Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

板橋区立文化会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 夜の部』 S席

2009年07月29日 | 歌舞伎
板橋区立文化会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 夜の部』 S席

巡業の観客は歌舞伎座以上に年齢層が上ですね。昨日は三鷹巡業の時より年齢が上だったかも。近所に来てくれれば観に行きたいという方も多いんでしょう。お値段も安いし。でもいわゆるホールでの歌舞伎は音響が悪すぎるので歌舞伎としてBestなパフォーマンスを見られるか?というところで少々悩ましいところも。板橋区立文化会館は綺麗だし、椅子も良いし、観やすいホールだったんだけど音響がやっぱり悪い。歌舞伎座やいわゆる芝居小屋がいかに歌舞伎をみせるのに適しているか改めて思いました。

『伊賀越道中双六』「沼津」
三鷹の時点でかなりの完成度でしたがますます密になっていて見応えがありました。とはいえ、早い夕飯を一気に食べた後だったので少々気を抜いた観劇にはなってしまいましたが…(^^;)。板橋区立文化会館はどうやら音が拡散するホールのようで、声が前にストレートに伝わってこなく、台詞や義太夫がいつもより聞こえづらいのが少々難点ではありましたがそういう部分を抜かせば、かなり良い芝居だったと思います。

十兵衛@吉右衛門さんは安定していて安心して見られる十兵衛。前半は男の可愛らしさがあってほのぼのします。だけど吉右衛門さんの本当の良さは後半にみせる情の在り方だと思う。真っ直ぐで理を弁えた十兵衛が義理と情の狭間で逡巡する様が胸に迫ります。平作に道理を諭す台詞がとっても優しくて、だからこそ意を決意して仇の居所を教える瞬間の哀しさが伝わってくる。

平作@歌六さん、三鷹の時より断然良くなっていました。前回は地の強さのほうが勝った平作だったように思いますが今回は親としての情愛、弱さが滲み出ていて泣かせてきました。娘可愛さの言動に哀が含まれていてグッときました。またその親の情の強さがあるために十兵衛に対するある種の甘えがみえて、命懸けの強さだけでなく「親子だから」を信じている素朴さがなんとも良かった。これからたぶん持ち役になっていくと思いますが歌六さんならではの平作を練り上げていってほしいなあと思います。

お米@芝雀さん、ほんとにこの役を今まで演じたことがなかったとは思えないほどの完成度。ニンに合っているお役なのでしょうが、お米という女性の行動様式にここまで隙がないことに驚きます。艶のある可憐さのなかにふっくらとした情をみせていきます。そして何よりも旦那一途の強い想いがひしひしと伝わってきます。つい盗みを働いてしまう、その切ないまでの思いを観ている側が素直に受け取ることができる。本当に素敵なお米さんでした。

序幕での旅の夫婦の錦弥さん、京珠くんのラブラブ夫婦はラブ度倍増し。京珠くんが妊婦らしくなっててとても良かったです。おなかをかなりふっくらさせて歩き格好もだいぶらしくなっていて研究してきたなあと思いました。お客さんたちが「あら、妊婦さんよ~(にっこり)」とほのぼのしていました。このシーンはいかにも妊婦さんのほうが観客の気持ちを暖かい気持ちにさせると思うんですよね。

十兵衛奉公人の吉之助さんもとても良かったです。奉公人としての腰の低さのなかに主人に忠実ながら押しの強いキャラを丁寧に演じていました。羽振りのいい商家の奉公人という部分もきちんと見えた。

義太夫では葵大夫さんが音響の悪いホールのなかで口跡よく伝えてきたのも印象的。特に後半、情味があってなかなかのものだったと思います。

『奴道成寺』
巡業の終盤、疲れが出てるかな?と心配していたのですがとっても良かったです。本当に華やかで楽しかったです。三鷹で拝見した時より格段に踊りがこなれて良くなっていました。洒脱で軽やかで、それでいて道成寺ものの品格もあって。このところの染五郎さんの踊りの情景描写の確かさ、体の表情の豊かさには感嘆します。舞踊の内容が本当に明快に伝わってくるのです。

