Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

サントリーホール『マルタ・アルゲリッチの協奏曲 ~グルダを楽しく想い出す会~』D席 RA

2005年01月25日 | 音楽
指揮/クリスティアン・アルミンク
演奏/新日本フィルハーモニー交響楽団

モーツァルト『2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調』パウル・グルダ/リコ・グルダ(Pf)
うーん、出だしの曲ということもあるんだろうけど音があまり響いてこない。パウルの音色は透明感があってきれいだったけど、リコのほうは音がぜんぜん良くない。せっかくのピアノ2台での演奏なのに掛け合いの面白さもあまりないし、それより音がとても淡白。オーケストラのほうもいまひとつで全体のバランスが…。

モーツァルト『アダージョとロンド』ルノー・カプソン(Vn)
ルノー・カプソンのヴァイオリンの音色がよかったなあ。力強くて、情感がある。あらためて弦の音っていいなあと思った。非常に情熱的な演奏でちょっと注目株かも。

グルダ『チェロ協奏曲』ゴーティエ・カプソン(Vc)
うわー、なにこの曲?オケの編成にギターとドラムが入ったので、なんだろうと思っていたらいきなりジャズですよ。ジャズのフレーズとクラシックのフレーズが交互に演奏されのですが、そのなかでソロ演奏のチェロが核となり纏め上げていく不思議ででもとても楽しい曲でした。ゴーティエ・カプソンのチェロの音色は低音が非常に厚みがあって良かったです。しかし、まさかここでジャズを聞こうとは(笑)。

モーツァルト『交響曲第32番 ト長調』
とても短い交響曲でした。きれいな曲だとは思ったんですが、オケの音がどうも物足りないなあ。いかにも次アルゲリッチさんだからの前座的演奏でした…。

モーツァルト『ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466』マルタ・アルゲリッチ(Pf)
なんとなんと、オケにルノー・カプソン&ゴーティエ・カプソンが加わったんです。えーー?!ソロ演奏家がオケの第二奏者として加わるってどういうこと?!と驚きました。で、音がまるで違うんですよ。たった二人が加わっただけでオケの音に深みが出て非常に聞き応えある演奏になってました。もうレベルが全然違うんだと。もちろんオケの響きに合わせた演奏しているんだけどダントツにこの二人の音色の美しい響きが真っ先に耳に入ってくる。オケのレベルって個々の演奏家のレベルがどこにあるかでかなり変わってくるんだよなあと。一流のオケの違いはここなんだよなあとつくづく。

そして、なんといっても格の違いを見せ付けてくれたのが今回の演奏会の主役、アルゲリッチ。もうね、ほんと違うんですよ。ダン、と鳴らした第一音からして、「きたーーーー」ですよ。なんなんですかね、あの音の響き、深み、多彩な音色、そして曲への支配力。正直、この曲を支配していたのは指揮者ではなくアルゲリッチでした。それにしても本当に素晴らしかった。ピアノの音色がずどんと胸に迫ってくるんです。ぐぐっーと音が胸に沁みてきて涙が出そうになりました。

アンコール曲:
ベートーヴェン『ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 第三楽章』マルタ・アルゲリッチ(Pf)/ルノー・カプソン(Vn)/ゴーティエ・カプソン(Vc)
アルゲリッチさんのモーツァルト『ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466』の演奏が素晴らしかったので会場全体で拍手拍手です。でもたぶん気まぐれ女王様のアルゲリッチさんのことだしアンコール曲はみなあまり期待してなかったと思うんですよ。でも、やってくれたんですー。しかもベートーヴェン 『ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲』の第三楽章を全部。ええ、長いアンコール曲でした。うれしすぎます。アルゲリッチとルノー・カプソン、ゴーティエ・カプソンの息も合い、とても聴き応えがありました。ああ、でもやっぱり、なんといってもアルゲリッチさんのピアノの音色が絶品。

歌舞伎座『寿初春大歌舞伎 昼の部』1等1階

2005年01月22日 | 歌舞伎
初春らしい華やかな演目が並びウキウキと気分が浮き立つとても楽しい観劇となりました。『操三番叟』の染五郎の軽妙で切れ味のいい踊りはとっても楽しくて何度も観たいと思い、『梶原平三誉石切』の吉右衛門さんのこれぞ歌舞伎といった台詞回しに酔い、『加賀鳶』では幸四郎さんの滑稽味溢れる悪党ぶりと毒気のある色っぽい福助さんと颯爽とした三津五郎さんの演技を楽しみ、『女伊達』では芝翫さんの愛らしい色気に感心した一日でした。ああ、至福のひととき。

