Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『十月歌舞伎公演「大老」』 特別席1Fセンター

2008年10月25日 | 歌舞伎
国立大劇場『十月歌舞伎公演「大老」』 特別席1Fセンター

北條秀司十三回忌追善
『大老』

あまり期待してなかったのですが面白かったです。私が幕末好きというのもあるかもしれないけど役者さんたちが揃っていてかなり見応えありました。今回、配役をきちんと見ていかなかったので出てくる役者陣をみて驚きました(笑)。新歌舞伎の通しということでもしかしたらダレるかもと不安視していた芝居がまったくダレず、終始空気が締まっておりました。

ただ一人二役の人の部分が少々混乱しそうな部分もあって、二役じゃないともっとよかったけどそれはさすがに贅沢な望みですね。また物語的に長野主膳に悪い部分をおっかぶせてるのはちょっと違うだろうとツッコミは入ってしまいましたが(^^;)まあそこは芝居ですからね。幕府側だけじゃなく水戸藩のこともしっかり描いてるところでバランスが取れていました。

井伊大老@吉右衛門さん、大老役にピッタリ。こういう大きい人物の役はやはり似合います。存在感だけで、もしかしたら井伊大老はこういう人物だったかも、と思わせてしまうような説得力。お父様(白鸚さん)に似てきたということなんでしょうね。この芝居の井伊大老はあくまでも悪い人ではないという視点。悩む人、という創りでした。

お静の方@魁春さん、歌舞伎座での「井伊大老」のお静かの方より今回のほうが良かったです。このところ魁春さんならではのものをしっかり持ってきましたね。品の良さ、清楚な雰囲気があって、また身分の低い妾の悲哀もしっかり感じさせてくれました。「彦根城外埋木舎の場」が個人的に可愛らしくってすごく良かったと思う。「千駄ヶ谷井伊家下屋敷一室」の場も愛情こもっててとっても良かったけど、もう少し色気とか可愛い気があるといいなあ。この場の静の方はどうしても雀右衛門さんと比べてちゃって…。比べるほうが酷かもしれないですね、あのお静は良すぎた。

長野主膳@梅玉さん、前半はとてもらしくて良かったんだけど、後半の非情になった主膳のところが、なにか違うかなあ。ニンじゃない感じ。基本、殿役者だからか鷹揚さがどこかににじみ出ちゃうのよね。スパイって雰囲気がどうも希薄。また台詞回しも冷徹に見せようとしてか淡々としすぎてて…。主膳にはもっと鋭い感じや徹底的な非情さ、確固たる理念があるみたいな雰囲気がほしいような。でも今の役者でこういう役が似合う役者ってあまりいないかも。

正妻の昌子@芝雀さん、気持ちが優しい、おっとり育ったまさしくおひいさまな昌子でした。昌子なりの直弼への愛情がきちんと表現されていてたのが良かったです。ほとんど観客へのサービス?な舞踊シーンは道成寺の短縮版。なんと引き抜きも!あざやかに決めてくれました。芝雀さん、舞踊が最近だいぶお上手になってきたかも。手捌きがとてもしなやかできれいでした。

雲の井@歌江さん、久々に拝見。足がかなりお辛そうでしたが存在感はやはり抜群。

琴浦@吉之丞さんもお元気で相変らずの存在感。いつもながら上手いと唸らされます。

歌六さんと歌昇さんが水戸藩士の兄弟役。この二人のシーンがとっても良かったです。兄弟役というのがいいですね。

段四郎さんの禅師もすごく良かった。味わい深いというか。さすがです。

他に東蔵さん、友右衛門さん、柱三さん、由次郎さん、男女蔵さん、松江さん、吉之助さんと皆さんきちんと確実に芝居されていて目をひきました。

東大寺『東大寺奉納歌舞伎 松本幸四郎 勧進帳千回公演』 前方中央ブロック上手寄り

2008年10月15日 | 歌舞伎
奈良東大寺『東大寺奉納歌舞伎 松本幸四郎 勧進帳千回公演』前方中央ブロック上手寄り

『東大寺奉納歌舞伎』観劇のため奈良遠征してきました。前日は大雨だったとのことですが当日は快晴です。昼間はかなり暑く、寒さ対策していった私は失敗したか?と思ったのですが夜は想像以上にかなり冷え込み、コート&ショールがあっても寒いくらいでした。しかしそんな寒さ吹き飛ばす熱い舞台を見せていただきました。ライトアップされた東大寺の幻想的な舞台での松本幸四郎 勧進帳千回公演という特別な公演のその場に居合わせたことの幸せを感じた時間でもありました。

