Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

平成中村座『五月大歌舞伎 昼の部』 松席前方花道寄り

2012年05月29日 | 歌舞伎
平成中村座『五月大歌舞伎 昼の部』 松席前方花道寄り

千穐楽だったはずなのに前楽になった『五月大歌舞伎 昼の部』を観に行きました。少しばかりお遊びを期待していたので前楽になってしまったのは少々残念でしたが前楽でもかなり盛り上がり楽しすぎて興奮状態になってしまいました。中村座の一体感を肌で感じました。小屋の間口が本当に良いんですよね。今後も中村座は続けていってほしいです。また、前楽でしたがこの日も浅草の顔役の方々の声掛けで実現したという御神輿のサプライズがあって浅草という土地と中村座の密接な関係性も素敵だな~と思いました。

『本朝廿四孝』「十種香」
風情たっぷりに見せる濃厚さはさすがにまだ出てはいませんでしたが5/5(土)に拝見した時より舞台に良い緊張感のなかにたっぷり感が出てきていて見ごたえがありました。芝居のなかに役者の個性が立ってきていた感じといいますか。

八重垣姫@七之助くん、丁寧に丁寧に演じる型の部分に恋する乙女の一途な気持ちがしっかりと乗ってきていました。また身体の使い方が観るたびに良くなってる。柔らかく流れるように動けるようになってきているなと感心しました。七之助くんは一途に相手を想う女が似合います。どちらかというと女房や世話物系の娘のほうが合うタイプかなと思っていましたが赤姫も完全に範疇に入れてきましたね。七之助くんは玉三郎さんに稽古をつけていただいてると思うのですが今回は「成駒屋の芸」を強烈に感じました。

濡衣@勘九郎くん、声が少々辛そうでしたがだいぶたっぷり感が出てきて八重垣姫とのやりとりに緩急が出ました。また前回は恋より使命大事に心強くある濡衣でしたが今回は亡くなった恋人へ気持ちも感じさせしっとりした雰囲気が良かったです。八重垣姫@七之助くんと濡衣@勘九郎くんの二人での芝居の間合いがとても良くさすが兄弟だなと思ったり。

勝頼@扇雀さん、前回のときは少し物足りなかったんですが今回はとってもよかったです。静かな佇まいに存在感がありましたしそのなかに艶やかさが足されていました。

謙信@彌十郎さん、謙信という存在大きさが今回はしっかりと。この場に必要な厳しさもしっかりと。

白須賀六郎@橘太郎さん、力感があって良とても良かったです。

『弥生の花浅草祭』
席がかなり前のほうで踊りをきちんと観るのは不向きなのでちょっとどうかな?って思っていました。私は踊り好きなので前すぎる席はいつもならストレスが溜まるんです。でも今日はまったくストレスを感じなかったです。舞台が低いのでさほど足元が見切れないのがよかったのかな。また染五郎さん、勘九郎さんの勢いや熱気がダイレクトに感じられたのも良かったのかも。とにかく二人の踊りを観てるだけで楽しかったです。二人とも身体から踊るが好き!というオーラが出てるからそれだけで観てる側が幸せな気分になる。観客が踊りが進むうちにどんどんテンションが上がっていくのも感じ、私もその熱狂の渦に巻き込まれ、また自分から飛び込んでいきました。特に石橋の獅子の毛振りは二人してちょっと凄かった。最初から飛ばす飛ばす。しかも超高速なのにピッタリと合わせてきた。毛振りの狂いは楽ver.だと思うけど熱狂、熱狂!!二人が若いからできるのよ。やってくれたのよ。もうこれは回数がどうのとか毛の振り方がどうのとか関係なく楽しんじゃえばいいのよ、と思った私。久しぶりに舞踊で大興奮しました。

