことなく印象が薄いです。

『双蝶々曲輪日記』「角力場」
やっぱり今月の染五郎さんはかなり可愛い。放駒長吉がとても好き。無邪気な少年ぽさがあるのでほんと可愛い。また真っ直ぐな気性ゆえのストレートな怒りがよく伝わってきた。相撲取りらしい雰囲気もきちんと出てたし声もよく出てた。そして何よりもキメの姿が美しい。与五郎のほうはどうみても濡髪にらぶ。つっころぶ姿がよくお似合いで(笑)にしてもその心の中に吾妻はいるのかい?とツッコミたくなりますな。どうも吾妻の存在が少々薄く…。濡髪と一緒にいる与五郎が色っぽすぎるせいかしら?

高麗蔵さんの吾妻がチャキチャキした江戸芸者ぽく見えてしまうせいもあるかも。もっとふわふわした色気が欲しいところです。

幸四郎さんの濡髪は錦絵のお相撲さんのようだ。より大きさがあったように見えました。台詞廻しも低くゆったりめにしていました。休憩時間に舞台写真を見ている時、関西の方らしき二人組が幸四郎さんの上方言葉は完璧と感心してました。すごいなあ。染ちゃんのほうの上方言葉はまだ堅いとのこと。

『昇龍哀別瀬戸内 藤戸』
吉右衛門さん、前半の老母のほうが私は良いと思う。子を亡くした母の無念さがよく伝わってくる。老母の引っ込みで涙を流していたのが見えました。後ジテの漁夫の霊は近くで観るとほんとにでっかい(笑)花道の引っ込みは迫力がありました。でも成仏したようには見えないかなあ…。

梅玉さんの盛綱はツボ。任務に生真面目な武将役が似合いすぎです。今回、寺へ向かう引っ込みの部分で老母への哀れみの感情を抑えてみるとことろがちょっと富樫ぽいなと思いました。

種太郎くんの動きのキレのよさに感心。熱心に吉右衛門さんをガン見してました。

松江さんの声のよさに気がつく。お父さんの東蔵さんに似てきたような気がする。

『江戸絵両国八景 荒川の佐吉』
初日近くに見た時よりは転換はスムーズでしたがそれでもやっぱり場が多すぎるし転換の間がダレる。もったいないですね。もう少しどうにかならないかなあ。

仁左衛門さんの佐吉が気持ちが入り込んでの熱演。最初の場でより若々しくなっていたような感じ。いかにも三下ぽい軽さが出ていました。少しづつ男ぶりが上がっていく姿を幕ごとにさりげなくみせていく。卯之吉に出会ってからは、いかにも子供好きな純粋な男としては一貫している。それにしても卯之吉を育てなきゃいけないのに任侠の世界から足を洗おうとは思わないのよね。結構単純で思い込みが激しいかもとか。男の義の世界に憧れて自分の信じる義の世界を追い求めていたりしてたのだろうか。じゃなきゃ、辰五郎の家の転がり込んで時点で堅気の世界に戻りそうなもんだ。辰五郎の優しさにちょっと甘えてる。政五郎親分に心酔するのもそのせいだな。そういう意味じゃ自分の分をわきまえた男ではある。今回の仁左衛門さんは情の部分が強くて、任侠の世界で泥をかぶって生きていく雰囲気があんましなかったかも。その代わり、卯之吉への愛情の本物さはよく伝わってきた。

染五郎さんの辰五郎もより気持ちに沿った芝居だった。仁左衛門さんがかなり若々しい佐吉を演じてるというのもあるけど、そこに染ちゃんがぴったり兄弟分として傍らにいてしっくりくる存在感があった。いかにも江戸っ子の人のよい堅気の大工。最初から最後まで辰五郎は変わらない。「辰五郎の家の場」では、息の合いようがやっぱ夫婦のようだった(笑)らぶらぶ?それにしても佐吉も純粋な男だとは思うけど大人のなかでは辰が一番純粋で根っからの人の良さがある。だからやっぱ私にはこの物語では泣けない。置いていかれる辰と卯之吉が可哀想だ。