舞台は本舞台が見切れない位置に席を置いて、観客総数5000人。それでもまだまだ敷地には余裕がありました。どれだけの広さなんだ…。東大寺の大きさには圧倒させられました。でも後ろのほうの席だと舞台はかなり小さく見えたでしょうね。両脇にスクリーンは2台置いてありました。

しかしこんな大きな空間で演じる役者も大変ですよね。舞台は本堂の前に作られ、花道は本堂前のサイドから斜めに設置してあり幕は無し。富樫の出入りは本堂内からという形で最後の弁慶を見送ってから場は暗転で。本舞台も歌舞伎座より広いし、仮設の花道も歌舞伎座より長かった。そして圧迫感のある本堂と大仏様が背景にあって、その本堂の上の空は勿論高い。でも役者の皆さん、負けてなかった、大きかった。雨のせいでこの本堂前での舞台では稽古ができず、ぶっつけ本番だったそうです(亀三郎さんブログ大道具さんブログ情報)。それでもあれだけの大きい芝居ができたんですね。集中度が凄かったんでしょう。体の動き、歩幅を大きくしていかないと収まりの良い位置で芝居が出来なかったはずなのにそれが出来てました。改めて今、感動しています。

『散華』
雅楽の調べに乗せて謳われる東大寺式衆(僧侶)による「散華」。雅楽の美しい音色が空高く響き厳かな雰囲気のなか僧侶たちは五色の蓮の花びらを模した紙を撒いていきます。


『歌舞伎十八番 勧進帳』
快晴で満月が空に上り、大仏様のお顔の部分の天窓も開け放たれた、ライトアップされた東大寺で弁慶1000回目を演じられた幸四郎さん、本当に幸せものだと思いました、そういう意味では運を引き寄せる力のある方なんでしょう。こんな良い条件が揃った場所での弁慶1000回目なんですから。

そしてそのなかで万感の想いで弁慶を演じたのでしょう。本当に気持ちがこもった、主君思いの熱い熱い必死な弁慶でした。正直に書きましょう。技術的な部分でいえば以前に比べ体にキレが無かったです。特に延世の舞以降、肩で息をしながらでしたし、ベストな状態での幸四郎さんの弁慶を知っていると声の伸びもいつもより足りない。年齢的に体力はだいぶ限界に近いところにあったんじゃないかと思います。それでもごく自然に大きな動きと朗々とした台詞廻しを響かせ華のある存在感たっぷりの弁慶でした。幸四郎さんはただもう体に染込んだ「弁慶」をひたすらに演じていただけでした。技術うんぬん、超えちゃっていました。それだけにシンプルに弁慶の心持がストレートに伝わってきました。今回の『勧進帳』は様式の部分を越えたとっても人間くさいドラマがありました。幸四郎さんの弁慶はとっても純粋なんですよね。余裕のなさを見せちゃってるけど、でもその必死さに周囲が呼応して団結していった一行なんだろう、そしてそういう一行だから富樫も命を賭けて彼らを助けられたそう思えた。

そして私が「あっ!」と思った瞬間がありました。弁慶のとっさに嘘をついた「東大寺建立の勧進」、その台詞を言った途端、その嘘を真にしようとする思いに呼応して東大寺が浮かんできたように見えたんです。そんな摩訶不思議な情景だったんですよ。東大寺で演じる、それがこんなに説得力のある光景になるって凄いですよね。渾身の形相の幸四郎さんの弁慶だから、そう感じられた、というのがあったような気がします。この1000回目の弁慶、心から素晴らしいものであったと私の記憶に残るでしょう。