染五郎さんの踊りはやはり大きいですね。全体的にいつもより剛胆に大胆にという感じでした。ただしいつものキレや丁寧さが少し足りない部分も若干散見。このところの大役続きと演舞場の掛け持ちで体力的にかなりキツそうでしたがそれが少しばかり出てたかなと。染五郎さんのベストな時の体の使い方ではなかったと思います。それでもかなり大きく動き決めるとこはしっかり決め緩急をうまく持たせ活き活きとした踊りになっていました。悪玉では突っ込んだ踊りで野暮大尽では野暮な雰囲気のなかの洒脱さを見せ面白味を感じさせました。そして獅子では前楽ver.ということもあったのでしょうが凄まじい力感と勢い。最初からかなり飛ばし気味な毛振りでしたが染五郎さんは途中から観たことないような毛振りまで披露。なんだったんでしょうあれ?染五郎さんは髪洗い→高速→超高速→八の字→超超高速の五段階でした。八の字の毛振りって初めてみました。巴の変形ver.って感じかな。それにしても毛振りの種類を多用するのって藤間流のやり方なのかしら?松緑さんもだいぶ前に連獅子やった時に色んな毛振りをやっていましたし、ここまで色々やるのはこの二人でしか見たことないです。にしても染五郎さんの毛振り時の体の芯のぶれなさは大したもんです。姿勢を変えても絶対ぶれないんですよね。

勘九郎くんの踊りは剛の染五郎さんに対して柔。前回5/5に拝見した時はそれが際立っていましたが二人の踊りの間が合ううちに少し変わってきたのか勘九郎くんの踊りにピンと張ったキレが出てきていました。そして相変わらず丁寧に丁寧に踊りこんでいく。全体的にはやはり丸みのある柔らかい踊り。善玉はボールのように跳ねるように、通人ではふんわりととても楽しげに踊ります。そして毛振りでは一気に高速回転し安定させていきます。染五郎さんの毛振りに合わせスピードを増してもしっかりと。さすがに染五郎さんの途中のからの変則ver.毛振りには少々唖然としていた風でしたが。勘九郎くんが目の前だったので思わず表情を伺ってしまった(笑)どうやら漏れ聞くに大楽ではい対抗心が燃えたのが勘太郎くんのほうが攻めていった模様。今月は日々お互い譲らない毛振りだったみたいですね。大楽も観たかったなあ。

余談:
花道に出た染五郎さん獅子の毛振りの毛が観客席まで飛んでくる場面があったのですが私は花道横の席だったので思い切り頭を毛で叩かれました。毛振りを鼻先で感じたわけですが思った以上にすごい勢い&力でビックリでした。あの毛の勢いと力から毛がかなり重いものだというのも実感。あれを廻すのですから毛振りは本当に大変なんだなと思ったと同時に獅子に叩かれたんだと思うとありがたみも感じました。まあとにかく嬉しくてテンションがあがってしまいましたとさ(笑)

『め組の喧嘩』
実はお話としては好きじゃないんです…いくら江戸っ子が短気だからっていっても短気すぎないかって…。それで最近この芝居を観てなかった。何年ぶりだろう。観たのは相当前です。でも今回は私の感覚が変わったのか中村座という場所が良かったのか勘三郎さんの辰五郎が自分には合ったのか、何か要因だったのかはわかりませんがとにかく面白かった。気分的にすでに前の舞踊で高揚していたのでちょっと冷静ではなかったとは思うんですけど。だからまともな感想も書けそうにないです。

辰五郎@勘三郎さん。とにかく今の時点では私ったら辰五郎@勘三郎さんしか観てなかった?ってくらい勘三郎さんカッコイイ、やっぱり勘三郎さん凄いしか出てこないんです。あの身のこなし台詞の間のよさったら。ああやばい、惚れそう。。仕草のひとつひとつのかっこよさはまずは腰の置きかたなんだよねってくらいかなりきついところをさりげなく自然にやってのける。頭の先から足先まで、どの場をもってきてもカッコイイ。そして目線のひとつひとつがソコってところにあって身体全身から粋な色気を醸し出している。勘三郎さんの芝居っ気たっぷりな計算つくされた動きが観ていて心地よくていつまでも観ていたい気分に。そして、何より緩急の台詞廻しのなかの実感たら素晴らしい。辰五郎という人物の心の綾を見事に伝えそのなかに繊細さえ感じる。勘三郎さん、戻ってきた、ほんとに戻っていらしたんだ、と涙が出そうになりました。また世話物が得意な勘三郎さんですが色んなお役のなかでも辰五郎は勘三郎さんにとても合う役だと思いました。また再演していただきたいです。