政五郎の菊五郎さんの存在感はやはり見事。説得力があるのよねえ。素敵だわ~。

全体的に役者のバランスはとても良かったと思います。それぞれ魅力的。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』3等A席前方センター

2006年06月17日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』3等A席前方センター

『暗闇の丑松』
面白かった!丑松というキャラクターのゆがみをそのまま提示してみせ復讐譚として男の切なさを描かず、心の底に闇を持つ男の転落譚。それゆえに「女」の哀れさが前面に押し出された。その「女」たち、お米@福助さん、お今@秀太郎さんが秀逸。他の役者がやったら「丑松」の一途な男の哀れさを前面に出すものになるのですが今回は「人殺し」をする男の「狂」を見せています。今回はまさしくノワール。

特筆すべきは舞台演出。舞台美術、照明、転換、音、の演出の妙が素晴らしい。細かい拘りが『暗闇の丑松』という戯曲のもつ緻密さを浮き出させた。全幕、上下の立体感ある作り。階段の使い方が上手い。またそれぞれの幕で物語が進む内側だけでなく外の情景を効果的にみせていく。印象的なところをあげてみると

一幕目での暗がりのなかのろうそくの火の使い方、階下から聞こえる物音、話し声、屋根裏部屋から逃げ出す際の月の光。

二幕目での嵐のなかの風音、雨音(本水を使っての効果音だそう)。宿屋の門口と階段が真ん中に据えられた階下から、廻り舞台で2階の部屋への場の転換の上手さ。

三幕目で一転、まぶしいほどの光。蝉が泣く夏の日差しがきつい朝。けだるい朝の情景。家の裏道を去ったかと思うと舞台が廻り湯屋の裏、釜場へと繋ぐ、ここでも転換の上手さが際立つ。

抑制がありつつもメリハリのある演出。以前観たはずの『暗闇の丑松』はハッキリとは覚えてないのですけど、それでも今回、細かい部分でだいぶ幸四郎さんの手が加えられている印象。それにしても殺しの場を見せず気配と台詞だけで感じさせ観るものに鮮明にその図を視覚化させる演出の見事さ戯曲の見事さに感嘆。殺しの場は「歌舞伎」のもつ様式美に昇華されている。特に最後の湯屋の殺しのシーンは名場面でしょう。この殺しの場を考えたのは作家の長谷川伸氏か、初演の六代目菊五郎さんか、かなり演出に長けてないとこういう舞台は作れない。

丑松@幸四郎さん、丑松の持つそもそもの人間性のゆがみをそのまま提示する。いつもだと一本気の良い男として演じられるのだと思うのだけど、実際のところ社会不適合すれすれの人物である。怒りっぽくとてつもなく単純、カッとなったら一線を越えてしまうその愚かさ、簡単に闇のなかへ転げ落ちることをしてしまう男。意図したものかどうかはわからないが幸四郎さんのもつ「狂」のオーラがどこか真っ当でない丑松を見せつけた。そのなかに人の弱さ哀しさがある。それを正当化しない演じようであったように思う。そしてそんな男がお米に「女の理想」を見ている。自分だけを見つめてくれる女として。丑松にとってお米は「穢れのない女」だったはずなのだ。だからそれを守るために「人殺し」を重ねる。「穢されてしまった」お米の言葉を信じられないのではなく、信じたくないのだ。だからこその悲劇。

ただ、幸四郎さんだとこの役には貫禄がありすぎるというかどうしても分別がつきそうな雰囲気になってしまう。丑松のもつ単純さがあまり現れてこない。愚かであるがゆえの勢いがあるともっと説得力が出ただろうと思う。ただ最後の狂気の目はその先の果てしない暗闇を連想させるものであった。