渾身の弁慶に相対する染五郎さんの富樫、本当に良かったです。完全に富樫という役を物にしてきた、と思いました。出の瞬間から大きい富樫でした。自分の仕事に誇りをもち、芯に熱い物を持った情味のある人間味溢れる美しき能史。最初は少しばかり緊張の面持ちはあったものの、どんどん役のなかに入っていってました。堂々とそして朗々とした台詞回しが響きます。声がよく前に出ていただけでなく時にすさまじい鋭さでスコンと声が宙に放たれる瞬間もありました。まだ完全に安定感があるというわけではありませんが声だけで十分に情景を見せることができるようになっていたと思います。また。弁慶との丁々発止の緊迫感と迫力は見事なものでした。必死な弁慶に対し大きさで圧倒する部分すらありました。また、動きがとにかく美しいです。大きく、大きく動いているなかで腰の入り方、裾裁き、背筋のライン、ひとつひとつの動きが絵になっていく。見事だなあ、と心の底から感嘆しました。

染五郎さんは基本的に富樫役者なんだと思います。役とニンが完全に合致している。ここまでここ数年で持ってきた染五郎さんにただ拍手です。でも、それでも染五郎ファンとしてはやはり近いうちに弁慶も演じてほしいです。やらなければ始まらない。富樫をここまで持ってきたのもその先に弁慶があるから、だと思うのです。弁慶は染五郎のニンじゃない、そうは思います。でもそう思う私たちの「線が細いだろうな」と想像してしまう弁慶を覆してほしいです。

義経の高麗蔵さん、持ち味の鋭さを今回まったく隠していませんでした。より武将たる義経でした。歌舞伎という様式のなかの役割のなかの義経からは外れています。品位の高さ、柔らか味という部分は無いです。でも御大将としての芯はきちんとあります。逃亡中の義経、というものを強く感じさせました。

亀井六郎@亀三郎さん、片岡八郎@坂東亀寿さん、駿河次郎@澤村宗之助さん、常陸坊海尊@松本錦吾さんの四天王はここ近年の四天王のなかで一番結束力と勢いのある四天王だと思います。個々、きちんと個性があるなかで一致団結した仲間として存在しています。この面子は巡業での幸四郎さん弁慶をずーっと支えてきた人たちです。それが体から滲みでてきてるんですよね。今回の必死さのある幸四郎さん弁慶と相まって、命懸けの逃亡中の一行だというものがひしひしと伝わってきました。観たのは歌舞伎、だけどでもそれ以上に人間ドラマな『勧進帳』でした。こんなに存在感がある四天王ってなかなか無いですよ。個人的に1000回記念に亀兄弟と宗之助さんを使ってくれて嬉しかったです。

結束という部分では番卒たちも負けてませんでした。役を続けるということで滲み出る何かが確実にあるんだなと思います。

太刀持は今回のカウントダウン巡業から入った錦政くん。筋をきちんと伸ばして大役をこなしていました。小柄な体を一生懸命に動かしていたのが微笑ましかったです。

武蔵坊弁慶:松本幸四郎
富樫左衛門:市川染五郎
源義経:市川高麗蔵
亀井六郎:坂東亀三郎
片岡八郎:坂東亀寿
駿河次郎:澤村宗之助
常陸坊海尊:松本錦吾
番卒軍内:松本幸太郎
同兵内:實川延郎
同権内:市川欣弥
太刀持音若:松本錦政

<余談>
カーテンコールがありました。呂律がまわらないほどゼーゼーしながらも「歌舞伎では普通はカーテンコールはないんですよ」と笑わせる幸四郎さん。これで観客が和むます。幸四郎さんの言葉でほぼ正しく載せたのは歌舞伎美人かな(以下に転載)。でも全部じゃないですね。もう少し長かったです。何度も周囲の皆さんへの感謝を気持ちをおっしゃっていました。

「昭和33年16歳で初めて演じて以来、今年で50年、半世紀かかり今夜千回を迎えることができました。まずお礼を申し上げたいのは、東大寺様、主催の朝日新聞様、松竹関係者、共演者、裏方の方々。そして、何にもまして本日ここにお集まりくださいましたお客様に、あつく御礼申し上げます。

 只今、弁慶を演じていますと、後ろから大仏様の声が聞こえて参りました。それは「人を傷つけたり、中傷誹謗することは、だれにでもできる。しかし、人に感動を与えることはなかなかできない。そのなかなか出来ないことをお前は商売にしているんだ。これからも心して励め」というお言葉でした。