『松廼寿操三番叟』
まずは翁と千歳が粛々と踊り奉納舞としてのおめでたい雰囲気に一気に持っていって後半のコミカルで躍動感溢れる操り人形の三番叟へと繋げて行く。前半の静と後半の動の対比がいい。

前半は翁の歌六さんの重々しさと千歳の高麗蔵の爽やかさの対が良かったです。特に歌六さんの丁寧な踊りが目に惹きました。

しかしやはりなんといっても後半の染五郎の操り人形の三番叟の踊りが素晴らしかった。いかにも操り人形のように足が地に完全に着かず絶えずふわ~っと揺れている様や、まさしく糸に操られながら舞っているかのような動きに惹き込まれました。優雅に舞ったかと思えば、糸が縺れてくるくる回ってしまったり、糸が切れてカクンとなってみたり、そしてラストの鈴を鳴らしながらの激しい豊饒の舞へとどんどん変化していく踊りは見ごたえたっぷり。染五郎はとてもコミカルでありながらも奉納舞としての品を失わない美しい形を作っていく。軽妙で躍動感溢れながら切れ味もある。人形役なので無表情で踊っているのだけど、体全体から楽しく踊っているのがわかり、それがまた観ている側に伝わり本当に楽しく、気持ちがわくわくしてきます。それにしても飛び上がる部分のあまりの跳躍力の凄さに「うわ~、すごいっ」と母と一緒に思わず大声を出してしまいました…(恥)。周りにもいたから目立たなかったとは思うけど…。

後見の猿弥さんとの息もピッタリで、猿弥さんのおおらかさが糸を直す場面ではユーモラスに出て、とてもバランスのいいコンビだったと思います。

『梶原平三誉石』「鶴ヶ岡八幡社頭の場」
吉右衛門さんのうまさを堪能した舞台でした。仁左衛門さんので観ているのだけど、演じ方が全然違うんですね。表情を細かく作り芝居を魅せるという部分で吉右衛門さんのほうがより人間味溢れ、また芝居の流れもよりはっきり見せてくれる梶原平三でした。台詞回しは普段の台詞をハッキリ聞かせるものではなく、口のなかで台詞を転がし唄うような発声方法でした。とっても心地よいリズムでの発声でカッコイイ。ただし、台詞そのものは聞き取りづらい。表情だけで物語れる吉右衛門さんだからこその台詞回しかもしれない。見る側にとってはちょっとこれは上級者向けかな。母いわく、この台詞回しはお父さんの白鸚さん世代ではわりと普通だったらしい。

話を知っていたということもあり独特の台詞回しの心地よさと吉右衛門さんの骨太で情味ある演技にほれぼれと見惚れてました。石切での決めの場で大向こうさんが「役者も役者」ととってもタイミングよく掛けておられ、まさにそうよと思ったたので拍手拍手。この掛け声は好まない役者さんが多いらしいんだけど、私はちょっと感動してしまったのでした。でも、引っ込みのところで素人掛け声で「鬼平!」とやられた日にゃ、大激怒でしたけど。「播磨屋」という屋号を知らないんだったら掛けるなっ、あまりにもひどすぎ(涙)。

大庭三郎の左團次さんは手馴れた演技で安定感あり。

俣野五郎の歌昇さんがまさしく義太夫狂言のなかの人という感じで赤っ面としての落し出しの強さと明快な台詞回しで存在感アピール。歌昇さんもほんとうまい役者さんだよなあ。

六郎太夫の段四郎さんが明快に元武士としての気概ある六郎太夫というキャラクター出して今月は本当にいい出来。

梢の福助さんはちょっとあだぽすぎてニンじゃないなあという部分もありましたが親子の情の部分をうまく出して、ラストのほのぼの感を醸し出してくれたので良し。

菊奴の染五郎は風のように登場し、風のように花道を去っていきました。ほんの一瞬の出でしたが華のある姿で印象に残しました。「今の誰?」のひそひそ声に、「染五郎さんですよ」と教えたくなりました(^^)