お米@福助さん、哀れな女としての存在が見事でした。丑松同様、とても単純で愚かな女。惹かれあうのが必然な男と女。人生を落ちていく予感をさせる盲目な恋心。その一途さゆえの悲劇が体現されていた。丑松しか見えてない、いじらしい女。どこまでも丑松と共に生きていきたいと願うからこそ自身の運命を呪いながらも生きながらえてきたであろうお米。自身を恥じながらも、それでもいつかこんな境遇になっても丑松と出会えたら「一緒に生きよう」と言ってくれると信じ一縷の望みをかけていたに違いない。しかし、その望みが非常に細く頼りないものと判っていたようにも思えた。丑松がどういう男か知っているからこそ訴えかける表情には諦めの表情があった。それでも言わずにはいられなかったお米。望みが打ち砕かれた時、死を選ぶしかなかった。お米@福助さんは丑松と杯を交わす瞬間から丑松しか見ません。死してなお、丑松の姿を忘れずにいようとするかのように思えました。お米にとって丑松に杯を受け取ってもらえたことは最後の喜びであったかもしれません。従来の演出では丑松は杯を受け取ってくれません。今回、ほんの少しですけどお米には救いをもたせた演出なのが嬉しかったです。とても切ないシーンでした。

追記:asariさんのとこにコメントしたのですがお米の福助さん、とても美しく見えました。
<<特に最後にふすま越しにそっと丑松を伺う姿は聖母のように見えました。ほんの少し微笑んでいるように見えたんですが実際はどうだったのでしょう?三階からだとそこまではハッキリ見えなくて。死体を戸板に乗せて運ぶ演出は私もいらないとは思ったのですが福助さんの横顔が異常に綺麗でドキッとしました。>>
微笑んでいたのには間違いないそうです。たまたま染仲間の方からメールで「あの笑い顔がなんだったのか」と問われ、考えてみました。私はお米の最後の笑いは諦めの笑い&丑松に会えた喜びの両方の微笑かなと思いました。死へ向かう暗さのなかに丑松を包み込みようなオーラを感じました。たぶん、私の裏読みしすぎ、だとは思います(笑)


お今@秀太郎さん、絶品。もうね、細々と言いたくないですね。とにかく見てくださいと。闇の部分をすっかり受け入れてる女でした。女の嫌らしさと崩れた色気。秀太郎さんにしかできないですよ、こういう役。

お熊@鐵之助さん、真っ当な人としてのお熊でした。憎まれ役、のはずなんですがお熊なりの論理が「女の哀しさ」を現わしていました。

四郎兵衛@段四郎さんはかっこよかったですね。苦みばしってて、貫禄あって。でも悪さをしてても女房には頭があがらない、可愛い男でもありました。

湯屋の番頭@蝶十郎さんがチャキチャキとよく動き回り拍手を貰ってました、いい仕事ぶりです。ここの明るい仕事ぶりが、丑松の殺しの暗との対としてある。本当にうまい演出です。

料理人祐次@染五郎さんは勢いがよく、身軽さをみせて華がありましたがもっとおっちょこちょいな雰囲気があってもいいかな。祐次は丑松と似たような性格でありながら「明」の世界にいることをみせる役。それゆえに報復に燃え、暗闇の嵐のなか飛び出す丑松の暗さが引き立つと思うのです。

そういう「明」の部分では建具職人熊吉@高麗蔵さんの職人らしい風情と情けないながら明るさのある雰囲気が良かったです。

他にも杉屋妓夫・三吉@錦吾さん、杉屋遣手おくの@歌江さん等、役者の皆さんがとても良い芝居ぶりでした。


『身代座禅』
楽しい演目なので楽しく観れましたがちょっと物足りなかったかも。どことなく可笑し味が薄かった。

右京@菊五郎さんは手馴れているだけに安心。以前拝見した時は品よく酩酊するところが可愛らしいと思ったのだけど、今回は最初から少々酔ってるような雰囲気が…。台詞廻しが最初から軽すぎるような気がしました。あまり観客を笑わせようとサービスしなくても十分素敵ですのでやりすぎないでくださいませ。

玉の井@仁左衛門さん、知的で美人系な玉の井でした。ニラミをきかせるところはかなり怖いですが旦那想いな可愛らしさも伝わってきました。体全身の姿が綺麗。でも仁左衛門さんの持ち味ではあるのだけどちょっとあっさりしすぎ?もっとたっぷりやって欲しかった。うーん、玉の井に関しては団十郎さんの玉の井に私的ぞっこんラブなので誰がやっても満足いきません。

太郎冠者@翫雀さんが軽妙洒脱に演じて上手さを感じた。間が非常に良いのと体の使い方の柔らかさが良いんじゃないかと思います。今まで翫雀さんにあまり感じなかった柔らかな空気感が最近出てきたのかな?とかな。

