Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』2回目 1等A席1階センター

2010年09月25日 | 歌舞伎
新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』2回目 1等A席1階センター

『猩々』
酒売り@芝雀さんの拵えがとても綺麗。格調高い雰囲気のなかに柔らかさがあるのが芝雀さん。

猩々@梅玉さん、品格のある踊り。まあるくゆるりゆるりと踊られて人外の雰囲気を醸し出します。この方の猩の酔いの足捌きは本当にお見事です。しかし、今回雰囲気が硬かったかなあ。なんとなく淡々と踊ってらしてる感じも。2年前に踊られた時はもっとふんわりした空気感があったと思うのですが。

猩々@松緑さん、やはり拵えは可愛いですね。大きく動こうとしているのも良いと思います。しかし細かい部分踊り込めてない感じです。杯の扱いや、足裁きがちょっと硬い…。キレはあるんですけどね。それともっと楽しそうにお酒を飲んで欲しかったなあ。

猩々ペアのコンビネーション、後半日程に入っても揃ってなかったですね…。それぞれが別々に踊っている感じが。踊りの質が違っても息が合えば相乗効果で空気が密になると思うのですが今回残念ながらそこまでいってなかったですね。この舞踊が好きなだけに少々残念。

『平家女護島』「俊寛」
俊寛@吉右衛門さん、やはり今までの造詣と違う俊寛を演じてきたと思います。純粋で孤独感を抱えた俊寛。このところ吉右衛門さんは人物の感情の波を押さえ込んで演じることが多くなったような気がします。今回は中盤まで淡々と俊寛の揺れ動く心情を細かく描いていき、ラストで一気に感情爆発させていきました。とはいえ前回2日目に拝見した時より今回は全体的には諦観が底に終始流れていたような気がします。俊寛の望郷の念は非常に細い糸。淡い夢にすがって生きている、そんな気がしました。すでに俗世の想いをかなり身から捨ててしまい、ただ妻への想いだけが繋いでいた、そんな雰囲気。だからこそ、まだ活力のある成経と千鳥のカップルに夢を託したのかなあと。ラストは悲壮感というより、「お~い」が自分のなかにあった一本の糸を完全に断ち切るための衝動から、って気がした。帰りたいって想いはそこに無かった。凡人ぽくはなかったかな。

千鳥@福助さん、純粋に成経を慕っているという心情がよく出ているのと、じっと控えている時の姿が非常に美しい。ただ、やはり純朴な海女にはみえないなあ。無理に可愛らしく作っている、というように感じさせてしまう。福助さんの持ち味の雰囲気がどうしてもいわゆる娘ぽくないんですよね。娘が一生懸命になる以上の強さがそこにある。う~ん、千鳥が福助さんのニンじゃなくなってるってことなのかなあ。

成経@染五郎さん、このお役がこなれてきたのか芝居の輪郭が太くなっていますね。成経としての存在感がしっかり出ていました。流浪の貴公子然とした美しい佇まい。都人の象徴としてそこにいる感じ。いつでもどこでも貴人。いずれは都へ帰るのが必然なキャラなんだな。千鳥が最終的に悲劇に終わるのもむべなるかな。

康頼@歌昇さん、優しさが内面からにじみ出ている康頼です。俊寛、成経の二人の支えなんだろうなと思わせました。心配りをさりげなく表現されててとても良かったです。

丹左衛門@仁左衛門さん、非常に存在感があります。知的で怜悧。自分の立場を弁えつつさりげなく情味をみせる。

瀬尾@段四郎さん、当たり役。憎たらしいんだけどどこか可愛げ。理が瀬尾にありながらなぜ殺されるハメに陥るのか。そのキャラクター造詣のバランスが本当に良いです。

『鐘ヶ岬』
地唄舞。芝翫さんの清姫、最小限の振りで娘の切ない気持ちを表現していく。恨みは少なめかな。可愛らしい雰囲気を最後まで。地唄の演奏がとても良かった。

『うかれ坊主』
富十郎さんの足の衰えに合わせた振り付け。動きがかなり少ないですがそれでも洒脱に軽やかに踊り分けをしていき見事です。どうしても最盛期のキレのある踊りが思い出されて、動けない富十郎さんに対してちょっと哀しくもあるのですがちょっとした仕草でここまで表現できる、というのはやはり凄いです。