お仲@扇雀さん、辰五郎に惚れこんでいる情と芯の気の強さのバランスがとても良かったです。また元花街の女という色気も十分。扇雀さんの女形のなかでもこの役はピッタリでした。勘三郎さん辰五郎と良いバランス。

藤松@勘九郎くん、藤松の喧嘩満々が全開!鳶とか大工が花形一似合う男です。鼻っ柱の強さや喧嘩早さが全身に滲み出てすっと伸びた背筋もかっこよく存在感ありました。いかにも江戸にこういう男がいただろうなという風情。 

四ツ車@橋之助さん、幕が開いた瞬間「でかい!」と思いました。錦絵のように美しい。その姿でそこに存在してくれるだけでいい、そう思いました。またゆったりとした関取の台詞廻しがよく似合う。道理を弁えた知的さもみせ素敵でした。

亀右衛門@錦之助さん、綺麗なお役も良いですがこういう活きのよいお役のほうがいつもより存在感が出ますね。辰五郎を尊敬し慕っている風情、そして勢いのよさがとても良かったです。

喜三郎@梅玉さん、辰五郎の兄貴分の貫禄十分。さりげなく辰五郎を気遣う様に梅玉さんらしさがあったなと思います。お声が少し弱かったのが心配、お疲れだったかな?中村座に出演したことが嬉しそうで、中村座の出演はとても意外でしたが予想以上に座組に馴染んでおりました。

おくら@萬次郎さん、この方の個性はどこにでも馴染むということを今回知りました。萬次郎さんはかなり個性的な役者さんですがしっかり場に馴染ませてくるんですよね。

江戸座喜太郎@彦三郎さん、実直な人柄そのままの江戸座喜太郎で、この人のためなら喧嘩を収めるだろうという存在。彦三郎さんの実直さはとても貴重。

思ったのは今回、『め組の喧嘩』を中村座常連の一門だけで固めず、この演目を得意とする菊五郎劇団の方々が出演されそして中村屋をしっかり支えていたのがとても印象的。このところ歌舞伎公演は座組が固まりすぎていて安定はしてるけどどうも面白みが欠けることもある。今回のように色んな一門が混じっての芝居をもっと松竹は手がけて欲しいです。

新橋演舞場『五月花形歌舞伎 夜の部』 1等A席前方センター

2012年05月24日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月花形歌舞伎 夜の部』 1等A席前方センター

『椿説弓張月』
2回目の観劇です。前のほうで観ても5/12(土)観劇時に感じた空虚で冴々とした彼岸の世界が立ち現れていた芝居という印象は変わらず。華やかな場面やスペクタクルな場面があるにも関わらず鬱々とした閉じられた世界観が劇場を覆う。場面場面では面白かったりもしたのですが…いかんせん三島の脚本にはドラマがなくて趣向が趣向で終わっている。外側から事象を淡々と語る叙事詩的芝居といえばカッコイイんですが脚本に骨格がないのがなんとも。読んで楽しむもので芝居の脚本ではないかなと思います。馬琴の長大な物語をここまで短くして自分の趣味を散りばめ入れ込んだことには単純に凄いとは思いますけど、三島由紀夫という作家を語るための資料としての面白さ以上のものではないかな~。

とはいえ、単純に役者を楽しんだりスペクタクル場面を楽しんだり観劇中はあれこれ楽しんだりもしました。でも印象に深く残るか?といえばnonかな。物語的にもそもそも子どもがむやみにしかも結局は意味がない死に至るところが好きではない。成人に近い舜天丸だけは生き延びるけど他の子どもたちが自分の意志なく死んでいく。為頼も初陣をきって武士らしく死ぬのではないことを悔やんで死んでいく。可哀相すぎだ。馬琴の原作では島姫は生き延びるんですけどね。

実は10年前の猿之助ver.での子どもたちの死の場面をまったく覚えてなかった。たぶん、記憶抹消してたんだろうな…。猿之助ver.でしっかり覚えていたのは玉様の白縫姫(中の巻のみ出演)、勘九郎時代の勘三郎さんの高間&阿公(孫殺しの部分はなぜか覚えていないけど)、そして途中まで存在感が薄いと感じていた猿之助さん為朝の最後の宙乗り。猿之助さんなのになぜ存在感が薄かったのか役回りが損な役というのはわかっておりましたが今月観て完全に納得がいきました。