『盲長屋梅加賀鳶』「本郷木戸前勢揃いより赤門捕物まで」
花道での勢揃いでの鳶連中が華やかでいいですな。それと渡り台詞がカッコよかった。でも最後の鳶の芦燕さんが台詞を忘れてた…誰かが必死に教えてたよ(笑)。まあお年だからね…。

松蔵の三津五郎さんが鳶らしいイキの良さがありかっこよかった。三津五郎さんは貫禄が出てきて役者ぶりがどんどん良くなってきている。

幸四郎さんの梅吉はそれほどイキな感じが出てなかったかなあ。幸四郎さんは二役のうちの道玄のほうが似合ってた。小悪党なセコさはあんまり感じなかったけど滑稽味のある悪党が案外ハマっていた。特にお兼役の福助さんとのやりとりやゆすりのシーンでの間がなんともおかしくて、ついつい笑ってしまう。また、暗闇のなかでの赤門捕物での動きがとてもコミカルで楽しい。今回、だんまりぽいシーンがあったため幸四郎さんの身体コントロールがすごいことがよく分った。というか今回、道玄の時はなぜか指先から足の先までの形がすごくきれい…悪党なのに(笑)。それにしても幸四郎さんは義太夫狂言のときなどはビックリするほどきれいな体の形を作るのだけど、こういう世話ものでも実は非常に緻密な体の動き方をしているのかもしれないなあと思った。いつもは、つい顔の表情に目がいきがちなんだよな。ただ今回残念ながら台詞がちょっと弱かった。宗五郎の時には感じなかったんだけどなあ。調子が悪かったのだろうか?

お兼役の福助さんは毒気のある色気があって『梶原平三誉石』の梢役と同一人物とは思えない。こちらのほうが似合ってるような気がする…。福助さんて昔は可愛らしい女形って感じだったのに、最近はちょっと崩れた色気があるものが似合う。どこら辺で変わったんだろうなあ。

『女伊達』
芝翫さんの踊りはそれほど好きではないのですが『女伊達』は芝翫さんの愛らしい色気が引き立つ踊りでとても良かった。脇を固める侠客二人には歌昇さんと高麗蔵さん。歌昇さん、踊りも案外上手なのね。なんだかおめでたい気分で帰れるという意味で昼の部最後の演目としても良かったな。

浅草公会堂『新春浅草歌舞伎 第二部』2等2階

2005年01月15日 | 歌舞伎
一部と第二部、どちらを観ようか悩んだのだけど、第二部の配役のほうが役者それぞれニンに合ってそうと思い第二部にしてみた。若さゆえの一生懸命さと未熟さの両方を楽しんでまいりました。若手中心のものを観ると芝居としては未熟でも勢いがあるので楽しい。本日のお年玉(冒頭ご挨拶)は七之助くんでした。また、演奏がかなり充実していたのが予想外の拾い物。

『御所五郎蔵』「仲之町出逢いの場」
出逢いの場だけだとこの演目を知らない人にとっては何がなにやら分からないんじゃないかなあ。錦絵として楽しむってところでしょうか。

五郎蔵の獅堂さん、舞台でまともな役をやっているのを初めて見ましたが今勢いのある役者としての華がありました。上背もあり、立ち姿がきれい。化粧栄えもしますね。一生懸命勤めてるというのもわかりました。でも残念ながら他の若手役者に較べると歌舞伎役者としてはちょっと差があるかなあ。丁寧に演じているのには好感もつけど、歩き格好、座った時のポーズがきれいに決まらない。また台詞が言うだけでいっぱいいっぱいなところが…声は通るので、もう少し調子というものを勉強してほしい。立ち姿のきれいさは武器になるので、ぜひぜひ歌舞伎のほうも頑張ってくださいまし。

土右衛門の愛之助さんがビックリのうまさ。憎々しげな風貌を作り、形がとてもきれいだ。華やかな五郎蔵より、つい土右衛門のほうに目がいくのは、ひとつひとつのポーズが美しいから。また憎まれ口をたたく台詞回しもメリハリがありうまさを見せる。いつの間にこんなにいい役者になったんですかっ。

留女の亀治郎さんはこの役にはまだ若すぎる。この役は年増女の貫禄と艶を見せなければいけないので、さすがにちょっと無理があったかな。うまさだけでは出せない風情ってあるのよね。