『双蝶々曲輪日記』「引窓」
花形だからこそ表現できた、等身大の家族の物語だった。物語がストレートにしっかりと伝わってきて見ごたえがありました。今回は役者のバランスとのよさと共にコンビネーションのよさも伝わってきました。

南与兵衛@染五郎さん、播磨屋型での芝居がこなれ、南与兵衛としての説得力が増していました。とても細やかで自然な芝居。染五郎さんは時に演じているその人物そのもののように、そこにいることがあります。今回、まさしく南与兵衛がいたと思いました。台詞や佇まいが非常に自然で鮮やか。身を持ち崩したことのある男としての甘さや可愛らしさのとともに芯にまっすぐな気性の優しさや男気がある。与兵衛ってこういう人なんだなと納得させるだけの説得力がありました。

武士に取り立てられウキウキした心持ちを素直を表現する男の可愛らさと、取り立てられるだけの技量を持ち合わせている知的な凛とした存在感、そのバランスが本当に良いです。家族との絆を大事にし、それゆえに大きな決断をする、その心の揺れを丁寧に表情豊かに演じていきます。お早との口喧嘩でのほのぼのした気安い仲は同年代の役者同士ということもあるのでしょう、なんとも可愛らしい夫婦喧嘩。また義理の母に対する優しさ、生さぬ仲、義理の間柄だからこその切ない気持ちが泣かせます。「なぜモノをお隠しなさる。私はあなたの子でありまするぞ」からの台詞に込められた子としての心情が胸に迫ってきました。染五郎さんは台詞を伝えることが上手い役者だと思いますが最近それがかなり磨かれてきたように思います。また人物解釈の深さはこれから持ち味として活かされていくでしょうね。これでもっと芝居の輪郭を太くできればなと思います。

濡髪@松緑さん、前回拝見した時は妙に子供ぽく見えたのですがだいぶ落ち着いて関取らしい佇まいになってきたと思います。体の使い方が前回小さかったのですが大きさが出ていました。非常に真っ直ぐな気性で何に対しても一生懸命な雰囲気のある濡髪。母に対する気持ちも無骨な真っ直ぐさがあり、それゆえに母の気持ちを汲み取ってあげようという心持がまっすぐに表現されています。根が明るそうな部分があるので、人を殺めて逃げるにはよほどの訳があるのだろうと思わせます。それにしても松緑さん台詞回しが本当に良くなってきましたね。緩急をつけるまでには至ってないのですが義太夫の乗ろうという部分、しっかり見えます。謳いあげる台詞が怒鳴るようになってしまうのがもったいない。台詞を押さえることができると一段と良くなっていくと思います。

お早@孝太郎さん、明るくウキウキした雰囲気が可愛らしいお早です。しっかりもので、家族をとても大事に守ろうとしている心持が強い。与兵衛の信頼と義母への感謝の念が根底にある。苦界を抜け出せ、今の家族のなかで非常に幸せな生活を遅れているんだろうな、と感じました。また姑との仲のよさがそれを物語り、だからこそあれだけの行動が起こせるのだろうと感じさせます。活力のある活き活きした表情が本当に良いです。ただ、台詞廻しの部分で緩急のコントロールできない部分がいくつかあり時々、うるさくなってしまう。女形の声でコントロールするのは難しいでしょうが人物造詣が良いだけにもう少し頑張っていただきたい。個人的に芝雀さんのお早がこのところのベストお早なので、あの緩急の効いた可愛らしい台詞をつい求めてしまう、というのもあるかもしれません。

お幸@東蔵さん、さすがに緩急を上手くつけてきてお幸の心情をしっかり表現されてきました。東蔵さんの老けは若さが実は特徴かな、と今回思いました。その輪郭の強さがあるだけに、切なさが見えにくい部分が前回あったと思うのですが、今回は活力がある母だけに、子のために何とかしようとするその気持ちの強さが際立った感じで、老母としての弱さゆえの切なさとは別のまだまだ若い明るくて世話好きな母親ゆえの切なさが現れたような気がします。強めのお早@孝太郎さんとのバランスも良かった。

新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 昼の部』2回目 1等A席1階前方上手寄り

2010年09月18日 | 歌舞伎
新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 昼の部』 1等1階前方上手寄り

『沼津』、『荒川の佐吉』が全体がかなり締まって見応えがありました。9/3(金)に拝見した段階でも完成度は高かったと思うのですが細部が練られるだけで見応えが違う。どちらも主役は若い役を還暦すぎた役者が演じてる。まさに芸でみせる、というところですね。二人とも台詞廻しが絶妙。技巧を凝らしているんだけど、そこがさりげない。