為朝@染五郎さん、為朝というキャラクターのヒトガタにすっぽり入り込んでいるという印象。最初からどこか人外さ(人として生きている感がない)がある雰囲気でした。染五郎さんは感情の揺れを表現するのが上手い方ですがこのお役にはそれが必要ない。三島が好みそうな哀しみ溢れる劇性の強い美貌の武将を体現はしていましたが染五郎さんの良さが活きる役ではなかったなあと思います。ただ5/12(土)に拝見した時より虚無感を漂わせる自己愛の無さのなかに、家族(妻と子供)に対しての切なる想いというものが為朝の静かな魂の芯の部分にほんのりあったような気がしました。非常にさりげなく、死に至る為頼へのやるせない慟哭であったり白縫姫へのさりげない心配りであったり舜天丸が生きていたことへの喜びであったりがそこにありました。なので最後の死出の旅では、愛するものを置いていく哀しみがプラスされなおいっそう孤独感を感じました。白馬に乗っての引っ込みにはやはり高揚感も安堵感もなかった。

白縫姫@七之助くんの佇まいがとっても良くなっていました。凛とした佇まいに存在感が出ていました。また為朝さま大好きオーラがキラキラしていました。それゆえか為朝@染五郎さん、白縫姫に対してかなり優しくなっていたような。それにしても台詞廻しが玉様降臨か?くらいにますます似てきていました。琴も一月の間にも成長していましたし阿古屋が狙える位置にきたかなと思ったり。そういえば玉三郎さんの白縫姫は「おやかたさま」と呼ばれて当然な剛胆な姫で為朝がいなくても十分に生きていけそうだったのですが七之助くん白縫姫は完全に為朝を拠り所にして生きている姫でした。芝居の仕方は同じだと思うので持ち味の違いなんでしょうね。

舜天丸@鷹之資くん、表情が活き活きとしていました。怪魚の乗る時、本当に嬉しそうな笑顔になっててとっても可愛かった。楽しいんでしょうね~。

亀@松也さん、凛とした佇まいから女装した時の柔らかな佇まいの切り替えが鮮やか。情感のある台詞回しもとてもよく印象に残りました。一時期、女形が似合わない時期がありましたが先月に顔世御前という大役をこなしたことで一気に良くなった感。先が楽しみ。

個人的には拷問シーンでの腰元のなかでも京屋お姉さまズ(京妙さん、京蔵さん)の嬉々とした拷問ぶりがツボでした。

余談:「下の巻」を観てて10年前の猿之助verで亀を亀治郎さんが演じてて「亀が亀を演じてる~」とツボに入った記憶がよみがえりました。

新橋演舞場『五月花形歌舞伎 夜の部』 3等A席3階センター

2012年05月12日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月花形歌舞伎 夜の部』 3等A席3階センター

今回、歌舞伎初心者を二人連れて行きました。まず衣装の美しさに感動、そして義太夫、鳴物、歌舞伎独特の動き、派手なアナログ大道具、女形の柔らかい動きがとても面白かったとのこと。総合芸術だというのを実感したと。かなり変則演目だったとは思うけど入り口としては十分だったらしい。一般的な歌舞伎のイメージとして華やかな衣装、見得、女形、それが観られるとまずは観たーという気になるのかも。私の経験では芝居好きだったり読書好きの友人たちは観るところが違うのでちょっと別なんですが漠然と歌舞伎を観たいと思っている人たちには時代物のほうが受けがいい。まあ今回は擬古典ではあったけど。

『椿説弓張月』
滝沢馬琴の原作を三島由紀夫が戯曲化し演出も手がけた作品です。三島由紀夫が自決する1年前の作品であり上演するにあたっても三島と役者たちの意思疎通がうまくいってなかったらしいいわくつきの作品であります。初演が白鸚さん、再演は幸四郎さんと猿之助さんが1回づつ。今回が4回目の再演です。私は10年前の猿之助さんver.を拝見しております。猿之助さんは初演時に参加しており三島のスペクタクルな演出はかなり猿之助さんに影響を与えたようです。また猿之助さんは参加時に「自分だったら演出はこうする」とも考えていたといい10年前の上演はスピーディにするために三島戯曲をさらに脚色し猿之助さんご自身が考えた演出で実現させた上演でした。そして今月、今回は三島の戯曲通りに初演の演出通りにと原点回帰させた上演。染五郎さん曰く「「欲は捨てて三島さんがやりたかった事を忠実に。そこを通らないと変えることができない」ということ。