小枝@梅枝くんと千枝@松也くんがたいそう可愛らしくてよかったです。梅枝くんは柔らかさが出てきました。


『二人夕霧』
今月の狂言立てのなかではかなり損をしてますね。舞踊劇を二つ並べたことに疑問です。まあのんびりぼけーっと見ている分には楽しい演目ではあります。突っ込みどころが沢山あるのでそこを突っ込みつつ見るのもいいかも。

伊左衛門@梅玉さん、こういう上方のお役に熱心ですよね、姿は良いし、いかにもぼんぼんな雰囲気もあるんですがもう一つ色気とか可愛らしさがほしいような気がします。

先の夕霧@魁春さん、可愛いです。貫禄もちょっと出てきたかな?歌右衛門さんに非常に似てきたのでちょっとビックリしました。恨み言を述べてもおっとりした雰囲気を終始失わないのが魁春さんらしいです。

後の夕霧@時蔵さん、とにかく美人です。炊事をしている時の抜け感のあるところが可愛い。とにかく華やかです。

おきさ@東蔵さん、きりっとした風情が場を締めました。踊りがお上手です。そういえば東蔵さんのちゃんとした踊りってあまり見ないかも。もっと見たかったです。

いや風@翫雀さん、小れん@門之助さん、てんれつ@松江さんの三人組が楽しかったです。上方らしいふわっとした風情は翫雀さんがちょっと上手かな。でも 門之助さん、松江さんとも楽しげにやってらして良かったです。

青山劇場『SHINKANSEN☆RS『メタル マクベス』』 S席前方上手

2006年06月14日 | 演劇
青山劇場『SHINKANSEN☆RS『メタル マクベス』』 S席前方上手

青山劇場に劇団☆新感線の『SHINKANSEN☆RS『メタル マクベス』』を観にいきました。RSとは「RockするShakespeare」の略だそうです。シェイクスピアの『マクベス』を宮藤官九郎さんが脚色(脚本ではないんですね)、いのうえかずのりさん演出。西暦2206年のESP王国の将軍ランダムスターの話と1980年代のヘビメタバンド「メタルマクベス」の話を交差させ、Linkさせていくお話。思った以上にきちんと『マクベス』でした。そして4時間弱という長丁場の芝居をほとんど飽きさせない。しっかりとした素材をクドカン流に上手く料理したという感じですかね。マクベス夫妻の描き方はクドカンならではという感じでした。それを華やかな皿に盛り付けたのがいのうえさん。相変わらず場面転換の処理の上手さには感嘆します。しかしながら料理と皿の色具合がミスマッチ?という部分もあったようにも思いました。役者さんはやはり客演の役者さんたちが際立ってるなあという印象。詳細感想後日



余談:なぜマグダフはマクベスを倒せたのか?
マクベスは「女から生まれた者には倒されない」と魔女から予言されるが「帝王切開」で生まれたマクダフに倒されます。なぜ「帝王切開」で生まれた人だとマクベスを倒せるの?女から生まれたことには変わりないのに?と普通疑問に思いますよね。『メタルマクベス』でもその回答は得られませんでした。まあ、そういうもんかとツッコんではいけないとこなのか?と思ったのですが疑問に思う人はやはりいるもので。検証している文章を見つけました。

加藤行夫氏のサイトから「帝王切開と〈女〉の死――『マクベス』の〈謎〉は解かれたか?」
http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/cato/teiou.html

国立大劇場『歌舞伎教室 『国性爺合戦』』1等前方センター

2006年06月11日 | 歌舞伎
国立大劇場『歌舞伎教室 『国性爺合戦』』1等前方センター


第一部が亀三郎さんの解説『歌舞伎のみかた』。しごく真面目に歌舞伎の基本を説明。地のお声も良いですね。ちょっと野村万斎さんの声に似てるかも。解説は初心者、特に学生相手にするにはちょっと真面目すぎないかしら?とか思いました。こういうのって解説する方の個性で多少変わるのでしょうね。虎の着ぐるみが可愛かったです。あれは本来『国性爺合戦』で立ち回りする時の虎ではないですよね?二人一組でかなり動き回るというイメージがあったんですけど。余談ですが猿之助一座の『国性爺合戦』の時(1998年12月 歌舞伎座)は京劇の方にわざわざ出演してもらってましたよねえ。あれはほんとに凄かった。