『月宴紅葉繍』
やっぱり魁春さんが可愛いです。梅玉さんは相変わらず形が綺麗。一瞬のキメがさりげなく綺麗なのです。

『伊賀越道中双六』「沼津」
義理と人情が生きていくうえで非常に大切であった時代の物語なんだなぁとつくづく思いました。袖触れ合うも人の縁。ただ、それゆえに悲劇も起こる。因縁、因果のおかしくてやがて悲しき、そんな世界。

十兵衛@吉右衛門さん、前半はやはり十兵衛の若さ以上のどっしりとした存在感がありすぎる気はするものの、純な男の可愛らしさがあってほのぼのします。吉右衛門さんが本領発揮するのは後半、平作が自分の親だと悟ってからですね。驚きとともに、子として親と妹を助けたいという真摯な情を体から溢れんばかりに、しかもそれを体に押さえ込みつつ表現していく。その男気のある十兵衛が義理と情の狭間でみせる情愛が素晴らしいです。

平作@歌六さん、マジメで気骨のある平作です。娘とともに苦労し生活してたことこそが平作の気持ちのうえでの基盤になっているのですね。だから、娘のため、ひいては娘婿のために命を投げ出す。息子が諭す理以上にその部分の情を大切にする。しかし、そこに息子への甘えがあるのだと思う。親のエゴと哀しさと。そんなものが透けてみえた平作でした。

お米@芝雀さん、前回まで「娘」としてのお米だったと思うのですが、今回は傾城でありまた人の女房であるお米さんの顔のほうが強く出ていた。ふっくらした艶にどこか人あしらいの慣れがあり、十兵衛が商家の嫁にピッタリと見込む、美しさだけに目につけたのではない部分がそこにあった。また、芯のある純粋さ想いの強さがしっかりあるので盗みを働いてしまう、その行動に哀れさが出る。クドキの台詞廻しが本当によく、お米の想いがストレートに伝わってきます。また動きにしなやかさが出てきたなあと思います。

安兵衛@歌昇さん、安定しています。気心が知れた信頼感のある奉公人としての佇まいがいいです。

池添孫八@染五郎さん、どういう人物像か観客に見えないキャラクターですがそこの違和感を感じさせず、また心根のよい存在としてしっかりいたと思います。

『荒川の佐吉』
個人的に物語としてはやはりあまり好きではありません。子への情の部分や男同士の友情の部分にはグッとくるんですけど、全体的には任侠ものの「男の義」の部分に共感できないのと、女性の描き方に納得がいかなくてどうしても感情移入が出来ないのです。ただ、そのなかでも役者たちの芸の説得力には唸らされます。

佐吉@仁左衛門さん、4年前に拝見した時より役者としての存在感の部分で佐吉というキャラクターに格がありすぎる部分を感じました。非常に感覚的な部分で大人。しかし、そこを自在な台詞廻しで若さや拙さを表現していきます。いわゆる三下奴のいきがった部分が薄くなってしまったなとは思うものの、根がまっすぐで義理人情に誠実で子供が大好きといった造詣の部分を強調し、情の部分が先行してしまう佐吉に説得力を持たせていました。今回の仁左衛門さんの佐吉は卯之吉を放したくない、その切実な想いを吐露する部分に集約されていた気がします。しかし、佐吉はなぜ任侠の世界に憧れちゃったんですかね~?

辰五郎@染五郎さん、情を描く芝居という部分での骨格を支える存在として、任侠から離れた立場での人物像を本当によく表現してきていると思う。受けに徹しつつ、いなくてはならない存在。染五郎さんの辰五郎は非常に真っ当。道理を弁えつつ、未来を明るく考える。少しおっちょこいで人が良すぎるけど本当の意味で懐が深い。自分より相手のことを先に考える、そんな優しさがある。出すぎず、でもしっかり卯之吉を見守る。そして兄貴分の佐吉に対しては「任侠」に憧れてではない、佐吉の本質の部分の才と心根の部分への憧れと信頼があるんだろうな、と思った。2日目に観たときより、情味が増していたように思う。台詞のもっていきかたが上手い。