出だしの花子の能がかりの最初の部分はやはり硬さと摺り足の捌きの荒さがあります。しかし今回は中央に出て乱拍子になったあたりから柔らか味がでてふわっと優しい表情になり女らしい「花子」になっていきます。足捌きも丁寧に、というだけでなく鮮やか、という感じになってきていました。三鷹ではお顔がキツい男ぽい花子だったのですが今回は美女にみえました。化粧は変えてないと思うので全体の雰囲気に女性らしさが出たせいかな。

狂言師左近への見現し後は一気に華やかに活き活きと軽やかな踊りになっていきます。鞠つきの見事は相変わらず。手捌きがとても柔らかで見とれてしまいます。滑るような中腰での移動は観客がワッと湧きます。またここでは無心に踊るという心持ちなのでしょうか?純真で無垢な子供のような雰囲気が今回感じられました。

そして「おかめ(傾城)、お大尽(客)、ひっとこ(幇間)」の三つの面での踊りですが、ここが本当に素晴らしかったです。おかめのあの愛らしさはいったい何でしょう。こんなにキュートなおかめは観たことがありません。ふんわりまあるくまあるく踊っていきます。恋の手習いひとつひとつの所作のすべてに愛らしさが含まれて、そのなかに艶やかな色気やいじらしい娘らしさが表現されていっている。あまりの見事さに口あんぐりな私でした、ほんとに!

それだけでなく演じ分けにメリハリが付いてて、お大尽の威張った様子の押し出しの強さや朴訥な性格までが体全体で表現されている。おかめの丸に対してお大尽の四角ばった動きがなんとも効果的。そして間に入るひっとこの気の弱そうなひょうきんさがスパイスになって三つの面で踊り分ける面白さというものが存分にあった。後見の錦弥さんとの息もピッタリで面の付け替えの部分には余裕が出てきてて安定感がありました。

鞨鼓を打ち鳴らしながらの所作ダテもそのままの勢いでいきます。なんとなく楽しそうなお顔をしていたので調子も良かったのかもしれません。キレがよく、一段と大きさがありました。花四天の方々との息もピッタリで立ち回りが一層華やか。そして鐘にある宝への執着の心持がハッキリしてて鐘に向っていくという求心力がありました。ここの表情も凄く良かった。

花四天の方々のトウづくし、毎回変えていて大変だったでしょうけど、楽しいネタで観客を楽しませておりました。立ち回りもとてもキレがあって終盤の盛り上がりに多大なる貢献をしておりました。

所化では幸太郎さん、吉三郎さんがベテランならではの上手さをみせました。なかなか舞踊を披露する機会が無い二人ですが確実にこなしてきてさすがだなと。

シアターコクーン『桜姫 歌舞伎ver. 』 A席中二階MR

2009年07月25日 | 歌舞伎
シアターコクーン『桜姫 歌舞伎ver. 』 A席中二階MR

全体としては面白く拝見しました。南北作品の場当たり的な猥雑さや闇の描き方が好きだし、そこに作品の力があると思う。今回、現代劇ver.と歌舞伎ver.を続けて拝見し、芝居としての好みは戯曲と演出と役者がバランスよくかみ合っていた、という部分で現代劇ver.でした。ですが『桜姫東文章』という歌舞伎そのものが好きなので歌舞伎ver.も楽しかったです。でも、今のところ歌舞伎のほうは古典的な演出のものが好きです。

今回、串田和美氏の演出の歌舞伎はやっぱり個人的に合わないかも…と思いました。テンポの良い演出はとても良いと思うんですが小さくこじんまりとした演出が相変わらずあまり好みじゃなかった…。『桜姫 現代劇ver.』の時はこじんまりとした演出はあったものの空間の使い方が良かったのでアリという感じだったのだけど歌舞伎となるともう少し大きく演出してほしいんですよね。あとなぜに西洋音楽が使うのだろう。クラシック音楽自体は私は好きです。でもこの芝居では聴きたくないかな。南北作品に似合わない。クラシック音楽でもノイズを含む現代音楽だったり、そういうのだったらまだ似合ったかもしれないとは思うけど…。まあ音の使い方に関してはほんとに好みになってしまうので…。

