Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『十月歌舞伎公演『双蝶々曲輪日記』』 特別席前方センター

2014年10月18日 | 歌舞伎
国立大劇場『十月歌舞伎公演『双蝶々曲輪日記』』 特別席前方センター

東京ではかなり久しぶりの『双蝶々曲輪日記』の通し上演です。全通しではなく濡髪を主役として捉えた流れの半通し上演。今回は『新清水の場』『堀江角力小屋の場』『大宝寺町米屋の場』『難波芝居裏殺しの場』『八幡の里引窓の場』です。特に『新清水の場』は長年上演されていない場。今回は『浮無瀬』『新清水』の場をアレンジして序幕にしているとのこと。この演目は合作作品なので場ごとに少しテイストが変わり人物像の整合性にも少し齟齬がありますがそれでもやはり物語の流れがハッキリしますのでよく上演される名作『引窓』の場への理解が深まります。たまにはこうやって通し狂言として上演したほうがいい。単体でも十分面白い『引窓』だけど、通したほうが義理と人情の世界への理解が断然深まる。特に濡髪の心理や行動原理がわかりやすくなる。

今回の上演では色んなところで工夫があって面白かったです。前半の華やかな舞台面と後半の簡素な舞台面の対照も見どころになってるし。役者を観るだけじゃなくトータルの面白さ。だから場として名作の『引窓』も活きる。今回『引窓』が思っていた以上に良かったです。役者のバランスがいい。幸四郎さん、東蔵さん、芝雀さんのなかに花形の染五郎さんが入って見劣りしなくなってきたのも大きい。また普通なら長年上演されていない場は面白くなかったりしますが今回は発端の序幕からかなり楽しく見せ、物語の流れのなかですべての場が活きるように演出されていました。

ただし、序幕『新清水』は染五郎さんの一人二役の早変わりを使ったせいでどうしてもバタバタしてしまった部分もあり、そこは改善の余地はあると思いました。早変わりの面白さはありましたが、序幕をきちんと見せる場合、ここは南与兵衛と与五郎は役者を分けたほうが良かったと個人的には思います。趣向として楽しんでる観客も多いようだったし、早変わりとしては見事だった。けど、一人二役は人物を見せるにはどうしても散漫になる。『双蝶々曲輪日記』をしっかり物語として観せる時に序幕で南与兵衛のキャラをもっと立たせた方がいい。そういう意味で染五郎さんは雰囲気が違う放駒と南与兵衛の二役だけのほうが良かったんじゃないかと思いました。染五郎さんは与五郎のようなつっころばしを楽しく見せられる技量もあるので今回の座組みではバランス的にこうならざるおえなかったのでしょうが、南与兵衛/十次兵衛をすでに花形のなかでは当たり役にしていますし『新清水』~『引窓』の流れのなかで印象深くみせるためにも一人三役はかえってもったいない気がしました。

その疵はありましたが『新清水の場』は南与兵衛と都(後のお早)カップルと与五郎と吾妻カップルを取り巻く人間関係を見せるのにはなかなか良い場になっていました。今回、思い切って脚色し派手に作ってきたのが功を奏した感じ。南与兵衛と都、与五郎と吾妻のいちゃいちゃぶりを楽しく描くとともに濡髪の悲劇に至る小悪党たちの奸計も端的に描き『引窓』に至る人物関係をわかりやすくみせる。役者たちもじゃらじゃらと華やかに演じ、また舞台機構も華やかのがいい。そのなかで南与兵衛の宙乗りがありますが芝居の嘘として十分許せる範囲でした。南与兵衛が高いところから飛び降りても助かるというのは、『引窓』で語られる人を殺しても相手が悪人だったために許されたという運の良さというのが視覚的にも強調されます。

ここがあって『堀江角力小屋の場』からの流れで『八幡の里引窓の場』がくると濡髪長五郎の華やかさの裏の孤独感、思わずしでかしてしまった運悪さゆえの悲劇が際立ち、また周囲個々の人物たちの印象もくっきりと浮かび上がってくるように思いました。そしてやはり最後にくる『引窓』の場の物語としての良さに繋がる。今回の通し上演の演出はとてもよく考えられてるなと思いました。

『堀江角力小屋の場』は単独で上演されることが多い場のひとつ。人気力士の存在感ある大関濡髪と素人相撲の若さあふれる放駒の対照的な力士の対決という絵面の華やかさや贔屓の言動の面白さなどがみどり狂言としてよく上演される所以だと思います。通すと濡髪の悲劇の発端として機能している場でもありますね。『米屋』は通し上演の時にしか掛りませんが放駒長吉と姉おせきを通して家族の絆や人の情を描き、濡髪長吉がそこに触れることで『引窓』で母恋しくて八幡の里へ行ってしまうという行動原理がわかりやすくなりますし当時の商家の共同体や仲間意識なども垣間見ることができます。そして『難波芝居裏殺しの場』で一気に義理ゆえの悲劇に至り『引窓』へ繋がりの義理と人情の物語として昇華していく。

濡髪長五郎@幸四郎さん、『角力場』の濡髪は持ち役なので大きさも存在感もたっぷり。いつもどこか陰な孤独感がありますが通した時に納得のいく濡髪ですね。『米屋』では筋を通そうとする男として登場、ここでも大きさをみせますが個人的にはもうちょっと家族の情に飢える感をみせてほしかったかな。その代わり『引窓』での濡髪が予想以上に良かったです。母恋しいの部分や切羽詰まった心情やそのうえでの義理を重んじるまっとうさがあってとても良かったです。『引窓』での濡髪を演じるのはかなり久しぶりのようですが幸四郎さんは南与兵衛/十次兵衛よりどこか不器用さのある濡髪のほうが説得力があるような気がします。