『椿説弓張月』の源為朝は実は主役であって主役ではないという役割。歌舞伎の世界での「義経」と同じ象徴としてのキャラクターです。猿之助さんご自身も「為朝は主役ではあるけど為所がなく面白い役ではない。高間夫婦、白縫姫、阿公のほうが為所があり目立つ役なんです」とおっしゃっています。英雄としてただそこにいるそれだけのキャラクター。周囲によって物語が転んでいくという歌舞伎の古典のセオリーに則った三島の物語の組み立てといえます。とはいえ三島の脚本では周囲の物語もそれほど描きこまれておらず全体として物語のうねりがなく脚本として成功しているか?という部分で練りきれてなさを感じます。これは猿之助ver.でも今月でも思いましたが、まあそこを物語中心の芝居ではなく三島の歌舞伎に対する衒学趣味的な擬古典の見せ場主義な作品と思えば見所は沢山あります。上中下の三幕を上の巻で時代物を中の巻でいわゆるケレンと三島の嗜虐趣味をみせ下の巻で時代世話をみせる。歌舞伎の様々な要素を三島流にアレンジし絵草紙として仕立てた感。

さて、私はといえばやはりつい10年前と今月を比べながら観てしまいました。10年前に一度観たきりで細かいところは覚えてはいないのですが猿之助ver.は少しばかりショートカットして筋をわかりやすくしていましたが物語の運びは今月とほとんど同じ。演出も中の巻の船に乗り込む場とラスト以外はそれほど違いはありませんでした。ところが猿之助ver.『椿説弓張月』と今月の『椿説弓張月』、同じ作品を観た気がしないほど作品から受ける印象が違っていて驚きました。演じる役者が違うというだけでなくまず作品の世界観の捉え方がまったく違っているのではないか?と思うほど。特にラストは演出がかなり違い、それゆえ物語の閉じ方がかなり違っていました。観終わって「私は10年前観た作品と同じ作品を今観ていたのだろうか?」となんとも不思議な感覚に陥りました。

猿之助ver.はラストが白馬の乗った宙乗りで猿之助さんの晴れ晴れとした表情とも相まってカタルシスがあり、終りよければ大団円的な爽快感がありました。そういう意味で歌舞伎らしいいわゆる現世の英雄譚としての物語として閉じていった感。しかし今月の白馬は天馬というより黄泉の馬。海の底からやってきて空虚で冴々とした彼岸の世界へ向かうものだった。言うなれば日本神話的な雰囲気というか、手触りに「人」の感覚があまりなく感覚的に不可思議な世界になっていた感じです。どこか歌舞伎という枠にハマっているようでどこかずれた感覚がある感じもあり芝居全体の雰囲気が妙に作り事めいてたというか神話や叙事詩を読んでいるイメージに近い感じで…全体的に異形を感じさせました。

今月の『椿説弓張月』は強烈に死に彩られているというのを感じさせる。そこに高揚感も憧憬もない。哀しみと虚無に覆われている。染五郎さん演じる為朝には自己愛がない。私の印象では三島は自己愛と死への甘美な憧れがあった人だと思うのです。そこを考えれば三島という作家の歌舞伎として正しい有り様なのは猿之助ver.と染五郎ver.のどちらなのだろうかとちょっと考えてしまいました。今月、観た後にとっさには今月のほうが作品の本質を突いてる気がしたのですが三島が作ろうとした世界観であったかな?と思うとまた何か違うような気もして。まあ、その前にこの芝居に関しての感想の自分の落としどころもみつかってない状態のですが…。