それとラストの演出が…。いらない、あの光の玉、いらない。魂の救済なんていらない!!!桜姫はすべてを飲み込むべきだと思う。子を殺さない、という演出はありかと思うけど、そこで魂が浄化される、みたいな演出をされると正直興ざめ。桜姫の「無」はすべてを飲み込む「闇」であったほうが南北らしいと思う。2005年コクーン歌舞伎『桜姫』では桜姫は子を殺したが物狂いになった。子殺しの罪の重さを救済したいのはわかるけど、でも「重さ」をそのまま提示するほうが哀れさが出ると思うのは私だけだろうか。

一応、現代劇ver.とリンクはさせていましたね。清玄と権助が兄弟という部分で表裏一体、というを強調したのは現代版の解釈からの流れで演出していたと思う。それが機能的に働いてたかは少々疑問だったけど。歌舞伎ver.では「兄弟」という部分を表現できるんだから、どうせならもっと強調してもよかったかもしれない。それ以外は見世物小屋や台詞の部分を同じにしたりくらいの擽り程度なリンクなので現代劇ver.を観てなくて単体で観ても大丈夫な作りになっていた。いわゆる小ネタ的部分(係員が飛び出すところなど)は、あえてやらなくてもいいような。効果的とは思えなかった。

桜姫@七之助くん姫、想像以上に似合っててとっても良かった。一生懸命やっています、って感じなんだけど、そのこなれてなさが桜姫にピッタリで。あくまでも姫の心根の失わない透明感のある桜姫でした。うん、この桜姫は良いわ。思い入れのある玉三郎さんの桜姫と比べないで観られた。玉三郎さんなぞりの桜姫だと思うけど、持ち味がまったく違ってて、とっても良かったです。玉三郎さんは姫のなかに確固たる意思があるけど七之助くんの場合は幼い無垢さを感じさせる。私はどちらも好き。『桜姫』の印象が変わることに面白さを感じました。七之助くんの桜姫は身を持ち崩しても品を失わず、婀娜っぽさのなかに幼さが残る硬質さを失わない。時分の華な部分でのよさ、ということもあるけど、桜姫は今後待ち役にできるんじゃないかな。いつもよりふっくらして可愛くなったと聞いていたけど、ちょっと痩せたみたいで若干頬がこけてました。前半のほうは1ケ月お休みして稽古していたので少しお肉が付いていたのかも。女形は頬がある程度ふっくらしてるほうが可愛くみえるんですよね。

清玄@勘三郎さん、やっぱり若干お疲れ?最近、どうもお疲れ?と思うことが多い。だけど先月の権助より今月の清玄のほうが断然よかった。あくまでも端正に演じて、位取りの高さも出てたし。ただ、もう少し精神性の部分で透明感が欲しかったかなあ。でも岩淵庵室のでの桜姫に迫るいわゆる古典歌舞伎演出の場での勘三郎さんは本当にさすが。間と表情がお見事。グッと前に出て存在感がパアッと光る。勘三郎さんのよさって、こういう部分なんだよなあ。ガチガチの丸本ものでの勘三郎さんが観たい。

権助@橋之助さんは小悪党部分の腰の軽さ、ずるさみたいなのはすごく良かったんだけど悪の色気と凄みが足りないなあ。色気はあるんだけど、悪の、ではなく良い男の色気なんですよね、なぜか。福助さん桜姫の時にも思ったんだけど、どうしても人がよさそうな部分が前に出すぎてしまう。その時よりは今回、権助一役のみだけに存在感はあったと思うし台詞廻しも悪くはないんだけどもう一味、何か欲しいなあ。

亀蔵さんの悪五郎がきっちりしていて、役割も明快で良し。弥十郎さんの残月も俗ぽさを飄々と演じてて楽しい。扇雀さんの長浦はキャラ造詣は好きなんだけど個人的にはやりすぎ感が…。