第二部が『国性爺合戦』のなかの「獅子ヶ城楼門の場」「獅子ヶ城内甘輝館の場」の二幕四場。チラシをきちんと見ていなかった私が悪いんですが見たかった和藤内と虎との立ち回りの「千里が竹の場」が無かった。初心者向けの歌舞伎教室だから絶対この派手な楽しいシーンを入れてくると思っていたのに…ガッカリ。

錦祥女@芝雀さんが熱演。受けの芝居が一番しっかりしていて台詞に頼らないず体全身で心情を表していたと思う。後半もっと少し哀れさがあってもいいかな。

和藤内@松緑さん、一幕目が非常に良い出来でした。姿形が大きく、台詞回しもかなりきっぱり。二幕目はちょっと勢いが落ちた感じ。受けの芝居をもう少ししてくれると良いんだけど。母と姉が死んでるのに知らん顔ってどうなの?

甘輝@信二郎さん、髭も似合い美男子です。大将としての立場と妻を想う気持ちの揺れは丁寧に演じてらしたと思います。ちょっと格の部分で薄く感じてしまったのが残念です。

渚@右之助さん、一幕目がちょっとどうなの?という堅さで心配しましたが二幕目のしどころのある部分では頑張ってらっしゃいました。とても強い母、という造詣でしたがもう少し情味があるといいなあ。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』1回目 3等A席前方センター

2006年06月04日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』1回目 3等A席前方センター

『君が代松竹梅』
10分程度の長唄の平安の貴人と姫の雅な舞踊。短いので堪能する前に終わってしまう…。衣装の色が華やか。翫雀さん、愛之助さん、孝太郎さんの上方系の役者が三人揃ったせいか、どことなくはんなりとした空気が流れる。翫雀さんと孝太郎さんの踊りがとても綺麗でした。翫雀さんはおおらかさがありながら体のキレがよく要所要所での形が美しい。孝太郎さんは全体にふんわりとしながらキリッとした姫。手の使い方が柔らかで目をひくのですよね。愛之助さんはすっきりと丁寧。

『双蝶々曲輪日記』「角力場」
『双蝶々曲輪日記』のなかでは親子の義理人情話が中心の「引窓」がよくかかりますが「角力場」は濡髪が事件をおこす発端になる場の一部。江戸時代の大阪の相撲世界の風俗を描いていて華やかで歌舞伎らしい芝居。満員御礼の相撲小屋の入り口に人が溢れんばかりになっていたり、取り組みが終わったあと小屋を後にする客がわらわら出てきたり、当時の相撲の人気の高さを窺わせます。こういう細かい演出も楽しいのですよね。そういえば行司の口上の声が染ちゃんだったような気がするのですが、どうなんでしょ?

今回の「角力場」はなんといっても幸四郎さん@濡髪、染五郎さん@放駒の親子競演が見もの。角界NO1の関取の濡髪の大きさと素人力士の放駒の若々しさの対比がよく出ており見ごたえのあるものになっていたと思う。

染五郎さんは素人力士・放駒長吉と濡髪を贔屓にする若旦那・与五郎の二役。線が細いのでは?と心配していた放駒長吉が非常に良かった。愛嬌も華やかさもあり血気盛んでやんちゃな放駒はとてもキュート。勝ったと浮き立ち、関取のようにどっしり歩こうとマネをするものの所詮は米屋の丁稚と言って軽やかにスタタタタと歩軽やかに歩いていく様など、まだまだ素人力士の小物ぶりをみせながらも愛嬌が勝る。おおっ、いいじゃないですかっ。また贔屓筋から贈られた派手な着物を着て得意そうにしながら濡髪との格の差、小ささを気にしてなんとか対抗しようとしたり、そんなイチイチの仕草が可愛らしくやんちゃな雰囲気。また勝ちを譲られ頼みごとをしてくる濡髪に怒る様がなんとも若々しく青臭い一本気な部分がよく出ている。腰が入った低い見得の体の線の美しさには感嘆。睨み合うタイミングの良さは親子ならではか。ほんとにピッタリ揃うので観ていて気持ちが良いです。