為朝@染五郎さん、運命の糸にあがらえず哀しみと孤独を背負った悲劇性の強い美貌の武将としてそこにいました。ただそこにいることだけを課せられ英雄としていることを課せられつつ、死に向かって流転する。請われるままにただそこに居ることで死の目撃者となることへの哀しみを纏い、課せられた運命に殉じていく。染五郎さんはすっぽりと為朝という雛形に入り込み、溜め込んで張り詰めて演じているのではないか、というように感じました。為朝という人を演じるのではなく、為朝という象徴を体現しているそんな風にみえました。そこに自己愛はなく死というものへの哀しみ、それを誰とも共有できない哀しみがあり、そして「死」に虚無をみている。2幕目冒頭の為朝ですが崇徳上皇の霊に押しとどめられたのは肉体ではなく飛び立とうとした魂。地上に戻された為朝はすでに人ではないという印象を受けました。

白縫姫/寧王女@七之助さん、凛とした美しさが白縫姫にピッタリ。時々、玉三郎さんが降りてきてる?と思う場面もしばしば。とはいえ玉三郎さんの白縫姫がもつ豪胆さは七之助さん白縫姫には見えず、根が強いわけじゃなく為朝ラブゆえに強くあらんとしてる姫にみえました。透明感のある風情が儚げ。

阿公/崇徳上皇の霊@翫雀さん、阿公がとても良かったですね。阿公は『奥州安達ヶ原』の婆、岩手そのままの人物像なので物語に動きがあり場面として造詣しやすいとはいえ、鬼婆の不気味さより怖さのなかにどこが滑稽味を含ませ、モドリでの悔いとそして女・母の面を切なく哀れに演じしっかり見せてきたと思います。崇徳上皇の霊は品がよく妄執に駈られた感はなかったな~。

簓江@芝雀さん、簓江のいかにも島出の洗練されてなさのなかの濃い情味をみせる。絶望感のなか子供とともに死んでいくのがとても哀れでした。

高間太郎@愛之助さん、のお役は猿之助ver.では勘三郎(当時:勘九郎)さんが華やかに演じていたのでちょっと大人しいかなと思ったりもしましたが主君のために尽くす高間を過不足なく。

磯萩@福助さん、出すぎず引っ込みすぎずの丁寧な芝居。福助さんは猿之助ver.でも同じお役でしたが佇まいが美しくとても良かったです。    

為頼@玉太郎くん、舜天丸@鷹之資くん、頑張っていました!

覚書:
今月の演出、国立劇場で初演したそのままということですが確かに国立劇場仕様な演出なでした。国立のほうが綺麗に映えそうなセットとライティング。

平成中村座『五月大歌舞伎 昼の部』立見席

2012年05月05日 | 歌舞伎
平成中村座『五月大歌舞伎 昼の部』立見席

『五月大歌舞伎 昼の部』の二演目を立見してきまました。今期の中村座にはお初、そして立見もお初。立見はさすがに疲れますけど視界が良いのとちゃんと花道もみえるのも良いですね~。中村座の間口は芝居にはちょうどいいですよね。立見でも臨場感あるし。

『本朝廿四孝』「十種香」
「おお、花形!」って感じでした。私が『本朝廿四孝』を最後に観たのが雀右衛門丈の八重垣姫。雀右衛門丈が封印された時に私も図らずも封印しちゃった演目。なのでかなり久しぶりこの演目を生で観ました。色々花形でしたがそれを含めて興味深く拝見。この「十種香」の場は物語が動く場ではなくて役者の風情や台詞廻しの妙を楽しむ場だと思うので、花形でしっかり見せてくるのは難しいと思います。立見席からだと中村屋の間口でも残念ながら濃密な空気は作れていませんでした。かといって「熱」で見せられませんし。難しい演目だなあとつくづく。でも役者それぞれの丁寧な運びでの芝居に細いながらしっかりとした骨格が感じられ、次世代が確実に育っているという感慨を先月に続き感じさせてくれました。

八重垣姫@七之助くん、赤姫姿が思った以上になじんでおりお人形さんみたく可愛いかったです。身体をよく抑えて丁寧に丁寧に動いていました。女形の身体の使い方がしっかり出来てきたんだなあとまずそこに感心。あと台詞も情感がたっぷりとは言えないものの随分とよく聞かせられるようになってる。勝頼を一途に思うストレートはよく伝わりました。七くんは最近、急成長ですね。赤姫としてまずは第一歩、ここからという意味でとても良いスタートを切ったと思いました。