成川郷右衛門@歌六さん、渋いですねえ。声が良いのだな。成川の理って筋が通ってるんですよね。成川って任侠の矛盾をついた人物像なんだなと思いました。

政五郎@吉右衛門さん、有無を言わさぬ存在感がありますよねえ。場が締まります。

お新@福助さん、やはりうまい。泣くだけであれだけ表現できるって凄いと思う。いやな女ってだけじゃないのことろが良い。

卯之吉@千之助くん、しっかりと芝居しています。

『寿梅鉢萬歳』
引き抜きもあって華やかですね。衣装がとっても綺麗で、特に引き抜き後の白い衣装が好み。また振りが面白くて楽しい。藤十郎さん、ほてほてっとした踊りぶり。なんだか文楽人形ぽい。妙に藤十郎さんと目線が合いまくりでした。近くにご贔屓さんがいらしたのかしら。

新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』 3等B席下手寄り

2010年09月07日 | 歌舞伎
新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』 3等B席下手寄り

『猩々』
この舞踊、なんとなく楽しくて好きです。

酒売り@芝雀さん、千歳みたいな拵えでかなり美しい酒売りでした。それにしても張った声の美しいこと。女形の声のなかで芝雀さんが一番好きなですよね~。

猩々ペアは梅玉さんと松緑くんのコンビネーションはまだ揃ってないかなあ?踊り方が違うってだけではなさそうなので揃ってくれば今後よくなりそう。

猩々@梅玉さん、ゆるりと踊るさまが神聖な生き物という雰囲気を醸し出して素敵。足捌きがなんとも上手い。

猩々@松緑さん、五月人形みたいで超可愛いです。踊りのほうが踊り込めてないなと。ちょっとした部分で半テンポ早すぎたり遅すぎたり。それとお酒が杯からきちんと飲めてないかも…どうみてもこぼしてる…(笑)腕の位置が悪いのかしらん…。

『俊寛』
座組みのコンビネーションがとても良かったですし、完成度が高かったです。

俊寛@吉右衛門さんがだいぶ今までと違う造詣かも。今までは人物の大きさのなかに豊かな表情をみせる俊寛だったように思いますが今回の吉衛門さんの俊寛は性格が非常に純粋というか感情を素直に出してとっても可愛い感じ。それゆえに孤独を抱える俊寛の悲劇が浮き立つ感じでした。望郷の念の強さと妻東屋を亡くしたゆえの絶望が真に迫っていました。

千鳥@福助さん、非常に丁寧な芝居で可愛らしい千鳥です。純朴な海女というには洗練された艶がありすぎる気もしますが純粋に成経を慕っているという部分が際立っていたように思います。特にクドキの台詞は上手いですねえ。

成経@染五郎さん、前回演じた時より芝居の輪郭が太くなってきたように思います。だいぶ存在感が出ていました。染五郎さんの今までの成経には浮世離れしたふわふわしたとこあったように思いますが、今回は都育ちの純粋さはそのままに成経なりの芯の強さがみえた。千鳥を真正面で好きというとこは前回以上にしっかり出てました。でもなんというか、染五郎さんが演じるとどうも、真剣に恋をしてはいるんだけど都に戻ったら千鳥のことは大事にはするけど所詮愛人の一人ってなりそう…という感じもなくはない…(笑)染五郎さんの成経は綺麗すぎるのかも。

康頼@歌昇さん、とてもしっかり者で思いやりのある康頼です。目配りの上手さがあって、実はこの人が三人のなかの要なんだろうなと思わせました。

丹左衛門@仁左衛門さんって私はお初です。かなり存在感がありました。役人としての理のなかに情の厚さがあって素敵でした。俊寛と瀬尾の対決中もしっかり細かい芝居をなさってつい目が行ってしまいました。

瀬尾@段四郎さんはいわずもがな。完全に当たり役ですね。憎たらしい人物としての存在感。しかし瀬尾に「理」があることも明快。情で動く人々のなかで情味のなさで憎まれ役になる人物像としています。段四郎さんの瀬尾はこの人じゃなきゃというほど好きです。

『引窓』
いかにも花形座組み&まだ2日目ということで、こなれてない部分もありましたけど、とっても良かったです。『引窓』の場の物語が説得力を持って描写された芝居だった。

南与兵衛@染五郎さん、今まで2回(巡業、博多座)ほど高麗屋型で演じています。博多座で拝見した時にだいぶこなれてきて、南与兵衛という人物像がクッキリとしてきたところでしたが今回は播磨屋型です。比べて見ると間やら人物造詣が結構違いますね。高麗屋型は非常にまっすぐな気性で男気の部分での懐が大きい。しかし郭で遊んで持ち崩したようにはちょっと見えない部分あり。播磨屋は情の部分を大事にするのか与兵衛に身を持ち崩したことのある男としての甘さというか可愛らしさがありどことなく色気が加味されてる。どちらの型も大切にしているのは母への想い、いたわりが底の底にあること。それにしても高麗屋型と播磨屋型で雰囲気が結構、違うので驚きました。

