歌舞伎座『五月大歌舞伎 海老蔵襲名披露』 一等一階上手前方
歌舞伎座は平日だというのに桟敷席下の通路にも補助席を出すほどの人出。歌舞伎座がこんなにすさまじく混んでいるのは初めてかも。まあ、話のタネになるし一度観てみようかという感じの団体客多数、初心者多数という感じでした。そうかチケット入手困難はこの成田屋後援企業の団体客かと納得。しかし歌舞伎に興味を持っていただくのはいいけど私語に夢中だったりなマナー違反者も多数でちょっと悲しかったかも。にしても上演中、まったく舞台を観ないで筋書きを必死に読んでいる方はどういうつもりで来たのでしょう…。せっかく来たのに、あんなに良い席なのにと気になって気になって…海老蔵をただ見たというだけで満足なんでしょうか。ちょっと愚痴でした。
さて、今回は今年の一月歌舞伎に連れて行ってすっかりハマってくれた歌舞伎初心者二人と一緒の観劇でした。二人は「海老蔵きれいー」「菊之助かわいい」と最初のうちは役者を近くで見れることに単純に喜んでくれていたのですが、『勧進帳』と『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』ではすっかり内容に没頭していたようでした。そして「三津五郎さん、すごい、すごい。感動しちゃった~。」の連発。玄人好みの演技と言われている三津五郎さんだけど、あの気迫やうまさは初心者でもわかるのねえ、ととてもうれしくなってしまった。
『碁太平記白石噺』「新吉原揚屋の場」
かなり古い時代浄瑠璃もので、すでに通しでは上演されず七段目の「新吉原揚屋の場」のみ上演されている。その七段も滅多に上演されない演目になっている。確かにこれは難しいかも。動きがほとんどなくほとんど義太夫の語りで話が進む。浄瑠璃に慣れていないと、眠気が襲ってきてしまうかも…案の定こっくりこっくりしている人が。このところすっかり義太夫の面白さに目覚めた私だが、それでもあまりのゆったりとしたテンポに、「これは初心者には難しすぎるっ」と途中、余計な邪念が入ってしまうほどであった。滅多に観られない演目だから寝るにはもったいなさすぎ、と必死に観てましたが、途中半分は語りの葵太夫さんに意識がいってた(笑)。
雀右衛門さんが体調不良のため時蔵さんが代役で主役の傾城宮城野を演じる。時蔵さんは複雑な心境を見せる宮城野を丁寧に演じてとても美しく、牡丹の花のようである。ただ、傾城として花開いたという役柄にしてはちょっとあだぽい色気があまり無かったかな。また動きが少ない分、もう少し「魅せる」ための求心力が欲しいところだが、その部分がちょっと欠けていたのが残念。佇まいだけでふわ~っとした色気をみせる雀右衛門さんが演じていたらどうだっただろうとつい考えてしまったが今回はそれは贅沢な望み。
宮城野の妹の田舎娘、信夫に菊之助。方言丸出しの田舎娘らしいドンくささと一途な健気さが同居した可愛らしい娘になっていた。『先代萩』の松島では未熟さが出てしまっていた菊之介だが、娘役となると役柄にうまくはまることが出来るようでとてもいい出来でした。
揚屋の主人、惣六に富十郎さん。体調が良くなってきたのでしょう、口跡爽やかなセリフが心地よい。ちょっとした出でも大きな人間という印象を与える存在感も素晴らしい。
『十一代目市川海老蔵襲名披露 口上』
団十郎さんがこの場にいないのが寂しかったけど周囲の方々が一生懸命、新海老蔵を盛り立てていて「海老蔵襲名」に立ち会っているのだなあとの感慨が。それにしても女性問題のこととか、破天荒な性格のこととか、結構言いたい放題言われていたかも(笑)。幹部の方のなかでは仕切りをされている雀右衛門さんが祖父の九代目の思い出話をされていて、「こうやって続いていくのだな」としみじみして良かったなあ。お話はやはり幹部の方々のが重みがある。そういえば、雀右衛門さん、ところどころ言葉がつっかえていらしてちょっとお辛そうでした。体調が気がかり…大丈夫かしら、無理しないでほしい。肝心の海老蔵のにらみは端っこだったので奉書を載せた三方に邪魔され一瞬見えないかと焦りましたが、なんとかぎりぎり横顔をみる事ができました。だって、にらんでもらわないと邪気を払ってもらえない。
『勧進帳』