濡衣@勘九郎くん、勘九郎くんの女形、最近ちょっと身体が大きくなりすぎ(背丈の問題を言うのではありません)な気がしていましたけど襲名で弥生をやったおかげか久しぶりにしっかり作れていた気がした。七くん同様丁寧に丁寧に演じていました。真面目な雰囲気が活きて恋より使命大事に心強くある濡衣でした。台詞廻し、最初は勘三郎を感じたんですが次第に時々ですが芝翫丈を感じました。それと勘九郎くんと七之助くんの質感が似てるな~って初めて思いました。私的にちょっとした発見。中村屋ファンの方々には今更なにをって言われそうね(^^;)

ふと思い出したこと。勘九郎くんの若い時、私は彼は女形をしている姿が好きだった。表情や立ち振る舞いがとても可憐で女形に進んでくれてもいいのになと思ったものだ。今でも。勘九郎くんの女形は寂しげななかに可憐さを感じて好きです。<まあ私は基本女形好きではあるが。

勝頼@扇雀さん、ふっくらとした姿がいい二枚目風情。勝頼は終始受けの芝居で難しいと思うけどまずは品があり丁寧に受けの芝居をしているのが良いと思う。もう少し艶やかな色気と一服の絵になる形が欲しい気がしました。もうひとつインパクトに欠けた印象。

謙信@彌十郎さん、姿は押し出しがよく見栄えするんだけど怖さがちょっと足りない感じ。声の作りのせいかな。重鎮が演じたものしか見て無いのでどうしても厳しい目になってしまいます。

白須賀六郎@橘太郎さん、出てきて一瞬ビックリ。この演目にもご出演ですか!こういう役のイメージがなかったんですけど想像以上にしっかりしてて感心。

『弥生の花浅草祭』
染五郎・勘九郎コンビでの舞踊の共演って2002年の『棒しばり』以来かな?うわあ、そんな長い間一緒に踊ってなかったんですね。この二人の『棒しばり』の間がとてもよくて見ていて気持ち良かった。またこのコンビで『棒しばり』が観たいな~っとずっと思っていました。この頃は今回ほど踊りの質の違いは感じなかったです。むしろ似てるとこもあったと思う。今回は染五郎さんと勘九郎くん踊り方が全然違っててビックリ。それでも息や間は以前と同じようにぴたっと合っている。その部分が不思議と面白かった。踊りの役割的に染五郎さんが全体的にリードしていくせいもありますが特に獅子は競いつつもお互いに信頼感がある雰囲気で兄弟獅子のようでした。

染五郎さんも勘九郎くんも踊り方の違いはあれど踊り手として情景描写がやはり上手いしメリハリがある。だから観ていてあっという間に時間が過ぎるし楽しい。何より二人が楽しそうだし。競争心もがっつりみえるけどお互い面白がってる部分もみえたような気がします。

染五郎さんの踊りはいつも思うけど本当に大きい。身体はきついところまで絞って使ってるのに空気の捕まえ方が大きい。中村座では舞台の端から端までめいっぱい動いてた。特にああいう激しい踊りになると舞台が狭くてしょうがないんだよオーラを出す(笑)。「石橋」での毛振り、染五郎さんは最初から少し早め→ターボ→高速ターボの三段階。染五郎さんのの毛振りは鋭いし力強い、そしてまったく崩れない。そして勘九郎くんを煽る煽る。若干大人気ない?(笑)。染五郎さんは高速ターボの時に片足をがっと引くんですけど個人的にそれが妙にツボというか好きです。

勘九郎くんの踊りは以前はもっと開放的だった気がするけど今はどちらかというと身体をまあるく内側へ内側へと向けてる感じ。膝を痛めたせいもあるだろうけど身体の使い方を変えてきてるんじゃないかな。溜めて最小限で表現する方向に向かってる。「石橋」での毛振りは勘九郎くんはゆったり→高速ターボの二段階。ゆったりの時のまるさがお父様の勘三郎さんの毛振りに似ていました。高速のところは最初はキレキレだったけど後半、染五郎さんの高速ターボに煽られたか早く回そうとして首で回してしまい毛が乱れ身体が傾いてしまっていました…危ないので気をつけて~。