染五郎さん、まだ播磨屋型はこなれてない感はありでしたけど、甘さが加味されているほうが似合うのか非常に魅力的です。まだしっかり芝居のメリハリつけるまではいってなかったですが細やかな芝居ですごく説得力ありました。それと義太夫のノリがよくなってきました。場ごとの表情が豊かで男の可愛らしさ、気性の真っ直ぐさをみせていきます。妻のお早との気安い仲だからこその夫婦喧嘩では廓で出会った二人のじゃらじゃら感じがあって微笑ましい。後半は家族の想いを汲み取り男気をみせていきます。また染五郎さんが演じると母の気持ちを汲み取り、絵姿を渡す場が母への優しさだけを見せるのではなく、そのなかで義理の母への様々な気持ちが込み上げてその想いに泣くという雰囲気になり切ない感じでした。

染五郎さん、今回はよく吉右衛門さんを写してきたという感じでしたが7月松竹座で濡髪を演じて近くで仁左衛門さんの南与兵衛を観ていたせいか、時々仁左衛門さんも彷彿させるところも度々でした。たぶん意識しないで出ちゃうのかもしれませんね。

濡髪@松緑さん、ちょっと子供っぽいかなとは思いましたが根の部分が明るいまっすぐな気性の濡髪でした。富十郎さんに習ったんでしょうか?そんな感じしたんですが。今度筋書きで調べてみなくては。人物造詣として人を殺めてしまった翳はまだ表現できてなかったですが母を強く思う可愛らしい感じが好ましい。また台詞廻しがいつもよりかなり良かったと思います。松緑さんは一本調子になりがちな台詞廻しでしたが今回、緩急がだいぶ出ていました。かなり良い出来だと思う。あと台詞に哀切が出てくると良いなあ。ただし、全体的には所作が軽くて、なんというか横綱級ではなく小結あたりな小兵な感じがまだまだかな。後半どこまで演じてくるか楽しみです。

お早@孝太郎さん、このお役は7月に演じたばかりだし一番芝居が安定していたように思います。7月に体調崩されていましたがお元気になられた様子で良かったです。孝太郎さんのお早はウキウキした感じがとても可愛いです。家族への気遣いも今月のほうがより見える感じです。後半、もう少し緩急があるといいなとは思いますが、活き活きとした表情が良いなあと思います。孝太郎さん、久しぶりに7月と今月と染五郎さんと組んでいますが相性が良いんじゃないかな~と思いました。染・孝で久しぶりに『封印切』が観たいな~。

お幸@東蔵さん、明るくて世話好きな母親という雰囲気。濡髪@松緑さんと並んでいかにも親子という雰囲気なのが芝居のうえで活きていたように思います。ただ、ちょっと押し出しが強すぎるというか緩急の緩がなくて、母としての哀れさがしっかり伝わってこない部分も。東蔵さんは非常に活力のある人物像を演じるのがお得意ですが、反面弱さを出す部分が足りない時があるように思います。もっと作りこんでいってただきたいです。このお役は田之助さんとか竹三郎さんとか吉之丞さんのが好きなものでハードル高いのです。

余談:
吉右衛門型の今回の演出と7月松竹座の松嶋屋型版を比べてみるとかなり違いますね。印象だけで書きますが、吉右衛門型は色々とすっきりした作りで親子の距離感が江戸版だなあという感じです。松嶋屋型版は役者の芝居に情味を出すだけではなく演出部分(台詞や位置取り等)でも細かい部分で情味の濃さを出す。情を表にクッキリと出すのでわかりやすいし家族の絆の物語になってる。江戸版は細かい仕草を情を表に出さすハラに秘めてる部分があるので家族の物語ではあるけど、与兵衛と濡髪の男気が強調されてます。

新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 昼の部』 3等B席下手寄り

2010年09月03日 | 歌舞伎
新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 昼の部』 3等B席下手寄り

『月宴紅葉繍』
梅玉さん、魁春さんの雅な踊り。残暑が厳しいので秋という気がしない日々ですが、この舞台で秋の風情が楽しめます。品よくゆったりと踊る梅玉さんと、優雅に踊る魁春さんコンビが素敵。魁春さんがとっても可愛いかったです。