最初は団十郎さんの情たっぷりの弁慶を観たい、代役の三津五郎さんは線が細いし役柄に合ってるのかな?と少々不安な気持ちで観始めたのだが、この三津五郎弁慶が素晴らしかった。指の先の先まで美しい型を作り、小さい体をより大きく見せる。そしてなにより「弁慶」としての主君のために命をかけて臨んだ富樫との対決の場のなんともいえぬ緊張感と気迫が素晴らしく、こちらも息を呑んで見守る。弁慶としてのオーラをどこからか引き寄せてきたような凄まじさでありました。弁慶であんなに集中し緊張しながら観たのは初めてだ。また富樫から見過ごしてもらった後の主君、義経との情溢れるやりとり、そして富樫から酒を振舞われ踊る延年の舞の美しく情感がこもった踊りは言葉に出来ないほどの感動を覚えました。そしてそこでも絶えず義経に気を配ってる風なのがまた素晴らしく、先に発たせた義経たちを追いかけての飛び六法での引っ込みも気迫に溢れとても美しい引っ込みだった。凄まじいまでの気迫さが命を賭けている「弁慶」の気持ちとしてストレートに訴えかけてきて知らず知らず涙がこぼれてしまった。小柄で線が細くても「弁慶」はできるのだ。こういう弁慶のありかたがあるのだと、本当に感動した。
新海老蔵の富樫は姿がまずとても美しく、それだけで満足かなー、とちょっと思ってしまいましたが声を出し始めると台詞廻しがいまひとつ。型をとてもきれいに作っているのは非常に良いんだけど、そこにきちんと台詞をのせていかないと「富樫」にならない。声はよく通るのだが疲れもあったか、無理している感じがありあり。また弁慶の主君への想いに感動する場などは感情を露にしすぎて甘すぎ。複雑な肚を持たないといけない役なので難しいとは思うが、まだまだ精進が必要だなと。父団十郎さんのどこか鷹揚としている弁慶に相対していたのならば、もしかしたらその未熟さもありだったかもしれない。が、代役の三津五郎さん弁慶のぎりぎりまでに神経を鋭くした弁慶と相対してしまうと未熟な部分がハッキリと見えてしまう。
義経の菊五郎さんは柔らかな持ち味を生かしてとても上品で情のある義経であった。周りの役者も揃っており襲名披露を盛り上げるにいい舞台でした。
『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』
妹が殿様のお手打ちにあったと聞いて一家は沈んでいるのだが、なんとか気持ちを盛り立てようとそれぞれが必死になっている様子がおかしくもあり切なくもあり、という世話物。
大役の弁慶に続き、三津五郎さんが宗五郎を演じる。だ、大丈夫なんでしょうか?とこちらが心配してしまうのだが、三津五郎さんは荒事の雰囲気をすっかり消して世話物の登場人物として登場しお見事。恩義を感じている殿様への義理と妹が可哀想という狭間で心揺れる宗五郎を三津五郎さんはキメ細やかに演じていた。このお話は『新皿屋舗』と題名がつくだけあって殿様の磯部主計介は『番町皿屋敷』の青山播磨がモチーフだ。四月に播磨をやった三津五郎さんが、今度は殿様を責める側にいるというのが面白い。
宗五郎を気遣う、女房おはま役の芝雀さんが深い情愛があってとてもいい女房を演じていた。芝雀さんは白塗りのお役しか見たことがなく世話物のしかも女房役で最初驚いたのだが、やはり切々とした情愛を感じさせるお役がとても上手だ。また、酒に酔って殿様のところへ直訴しに行ってしまった後を追う場の引っ込みのきっぱりした姿がまた素敵。ああ、芝雀さんはもっと認めてもらっていい女形だと思う。芝雀さん、好きだなあ。しかしいくらでも美しく化粧をできる方が「ほとんどすっぴん系の普通の女房」なお顔だったのがちょっと寂しい。美人な女房でもいいじゃん、とか…。
三吉役は松緑さん。柄にはピッタリなんだけど、もう一歩。声が大きく聞き易いのはいいのだけどセリフに情感をこめるのがどうもまだまだのようである。やりようによってはかなりの儲け役になりそうな役柄なのにもったいないことである。世話物の難しさなのだろう。
菊之助のおなぎはピッタリ。友人を亡くした悲しさと、理不尽にも殺された友人への義憤のないまぜな表情がいい。また世間知らずなお嬢様ぽい風情がまたよし。
不幸の元凶の殿様、磯部主計介に海老蔵。まあ庶民に殿様が謝るといった役どころではあるが、最後の最後で華を添えるといった役なのでしどころはなし。でもこういう役にきちんと出るところに好感を持つ。