 これからも大仏様のお言葉をうちに秘め、染五郎をはじめとする若い歌舞伎俳優たちへ歌舞伎を手渡すまで、修行を続けて参りたいと存じます。」 歌舞伎美人より

この後で「歌舞伎を今後ともよろしくお願い致します。今日という日を迎えられたのもひとえに皆様のおかげです」というような締めでした。

幸四郎さん、年老いたんだなあ、少しはまるくなっちゃったんだなと思ったのは「染五郎をはじめとする若い歌舞伎俳優たちへ歌舞伎を手渡す」って言葉が出たってところですね。染五郎さんを見て、それから四天王の亀兄弟と宗之助さんを見て、この言葉を言ってました。染ちゃんだけじゃなく、しっかり亀兄弟と宗之助さんを紹介するような雰囲気で言ったことに、あっ統括に入ろうとしてるのかあって思いました。でも幸四郎さんには攻めの姿勢でいてほしい気がします。なんとなく色々考えちゃいました。

平成中村座『仮名手本忠臣蔵 Aプロ』 竹席1階中央上手寄り

2008年10月05日 | 歌舞伎
平成中村座『仮名手本忠臣蔵 Aプロ』 竹席1階中央上手寄り

ですがまだ初日あけて間もないというのもあったでしょうが全体的に客席が暖まりきれず。『仮名手本忠臣蔵』の、特に前段の通しがいかに大変か、というのがよくわかりました。歌舞伎座でも序幕から四段目は大顔合わせじゃないとまずやりません。脇の脇まで役者が揃わないとこの段の面白さが出てこないんだなと、つくづく。

きちんとした舞台ではありました。物語自体が良いので面白いには面白い。役者も相当頑張っている。個々はすごく良かったりもしたんだけどでも全体的に薄い。あの歌舞伎にはちょうどいい大きさの小屋なのになぜか熱がなかなか伝わってこない。なんだかすごくもったいないなあという感覚を覚えました。

塩冶判官@勘三郎さんが非常にいい出来だと思いました。久しぶりに品のいい受けの芝居の勘三郎さんを見た。勘三郎さん、こういうお役もすごく良いんですよ。最近こういう役をしてくれてなかったので今回この役の勘三郎さんが見られて嬉しかったです。勘三郎さんの地力を感じました。品よく、押さえて押さえて、後半も揺れ動く心持を端正にみせていきました。長袴の扱いもダントツに綺麗。まじめでまっすぐな塩冶判官でした。

大星由良之助@仁左衛門さん。仁左衛門さんが出てきて空気が変化しました。舞台に大きさが出て締まりました。やっぱこのクラスの役者は違うとそう感じました。いるだけでどこか人物像の厚みが違うんですよね。仁左衛門さんらしく丁寧に主君大事、お上大事の部分を明確に。そして塩冶判官の思いを底にしっかり秘める由良之助でした。やはり上手い、と思います。ただ、好みの部分でいうと四段目の由良之助としては線が細いかなあ。熱い思いをぐっとハラに秘めてという部分薄く感じました。またリーダーとしての大きさとか説得力の部分もまだ少し足りない感じ。決まり決まりがニザさんにしては珍しくハッキリしない部分もあったので、なおさらそういう感じがしたのかも。四段目はあまり手がけてないはずなので、こなれてくると良くなるかも。

桃井若狭之助/早野勘平@勘太郎くん。若狭之助のほうは若さゆえの突っ走り系でなかなかよかったです。直情型というのがよくみえたし品もあって。勘平のほうはお父さんソックリ。台詞廻しがもう完全にお父さん写し。声だけ聞いてると勘三郎さんかと思うほど。ただ、こちらは風情の部分がまだ足りないのと立ち回りの手が弱くてなかなか拍手をもらえない。押し出しがちょっと弱いのかな。これはこなれてくるとよくなっていくかと思う。歌舞伎座の通しの場合、普段は道行を入れて裏門の場をやらないことが多いけど勘平・おかるのをみせるのには道行きよりこの場を出したほうがいいですね。