『伊賀越道中双六』「沼津」
まだ始まって2日目なので全体的にはまだこなれてない部分もありましたがしみじみとした味わいがあって良かったです。劇中に歌六さん、歌昇さんご兄弟の萬屋から播磨屋への屋号復帰(変更)の口上がありました。           

十兵衛@吉右衛門さん、商人らしい腰の低さやぼんぼん育ちの鷹揚さのなかに男気のある十兵衛。吉右衛門さんが演じると存在感がどっしりしすぎかなとは思いますが、平作が自分の親だと知った後の男気を見せていく後半が非常に良いです。

雲助平作@歌六さん、老け役もだいぶ板についてきた感じですねえ。歌六さんの老けには手強さがかならずあって、前回、平作を演じた時はその強さが勝ちすぎた部分があったのですが、今回は人物像のバランスが良かったです。朴訥で気骨のある平作です。前半もう少し軽妙さがあってもいいかなと思いますが、演じていくうちに平作という人物像の説得力がどんどん増していき、その一本気ゆえの行動の哀れさに泣けてきました。

お米@芝雀さん、艶のある可愛らしさ。お米という女性の夫ゆえの必死さに説得力がありました。想いの強さが前面にでている素敵なお米さんです。このお役は巡業で拝見していますが本興行でちょっと緊張してるのかな?という感じがあって少しばかり段取りぽく見えてしまった部分が。芝雀さんならもっともっと魅力的に見せてこれると思います。台詞廻しがますますお父様の雀右衛門さんに似てきましたねえ。

安兵衛@歌昇さん、使用人としての距離感、信頼されてる気安さのバランスがすごく良かったです。

池添孫八@染五郎さん、少しだけの出番でたいしたしどころが無い役ですが存在感があって華がありました。

茶屋のおかみさんが吉之丞さん、妊婦さんが歌江さんでしたー。

『荒川の佐吉』
物語はあまり好きではないんです。しかし個人的に演じている役者には萌える場面も多いという演目です(笑)。こういう任侠の男をやらせると歌舞伎役者は倍増しでカッコイイような気がする。

佐吉@仁左衛門さん、手の内に入った芝居。器量はあるけど上に立つことを考えたことがないという純粋さのある人物像の加減が上手い。その部分で、仁左衛門さんは佐吉をカッコよく造詣してるわけではないんですが、それでもカッコよく見えちゃう、見せてしまう。姿が相変わらず本当に綺麗です。子供好きの佐吉像は仁左衛門さんご本人に重なり、どことなく、じじの顔がのぞいちゃうのもご愛嬌(笑)目尻が下がった笑顔が可愛いんですよね。

辰五郎@染五郎さん、前回2006年6月に演じた時も素直で優しい辰五郎としていい存在感でしたが今回は前回以上に存在感がありました。一人真っ当な道を歩いてる男として立っていました。前回は佐吉@仁左衛門さんをひたすら慕うという雰囲気でしたが、今回はかなり気持ちのうえで「友情」が対等な感じというか辰五郎の包容力がみえた気がした。とっても情味があって優しい辰五郎だけど道理をわきまえて、卯之吉を守り、佐吉を助けてる。前は佐吉にちょっと精神的な部分で頼ってるようにみえたので前回は佐吉が卯之吉と辰五郎を置いて去ることが「ひどい」って思ってしまったのだけど、今回は佐吉の矜持を支えるための別れなんだなと納得できた。

政五郎@吉右衛門さん、存在感抜群でかっこいいです。有無を言わさぬまさに大親分といった風情。でも台詞が若干あぶなかったかな…。

成川郷右衛門@歌六さん、今月休演の左團次さんの代役ですが渋くてカッコイイのです。成川はかなりイヤな男なんですが、それも男の生き様というように感じさせます。

鍾馗の仁兵衛@段四郎さんが落ちぶれた親分の凄みがあって良かったです。

隅田の清五郎@錦之助さん、ちょと出ですけど、仁義に厚い任侠として説得力がありました。お八重さんが惚れて、ずっと忘れられないと言うのもわかります。

お新@福助さん、うまいですね。お新を説得力をもって演じるのはかなり難しいと思うんですが身も蓋もない女の切なさが良いです。泣かせます。

『寿梅鉢萬歳』
未見。次回しっかり拝見させていただきます。