歌舞伎座は平日だというのに桟敷席下の通路にも補助席を出すほどの人出。歌舞伎座がこんなにすさまじく混んでいるのは初めてかも。まあ、話のタネになるし一度観てみようかという感じの団体客多数、初心者多数という感じでした。そうかチケット入手困難はこの成田屋後援企業の団体客かと納得。しかし歌舞伎に興味を持っていただくのはいいけど私語に夢中だったりなマナー違反者も多数でちょっと悲しかったかも。にしても上演中、まったく舞台を観ないで筋書きを必死に読んでいる方はどういうつもりで来たのでしょう…。せっかく来たのに、あんなに良い席なのにと気になって気になって…海老蔵をただ見たというだけで満足なんでしょうか。ちょっと愚痴でした。
さて、今回は今年の一月歌舞伎に連れて行ってすっかりハマってくれた歌舞伎初心者二人と一緒の観劇でした。二人は「海老蔵きれいー」「菊之助かわいい」と最初のうちは役者を近くで見れることに単純に喜んでくれていたのですが、『勧進帳』と『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』ではすっかり内容に没頭していたようでした。そして「三津五郎さん、すごい、すごい。感動しちゃった~。」の連発。玄人好みの演技と言われている三津五郎さんだけど、あの気迫やうまさは初心者でもわかるのねえ、ととてもうれしくなってしまった。
『碁太平記白石噺』「新吉原揚屋の場」
かなり古い時代浄瑠璃もので、すでに通しでは上演されず七段目の「新吉原揚屋の場」のみ上演されている。その七段も滅多に上演されない演目になっている。確かにこれは難しいかも。動きがほとんどなくほとんど義太夫の語りで話が進む。浄瑠璃に慣れていないと、眠気が襲ってきてしまうかも…案の定こっくりこっくりしている人が。このところすっかり義太夫の面白さに目覚めた私だが、それでもあまりのゆったりとしたテンポに、「これは初心者には難しすぎるっ」と途中、余計な邪念が入ってしまうほどであった。滅多に観られない演目だから寝るにはもったいなさすぎ、と必死に観てましたが、途中半分は語りの葵太夫さんに意識がいってた(笑)。
雀右衛門さんが体調不良のため時蔵さんが代役で主役の傾城宮城野を演じる。時蔵さんは複雑な心境を見せる宮城野を丁寧に演じてとても美しく、牡丹の花のようである。ただ、傾城として花開いたという役柄にしてはちょっとあだぽい色気があまり無かったかな。また動きが少ない分、もう少し「魅せる」ための求心力が欲しいところだが、その部分がちょっと欠けていたのが残念。佇まいだけでふわ~っとした色気をみせる雀右衛門さんが演じていたらどうだっただろうとつい考えてしまったが今回はそれは贅沢な望み。
宮城野の妹の田舎娘、信夫に菊之助。方言丸出しの田舎娘らしいドンくささと一途な健気さが同居した可愛らしい娘になっていた。『先代萩』の松島では未熟さが出てしまっていた菊之介だが、娘役となると役柄にうまくはまることが出来るようでとてもいい出来でした。
揚屋の主人、惣六に富十郎さん。体調が良くなってきたのでしょう、口跡爽やかなセリフが心地よい。ちょっとした出でも大きな人間という印象を与える存在感も素晴らしい。
『十一代目市川海老蔵襲名披露 口上』
団十郎さんがこの場にいないのが寂しかったけど周囲の方々が一生懸命、新海老蔵を盛り立てていて「海老蔵襲名」に立ち会っているのだなあとの感慨が。それにしても女性問題のこととか、破天荒な性格のこととか、結構言いたい放題言われていたかも(笑)。幹部の方のなかでは仕切りをされている雀右衛門さんが祖父の九代目の思い出話をされていて、「こうやって続いていくのだな」としみじみして良かったなあ。お話はやはり幹部の方々のが重みがある。そういえば、雀右衛門さん、ところどころ言葉がつっかえていらしてちょっとお辛そうでした。体調が気がかり…大丈夫かしら、無理しないでほしい。肝心の海老蔵のにらみは端っこだったので奉書を載せた三方に邪魔され一瞬見えないかと焦りましたが、なんとかぎりぎり横顔をみる事ができました。だって、にらんでもらわないと邪気を払ってもらえない。
『勧進帳』