十次兵衛/与兵衛@染五郎さん、三役のなかではやはり十次兵衛/与兵衛が一番、良かったです。序幕では落ちぶれた姿ながら色気のあるすっきりとした良い男ぶりと芯の真っ直ぐさをみせる。さりげなくある程度の腕に覚えありなところをみせ後段に繋げる。そしてなにより『引窓』での十次兵衛/与兵衛がすっかり持ち役。花形のなかじゃこの役は染五郎さんが当たり役になっていると思います。型は武士と町人の落差を効かせる緩急ある播磨屋型だと思います。心情をとても丁寧に演じて優しさのなかに気骨さある、染五郎さんらしい造形。決まりもいいし、仕方噺の演じ分けも巧み。なにより家族を思い義母を思いやる心からの気持ちが役に出ていました。

放駒長吉@染五郎さん、いかにも若い、ちょっとだけ背伸びしたいやんちゃな若者でほんとは育ちがよく姉思いの真直ぐな性根いう感じをよく出していました。『角力場』では愛嬌もありまた真っ直ぐな怒りを勢いよく。それを肉体の若さで出すのではなく芸の部分でも出してて、よかったです。『米屋』では長五郎との立ち回りでの決まりが姿よく、ちょっと甘えたな雰囲気が役にあっていました。でも『米屋』での台詞はまだ台詞が走るというかメリハリが効かない部分もあり。このクセは他の役でも時にこなれてない初役の場合に出がちな気がします。気を付けて直したほうがいいと思います。

与五郎@染五郎さん、いかにもつっころばしな、はんなりした頼りない風情のなかに愛嬌がありワガママなぼんぼんだけど憎めない可愛らしさがあります。しょうがないなあ、と思わせる品があるのが良いです。染五郎さんはここ数年でこういう役をモノにしてきたんだなとしみじみ思った。前回演じた時の与五郎あたりからかなな。それ以前はこういう役は姿は可愛かったけどまだ場は持たせられてなかったですからね。

お幸@東蔵さんは、まさしく濡髪の「母」であり与兵衛の「義母」だった。「母」として感情が先に立ってしまうその切なさと「義母」としての気を遣いつつも義理の母として育て上げたという誇らしさの絶妙な距離感。情と義理の揺れ動きがほんとうに「らしく」て良かった。そういうお幸の心情を丁寧にクッキリと見せてくださいました。以前、お幸を拝見した時はちょっとしっかりしすぎてるかなと思う場面もありましたが今が年齢的にもちょうどいい塩梅なのかカドがとれて丸みがあって「ああ、母だなあ」と感じ入りました。

都/お早@芝雀さん、ほんのり色気がありちょっとおしゃべりで、家族想いで気配りしつつそして旦那一途、そういうお早です。芝雀さんのお早はぴったりとそういう女に嵌る。芝雀さんのお早は初演時から非常に好きです。想いというものがストレートに伝わってくる。都のほうはいつもより色気があり与兵衛一途な可愛らしさがあってこちらも良かったです。ただ拵えが少しばかり似合わなかったのが残念。鬘のせいかな?都よりお早のほうがすっきり美しかったです。

おせき@魁春さん、放駒長吉のお母さんになってしまうかな?と心配しておりましたが、そこはさすがいつもより若々しくきちんとお姉さんでした。表情や動きなんでしょうねえ。長吉のためを思う優しさと芯の強さを情味のなかに表現しとても良かったです。

吾妻@高麗蔵さん、上方の女のはんなりさは少な目でどちらかというとやっぱりお江戸なちゃきちゃき系でしたけど、与五郎ラブな部分はしっかりあり、また与五郎@染五郎さんの息がピッタリでじゃらじゃらが楽しく、また駆け落ちしようとするだけの想いがそこにありました。

仲居頭おいち@廣松くんが若いのにたっぷりとした存在感。台詞もうまく艶もあり、いい出来。控えてるときに時々所在無げになってしまうのは若さでしょうね。

山崎屋番頭@松江さん、悪賢いけど抜け感のあるお役を印象的に。松江さんは案外ちょっとクセのあるお役のほうが活きるタイプかな?と思ったり。

平岡郷座衛門@錦吾さん、三原有右衛門@錦弥さんが端敵を線太く活き活きとしっかりと演じてくださり、物語を際立たせます。脇がしっかりすることで芝居が濃くなります。

茶屋亭主@錦一さん、ちゃっかりしている亭主のちゃっかりさを際立たせ楽しい場をより楽しく見せていたと思います。

サントリーホール『五嶋みどり ヴァイオリン・リサイタル』 B席2階センター奥上手寄り

2014年10月07日 | 音楽
サントリーホール『五嶋みどり ヴァイオリン・リサイタル』 B席2階センター奥上手寄り

五嶋みどり嬢、素晴らしかった~。なんとも美しく端正で滑らかな音色。とても繊細で内省的でもあった。


ヴァイオリン:五嶋みどり
ピアノ:オズガー・アイディン


【曲目】
シューベルト『ピアノとヴァイオリンのためのソナチネ ニ長調 D384』  
シューマン『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第2番 ニ短調 op.121』
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モーツァルト『ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K304』  
R.シュトラウス『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 変ホ長調 op.18』 

【アンコール】
ドビュッシー:『前奏曲集第1巻』から「亜麻色の髪の乙女」