三鷹市民会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 昼の部』S席

2009年07月12日 | 歌舞伎
三鷹市民会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 昼の部』 S席

三鷹公会堂は一度前に来たことがあるのですが、改めてやっぱり古い建物だわと思いました(^^;)。椅子が良くないし、どうやら空調が壊れたらしく効いてないし…。劇場内がどんどん暑くなっていって…舞台上はさぞかし暑かったことでしょう。演者さんたち大変だったんじゃないかしら。さて、会場はよろしくなかったけど、出し物はかなりの充実ぶり。巡業でこれを観られるってかなりのお得感。本興行で掛けてもいいのでは?ってくらい二演目とも充実していました。

『伊賀越道中双六』「沼津」
初役が二人いて吉右衛門さんもかなり久ぶりという「沼津」ですが、かなり完成度の高い芝居でした。さすが芸達者が揃っただけあります。前半の面白味のある場と後半の悲劇へのメリハリがあって2時間という長さを感じさせませんでした。

丸本物は筋が複雑なのが多いですが『伊賀越道中双六』も人物関係が複雑。通し狂言で観たいなあと思いました。「沼津」の段は仇討ちに図らずも巻き込まれてしまった家族の悲劇を描いています。

十兵衛@吉右衛門さん、商人らしい腰の低さのなかに男気のある十兵衛。商売に成功した勢い、大きさも感じられます。28歳の若さにはどうしてもみえなくて押し出しは強いのですがかといって吉右衛門さん独特の可愛らしい茶目っ気で大旦那というほどの貫禄をみせないのが上手いです。前半のほのぼのしたオーラから後半、平作とお米が幼い頃に分かれた父、妹と判ってからの男気の見せ方がとても素敵でした。とても情があって、十兵衛の苦渋が手に取るようにわかります。ことさら、表情で見せるという感じではないのに心の動きがよくわかるんです。これこそハラでみせるということなのでしょう。

平作@歌六さん、このところ老け役が続きますね。芸達者な方ですから、今回も平作という人物像をしっかり見せてきます。老けという部分で作りこみやすいキャラクターだったせいでしょうか、先月よりかなりしっくりきていて初役とは思えないほどの大健闘かと。演じたかったというだけあり、かなり工夫してきた感じです。まずは台詞廻しが良いです。70にそろそろ届く年といのが違和感ありません。またそのなかで朴訥とした感じや、根の優しさ、そして芯の強さを感じさせます。荷物担ぎのヨロヨロさはちょっと作ったような部分もありますがやりすぎずにいい塩梅で笑わせていきます。また、らしいのが十兵衛が子と知れた驚き、そして娘の難儀ために意を決意しての命懸けの強さ。この人ならやる、という説得力があります。ただ、しみじみと泣かせるまでにはいかないかな。やはりどうしても歌六さんの若さが邪魔をする部分がいくつかはありました。強さのほうが勝るんですよね。親としての弱さみたいな部分がもっと出るといいなあとか。また年を重ねたものがみせる独特の枯れた雰囲気や丸み、そのなかの大きさみたいな部分はまだまだこれからでしょう。

お米@芝雀さん、初役とは思えないほど非常に良かったです。とても可愛らしく楚々としていながらもどこか艶やか。夫のためにという強い意志を心に秘めたお米さんでした。その健気さのなかに悲哀が込められ、クドキの部分、聞かせ泣かせてきます。またクドキの時の上半身の動きがいつもより柔らかで綺麗でした。切なさが動きでも表現されています。台詞廻しはお父様にとても似ているなあと思いましたが、筋書きを読むとお稽古をつけてもらったのは魁春さんなんですね。あの柔らかな動きは魁春さんの手ほどきでしょうか。非常に印象的に映えていたと思います。

池添孫八@歌昇さんは、この場だけだとご馳走という感じです。いきなり出てくるので、どういう人物像かもわからずじまいなキャラクターですが存在感があるので、そこにいることに違和感がないのが凄いなあと思いました。