最初は団十郎さんの情たっぷりの弁慶を観たい、代役の三津五郎さんは線が細いし役柄に合ってるのかな?と少々不安な気持ちで観始めたのだが、この三津五郎弁慶が素晴らしかった。指の先の先まで美しい型を作り、小さい体をより大きく見せる。そしてなにより「弁慶」としての主君のために命をかけて臨んだ富樫との対決の場のなんともいえぬ緊張感と気迫が素晴らしく、こちらも息を呑んで見守る。弁慶としてのオーラをどこからか引き寄せてきたような凄まじさでありました。弁慶であんなに集中し緊張しながら観たのは初めてだ。また富樫から見過ごしてもらった後の主君、義経との情溢れるやりとり、そして富樫から酒を振舞われ踊る延年の舞の美しく情感がこもった踊りは言葉に出来ないほどの感動を覚えました。そしてそこでも絶えず義経に気を配ってる風なのがまた素晴らしく、先に発たせた義経たちを追いかけての飛び六法での引っ込みも気迫に溢れとても美しい引っ込みだった。凄まじいまでの気迫さが命を賭けている「弁慶」の気持ちとしてストレートに訴えかけてきて知らず知らず涙がこぼれてしまった。小柄で線が細くても「弁慶」はできるのだ。こういう弁慶のありかたがあるのだと、本当に感動した。
新海老蔵の富樫は姿がまずとても美しく、それだけで満足かなー、とちょっと思ってしまいましたが声を出し始めると台詞廻しがいまひとつ。型をとてもきれいに作っているのは非常に良いんだけど、そこにきちんと台詞をのせていかないと「富樫」にならない。声はよく通るのだが疲れもあったか、無理している感じがありあり。また弁慶の主君への想いに感動する場などは感情を露にしすぎて甘すぎ。複雑な肚を持たないといけない役なので難しいとは思うが、まだまだ精進が必要だなと。父団十郎さんのどこか鷹揚としている弁慶に相対していたのならば、もしかしたらその未熟さもありだったかもしれない。が、代役の三津五郎さん弁慶のぎりぎりまでに神経を鋭くした弁慶と相対してしまうと未熟な部分がハッキリと見えてしまう。
義経の菊五郎さんは柔らかな持ち味を生かしてとても上品で情のある義経であった。周りの役者も揃っており襲名披露を盛り上げるにいい舞台でした。
『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』
妹が殿様のお手打ちにあったと聞いて一家は沈んでいるのだが、なんとか気持ちを盛り立てようとそれぞれが必死になっている様子がおかしくもあり切なくもあり、という世話物。
大役の弁慶に続き、三津五郎さんが宗五郎を演じる。だ、大丈夫なんでしょうか?とこちらが心配してしまうのだが、三津五郎さんは荒事の雰囲気をすっかり消して世話物の登場人物として登場しお見事。恩義を感じている殿様への義理と妹が可哀想という狭間で心揺れる宗五郎を三津五郎さんはキメ細やかに演じていた。このお話は『新皿屋舗』と題名がつくだけあって殿様の磯部主計介は『番町皿屋敷』の青山播磨がモチーフだ。四月に播磨をやった三津五郎さんが、今度は殿様を責める側にいるというのが面白い。
宗五郎を気遣う、女房おはま役の芝雀さんが深い情愛があってとてもいい女房を演じていた。芝雀さんは白塗りのお役しか見たことがなく世話物のしかも女房役で最初驚いたのだが、やはり切々とした情愛を感じさせるお役がとても上手だ。また、酒に酔って殿様のところへ直訴しに行ってしまった後を追う場の引っ込みのきっぱりした姿がまた素敵。ああ、芝雀さんはもっと認めてもらっていい女形だと思う。芝雀さん、好きだなあ。しかしいくらでも美しく化粧をできる方が「ほとんどすっぴん系の普通の女房」なお顔だったのがちょっと寂しい。美人な女房でもいいじゃん、とか…。
三吉役は松緑さん。柄にはピッタリなんだけど、もう一歩。声が大きく聞き易いのはいいのだけどセリフに情感をこめるのがどうもまだまだのようである。やりようによってはかなりの儲け役になりそうな役柄なのにもったいないことである。世話物の難しさなのだろう。
菊之助のおなぎはピッタリ。友人を亡くした悲しさと、理不尽にも殺された友人への義憤のないまぜな表情がいい。また世間知らずなお嬢様ぽい風情がまたよし。
不幸の元凶の殿様、磯部主計介に海老蔵。まあ庶民に殿様が謝るといった役どころではあるが、最後の最後で華を添えるといった役なのでしどころはなし。でもこういう役にきちんと出るところに好感を持つ。