『春鑑鏡獅子』
七之助が頑張ってました。前半の弥生は姿が可憐。ただやはり女舞は難しいのだろうなあ。まだまだ一生懸命に形を作ろうとしている段階という感じ。扇子の捌きなどもぎこちないし、「弥生」を踊るまでには至っていない。でもしっかり腰元風情は出せているので今後期待。後半の獅子は力強く、若獅子といった勢いがあっていい。以前拝見した連獅子の時に比べ、格段の上達。きちんと腰を使って髪洗いをしているので毛先の放物線がとてもきれいに出ていた。

胡蝶役の国生ちゃん、宗生ちゃんは…頑張ってるんだけどねえ。踊りの素質はそれほど無さげ?宗生ちゃんは音感は良いと思うんだけど形が。国生ちゃんは太りすぎで足元のバランスが取れてません…蝶というよりミニモスラ?まあ、天才子役とか言われた子の胡蝶を観ちゃってるので、較べたら可哀想すぎなんだけど。うむむ、この子を相手に踊る七之助がちと可哀想だったり(苦笑)

長唄囃子連中がとても揃ってたなあ。唄の声もよかったし三味線での独特の音色にも惹かれた。

『恋飛脚大和往来』「封印切」
第二部の一番の見ものでした。上方歌舞伎ってストレートに人の情を伝えてくるので面白い。通しで観たくなりました。第二部の「封印切」は松嶋屋の型。

なんといっても忠兵衛の愛之助がうまさを見せた。上方和事特有の柔らかい愛嬌や色気というものがしっかり出てました。さすがというかやはり身に付いたものが違うなあ。拵えは仁左衛門さんそっくりなのだが持ち味は違いますね。愛之助には独特の明るい軽みがある。ものによっては軽さが気になる場合もあるけど今回の忠兵衛にはピッタリで、前半のじゃらじゃらした部分と後半の悲劇に至る部分での落差が際立った。八右衛門との言い合いの部分の台詞が聞き取り辛かったのがちょっと残念だった。早台詞になるところでの緩急がまだこれからってところかな。でも実力が着実についてきているのがよくわかりました。

梅川の亀治郎さんは梅川らしい風情があって姿はいい。でも前半は忠兵衛ラブな可愛気がもっと欲しかったな。でも台詞はよく勉強しているなあと。そういう部分で後半にうまさがでた。後半の哀れさがよく出ていて、忠兵衛とのくどきの場面は見事でした。

八右衛門の男女蔵さんが意外や意外、大健闘。上方らしさという部分では足りない部分が多かったけど芝居上手だと思った。敵役のいやらしさを十分出していて非常にいい出来だと思う。男女蔵さん初めて良いって思ったかも。

おえんの門ノ助さんが廓の女将さんにしてはちょっと硬いかなとは思うけど芝居ポイントを締める役としてはとても丁寧に演じて年長の貫禄を見せてくれました。

治右衛門の亀鶴もかなりいい出来でした。きちっと貫禄があり、情も出た。それと声がいいね。

あと竹本綾太夫さんと鶴澤宏太郎さんの義太夫が非常に良かったよ。ファンになってしまった。

歌舞伎座『寿初春大歌舞伎 夜の部』3等A席

2005年01月09日 | 歌舞伎
三津五郎さん(『鳴神』)、吉右衛門さん(『土蜘蛛』)、幸四郎さん(『魚屋宗五郎』)の芸達者な方々の座組み。ただ、演目的にお正月らしくないかなあとちょっと不安視していたのだけど、いやはや、とんでもございません。ひさびさに全演目が充実のかなりレベルの高い歌舞伎を観たという感じ。さすがというしかない。荒事、羽目物、世話物とバランスもいい演目並びでいかにも「歌舞伎」らしい。

『鳴神』
三津五郎さんとまじめで硬くしかも荒々しい鳴神上人とがどうしても繋がらず、どういう風に演じるのだろうと思っていたのだが、2004年5月の弁慶に続き、見事に荒事の大きな人物像を描いて見せた。太い声ときれいにきまる見得、背の小ささを感じさせない。また絶間姫に色香で迷わされるシーンでどんどん崩れていく様などに男の色気を出しうまさを見せる。やはり芝居どころでの三津五郎さんはうまい。騙されたと知って怒りを見せるシーンはもう少し大きいと見栄えするんだけどなあとは思うけど、迫力は十分。周囲との息もあって立ち回りは見ごたえありました。