早替わりでみせる若旦那・与五郎のほうははすっかりこの手の役を手中に収めつつあるかも?なつっころばしぶり。もう愛らしくて愛らしくどーしようかと思いました(笑)。1年前の忠兵衛の時より上手くなっているじゃないですか!ふわぁ~とした大らかさが出てきた感じですかね。ほけ~と立っている姿にふんわりとした色気があり、トンと軽く突かれてよたよたと転んでしまう様には可笑しみがあって、まさしく「つっころばし」の風情。またウキウキと浮かれた様子も観客がニコニコしてしまうような雰囲気があって楽しい気分にさせてくれる。それにしても濡髪ラブな風情が女の子っ。大好き光線がキラキラしちゃって、しかも妙に色っぽくて、濡髪の隣に座ってベタベタ?してるとこなんて、どことなく妖しい雰囲気でしたよ…。吾妻(恋人)がこれ見てたらヤキモチやくだろうなあとか思ってしまった。こういう惚れぷりだもん、濡髪もついつい与五郎のために何とかしてあげたいとか思ってしまうんだろうなとか(笑)

幸四郎さんの濡髪はとにかく大きかった。うわー、すごい。いつもの倍ぐらいに見えた。役者オーラで大きく見せているんだよね。なんというか風格があっていかにも清濁飲み込んだが大きさがある。しかし関取らしいおおらかさは少なくちょっと真面目くさった雰囲気。怒らせたら怖そうなところがあって最終的に人を殺めてしまう部分がちょっと見えるところが幸四郎さんらしい造詣かな。ちょっと堅そうな雰囲気があるから、染五郎@与五郎のふわふわぶりが生きたのかも。にしてもあんなラブな雰囲気はそうそう出ないよなあ…(笑)。幸四郎さん、黒の衣装におおぶりな鬘と赤の化粧がよく似合ってかっこよかったです。横顔がお父様の白鸚さんにとっても似てきましたねえ。

高麗蔵さん@吾妻はすっきりとした美人さん。もう少し色気があってもいいかな。でも与五郎さんに会いたくて駄々をこねるとこは可愛かった。

幸太郎さん@郷左衛門と錦弥さん@有右衛門の小物な悪役ぷりも良かったです。このいかにもな雰囲気を出すのも案外難しいんですよね。

『昇龍哀別瀬戸内 藤戸』
吉右衛門さんが書き下ろした新作舞踊劇。羽目もので『船弁慶』や『土蜘蛛』などの舞踊劇のような構成になっていました。シンプルな構成だけに役者の力量も問われる舞台だと思いました。

老母藤波と悪龍になった漁夫の霊の二役の吉右衛門さん、気合が入っていらっしゃるのが三階からも見てとれました。老母藤波は気が体の中に凝縮している感じがしました。女形は苦手とおっしゃる吉右衛門さんですが、実はとてもお上手だと思います。大柄ではありますが角ばったところのない女の形になれる方です。今回もしっかり老母のお姿でした。また手の動きがとてもたおやかなのです。そしてただ外見動きが老母というのではなく、何よりも子を亡くした母の哀しみが全身から滲みでておりました。

後半の漁夫の霊では気を発散させ、大きさを見せておりました。怨みの強さという部分が若干足りないかなとは思いましたが非常に迫力のある作り。踊りが上手な方ではないのでキレはないのですがその分は勢いでみせてくれました。花道の引っ込みで見せ場があったようなのですが残念ながら3階からは拝見できず。次回を楽しみにしたいと思います。

盛綱役の梅玉さん、凛々しい武将姿がお似合いです。私、この方のこういうお役が大好きなものでついつい梅玉さんのほうに目が行きがちでした。爽やかで凛としたお声が武将としての責務を真っ当しなければならなかった盛綱に説得力を与えてしまうのですね。また所作の美しさもこういうお役だと特に際立ちます。梅玉さんの所作ごとはやっぱり好きだわ。