最初に出てくる錦弥さん、京珠くんのラブラブ夫婦が可愛かったです。ほんとに仲良さそうで、観ていてニコニコしてしまいます。為所の多いお役で二人とも頑張っていました。京珠くん、もう少し妊婦らしく足を広げて歩いたほうが、らしくなるかも?おなかももっと膨らませてもいいかな。


『奴道成寺』
華やかでとっても楽しかったです。巡業の簡略バージョンにでもしてくるかと思っていましたら、舞台装置も鳴り物も本興行並に揃えてきていました。染五郎さんの舞踊は観ていて気持ちがいいし観ているうちになんとなくウキウキしてくることが多いです。とても好みです。

白拍子花子実は狂言師左近@染五郎さん、初役とは思えないほどよく踊りこんでいたと思います。特に三つの面の演じ分けが見事でした。

まずは花子の能装束での出。この衣装からすぐに狂言師に見現すので顔の拵えが少々きつめになっていますね。ここは娘道成寺と同じような流れ、七三での鐘を見込むところは形が良く、また恨みもよくみえて良い感じです。中央に出てからは衣装のせいもあるでしょうが固い感じですね。まだこの辺、こなれていない感じがしました。以前、『船弁慶』の静御前の舞で艶やかを感じさせた染五郎さんですからもっとここは華やかさがでて欲しいなあと思いました。

所作が男ぽくなり、烏帽子が取れ狂言師左近と見現した後は非常に良かったです。すっきりとした男前な左近で、一気に華やかな雰囲気に。常磐津、長唄の掛合いがまた華やかでいいですね。染五郎さんは毬つきの手捌きがとても柔らかでふんわりとしていながらも勢いもあります。ぽ~んと跳ね上がる鞠が見えるかのようでした。そして中腰での鞠つきの移動がなめらかで滑るかのよう。頭の位置が見事に動きません。しかも舞台を大きくめいっぱい使い動きます。よほど足腰を鍛えているのでしょう。

それから一度引っ込み、「おかめ(傾城)、お大尽(客)、ひっとこ(幇間)」の三つの面での踊りに入っていきますが、ここの踊り分けが初役とは思えないほど良かったです。とにかくまずは「おかめ」がなんとも可愛らしく非常に良かったです。愛嬌があるだけでなく傾城の艶もきちんと表現し、とても柔らか。怒った様子も拗ねた感じで愛らしさを保ちます。これは見事だと思います。また、「お大尽」がいかにも田舎者の大尽という感じでちょっと威張った様子に朴訥さがあっておかめと良い対称になっています。ひっとこの仲裁役はオロオロ風情の気弱い感じ(笑)。面の付け替えが早くなってもきちんと踊り分けができていてお見事。面の付け替えは初日周辺は手順でいっぱいいっぱいだったそうですが、後見とのコンビネーションも良くだいぶこなれてきていたと思います。見ていてワクワクしました。

ここでまた引っ込み、次が山尽くしで、鞨鼓を打ち鳴らしながらの所作ダテ。花四天と立ち廻りながら華やかに踊ります。とても勢いがあって一気に行く感じです。かといって踊りが流れるわけでなくひとつひとつ丁寧にきっぱりと決めていく感じ。ぶっかえって鐘の上の鏡を取り決まります。後半に行くにつれ勢いが増して観客の目を舞台にどんどん引き寄せていきました。初役でここまで踊れれば大したものです。もっとこなれていけば、洒脱な雰囲気ももっと出てくるでしょうし、華やかさも増すと思います。確実に持ち役になっていくでしょう。個人的には三津五郎さんもやったことだし染五郎さんの『京鹿子娘道成寺』も見てみたいです。

花四天のトウづくしは三鷹にちなんでジブリ美術館、でいきなり『崖の上のポニョ』の主題歌を歌い出したり、『ルパン三世 カリオストロの城』(正確には宮崎駿作品だけどジブリ作品ではありません)の台詞を言い出したり(笑)とかなり無理矢理なトウ落ち(笑)。アニメ好きとしては楽しかったけど~(笑)