顔世御前@孝太郎さんが品良く、拵えも綺麗でした。奥方としての品格がしっかりありましたし、なにより気持ちの入り方がよかった。

足利直義/おかる@七之助くんはまあ無難にというところか。この年齢にしてはかなり良いとは思う。

薬師寺次郎左衛門@亀蔵さん、石堂右馬之丞@彌十郎さんはしっかりとキャラクターを見せてきた。

高師直@橋之助さん、うーん違うと思ってしまった。ニンじゃないんだろうとは思うんだけど高師直の橋之助さんがキャラとして立ってこない。顔がいいだけに拵えも憎々しくて良いし、声も相変らず通るし、なんだけど台詞が…なんというか違う。ダメではないんだけど良くはない。高師直ってかなり重要だと思うんですよね。この人次第で、という部分が結構大きい。物語と動かしていくキャラでもあるのに、橋之助さんはその物語を動かせてなかったです。丁寧にきちんと役には臨まれているので違う役で見たかったですね。

あとはもろもろ、弱いなあというキャラが散見。普段大きい役をしない方々なので仕方ないとはいえ…う~ん。良い人もいたんだけどねえ。やっぱ全体がよくないと良い芝居も光らないんだなあと。


【Aプログラム】
  大 序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場
  三段目 足利館表門進物の場
      同 松の間刃傷の場
      同 裏門の場
  四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場
      同 表門城明渡しの場

            塩冶判官  勘三郎
             高師直  橋之助
            顔世御前  孝太郎
     桃井若狭之助/早野勘平  勘太郎
        足利直義/おかる  七之助
            大星力弥  新 悟
        薬師寺次郎左衛門  亀 蔵
          石堂右馬之丞  彌十郎
          大星由良之助  仁左衛門

五反田ゆうぽうと『松本幸四郎特別公演 夜の部』 1等1階前方センター

2008年10月04日 | 歌舞伎
五反田ゆうぽうと『松本幸四郎特別公演 松竹大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方センター

『双蝶々曲輪日記 引窓』
配役的に花形歌舞伎です。主役の染五郎さん、亀三郎さん、初役で初日にわりに想像してた以上に良かったです。それぞれによくきちんと見せてきたと思います。

南与兵衛後に南方十次兵衛@染五郎さん、思っていた以上に良かったです。初役で手順の多い丸本ものだと初日はいつも手順におわれワタワタした感じになることが多いのですが今回はかなりきちんと演じてきていました。まず義太夫のノリ地がかなりの進歩。台詞の緩急もしっかりしてて心情がきちんとのっている。押し出しもなかなかよくて、大きさもありました。町人風情がちょっとなかったり、そのために武士と町人の切り替えが明快じゃなかったり、決まりの部分がまだ浅かったりと、まあ注文も色々ありますが上々出来かと。町人風情のくだけた感じがもっと出ると芝居全体のメリハリがついて良くなると思う。後半こなれていくと出てくるかな。

濡髪長五郎@亀三郎さん、かなりリキが入ってて頑張っていました。声の良さを十分に活かして、関取らしい太さを出し、母に会いたくて必死に逃げてきたという風情もあってとても良かったです。もう少し台詞に緩急があるといいのですが、終始押しまくってしまうのでせっかくの聞かせる台詞が一本調子。声がかなり良い方なのでもう少し義太夫のイキを覚えるといいんじゃないかなあと思います。台詞の調子がお父さんの彦三郎さんに似るところがあって、あっやはり親子なんだなあと思ったり。現状、亀三郎さんはこういう大きな役がなかなか廻ってこないのですがもっとやらせてあげたいですね。この役がキッカケになると良いんですが。

母お幸@鐵之助さん、久しぶりに拝見しました。以前より味が出てきた感じがします。とても良いお幸でした。この芝居のある意味、カナメなお役ですが、きちんと演じてくださいました。お幸の切ない母心が非常によく伝わってきました。若手をしっかり支えていたと思います。

お早@高麗蔵さん、最近拵えが変わったのか女形が綺麗になりましたよね。丁寧に演じていらっしゃいました。もう少しふんわりしたとこが欲しいかなとは思いますが、母を気遣う部分がしっかりみえて嫁としての優しさが明快でその部分が良かったです。