間狂言の歌昇さんと福助さんの踊りがとても華やかで目をひきます。前半の老母藤波の場はあまり色を感じさせないのですがこの間狂言で色がつく感じ。もう少し観たいなと思うところで終わりなのが残念でした。


『江戸絵両国八景 荒川の佐吉』
仁左衛門さんの当たり狂言ですので楽しみにしていました。『荒川の佐吉』はかなり久しぶりだったのですがこんなに長くて、転換がこんなに細切れでしたっけ?場が多すぎるような気がするんですが…。初日近くなので転換がまだスムーズじゃないにしても、場面場面で盛り上がった気持ちが途切れてしまう~。せっかくのいいお芝居なのにもったいないわと思う私。歌舞伎以外の演劇も観るようになったせいかこういう演出の部分が気になるようになってしまったのかもしれません…。

それにしても後半、ダダ泣きしてる人が多かったです。特におじさま方が嗚咽をこぼして泣いているのにはかなりビックリ。まあ、子別れの芝居にはいつも泣く私ではありますが、それでも任侠ものの「男の義」の部分にそれほど心動かされないので、『荒川の佐吉』はウルッとは来ても泣けないんだよなあ。特に今回はなぜか「女房(辰五郎)、子供(卯之吉)を置いていっちゃうのかよ、あの二人はお前さん(佐吉)が傍にいるのが幸せなんだよっ」とかバリバリ現代人の感覚?で見てしまいましたし…どちらかというと辰五郎と卯之吉が可哀想だわ~とウルウルしてました(笑)

佐吉の仁左衛門さん、当たり役だけあります。最初の場で三下奴のいきがった部分がありながら根がまっすぐなといった佐吉像をしっかりと印象づけます。そして少しづつ人して成熟していく姿を過不足なく演じてみせてました。義理人情に誠実で子供が大好きで、人としての大きさがあるのにその自分に気がついてない、そんな佐吉でした。子供への情愛の深さある姿が非常に説得力がありました。子供への接し方が本当に優しいんです。

佐吉の親友、辰五郎の染五郎さんが非常に良かったです。唯一、カタギの人間なんですけど、決して「任侠の世界」に惹かれることはないであろう素朴な真直ぐさと優しさのある辰五郎。江戸っ子の大工らしいちゃきちゃきな物言いのなかに絶えず佐吉と卯之吉を思いやる優しさがこめられているんですよ。世話女房的な献身さに佐吉を兄貴分として慕っている姿があって、もうなんというかとにかく良いです。あまりの甲斐甲斐しさに、どうしても仁左衛門さんとは年齢差を感じてしまうので親友同士というより夫婦?に見えちゃったり(笑)。にしても辰五郎の優しさが一番強いと思うのよね。相手のためだけを考え、その時、その時で最良と思うことをしてあげられる人だ。染五郎さんは仁左衛門さんの佐吉を絶えず立て、控えめにそれこそ女房役に徹しながらも辰五郎というキャラクターの懐の深さを見事に印象づけたと思う。

卯之吉役の子役もとてもよかったなあ。けなげで可愛らしくて。目が見えないという演技もしっかりできていました。

敵役の成川郷右衛門に段四郎さん。か、かっこいいんですけどっ。黒の着流し姿になんと色気のあることよ。独特の存在感と艶があります。

相模屋政五郎に菊五郎さん。さすがでございます。出た瞬間、場が締まりました。貫禄がでるかしら?なんて思っていたのですが、いやあ素晴らしい貫禄でした。親分としての大きさが見事に出てました。菊五郎さんの出の瞬間のあのオーラ、ひさびさに見せていただきましたよ。低めにとった台詞回しが非常に素敵でした。

お八重の孝太郎さん、ああいう気の強い役をみることが少ないので新鮮でした。結構こういう役にお似合いかも。

お新の時蔵さんはひたすら哀れ。そういや『荒川の佐吉』に素敵な女性はいない。あくまでも男の世界なのだよね。

白熊の忠助の團蔵さんの悪役が似合いすぎでした。上背もあり眼光鋭いので迫力があります。しかしすっかり悪役が板についてしまってていいんでしょうか。もう私のなかでは團蔵さん=悪役(^^;)