明治大学『傾(かぶ)く技術(わざ)-三代の継承と日本的コミュニケーション』

2009年07月11日 | 講演会レポ
明治大学『傾(かぶ)く技術(わざ)-三代の継承と日本的コミュニケーション』

明治大学校友会寄付講座
『傾(かぶ)く技術(わざ)-三代の継承と日本的コミュニケーション』
鼎談:市川染五郎、明治大学文学部教授 齋藤孝、読売新聞 田中聡記者
日時:7月11日(土) 14:00~15:30(開場13:30)
場所:明治大学リバティタワー1階リバティホール

市川染五郎× 斎藤孝(『声に出して読みたい日本語』の著者です)×田中聡(読売文化部記者)の鼎談を聴きにいきました。この鼎談、かなり面白かったです。染五郎さんがここまで色々話すって珍しい。斎藤孝先生がお話上手で自分の知識や体験談を絡めつつうまく話しを振ってくれたのと、田中記者も合間合間でうまくツッコミを入れてくれて、話相手に恵まれたって感じでした。

以下、思い出したことをつらつらと。メモも何も取らずに聞いていたので、正確なレポは残念ながら書けません。時系列もバラバラですし、トーク内容もこんな感じだったというおおざっぱなものです。言葉の使い方等、だいぶ違うとは思いますがご容赦を。

一番印象的だったのは、斉藤先生が「今日これだけは絶対忘れない時間になる」とおっしゃった時間です、やはり(笑)。「知らざぁ言って聞かせやしょう」から始まる弁天小僧の名文句の一節を中抜きながら、染五郎さんが滔々とやってくださったたのです。斎藤先生が染五郎さんに顔合わせの時にお願いしてくれたそうです。これが粋で鯔背でとても格好よかったんですよ。ほんのちょっとやっただけでしたが拍手が凄かったです。後で、学生が「歌舞伎は庶民のものと言うけれど、染五郎さんの台詞を聞いたらこれは芸術だって思った」と感想を言っていましたが歌舞伎を観たことがない学生たちにはかなりインパクトがあったみたいです。その後、染五郎さんが台詞を言って参加者が復唱する、という贅沢な時間も!本当に楽しかったです。斎藤先生ありがとう!!

知らざぁ言って聞かせやしょう
浜の真砂と五右衛門が歌に残した盗人の
種は尽きねぇ七里が浜
<~中抜き>
ここやかしこの寺島で小耳に聞いた祖父さんの 似ぬ声色でゆすりたかり
名せぇ由縁の弁天小僧菊之助たぁ俺がことだ


鼎談内容:

まずは金太郎くん襲名披露の話から。幸四郎さんが今までみせたことない顔を見せていることに斎藤先生も田中記者も驚いたという話から。二人して「孫って特別に可愛い存在なんですねえ」としみじみ。染五郎さんも「そうなんですかねえ、やっぱり」と。

斎藤先生「親子の関係は責任とかライバル心もあるし、なかなか難しいけど孫は年が離れているから無条件に可愛がれるんじゃないかと。部活動でも3年生と2年生との関係は難しいけど3年生と1年生はうまくいくんですよね。近すぎると難しいんじゃないか」と。

田中記者「福助さんから聞いた話ですが楽屋で芝翫さんが自分には言ったことがなかった話を児太郎にはしてる。え~、それボクには教えてくれなかったのに、と思いながら、あとで息子に何言ってた?と詳しく聞いているらしいですよ(笑)」と。「いずれ幸四郎さんがいっくんにあれこれ言っているのを後で染五郎さんが聞きだすという風景もあるかも(笑)」

という感じで始まりました。それから、染五郎さん金太郎くんの事や自分の初舞台の事など。自分が12歳の時に毛振りで首を痛めた経験から、金太郎くんには週2、3回マッサージを受けさせていたそう。最初の頃は首と肩が凝っていたが後半にいくにつれ、首と肩は大丈夫で腰と足が凝ってきたそう。それだけちゃんと後半になるにいき腰で振るという毛振りの基本ができていたということ。子供なので見よう見真似でやってしまえるところもあるんでしょう。公演中、舞台上では子供に気を使うことはしなかった。自分が舞台に真剣に向き合っている姿を見せたかったので。金太郎くんの毛振りの舞台写真で、「自分の理想の形してる」と思ったショットがあったそうな。子供ってすごいんですよね、と。全然親バカな感じじゃなく、子供の可能性って凄いという雰囲気でさらり言っていた。そしてちょっと嫉妬も、と(笑)