絶間姫の時蔵さんが品のある健康的な色気や硬い美しさがとてもいい具合に出て絶間姫としての使命に説得力あり。ひさびさに時蔵さんらしい持ち味の美しさで魅せてくれました。時蔵さんは時に控えめすぎる演技をしてしまう事もあるのだけど、今回のように前に出る演技をするほうが良いと思う。当り役といっていいですね。

『土蜘蛛』
出演したそれぞれの役者ぶりが堪能できた見ごたえのある羽目物狂言でした。なんといっても吉右衛門さんの大きさが見事。不敵な笑みをうかべた僧侶のなんともいえない不気味な色香。踊りのほうは僧侶の時はもう少し情感があってもいいかなあと思ったものの、土蜘蛛の正体を現した時の凄みと迫力が素晴らしい。糸を繰り出しながらの立ち回りにはただ見惚れるばかり。かっこいい。

また源頼光役の芝翫さんの役者ぶりも見事。武将としての品格とオーラが素晴らしい。ただ座っているだけの役なのにどういう人物かが伝わってくる。

胡蝶役の福助さんもたおやかな踊りを見せてお見事。柔らかさがあり、少ない振りで情景をきっちり見せる。しかも能面のつくりの化粧がなんとも美しい。

太刀持ちの児太郎くんが可愛らしく頑張ってました。子役が出るとほのぼのするね。保昌役の段四郎さんと四天王も揃って良かった。段四郎さん、ハリのある声で若々しい。

『魚屋宗五郎』
今月の夜の部で一番の心配だったのがこの演目。世話物でしかも日ごろの酒乱のせいで禁酒しているものの妹を濡れ衣でお手うちにされた悔しさから禁酒を破ってお屋敷に乗り込むという、いかにも庶民なお役の宗五郎を初役で演じるのが幸四郎さん。三津五郎さんの鳴神もイメージじゃないと思ったけど、それ以上に幸四郎さんがこういう役が出来るとは全然思っていなかった。ところが、ところがなんとも良い味わいの宗五郎じゃありませんか!これには本気でビックリ。また芝居としてのまとまりがよく、かなり面白いものになってました。

そして幸四郎さんの役者としての底力を見た思いでした。確かに柄的に見た目は魚屋風情には見えなくて魚屋を取り仕切る大旦那風ではありましたが、江戸の下町で生きる女房に少しばかり頭があがらない感じのがらっぱちで愛嬌のある宗五郎になっておりました。一介の魚屋として妹、お蔦を殺された理不尽に怒り泣き、またそのなかに庶民の強さ弱さを見せる。なんというか、台詞のちょっとした間がうまいんですよね。笑わせる部分と泣かせる部分のメリハリがあって、お話的には悲しい物語ながらそこを泣かせるだけではなくいやみにならない部分で笑わせる。幸四郎さんならではと思ったのは玄関先での笑い泣きでしょう。あれはほんとお見事。

女房おはまの時蔵さんもよかった。時蔵さんも世話物をやるには堅いかな?と思ったのだけど、きっぱりした口調が姉さん女房的で、ちょっと可愛げな雰囲気を作った幸四郎さんとの釣り合いもよく、夫婦としてのやりとりのほのぼの加減がとても素敵だった。時蔵さん、今月大当たりじゃないかなあ。見直した。

三吉役の染五郎はこういうちょっとすっとぼけた役がうまい。細々と家のなかの仕事をする時の手つきは見ものです。また宗五郎夫婦の間にたっておろおろする風情や、血気に逸り、親方に「すっこんでろい」と言われすごすごする姿など可愛らしい。ここら辺はお父さんとの息がぴったり(笑)。また亡くなったお蔦さんの無念を思う台詞などの泣き台詞は染ちゃんならでは。

おなぎ役の高麗蔵さんが楚々したお女中さんになっててうまさを見せる。『土蜘蛛』での立ち役ですっきりとした姿を見せてるだけにその変身ぶりに驚く。

またご家老様役の段四郎さんが味わい深くていい。道理がわかる人情味があるご家老様で、宗五郎へ諭す台詞に情感がある。今月の段四郎さんは脇としてとてもしっかりした出来。今月の功労賞かも。