亀寿さん、宗之助さんの二人組みはなんだか可愛いというか貫禄不足な感じですが声の通りがいいので説明台詞をきかせるには絶好の二人でした。しかし、染五郎さんのほうが格上にみえてしまうちゃうのはどうなのか。これは染五郎さんが町人らしいくだけた雰囲気がないせいもありますね…。

【配役】
南与兵衛後に南方十次兵衛----市川染五郎
濡髪長五郎------------------坂東亀三郎
平岡丹平--------------------坂東亀寿
三原伝造--------------------澤村宗之助
母お幸----------------------澤村鐵之助
女房お早--------------------市川高麗蔵


『歌舞伎十八番の内 勧進帳』

しょっちゅう観てるはずなのになんだか久しぶりな気がする幸四郎さんの弁慶。1000回に向けてのカウントダウン巡業です。回数に関して色々言われがちな幸四郎さんですが、生半可な気持ちでやれるものではないと思います。『勧進帳』という大きな大変な演目をしかも体力的に疲れるという地方巡業という形で普段歌舞伎をご覧にならない人たちに見せようという気概は大したものだと思います。年齢的にきつい時期に入ってるだけにきちんと見せられる時にという気持ちもあるのだと思います。巡業という形だと「歌舞伎座は敷居が高いけど近所のホールなら」「一度歌舞伎が見たいけど、「勧進帳」なら初歌舞伎にいいかも」「歌舞伎座より安いから」「松本幸四郎の勧進帳、観てみたいけど、なかなか機会が」という方々の声に応えられるんですよね。幸四郎さんの弁慶が出てきた時、そして引っ込みの時の歓声の大きさはそれに応えているという証なんだと思います。幸四郎さんの弁慶は私の求める理想の弁慶の方向とは少しずれています(私の理想は七代目幸四郎の弁慶です。映像でしか知りませんが…)。でも幸四郎さんの演ずる姿勢に関しては素直に認めたいと思います。


今回、幸四郎さんの弁慶は気持ちの部分でとても良い弁慶だったと思います。主従関係が明快で天への敬いの姿勢が深くありました。目線が客に向かわないのです、天に向かっている。弁慶としての必死さがいつも以上にありましたし、とっても人間味溢れる弁慶でした。特に問答のとこの緊迫が見事でした。ただ、体のキレがよくない。体力がぎりぎりな感じでちょっと心配に…。台詞の調子はしっかりしていて非常に良かったのですが、後半の延世の舞が全然いつもの勢いが無し(涙)。今回、わりと最初のほうから息も絶え絶えなところがあって。年齢的にさすがにきついんでしょうねえ…。後見の錦弥さんが心配そうな顔をしてるものだからなおさら心配になってしまった。

富樫@染五郎さん、とても良かったです。以前の青臭いぼっちゃん富樫から少し抜けてきて大人な富樫になってました。まずは台詞回しが非常に良くなっていたのと佇まいに落ち着きがでてきてました。また問答での突っ込みがかなり鋭くなっていて勢いがありました。弁慶たちの気持ちを見極めようとする鋭さのなかに、富樫としての立場の苦渋が内に秘められていて観ていて気持ちに添える富樫でした。また極めるところの形がひとつひとつ非常に綺麗で大きくみえました。以前に比べかなり進歩していました。今回、染五郎さんは見事に富樫の清冽さを見せてくれました。

幸四郎さん弁慶の四天王と言えば亀三郎さん、亀寿さん、宗之助さん、錦吾さん。もうこの四人は言うことなし。相変らず素晴らしい四天王です!結束力の堅さがあるし、義経を守ろうとする必死さが体全体から出てて、ほんといいです。

義経の高麗蔵さん、以前より柔らか味もでてきました。形も良くなってたし。格の高さがあまりないのが残念だけど武将らしい鋭さがあるのがユニークでわりと好きです。


【配役】
武蔵坊弁慶-----------------松本幸四郎
源義経---------------------市川高麗蔵
亀井六郎-------------------坂東亀三郎
片岡八郎-------------------坂東亀寿
駿河次郎-------------------澤村宗之助
常陸坊海尊-----------------松本錦吾
富樫左衛門-----------------市川染五郎