染五郎さん、子育ても芝居でもいわゆる自分アピール、押し付けが苦手なんだそうです。自分のウィークポイントと言っていました。「押し付けるのではなく、わかってもらえるように伝える事をしていきたです。芸は10割やってしまうといけない、8割ぐらいにするのが品のある芸になると言われています。お客様に判りやすく全部答えるように演じても違うと思いますし、かといって自分の見せたい物をどうだと押しつけてもそれも違う思うんです。その兼ね合いが難しいですね。自分は肚がにじみ出るような芝居を目指しています。芸は品格のあるものでないといけないと思うんですよね。でないと、とても薄っぺらいものになってしまうと思うんです。」

この肚のことから腹を据えて、という話になり、腰を決める立ち振る舞いなどの話に。日本の舞踊と西洋舞踊が正反対とか。ここらで斎藤先生が「いざやかぶかん」DVDを持ち出し、この染五郎さんの踊りの解説がすごく良いんですよ~と。これ一見の価値ありですよ、と絶賛。立ち振る舞い、呼吸方法など、日本人としての立ち振る舞いの基本の部分のところを教えているのが気に入ったみたいでした。

そこで、台詞廻しの呼吸方法のことに言及し、染五郎さんがまだまだで今勉強中ですと。先輩役者さんが教えてくれる時に手を自分の腹と背中に置かせるんだそうです。それで台詞を言ってくれる。そうするとその呼吸方法がじかに伝わってくるんだそう。かなり息を腹に溜め込むらしいです。

何もしない、為所のない役は難しい、という話。染五郎さん「いるだけでその人物像をわからせないといけない」というような話をした時、斎藤先生が「世阿弥の言葉で「「何も演戯しないところが面白い」という言葉がある」と紹介したんです。それで染ちゃんが「何もしない、為所のない役は難しいけど、そういう役に説得力をだせるようになりたい」というようなことを。田中記者が「勧進帳の義経が代表ですよね。全然動かない、ほとんど座っているだけの役だけどそれだけで品格を感じさせ、弁慶やより格上の雰囲気を出さないといけない。弁慶と富樫と同じくらいに大事な役なんですよね」と。染五郎さん「そうなんですよ、義経は何もしないけど、物語の核の存在ですからね。何もしないで存在感をみせないといけない難しい役」


質問コーナー:
役者志望の男性「役者になるためにこれだけはやっておいたほうがいいといいことを教えて」

染五郎さん「役者は基本的に人を演じるので、まずは色んなものを観たり聞いたりして感動してほしい。何か、良いものを見たり、芝居でも映画でも音楽でもなんでもいいんです。日常の風景でも、ああ、いいなあ、ステキだなあと感動することが大事」。感受性を磨いてということですね。「技術は努力すれば誰でも身に付くから」と言っていました。その努力が難しいんですけどね~と思いました(笑)。

男子学生「歌舞伎は大衆演劇だといいますが、今、染五郎さんの台詞を聴いてたら芸術でもあると思うんです。その点についてどう考えていますか?」

染五郎さん「先ほども少しお話しましたが歌舞伎はわかりずらいものになってきているのは確か。歌舞伎は最先端の芝居を止めて古典になった時から、身近なものではだんだんなくなってきた。その過程で先人たちが芸を洗練させていき芸術の方向に向いたと思っている。その先がどうなるかわからないけど見極めていき、その先へ行きたいと思う」

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書けたのは内容の三分一以下な感じですが…、ざっとこんな雰囲気でした。主催者の方、スタッフの方、出演者のお三方、楽しい時間をどうもありがとうございました。